お姫様には二種類いる。攫っていい姫と攫ったらダメな姫だ。
それはアゼル先生の唐突な提案から始まった。
「なぁ、お前ら。もっと勇者を城に呼び込まねぇか?」
「「……は?」」
素っ頓狂な声を上げる俺とヒルダを尻目に、アゼル先生は
「いや、だってよぉ。最近勇者が少ないだろ?」
「『最近勇者が少ないだろ?』じゃないですよ。少ないに越したことはありませんし、むしろ喜ばしいことじゃないですか。今日も魔王大陸は平和ってことですし」
「そうじゃねぇんだよ。全体的な母数が足りないんだよ、私の希望にそぐった勇者の」
「は、はぁ……」
アゼル先生が眉間にしわを寄せて腕を組む。
これがどういうことかというと、この城にくる勇者にイケメンが少ないという意味である。
ずいぶん前に先生が勇者から出会いを見つけようと魔王城を練り歩き、魔王城にいた勇者を一掃したという出来事があったのだが、それからというもの先生はたまに魔王城に張り込んでいる。
しかし、結果は鳴かず飛ばず。先生の条件……というか試練に耐えきれるものは現れなかった。そりゃそうだよな。
「ヒルダ、私が結婚したら、嬉しいよな?」
「嬉しいです嬉しいですハッピーハッピー」
「だから、お前にはひと踏ん張りしてもらいたい」
インコのごとく心のこもってない声で喜んだヒルダに先生は満足そうに頷いた。
……待て、ひと踏ん張りってなんだ。単語が不穏過ぎる。
「先生。俺達、どうやって先生が勇者を呼び込もうとしているのか気になります。教えてください」
「言わん。絶対にお前らから反対されるからな」
「先生。私達、先生が今実行しようとしていることをやめて欲しいと思っています。やめてください」
「いやだ。私は魔族だ。魔族らしく自由に生きる権利がある」
これだから先生はモテないんだよぉおお!!
教え子の忠告を無視して、先生は自身が破壊した鉄扉をまたぐ。
「なぁに、お前らが心配するようなことにはならないさ。私を誰だと思っている。お前らの先生で最強の『紅蓮のアゼル』様だぜ?」
世界で一番安心できない文句を煙草の煙と一緒に吐きながら、アゼル先生はニカリと笑った。
それが三日前の出来事。
そんなことを俺たちが忘れ……いや、記憶の底にしまった頃。
「ヒルダ―、戻ったぞー!」
鉄扉が破壊された。
砂ぼこりが魔王の間に舞う。
「またですかアゼル先生……。先生が毎回破壊する鉄扉の値段もバカにならないんですよ?」
「これは私なりの鍛冶師共への挑戦なんだよ。私が本気で殴っても壊れないものを作りやがれってな。……まぁ、そんなことはさておき、お土産だ」
いつになく機嫌のいい先生が肩に下げていた大きめの袋を床に置く。
「何ですか? お土産?」
「まぁ、説明するよりもまずは見たほうがいいな。……着いたぞ。顔を出しな」
先生が軽く袋を叩くと、中身がモゾモゾと動いた。
中身の動きに連動し、袋のひもが緩んでいく
「ぷはっ……もう着いたんですかアゼル様。流石魔族、仕事が早くて有能ですね」
中身が袋の口からひょっこりと顔を出した。
周りをキョロキョロと見渡した後、ヒルダを捕捉する。
……おいおい嘘だろ!?
「さぁお姫さん。あそこで口を半開きにしている奴がウチらの魔王だ。挨拶しな」
「ええ、王の前ですから。自己紹介をしないと王家の恥……いや、私の場合は皇家の恥ですかね」
中身は袋から出ると金色の髪を払い、優雅な振る舞いでヒルダに会釈。
そして、自己紹介。
「右におられるアゼル様から利害の一致により攫われて来ました。ハイマール帝国第二皇女、リンゼッタ・ハイマールと申します。以後、お見知りおきを」
……ンンンンンッ!? んんんん!?
目の前の信じられない光景に二度見、ついでに三度見。
…………アホかぁあああ!!
