追い返せ! お姫様のさだめ前編
「すみませんヒルダさん! ここにリンゼッタ様って人が来ませんでした!?」
「待ってたわよカムリ! そしてモンゴリアン! あなた達が新しい光よ!」
扉をぶち破って現れたモンゴリアンとカムリに俺とヒルダはガッツポーズをとる。
なんとまあ運のいいやつだ。幸いにもアゼル先生は出張中でこの城にはいない。
「さっさと攫って行っちゃって! 誰も文句は言わないし言わせないわ」
「ええ、是非そうさせてもらいます」
「それにしても魔王よ。なぜリンゼッタ殿を攫うような真似をしたのだ? 聞いた時に思わずサイドチェストを二セットも多くしてしまったぞ」
「部下の暴走でなぜか攫われてきたのよ。私の命令じゃないわ。今後気を付けるから許して頂戴」
ヒルダが手を合わせて頭を下げる。
こうして助けに来た勇者が現れたので、俺達は大人しくリゼを引き渡すことにした。
「嫌ですよ。なんで私があんなところに帰らなければならないのですか」
「そんなことを言わないで下さいよ!」
だが、俺達は予想外の足止めを食らっていた。
すっかり檻の中の生活が染みついてしまったリゼがかたくなに帝国に帰りたがらないのである。
お前本当に人間なんだよなぁ!?
「皇帝陛下も心配してらっしゃるんですよ! ご兄弟も心労で体調を崩しているとかなんとか」
「はんっ、いい気味です。お父様はともかく、お兄様やお姉さまが体調を崩しているのはきっと仮病でしょう。自身の心象をよくするための策です。騙されてはいけませんよ」
声を張り上げるカムリの説教に耳を塞ぎ、リゼが牢の隅で籠城の構えを示す。
年相応の仕草なのだが、理由がアホみたいに壮大だ。
「リゼ、もう観念しやがれ。お前が牢屋から出て大人しく帝国に帰ればすべてが丸く収まるハッピーエンドなんだよ。そんなエンディングがあるなら俺は両手を上げて涙を流すぞ」
「そんなハッピーエンドはクソくらえです。私が帰ったら何が起こるのですか? 私に利益が出るのですか? 言ってみてくださいよ」
「このガキ可愛くねー」
人造勇者のレプリカを盾越しにして飛ぶ屁理屈の銃弾。
……よし、強行突破だ。
昔から理屈野郎には物理によるわからせと相場が決まっている。
「モンゴリアン、牢屋を曲げてくれないか。リゼの回収は俺がしてやるから」
「了承した。……ぬんっ!」
一流の鍛冶師が鍛えた鋼鉄が容易く捻じ曲がる。
「嫌ですよ! 私はこの牢屋でもっと魔族の歴史と魔法のことを学び、緋色の魔女から情報を搾り取るのです! 放してください!」
「そのことなんだが最近お前の相手でカーラがノイローゼ気味なんだよ。家庭教師として紹介した俺が言うのもアレだが、お前とカーラを引き合わせたのは間違いだった」
「あんな逸材を蔵書室の管理人なんてちんけな役職に閉じ込めておくのは愚策です! 私に下さい!」
「やるかバカ野郎!」
リゼの質問攻めと無駄に労力のかかる頭脳戦のせいで寝込んでしまったカーラに心からの懺悔を。お前にはとんでもない仕事を任せてしまった。
非力な抵抗をみせるリゼの首根っこを掴んでカムリに引き渡す────と
「がぶっ」
「いたッ!」
「城に帰るぐらいだったら外の世界を見て帰ってやりますよ! 私の行動力をなめないで下さい!」
カムリの手を噛んでリゼが脱走。その足でちょこまかと動いて一階へと続く階段を上がっていく。
おい待てコラぁ! 悪あがきすんな!
