魔王よりも怖いもの
「ええ、愉快ですねぇ。やっぱり他人の秘密を握った瞬間ほど恍惚とする時間はありませんよ」
俺の目の前でリゼが腹黒さで満ちた笑みを浮かべる。
何故だろう、リゼは地下牢に入れられているはずなのに立場が逆転している。
「これで私の手駒にできる口実がまた一つ……ああ、いけませんね。顔に出してはグレイ様が不快感を覚えます」
「なぁ、わざとだよなぁ! 絶対にわざと表に出したよな!」
クソっ、見ているだけで胃がキリキリする。完全に俺をあざ笑っている。
「な、なぁ。俺がリゼと会ったことがある件はヒルダに言わないでくれないか? バレると少しまずいんだが」
「私に交渉を持ちかけるとは。それ相応の覚悟をお持ちの様で」
「……やっぱやめていいですか?」
「ダメです。交渉の席についた以上、逃げられると思っているのですか?」
ぐっ、よりにもよってリゼに知られたばかりに……!
リゼが俺が運んだ(正確には運ばされた)最高級ソファに座り、為政者の目になる。
言葉という剣を振りかざす、卓上の悪魔の目だ。
「それに、あなたはカムリ経由で私にお願いしてきた過去がある。壊毒結晶の報酬は貰ったとはいえ、どう考えても釣り合っていないのはあなたも感じていますよね?」
「ッ……」
「確か、アントレア王国ですか。流石に全盛期は過ぎていたとはいえ、かつて千年王朝と呼ばれていた国です。そんな大国を私の管理下に置くために、一体どれだけの労力と費用、そして権力が必要になったか。あなたはお分かりですか?」
「くっ……!」
一番得している身分でベラベラと……! 確かにカーラの件に関してはすごく感謝しているけどさ!
「その時、あなたにどんな思惑があったかは聞かないでおきましょう。あくまで対等な取引相手、グレイ様が私に敵対しない限り、私はあなたの考えることを探ろうなんてことはしません」
リゼが柔和な笑みを見せる。
────しかし、その笑みはすぐさま暗黒微笑に塗り替わった。
「…………ですが、私が優位にたった場合はその限りではありません。グレイ様、あなたは私の要求を必ずのまなければならない。格上の相手と交渉するというのは、そういうことですよ?」
海千山千の化け物が本性を見せる。普段かぶっている猫が完全にはがれたらしい。
俺は交渉事は嫌いだ、というかしたことがない。
論理的に頭を使うのは苦手だ。大体暴力で解決できるからな。
だが、今回ばかりは…………無理そうだ。
……仕方ねぇ。
「……要件を言え」
「ほぉ」
「要件を言えって言ってんだよ。俺の力だったら竜王だろうがフェニックスだろうが何でも殺せる。……流石に魔王は難しいが、それ以外ならなんでもいいぞ」
要件をのんで黙らせる。それが俺にできる唯一の突破口だ。
余計なことは考えるな。頭を使うのは後。
つばを飲み込み、覚悟を決める。
半ばヤケクソ気味で言うと、リゼは
「……ハッハハハ。そう来るとは思いませんでしたよ。普通の勇者の発言なら狂気の沙汰なのでしょう。しかし、グレイ様にはそう言える力がある。私との交渉に立てる力が」
リゼは俺の反応に満足気に頷く。
何でもいい。この平穏が守れるのなら俺はなんだってする。
さぁ、来い……!
リゼが口を開く。
「ではグレイ様。このまま魔王側にもっと食い込んでください」
「……は?」
「もっともっと魔王に媚びて、もっと側近になって下さい。どれだけ勇者を殺しても構いません。とにかく、魔王の側に」
へ? どういうこと?
俺が目を見開くと、リゼは指の腹を突き合わせて意味深な視線を向ける。
「言われなくても分かっていますよ。あなたが魔王側に寝返ったと見せかけて、実は魔王の寝首を掻こうとしているのは。そのためにあなたは魔王城へ潜入した。おそらく、レヴィ様もこの城にいらっしゃるのでしょう。そして、どういう手段を使ったかは知りませんが、魔王の側につけることとなった。……そこにあなたの正体を知る私の登場、さぞかし焦ったことでしょう」
「お、おう?」
首をかしげる俺に、「安心してください。私はあなたの味方です」と言うリゼ。
……こいつ、盛大に勘違いしてないか?
