世界に目を向けて
「ねぇグレイ」
「んあ?」
「最近の世界情勢ってどうなの?」
玉座でだらけながら、ヒルダが何気なく問う。
なんだよ急に。がらにもなく頭のいいことを言いやがって。
「いやぁねぇ……、最近人間大陸の人が魔王大陸に入ってくるようになったじゃない?」
「まぁ確かに、勇者やその仲間以外の人間が大陸に侵入してきたのはこれまでにない出来事だな」
「だからね、私もそろそろ世界に目を向ける時がきたのかなぁって」
「ついに世界征服の時ですか、魔王様」
「違うわよ!? さらっと怖いことを言わないで!?」
目を見開いて体をびくりと震えさせる魔王様。
まぁ、世界征服自体は初代魔王が断念しているあたり無理だろう。冗談だ。
ヒルダがはぁとため息をつく。
「この前、先生が連れてきたあの捕虜に世界情勢のことを聞いてみたのよ。そしたら、『魔王陛下、あなたも世界に目を向けていてはいかがでしょうか。世界は日々進化していますよ』って言われてね。モンゴリアンとかカムリとか来た頃から薄々感づいてはいたけれど、私の考え方って相当遅れているのかな」
「遅れてる遅れていないの話だったら遅れていると思うぞ。そもそもの話、魔王大陸の環境からして外部の情報を仕入れにくい。……だが、それと同時に魔王大陸は外部の影響を受けにくいってことだ。特段気にすることもない」
人間は人間で魔族は魔族。水と油だ。
無理やり混ぜなくてもいい。
腕を組みながらそんなことを思っていると、ヒルダが
「……仮に、よ」
「んあ?」
「万が一、どうしても人間と関わりを持たないといけなくなった時、私は何ができるかしら?」
「とんでもねぇ杞憂だな。……でも、真面目に答えてやるとしたら『貿易』だな。物の交換はコミュニケーションの大切な潤滑油だ」
「貿易、ねぇ」
俺の答えに憂鬱な顔をするヒルダ。
「貿易って……ウチから輸出するものってあると思う?」
「あるんじゃねぇの? 例えば勇者が持ってくる聖剣とか。無駄に量だけ溜まってるじゃねぇか。それを逆輸出したらそれなりに儲かるんじゃないか?」
「ふーん、確かに千本くらいあるけれども」
よく考えてみれば、魔王大陸は貿易という貿易をしたことがない。単語とやり方は知っていてもノウハウがないのが現状だ。
貿易をするにしたって、まずはそこからだろう。
「でも、やっぱり考えないというわけにもいかないと思うのよ。自分の国の特産品を把握しておくのも魔王として重要なことだろうし」
「そりゃそうだろうけどさ。……魔王大陸の特産品ってなんだよ」
「……」
俺の指摘にヒルダが押し黙る。
魔王大陸で安定して生産できるものは意外と少ない。資源も時期によってまちまちだ。
表立って特産品と言える代物はないように思える。
「特産品と言うからには人間大陸で貴重なものでなければならない。魔王大陸は極端に資源に乏しいわけではないが、それでも人間大陸よりも乏しいのには変わりない。そこを考えろよ」
「んー、難しいわね。鉱産資源はまず駄目よね」
ヒルダが頬杖をつく。
魔王大陸には様々な鉱石があるが、どれも過酷な環境により生み出される危険物質だ。
この前カムリと採りに行った壊毒結晶をはじめ、イフリートの里にある獄爆岩、大陸一硬いうえに鉄板を貫くくらい鋭い千剣ダイヤなど、どう考えても実用性に欠けるものばかりだ。
ヒルダの言う通り、需要が高い輸出品にはならないだろう。
「じゃあ果物類は?」
「食べれるものは霞イチゴやお化けリンゴ、マリンメロンとかだが……」
「輸送と保存が面倒ね。航海中に腐るわ」
話せば話すほど出てくる問題点。
もう無理に人間と関わらなくてもいいんじゃないか?
