夜と時と勇者と吸血姫
吸血姫は血の味に厳しい。
俺にはよくわからないが、この血はコクあるとか、新鮮さが足りないとか、熟成したほうがいいとか、その他諸々……とにかく文句が多い。
まぁ、お金に余裕がある人がワインをこだわるのと同じ感覚なのだろう。庶民脳の俺達からしたら非常に理解に苦しむものだ。
「あーダメダメですわ。凡人らしい、ありきたりな味ですわね」
時は深夜、場所は城から離れた深い森の中。
できたてほやほやの勇者の死体から白い牙を引き抜いたシルフィーナは口の血を上品にぬぐい、手についた赤い液体を振り払う。
これにて勇者の死体は野生の魔獣のごはん行きが確定した。
「ヒルダさんの命令で遠出したのに現れるのはお世辞にもおいしいとは言えない勇者達。少しはマシな勇者が来ると思っていましたが、正直失望しましたわ」
「勇者共を片付けたのは俺だろうが! お前は俺の隣でパクパクしてただけじゃねぇか! 太るぞ!」
「何をいうのですかこのアンポンタンは。あなたは液体を摂取しただけで人体が太るとお思いで? 学と脳みそが足りませんわね。そこの死体の脳みそを追加してはいかがでしょうか?」
「……コルセットを大きめに新調したように見えるのは気のせいか?」
「……気のせいですわ」
「ダウト」
まったく、俊敏さが売りの吸血鬼が太ってどうすんだ。風の四天王(太り気味)とか目も当てられないぞ。
剣をしまい、月明りを見てため息をつく。
「はぁ……帰れるかな俺。夜はあんまり動きたくないんだが」
「はぁ? 夜こそ動き時でしょう? これだからグレイは……」
「まぁ、夜行性のチスイコウモリからしたらそう見えるだろうがな。さてと、仕方がないから野営でもすっか……」
「何ですって!?」
「はいはい爪を伸ばさない伸ばさない。ただでさえ眠いんだから。お前のコウモリみたいなキーキー声はイラってくるんだよ。どうせなら人間の聞こえないレベルの超音波で言え」
シルフィーナの爪を軽くかわしつつ欠伸。
どう火を起こそうかな……
「この勇者、ワタクシを相当侮っているようですわね。……それに、野営ですって?」
「おう、野営だ」
俺が至極真っ当な回答をすると、シルフィーナは
「このワタクシに野営をしろですって!? バカじゃありませんこと!?」
「じゃあなんだ? お前だけ家に帰るってか? 俺は別にいいんだが、ヒルダにどやされるぞ? 『グレイを置いてきたですって!? 借りてきた身分でよくそんなことできるわね!』っ的な感じで」
「ぬぬ……」
ヒルダの鉄拳制裁を恐れ、シルフィーナは苦々し気に唸る。
コイツがもっと働けばもっと早く仕事を終わらせて帰ることができたのにコイツは。
シルフィーナは頭を抱えて打開策を考え……そして
「仕方ありませんわね。最終手段ですわ」
夜空のような黒い翼をバッと広げる。
「グレイ、私が城まで運んで差し上げますわ」
「はぁ? お前が俺を? 体格差ってものを考えろよ」
「ッ……人間一人如き運ぶのは造作もありませんわ! ワタクシを誰とお思いですの!」
「サボりデブコウモリ」
「この勇者ッ……!」
何か間違ったこと言ったか、俺。
だが、シルフィーナは意外にも真面目に考えているらしく、怒りをぐっとこらえ俺に手を指し伸ばす。
「ワタクシがグレイのために骨を折って差し上げるのですのよ! 素直に手をとったらどうですの!」
「お、おう。まぁダメ元でやってみるか」
シルフィーナは俺が手を握るのを見届けると、地面を蹴り翼をはばたかせる。
……。
「おいシルフィーナ。一ミリも浮かんでないんだが?」
「ハッ……これはまだウォーミングアップですわ……。あっ、ちょっと休憩。翼がつりました」
散々俺を引きずったシルフィーナが地面に降りて翼をさする。
このクソコウモリがぁ……!
