訳が分からない
「姉様。人間大陸にカチコミに行ってきてよろしいでしょうか」
珍しく完全武装かつ大きなリュックサックを背負ったミルダが私の前で正座する。
その目からは、すでに固まり切った覚悟が感じられた。
……でも、そのリュックからはみ出してるウサギのぬいぐるみは本当に必要なのかしら?
「もうお兄様がいない城には耐え切れません。お兄様以外の人間を全て滅ぼしてお兄様を助け出します。止めないで下さい」
「禁断症状でヤンデレ妹になってるんじゃないわよ。もう少し待ってなさい。きっとグレイはお土産でも持って帰ってくるわ」
暴走しがちなミルダを姉の威厳を持って止める。あなたまでいなくなったらこの城はお終いよ。
……なんだか最近、城のみんなが狂い始めている。
レヴィは花壇の花と会話し始めるし、コユミちゃんは友達が初めていなくなったからショックを受けて寝込んでいるし、シルフィーナは「ワタクシの非常食が……!?」とひどく残念な顔を見せていた。
調子が変わっていないのは星見の一族の魔女が飼っている暴君鳥ぐらい。
ホント、城に置いてのグレイの重要性が身に染みる。
「だから落ち着きなさい。グレイがそこらへんでくたばるわけがないじゃない。たとえ人間が国ぐるみでグレイを監禁しようとしても、グレイはその国を滅ぼして帰ってくるわ」
「そうだといいのですけど……」
……そう諫めるも、ミルダは不安な顔を戻すことはなかった。
どれもこれも、グレイのせいだ。
「ここが俺の部屋……ねぇ」
案内された部屋を見て、俺は心の底から呆れかえった。
俺のベッド、赤ちゃん用のゆりかごじゃん。
その他にもおもちゃ箱には幼児用のぬいぐるみ、木でできた人形。ホコリこそかぶっているが、典型的な子供部屋だった。
「まぁ……、王妃様が殿下が帰ってくるまでこの部屋をそのまま保存されていましたし……」
「あっそ」
大体予想出来ていた。そんなことだろうと思ったよ。
母親の思い出に対する執着はお義母さんでよく知っている。いまだに俺達をあやすのに使っていたガラガラを見つめては「懐かし~」と懐古しているほどだ。子供としてはいい迷惑である。
だがもちろん、いい歳の俺はゆりかごの中に入るわけにはいかない。
「よし、処分するか。帽子、ゴミ袋プリーズ」
「ええっ!?」
俺があのお母様の子供かは確信が持てていないが、昔のことに執着している大人を見ているのは心苦しい。
俺達子供が過去に引導を渡して現実を見せてあげよう。
成長とは、過去との決別だ。子供が成長することと同じように、親も成長しなければならない。
「ま、待ってください殿下! 殿下には愛着が無いのでしょうが、私達には殿下の面影を感じる数少ない品だったのです! すぐに移動させますのでしばしお待ちを!」
ぎょっとした帽子男が部屋から飛び出して城のメイド達を呼び、いそいそと部屋の物を運ぶ。
一時間もすれば、幼稚な子供部屋から王族らしい豪華な内装に変わっていた。
なんということでしょう。
「ささ、殿下。ゆっくりお休みになって下さい」
「あ、ああ……」
慣れない豪華さに戸惑いつつ、俺はベットの中に潜り込んだ。
────そして翌朝。
「……やっぱ庶民が一番だわ」
結局、俺は下の町にある素泊まり宿の一室を借りて寝た。勿論帽子男たちには内緒である。
だって、枕が異常にデカいんだもん。なんでもデカければいいってものじゃねぇ。
あとベッドが天井付きってなんだよ、ベッドは天井がある部屋に置くものなのに天井をつけてどうするんだ。
その他にも色々と不満点があったこともあり、俺は夜のうちに城を抜け出して宿を借りた。一番安いのをな。
町民からは灰色髪を訝しがられたが、金を渡して黙らせた。おそらく身バレはしていない。
日も登っていない早朝にチェックアウトを済ませ、城の武器庫からかっぱらった剣を腰に差す。
……さてと、俺が城にいないことが発覚しないうちに帰りますか。
「よっと」
人が見ていないことを確認して宿屋の上に飛び乗り、屋根伝いに走って城を目指す。
そして城壁に手をかけ、夢うつつな見張り兵の死角を通って窓枠を掴んだ。
そのまま身を持ち上げて足をかけてっと……
「あっ……」
顔を覗かせると、ちょうど窓の前を歩いていたサリアと目が合う。
……あの……違うんです。これはなんというか夢遊病というか……
「……キャアアアアア!!」
サリアの悲鳴で、城の屋根にとまっていた鳥たちが一斉に空へと旅立った。
☆作戦失敗☆
昨日、私に兄ができた。
急に現れ、兄だと紹介され、家族になることを強制された。
納得できない。
双子の姉であるキリは素直だからおおむね受け入れているものの、私はどうも怪しいと考えている。
信じられるわけがない。
そしてその兄は今、夜にこっそり町に降りたことをお父様とお母様に追求されている。
しかし、私の兄の言い分は
「部屋の豪華な内装が嫌でした」
それだけだった。
たったそれだけの理由で私の兄はわざわざ危険な夜の町に飛び出し、高い高い城の壁を乗り越え、兵の見張りを突破したのだという。
はたして、そんなことを平然とやってのける男を血のつながった兄妹と決めつけるのは正しい選択なのだろうか。
私はコイツを認めない。名前をグレイと言い張る男を認めない。
しかし、私の家族はみんな納得してしまっている。特にお母様は盲目的に信じてしまっている。
お母様、アルフォンスとかいう兄は死んだのです。この男の存在は偶然です。
説教が終わり、兄がため息をつく。
「門限辛いわー。外泊も無理なのかよ、この家庭」
寝癖もそのまま、はねた前髪をかきあげる仕草はどう見ても王族のそれじゃない。
私の兄なら、もっとかっこよくて、分別があって、少なくとも乱暴な言動は口にしないはず。
あーあ、王族の風上にも置けない男がこの城の中にいることに嫌気がさす。
「サリア、まだお兄様を目の敵にしていらっしゃるのですか?」
後ろからキリの声が聞こえ、私は静かに扉を閉めた。
おそらく、グレイとかいう男を観察しに来たのだろう。
「なんですか、お姉様。お姉様には関係のないことです」
「サリア……」
「お姉様も怪しいと思わないのですか? 髪の色だけで血族を判断するだなんて」
「だって私たちの髪の色はお母さま譲りの特別なものだから……」
「探せば世界にいくらだっていますよ、灰色の髪を持つ人間くらい」
お姉様はいつもそう。周りに流されるだけ流されて自分を表に出さない。
その振る舞いが大人たちに都合のいい、物分かりのいい聡明な王女に見える。だからどんどんお姉様の株が上がるのだ。
私は、絶対にお姉様みたいにはならない。大人の操り人形なんてまっぴらごめんだ。
「お姉様、もう少し現実を見てくださいまし。頼りない姉に私はハラハラして夜も寝れません」
「いや、それは昨日お兄様よりも早く寝たか────」
「そういうところです、お姉様」
そう言って、お姉様の真ん前を堂々と突っ切る。
……ああ、まったく。訳が分からない。