「考えましたね。ただただ特攻する勇者とは違い、内側から魔王を討ち取る。難しいことですが、出来ないことはない」
「お、おう。そうだな」
変な推測をたてるリゼにあいまいな相槌をうつ。
どうやら、俺が魔王城に潜入してスパイ活動をしていると勝手に解釈しているらしい。
スパイ活動なんて俺が考えるどんなヒルダの討ち取りよりも極悪な方法だ。鬼かお前は。
「魔王が人間と打ち解けることは私としてもいいことですからね。ぜひともこのまま継続して魔王に媚びてください」
「……魔王を殺せとか言わないのか?」
ふと気になり、リゼに問う。
人間としては魔王は死んでくれた方がいいんじゃないか?
すると、リゼは
「愚問ですね、それは」
即座に俺の言葉を否定した。
「グレイ様、私が有能なお方が好きだということは知っていますよね?」
「ま、まぁ、いつぞやに言ってたよな。お前のフィアンセが無能だから封命の箱に閉じ込めようとかなんとか」
「ええ、その通り。自慢ではないですが、私は人を見る目があると思っています。あなたが腐ったリンゴをゴミ箱に捨て、新鮮なリンゴだけを口に運ぶように、私は人を有能か無能で選びます」
「余談ですが、グレイ様は新鮮なリンゴですよ。良かったですね」とリゼは足を組む。
そして、リゼは獰猛な観察眼を光らせながら言った。
「ひとえにグレイ様。あなたは美味しいリンゴを食べたいと思った時、リンゴの品種まで気にする必要があるでしょうか?」
「ッ……!」
「私は少し大雑把な性格でして、品種をいちいち確認するお兄様お姉さまとは違い、リンゴが美味しければそれでいいという性格です。そして、お兄様お姉さまが品種にこだわったせいでかかった食あたりと言うものを、私は一度も経験したことがありません。……もうおわかりですね?」
リゼの真意を知った俺は驚愕する。
コイツの目には、魔族さえも……。
「もっとも、今は希望的観測ですが。しかし、グレイ様の行っている作戦は私の希望的観測と利害が一致している。そのまま魔王から人間への抵抗を無くしちゃってください。それが私の要求です」
リゼが茶目っ気のある言い方で手のひらを合わせる。
それはまるで、玩具で遊んでいる子供のようなしぐさであった。
「……了解だ」
「さすがグレイ様、有能ですね」
短く承諾の意を伝え、俺はリゼに背を向ける。
まぁ、俺の平穏は無事に保たれそうだ。少なくともいつも通りの生活をすればいいだけ。
奇しくも、俺の意にそぐうような形になったのだ。
ふぅ、なんとか穏便にすませることができてよかった。
早く部屋に戻ってレヴィと言い訳の筋書きでも考えるか……。
「ああ、グレイ様。一つ言い忘れていたことがありました。これはお願いと言うよりかは希望なんですけれど────」
リゼが鉄格子の隙間から手を出してバタバタと振る。
ん? なんだ?
「勉強机と照明器具、最高級羽ペンとインク、大量の植物紙、クローゼットと私に似合いそうな服、メイクセット一式、鏡台、毎朝七時にコーヒーとこの大陸の歴史と政治にまつわる書物、三時にこの大陸で流行しているお菓子、夜食の後にはデザートに旬の果物を持ってきてくれるとありがたいですね」
「……は?」
「あ、あと家庭教師として知り合いで一番頭のいいお方をお願いします。情報が無くては何もできませんから。……断りたいのなら断っても構いませんよ。それができるのなら」
リゼが自身の要望を一方的に吐いたあと、細い親指をピンと立てる。
……結局、立場を利用して俺の足元を見まくってんじゃねぇか!




