MOFUTI- 11 ~死と救済~
全力の一撃を放った私の前には、黒ずんだ世界が広がっていた。
細い火がちらちらと燃えカスの上で踊り、ススが壁を塗る。
そして、その世界にそびえ立つは白い灰の柱となった異形。風穴があき、向こう側が鮮明に見える。
「……へへ、なんとかなるものだね」
カサカサになった唇を歪ませる。
正直、笑う気力もない。このまま眠ってしまいたいくらいだ。
魔力もない、体力もない。でも、勝ちという事実がある。
フランチェスカを更生させることはできなかったけど、勝つことはできた。
それで、十分だ。
「モフちぃ、帰ろう……」
そう、肩のぬいぐるみに語りかける。
帰って、あったかいココアでも飲みたい。きっとほんのりと甘いのだろう。
死力を絞って足を動かす。
……しかし、そんな妄想を楽しむ私をモフちぃが止めた。
「……レヴィ、最悪の知らせだ」
「え……?」
モフちぃが小動物の自覚をもったかのように震えだす。
それと同時に、私の目の前で、灰の柱の一部が崩れた。
「────我々はどうやら、失敗したらしい」
灰の柱の中から、あのくすんだ碧眼が覗いた。
次に口、そして指と包んでいた灰のカプセルが剥がれていく。
「イヒヒヒ、「焦りましたねぇ。「だけど、もう一歩。もう一歩でした。「神殺しの異名を持つのには」
「バカなッ……!?」
目の前の現実に絶句し、絶望する。
あの特徴的な笑い声がまた下水路に響き渡るとは。
高温で爛れ、ところどころが炭化したフランチェスカが私達に確実な殺意を向ける。
「私を殺せなかったということは「あなた達の負けということです。「しかしまぁ、誉めてはあげます。「神を殺す一歩手前まで追い詰めたのだから。「でも、それは罪、「大罪です。「罪には罰を。「加害には贖罪を」
フランチェスカの腕が開く。まるで網のように。
勿論、私たちにそれから逃れられるような体力は残されていない。
黒い粘体に呑まれ、口がふさがれる。
息を吸うこともできず、もがくこともできない。
「さぁ、一つになりましょう。「代償はあなたの命「それと魔力で許してあげます。「神は寛大ですから」
フランチェスカが聖母のごとき笑みを見せる。
それを見て、私は諦めがついてしまった。
……案外、このまま取り込まれたほうが楽なのかもしれない、と。
一度思ってしまったものはもう取り返しがつかない。心では諦めたらダメだと分かっていても、体が言うことを聞かない。
そのまままどろむように、私は目を閉じる。
もう、楽になろう────
「勝手に諦めてんじゃねぇよバカやろぉおおおおお!!」
その瞬間、私のまぶたに眩いばかりの光が差した。
どろっとした液体と共に鈍い音をたてて落ちる。
「いたっ……?」
「レヴィ、てめぇ何でこうなるまで黙ってたんだよ! 超絶心配したし、俺が考えうる最悪な状況になるところだったじゃねぇか!」
胸ぐらをつかまれ、引きずり上げられる。
そこには唾を飛ばして叫ぶ相棒が。目が血走っている。
「あ、相棒? どうしてここに?」
「てめぇを探していたらシェリルが溶けて、気になって城の下水路に来てみたんだよッ! そしたらゾンビの残骸が山のように積み重なっているわ、勇者の惨殺死体が死屍累々だわ、挙句の果てにはレヴィがそこのバケモンに取り込まれそうになってるわッ! 何がどうなったらそうなるんだよ!」
「あ、相棒。なんでコキュートスで私を見つけられたのかがイマイチわからないんだけど……」
「お前がアホみたいな火力をこの下水路で使ったせいでシンクで自分の体を復元していたシェリルの被害が悪化したんだ! ……ってそんなことはどうでもいい! お前の言い訳も後で聞く! 今は目の前のバケモンだ!」
「うげっ」
相棒が手を放し、私は地面に叩きつけられた。痛い。