「シルフィーナぁ?」
「あっ、いや、アハハ。少し失敗しただけですわ。次こそは大丈夫ですわ。ある程度上昇すれば、あとは滑空するだけで距離は稼げますから」
「もう継続して飛ぶことを諦めてんじゃねぇか! 結局無理なんかい!」
「む、無理じゃありませんわ! 大体グレイが重すぎるのです! このデブ!」
「俺の場合は筋肉が多いからな! 前にモンゴリアンが言っていたんだが、脂肪よりも筋肉の方が体積に対しての重さが大きいらしいぞ! だから俺はデブじゃねぇ、お前と違ってな!」
「高度さえ、高度さえ足りれば……!」
はーもう使えねぇこの吸血姫。アニマもマサクもポンコツだし、四天王の良心はブリザドしかいねぇのか。
「じゃあ高度さえ足りればいいのか?」
「ええ! 高度があれば城だろうが人間大陸だろうが連れて行ってあげますわ!」
「……了解、高度は俺が稼いでやるよ」
「えっ、ちょっと……ハァ!?」
俺はシルフィーナやヒルダのように飛ぶことはできねぇが、ある程度の高さまでは跳ぶことはできる。
こうやってシルフィーナを担いで木を蹴ればこの通りっ!
「どうだ、これで問題ないだろ」
「ちょっと、急すぎますわ!? まったくこの勇者はッ!」
俺が放してやると、シルフィーナは俺の手を掴んで翼を広げ、めいいっぱいの風を受ける。
「は、ハンッ、やっぱり飛べましたわ! なんか言ってみてはどうですの!?」
「うわー、このコウモリ全部自分がしたと思ってやがる。九割九分俺の力じゃねぇか。おら、精々コウモリらしく翼をはためかせやがれ」
「言われなくてもそうしますわ。バカにしないでくださいまし」
シルフィーナが体を傾け舵をとりながら、目的地である城を目指す。
レヴィに乗っている時もそうだが、こうして空で風を受けているとすごい心が洗われる。
なんかこう……日頃のしがらみや欲望を忘れられるというか、開放感があるのだ。
「あっ、あそこに勇者パーティーが。飛んで小腹がすきましたし、少しつまんでよろしくて?」
「おいデブコウモリ」
だが、常に飛び回れる奴からしたらそんなことは微塵も思わないらしい。クソボケが。
そして、寄り道することニ十分。
「はー、夜食としては中の下でしたわ。最近の人間は質が悪い」
「食べた身分で文句言うな。いただきますと言ってから食い散らかしたくせに盛大に残しやがって」
俺の夢を盛大に壊したシルフィーが愚痴を吐く。
お義母さんだったら間違いなくブッ叩いているな。あの残しようは。
やはりシルフィーナの両親は激甘である。
「グレイ、もうすぐ城ですわ」
「お、おう。マジで着くとは思わなかったな……」
空の旅はあっという間。もう俺たちの視線の先には愛しの我が城が。
「場所はグレイの部屋の窓で?」
「ああ、そこまでできるなら」
「お安い御用で……あっ、高度が足りませんわね。そこの家の屋根を蹴って下さいまし」
「お前さぁ……」
最後のひと踏ん張り。城下町の民家の屋根を蹴ってシルフィーナを打ち上げ、無事に部屋の窓の前へと着地する。
今は俺の部屋で寝ているレヴィが気を利かせてくれたのか、窓の鍵は開いていた。
「到着ですわね。どうです、ワタクシの力は。吸血鬼は飛行性能も魔族一ですわ」
「もうそこには突っ込まねぇ。眠い」
うざいシルフィーナを無視して目をこする。
決めた、今日は誰に何と言われようと一日中寝よう。
「早く帰れよ。俺は早く寝たいんだ」
「なんですかその雑な対応は」
「うるせぇ、シルフィーナの扱いなんてこのぐらいで十分だ」
「何ですって!? 決めましたわ! 今日の勇者の口直しにグレイの血を吸いつくして、生きたまましなしなの干物にやりますわ!」
シルフィーナが瞳孔を縦に開いて臨戦態勢に入る。
おいおい、そんなことしてるとな……
「覚悟なさいッ!」
シルフィーナの牙が俺の喉に噛みつかんとせまる────瞬間、朝日が昇った。
「アツぅ!?」
朝一番の清々しい光を浴びたシルフィーナが煙を出しながら俺の部屋に転がり込み、床に寝ていたレヴィを押しつぶす。
バカだねー。
さっと窓のカーテンを閉め、俺は涙目のシルフィーナに問う。
「さーてシルフィーナ。お前が仕事をサボったり寄り道をしなかったらこんなことにならなかったんだ。……こういう時、なんて言うか分るよな?」
シルフィーナは自分の置かれた状況に動揺する。
そして時計を見てアワアワと頬をはさんだ後…………蚊の鳴くような声で言った。
「……日が沈むまでの間、城に泊めさせて下さい。お願いします」
「よく言えました」
読んでいただきありがとうございます!
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ついでに投稿モチベも上がり、作品がより良いものになるかも知れません。作者は素直な子なのです。
気が向いたらでいいです。ぜひ評価の方を




