お姫様と人造勇者
「……何やってんのお前」
それは、リゼに仕方なーく流行のスイーツを届けに来た時のことだった。
町から戻った俺が地下への階段を降り、右の角を曲がると
「リゼ、それはどのような道具なのですか?」
「これはコンシーラーと言いまして、目の下のクマや顔のシミなどを隠すものです。ソーニャ様もやってみますか?」
「請願。よろしくお願いいたします」
(リゼがソーニャになんか吹き込んでる……!)
そこには、鉄格子越しでキャッキャウフフしているリゼとソーニャが。
というか何で……。
「あら、グレイ様。頼んでおいたものは手に入れたのですか?」
「三十分も並んだよ。なんだよ、『映えー』って。そのせいで無駄に高いし。食品にデザイン料を求めんなっつーの」
「分かってないですねグレイ様。見て楽しめ、味で楽しめる。二回楽しめるのだから、料金が二倍になるのは当然でしょう? ……へぇ、色が鮮やかですね。帝国にも似たような最先端のスイーツがありますが、中身がキラキラしているのは斬新です」
リゼが俺が買ってきた八百ラピスのドリンクをストローで吸い上げる。
ああ、俺の三十分の三分の一が十秒ほどでなくなった。
「うん、チープね」
「飲んだ挙句に悪口言ってんじゃねぇよ……。あとソーニャ、何でお前がここにいるんだよ。レンバル先生の助手はどうした」
リゼに呆れた俺はソーニャに話を振る。
そもそもソーニャは滅多に地下牢なんて来ない。用もないはずなのに。
すると、ソーニャは抑揚のない声で
「説明。私はリゼの生態を観察するためにマスターから派遣されました。勇者やその仲間とは違い、非戦闘民の人間のサンプルは魔王大陸では貴重。人間性の研究において記録に残しておくことが適切と判断いたしました。現在はリゼの行う『メイク』という行動を分析、体験しています」
「リゼはモルモットじゃねぇし、地下牢はゲージじゃねぇんだぞ。それが分かってない時点で人間性の研究は失敗だ」
目がこころなしかパッチリしているソーニャがリゼの一挙一動を事細かく記録する。
これぞまさに人間観察。変態以外が真面目に人間観察するところを初めて見たよ。
「グレイ様、魔族には面白い人たちがいますね」
「否定、ソーニャは魔族ではありません。人造勇者です」
「人造勇者? アンデッドではなくて?」
「是。ソーニャはマスターの英知により人為的に作られた勇者です。アンデッドのように死んだという履歴はソーニャのデータに存在しません」
ソーニャの言葉に、リゼが絶句する。
そりゃあそうなるよな、倫理的にアウトだもん。
「グレイ様、これはどういうことなのですか? そもそも人の手で勇者と言う存在が作れるのですか?」
「あー、そこらへんは俺もよく分からないんだ。レンバル先生も言っていたんだが、ソーニャは奇跡の産物と言われるほど偶発的な要素がかみ合って出来てるんだよ。おそらく邪神の欠片が原因の根本にあるんじゃないかと思われるんだが……」
「素晴らしいじゃないですか!」
……は?
俺はソーニャの手を掴むリゼに素っ頓狂な声を上げる。
「グレイ様、これは革命ですよ! ソーニャ様のような人造勇者を大量生産することができれば────!」
「そうか! 戦争で大量に勇者を投入できるじゃん! ……ってアホかぁ!」
ノリツッコミでソーニャとリゼの繋がりを断ち切る。
どうもこのお姫様、倫理の感性が欠如しているらしい。
「舐めんな! そんな人の命を冒涜するようなことすんな!」
「何を言っているのです、人造勇者の命で何人の人々の命が救われるとお思いですか?」
「そもそも戦争をしちゃダメっていう思考にはならねぇのかよ!?」
俺の発言にも聞く耳を持たず、リゼは首をかしげる。
帝国がどんな洗脳政策をしたかがよく分かった。
バカげてるよ、ホント。
「あーあー、これだから偽善者は。いいですか、キレイ事だけではこの世は回らないのです。どれだけ理想を吐こうとそれはあくまで理想、最良の結果に過ぎない。……ですが、ソーニャ様さえいればその犠牲を限りなく少なくすることができます。人造勇者を作り、消費する。野菜の栽培と同じですよ」
「野菜は人の言葉は話さねぇし情緒ももってねぇよ。とにかく答えはノーだ。諦めろ」
確かに、世界を平和にする勇者としてソーニャは生まれたが、戦争の道具として利用されるのは癪だ。やるならいつも通り腐るほどいる人間大陸の勇者でやれ。
「グレイ様、あなたの承認が必要なんて思っていませんよ」
「おい」
「ソーニャ様、あなたの作り方を教えてください」
俺を無視してリゼがソーニャに問う。
するとソーニャは
「エラー、ソーニャの回答権限に人造勇者の製造法は許可されていません」
「チッ!」
ナイスだレンバル! 流石にソーニャの複製はダメだよな!