「うぬぬ……。私の国って思ったよりも不便ね……」
「そりゃあ人間の干渉を避けるためにわざわざこんな土地に国を作ったんだから」
今更貿易がしたいだなんて言っても無理だ。地理的に。
「じゃあ加工品、腐りやすいものでも加工すればいいじゃない!」
「なにを?」
「そうね……あっ、そうだ。回復薬! 回復薬があるじゃない!」
「あー確かに。魔王大陸の雑草でそこそこ量産できるからな」
「どんなもんよ!」とヒルダが指を突き付ける。
魔王大陸は過酷な環境なので生物の生命力が強い。
それを利用して医薬が発展しているのだ。回復薬や解毒薬の点で言えば人間大陸のものよりも高品質である。
……だが
「でも、それ勇者たちが利用するくね?」
「あ……」
「勇者が魔王大陸印の回復薬持ってたらどうする。自分の首を絞める結果になるぞ」
勇者が魔王大陸の輸出した薬で回復するとか本末転倒じゃねぇか。
笑えない。
「そ、そこはちゃんと対策して発売すれば……」
「どうやって」
「わ、私の魔力にあてられた瞬間、回復薬が爆薬に変化するようにすればいい……」
「お前、一生生産工場に行けねぇな」
「やだぁああ!! 一日工場長とかやってみたいぃいい!」
ヒルダが足をバタバタとさせる。
アホか、そんなことしても勇者が人間地雷になるだけだ。魔王の間が悲惨なことになるぞ。
「ただでさえ特攻してくる奴らに爆弾を括り付けても死ぬ気で向かってくる。もっとまじめに考えな」
「だってぇ……だってぇ……!」
やっぱりバカには貿易は向いていないのだ。これも天からの警告である。
「じゃあどうすればいいって言うのよ! あんたも国の人なんだから考えなさいよ!」
「うっ……」
「ほーら言えないんでしょ! バーカバーカ!」
「誰がバカだコラ」
語彙力が幼児以下の魔王様の罵倒に堪忍袋の緒が切れる。
人間の需要なんて知るかバーカ! 考えればわかるだろ!
「何言ってんのよ、人間でしょ!」
「俺の心はいつも魔王大陸のもとにある。人間大陸の奴の気持ちなんてわからねぇよ」
「それはもっと大切な場面で言えればカッコいいのに。今のあなたはどう見ても育ちを盾にして言い逃れしているアホよ」
「事実を言って何が悪い」
ヒルダが忌々し気ににらんでくる。
そもそもの話、俺は国の人だがどちらかと言うと武官だ。専門外である。
このまま膠着状態が続き、「そういうのは国王の仕事だ」「あんたの種族、言ってみ?」「お前がいつも年末にハンコを押しているものはなんだ? 何が紙に書かれているか、もちろんわかっていますよねぇ?」など一進一退の攻防が続き
「あーもう! 一向に分からないじゃない!」
ヒルダがついにキレた。
「そういう話じゃなかったでしょ、そもそも! 私が言いたいのは人間大陸に何を輸出すればいいかってことなの! グレイの遊びに付き合いたいわけじゃない!」
「ケンカを吹っかけてきたのはヒルダの方だろうが! ……ったく、これならリゼに直接聞きに行った方が早かったぜ」
「ええそうね。グレイのようなボンクラに聞いても埒があかないわ。あの捕虜に聞いたほうが何百倍も効率的とはやく気づくべきだったわね」
「ああ、どこぞのトンチンカン魔王に聞いてもな」
俺とヒルダがお互いの目を見る。
────よし。
「「行こう」」
こうして、俺とヒルダはリゼのもとに行った。
そしてこれまでに何が起こったかを話し、『もし仮に魔王大陸と貿易したいなら、何を輸出してほしい」かを聞く。
それを聞いたリゼはうんうんと頷いたあと……ニンマリと笑った。
「それは圧倒的に人材ですね。アゼル様一人で我が国の勇者百人分の価値はありますよ。傭兵として魔族を派遣してくださるのであれば、我が国は最強になれます。お父様も戦争のためなら出し惜しみをしないでしょう。……もしかして、前向きに検討して下さるのですか? ありがとうございます」
「「…………」」
この時、俺達は人間大陸と貿易しないことを己に固く誓った。