「魔王陛下、これからお世話になります」
「……先生、どういうこと?」
呆然とするヒルダに先生が言う。
「簡単な話だ。魔王の十八番、お姫様の拉致だよ。私が歴史の授業でやってた時に思いついてな。今は廃れたクソみたいな伝統だが、利用できると思ってな」
「いやいやいや、先生。国一つにケンカ売ったんですか!? 独断で!?」
「いや、ちゃんとリンゼッタとの同意の上でな。そこからはリンゼッタから説明してくれ」
「はい、陛下。私は帝国の出身なのですが、皇族の責務と兄弟との権力争いに疲れまして。ここは一度、帝国を離れることでお父様に私の有用性を確認させるとともに、魔族側とパイプを作ることでお兄様お姉様を牽制できる手段しようと考えました。今回、アゼル様を帝国に派遣していただき本当にありがとうございます」
「へぇ……帝国ぅ……ねぇ……」
ヒルダの頭がショートし煙を出す。
いくらヒルダでも帝国の名前と軍事力の強大さは知っている。数ある人間の国の中で最もクレイジーな国ということも含めて。
「先生? どうしてよりにもよって帝国を?」
「どうせ一国の王女を攫うなら国の規模が大きい方がいいじゃねぇか。勇者もそれだけお姫様を救おうと躍起になるわけだし」
「躍起になられちゃ困るんですよぉ! しかも帝国! 本格的に戦争を仕掛けられたらどうするんですか!?」
「大丈夫だろ、姫様を攫われるようなザルな警備をする国家だぜ? 弱いって」
「……先生、このお姫様を攫うためにどんなことをしました?」
「大門を正面突破してそのまま階段を駆け上がったな。途中つっかかってきた女騎士はウザかったが、おおむね問題はなかったな」
「ええ、ライラを一方的に倒したアゼル様の手腕は素晴らしかったです。おかげで私が攫われた理由をより強いものにできましたし」
「まったく良くないわよぉ……」
ヒルダが玉座の上で縮こまりすすり泣く。
まぁ、俺の方がもっと泣きたい状況なんだけど……。
誰がこんなことを想定すると思う。
「おや、そちらの勇者は……」
椅子の後ろからコソコソしていると、リゼと目がバッチリ合う。
もうヤダ、泣きそう。マジでホントやめて。
語彙力が死んだ俺の様子を見てリンゼッタは悪魔のようにニンマリと笑った。
「んあ? ああ、こいつはグレイだ。訳あってヒルダと暮らしてる勇者だよ」
「へぇ……!」
嫌ぁあああああ!!! 俺の秘密がばれるぅううう!!
俺がリンゼッタに会ったことがあると分かれば俺が人間大陸に行ったことがヒルダにばれ、同時に俺が選ばれし勇者で人間を裏切ったことがリンゼッタにばれる。
それは俺の人生で最悪の世界線であり、俺の幸せが崩壊する合図だ。
「お姫様、グレイのことで何か引っかかることがあるのか?」
アゼル先生! アカンですのよ、踏み込んじゃ!
過去最高に冷や汗が出る俺とは裏腹に、リンゼッタの笑みがどんどん深くなる。
それに比例してドクドクと心臓が高鳴る。眩暈がして吐き気が止まらない。
ああ、もう駄目だ……。
「……いえ、何でもありませんよ。そんな勇者もいるんですねぇって思っただけです。ご気遣いをどうも」
……あれ?
「アゼル様、これから私はどうすれば?」
「そうだな。名目上お姫様は捕虜だから地下牢に閉じ込められるわけだが…………おいグレイ、お姫様を地下牢に案内してあげろ。人間同士、そっちの方がいいだろ」
「あっ、はい」
流されるままに返事をする。
まさか……気づかなかった? 俺を人間大陸とは別の勇者と思っている?
「さぁ、グレイさん。早く案内してください」
「あ、ああ」
現実味が湧かないまま、俺はリゼを地下牢へと連れていく。
神様……ありがとう……。一生ついていきます……。
このまま気づかずにいてくれたなら全ては丸く収まり、俺の平穏は保たれる。
よし、優勝だ────
ガシィッ
「……」
ルンルンスキップの途中で服の裾を掴まれる。
引きつった口のまま恐る恐る振り向くと、ゲス姫笑顔全開のリゼ。
それはまさに、人間大陸でリゼと出会った時の顔をまるまる写し取ったものだった。
一生分の嫌な汗がどっと吹きだす。
「『万雷鯨退治の英雄』グレイ様。一体これがどういうことか、教えてくれますよねぇ?」
────逃げられなかった!
読んでいただきありがとうございます!
もし気に入っていただけたら下にある☆☆☆☆☆を埋めてくれると作者としては非常にテンションが上がります。
ついでに投稿モチベも上がり、作品がより良いものになるかも知れません。作者は素直な子なのです。
気が向いたらでいいです。ぜひ評価の方を