「リゼ、諦めろ。これは運命からの警告だよ」
「そんな非科学的な警告は信じませんよ、私は。……じゃあ質問を変えます。あなたの素材はなんですか? 方法が分からずとも、素材さえ分かればある程度推測できるはず……」
「ソーニャの構成する素材は酸素65%、炭素18%、水素10%……」
「そういう意味じゃありません!」
「困惑。それではどういう意味でしょうか? ソーニャの思考回路には分かりかねます」
思惑が空回りして歯噛みするリゼと頭から煙を出してぎこちない動きをするソーニャ。
今のところ、ソーニャがポンコツで助かっている。無垢さって大事だな。
────しかし、ここでソーニャが
「提案。代案として、ソーニャの簡素なレプリカなら二時間ほどで用意できます。それでいかがでしょうか」
「「!!?」」
目を見開く俺とリゼ。
レプリカ!? ソーニャのレプリカ!?
「素晴らしいですソーニャ様! それでいいのですよ!」
「歓喜。ありがとうございます。……ですが、一つ問題が」
「何ですか?」
「以前、グレイから仕事というものには報酬というものがつくと教えていただきました。今回のようなケースの場合、リゼの依頼は仕事に該当すると推測。報酬の提示を要求します」
「嫌なことを教えてくれましたねぇ、グレイ様」
リゼがジトッとした目を俺に向ける。
コイツが無垢過ぎるが故に雑用のごとく働かされるのを見てつけた制約のようなものだ。
今回、それが思わぬ形で作用した。ナイスだ、過去の俺。
「はぁ……いいですよ。あなたの望みを言ってください」
リゼがため息をつくと、ソーニャは即答する。
「切望。ソーニャは本当の勇者になりたいです」
「……は?」
「ソーニャは人々を救うという願いのもと造られました。故に、勇者になりたいです。リゼ、私がどうすれば勇者になれるのでしょうか」
ソーニャの無垢さにあてられ、リゼがおののく。
多分、こう思っているのだろう。
「知らねぇよ」と。
そりゃあそうだ。勇者の俺でさえ勇者の定義は分からないのだから。
……しかし、ここで「知りません」とすませるリゼではない。
リゼの目が変わった。
「ソーニャ様、あなたはすでに立派な勇者ですよ」
そんな上っ面なことを、目をキラキラさせたリゼがソーニャの手をとる。
「素晴らしい心がけです。今のご時世にソーニャ様のような見上げた心がけを持つお方がいるなんて……私、涙が出そうです」
「リゼ、流石に気持ち悪いぞ。特にそのまったく似合っていないうるんだ目が」
「黙ってなさい汚い勇者」
「おい、誰が汚い勇者だコラ」
「ソーニャ様、だからあなたはそのままでいいのです。……じゃあ、こうしましょう」
リゼが自身の髪留めをソーニャに差し出す。
そこにはルビーが埋め込まれており、プラチナのベースに刻印として『Dear L.H』の文字。
……待てよお前。
「リゼ、それお前の許婿が贈っ」
「これがあなたの勇者の証明です。受け取ってください」
俺の言葉を遮ってリゼが髪留めを握らせた。
コイツ……最低だ……!
「さて、報酬は渡しましたよ勇者ソーニャ」
「報酬の提示を確認。任務を遂行いたします」
ソーニャが髪留めを髪にさし、抑揚がないながらも嬉しそうな声で地下牢から出る。
なんか感情を表に出すようになったな、ソーニャも。
やはり、理由はどうであれ身内の成長はほっこりするものである。
…………タンマ。人造勇者のレプリカ? それってまさか……。
そして、俺が心配してソーニャを待つこと一時間半後。
「リゼ、これがレプリカです」
案の定、結果は悲惨なものであった。
「ソーニャ様、これはいったい……」
「解説。ソーニャが開示しうる情報で製造した人造勇者のレプリカです」
血でメイクが崩れたソーニャが持ってきたのは勇者の縫合死体。あらゆる勇者の器官が糸によって無理やり繋ぎ止められている。
縫い目からは生々しく血が滴っていた。
これにはたまらずリゼも顔を引きつらせる。
「進呈」
「あ、ありがとう……」
屈託のない目でソーニャが鉄格子の向こう側にレプリカを放り込む。
こうして、リゼの牢屋にまた一つ個性的なインテリアが増えた。