すかさず俺達はリゼを追いかけて一階へ。
……しかし
「……見失った」
時すでに遅し。階段を上り終えた時にはリゼの姿はきれいさっぱり消えていた。
まずいぞ……リゼが外に出ようものなら町がパニックになる。リゼハザードだ。
「す、すみません。僕が手を離したばかりに……」
「ええ、まったくよ。でも今は四の五の言ってる暇じゃないわ。それに、この魔王城からの脱出はほぼ不可能よ」
「どうしてそう言えるのだ?」
「この階から外に出るには少なくとも溶岩フロアと落雷フロアを越えなければならないからよ。風が吹けば折れてしまいそうな人間じゃまず脱出は無理」
ヒルダの言う通り、地下牢は城で最も脱出が困難な場所に作られている。俺たちが知っている秘密の通路以外に外に出るルートはいくつかあるが、最短距離でもその二つのフロアを通らなければならない。
……だが、それ故に
「しかし魔王よ。それでは姫君が死んでしまうのではないか」
「……」
「そうですよ! リンゼッタ様に死なれたら僕たち困りますよ!」
リゼが焼死体で見つかっては魔族大陸は全面的に帝国と敵対してしまうだろう。全勇者はおろか、全人間を敵に回してしまう。
「みんな! 手分けして探すわよ! カムリとモンゴリアンは落雷フロア、私は溶岩フロアを探すわ。グレイは他のルートに帝国の姫が迷子になってないか探してちょうだい!」
「「「了解」」」
その場で頷き、一斉に散開する。
こうして、魔王大陸の運命がかかった鬼ごっこが始まった。
「相棒……どうしてリゼを逃がしたの……」
「知るか。逃がしたのはカムリだ、俺は悪くねぇ」
ところは密林階層。獰猛な魔獣の宝庫である。喰らわれたくなければ喰えというのがこのフロアのキャッチフレーズだ。
とはいえ、生態系の頂点にはコユミという対生物最強の夢魔によって躾が整えられており、魔王城の魔族にとってはフレンドリーな魔獣がほとんど。怖がる要素なんてない。
……まぁ、いきがる新入りにはもれなくナイトメアへとご招待されることになる。詳しくは言わねぇ。
俺とレヴィはうっそうと生い茂る食人植物をかき分けながら先へと進む。
時々食人植物の中身を覗いたレヴィの叫びで気が散るものの、集中してあたりを見渡している……と
「きゃああああ!!」
「ぎゃああああ!!」
「絶叫に呼応してお前も共鳴するんじゃねぇ! 今のは絶対にリゼのだ!」
甲高い声をあげてレヴィがもたれかかってくる。動きにくいったらありゃしない。
ため息をついてレヴィを引きはがし、声のする方向に向かって走る。
もし間に合わなかったら……!
『ぎしゃっ』
「「……」」
……茂みの向こうで何かが潰れた音がした。
飛び散った水分が草をはじき、草むらが一斉に揺れる。
花独特甘ったるい匂いに混じるむせかえるような空気が肺を満たし、俺達の交感神経を活性化させた。
目の焦点が明らかにブレているレヴィが俺の方を見る。
「……どうする相棒」
「証拠偽装だ。錯乱した勇者がリゼを殺した。全てを勇者のせいにして死体を帝国に引き渡す。そうすれば少なくとも俺たちに帝国の矛先が向くことはない」
「よし、そうしよう」
自分でも驚くほど冷静になった頭で計画を立て、それを実行に移す。
……しかし、俺達が茂みを越えて見たのは
「大丈夫ですか」
「た、助かりました……! あなたこそ真の勇者です!」
リゼを守るように剣を構える勇者と、切り裂かれた食人植物の亡骸だった。
何故だろう、今の光景にすごくすごくデジャヴを感じるぞー。
まるで過去の自分を見ているかのようだぞー。
密林階層を攻略していた勇者がにこやかにリゼを見る。
「でも、どうしてあなたがここに」
「実はとある者から逃げる途中でして……」
「……相棒。あのリゼの顔、人間大陸で私達にしていた顔とまったく一緒じゃないか?」
「ああ、わかったかレヴィ。あの勇者が過去のお前だ。誰彼構わずアホ面で接しているとあんなことになる。利用されているとも知らずにタダ働きをさせられるんだ」
「今ようやく私が何をしていたのかがよく分かったよ。次から気を付ける」
みんなも気をつけようね。笑顔で頼んでくる奴ほど信用できない奴はいねぇから。
勇者たちに見つかってはまずいと身をかがめ、リゼの様子を伺う。
「だから助けて欲しいんですけど……あっ! あの人たちです! あの人たちが私を攫おうと……!」
「あっ! てめっ、このゲス姫が!」
視線に気づいたリゼが俺達を指差してうるんだ声を張り上げた。
血気盛んな勇者たちのヘイトがこちらに向く。
どうやらリゼは自分を助けた勇者を使って時間稼ぎをするらしい。
お前が一番の悪魔だよ! こいつらが俺に勝てるとは微塵も思っていねぇくせに!
「勇者様方! どうか私を救ってください! あなた達だけが私の光、希望なのです!」
リゼが勇者の大好きな『救ってください』、『あなただけ』、『希望』の三つの単語を口にすると共に勇者とそのパーティーが突っ込んでくる。
どうして勇者はこんなにもバカなんだよぉおお!!
「さっ、道具を差し向けている隙に私は逃げましょうか。もたもたしていると捕まりますし」
────レヴィからバフを受けた俺が三分で物言わぬ肉塊×5をこしらえた時には、すでにリゼは俺達の前から姿をくらましていた。