相棒は手のホコリを払いながら、頭をさする私の目を見る。
「いいかレヴィ! てめぇは俺を幸せにする義務があるんだ! わかってんのか!?」
「え、ええ?」
「俺の隣にてめぇがいない状態で俺が幸せになれると思ってんのか!? 何かを失ってしまった人間が、失う前より幸せになれると思ってんのか!?」
「え、どういうこと……?」
私がきょとんとするも、相棒は一方的に
「ふざけんな! 何のための相棒だ!? こういう時に助けを求めるのが相棒だろうが! 頼れ! 相棒の俺を! てめぇの相棒は世界で一番強い勇者なんだから、相棒ぐらい勇者らしく助けさせろ!」
必死に訴える相棒に私はハッとさせられる。
もしもこのことを相棒に言っていたら、決してこのようなことにはならなかっただろう。
モフちぃには隠密に対処しようと言われたけど、私が相棒に助けを求めていたらもっと違う結果になっていた。
……私は、バカだ。
いつもはだらしなくて怠惰な相棒だけど……私の声を聞かなかったことはない。
嫌な顔はするかもしれない。けれど、きっとなんだかんだ言って私を助けてくれていたはずだ。
私は、相棒の相棒失格だ……ハハハ……。相棒を、信じきれなかった。
「イヒヒヒヒ「何者ですのぉ?」
「みんなのアイドル勇者グレイさんだよ。今から痛い思いをすると思うから歯を食いしばれ」
相棒が剣を抜いてフランチェスカに向ける。
「勇者?「なぜ勇者が魔王の手先の味方を?」
「うるせぇ、ノーコメントだ。救ってやるからかかってきな」
「救う?「私を?「イヒヒヒ、面白いことをおっしゃいますねぇ「私を救うだなんて、「あなたは自分の力を買いかぶりですよ」
フランチェスカが相棒の言葉に笑う。
あざけるように笑い飛ばす。
「あ、相棒? 何を言っているんだい? フランチェスカはもう闇に魅入られて……」
「……知ってる」
相棒を止めようと声をかけると、相棒はなにやら含みのある言葉を呟いて、剣に自身の魔力を帯びさせた。
「あなたに私は救えない。「私を救えるのは、神だけなんですから」
「……はぁ」
相棒の口から、ため息が漏れた。
どこか呆れたような、そして同時に相手を憐れむようなため息だ。
相棒が静かに剣を構え、口を開く。
「お前……死ねないんだろ?」
「……え?」
見透かしたようなことを、相棒は言った。
確信を持った目で、自身が正しさを掲げながら。
「自分が黒魔術の実験台にされ、再生力が強すぎるせいで死ねない哀れな少女。俺の目の前にいる化け物は、何者にも救えない可哀想な少女だ」
「イヒヒヒ「何を言って……」
「だからお前は『死』を『救済』と呼ぶ。死にたくて死にたくて仕方がないから。でも、自分を殺せる存在が誰もいない。勇者でさえも自分を殺せない。レヴィの炎でさえ、自分は生きてしまった。……違うか?」
「そんなわけないでしょう?「何を言っているんですか?「狂ったのですか?「愚かすぎて、涙が出てきますよ「イヒヒヒ「イヒヒ「イヒヒ」
「はっきり言えよ。辛いなら辛いって。自分にくらい、正直になっていいだろ」
「イヒヒ「イヒヒ「イヒ…………「ヒ……「……」
相棒の言葉に、あれだけ饒舌だったフランチェスカが初めて黙った。
そんなフランチェスカに相棒は畳みかける。
「憎まれ口を叩くのも、自分を殺してほしいから。自分を正してほしいから。自分という悪を粛正する正義を見せて欲しいから」
「……どの口がそんな分かったようなことを言えるんですか」
ぽつりとフランチェスカが呟く。
喉の底から絞り出すような声で。
「言えるさ」
「何故ッ!「何故あなた如きに言え────」
「俺はお前のように黒魔術の実験台にされたやつを知っているからだよ。そいつがお前と同じように、死を救済と呼んでいた」
「ッ!?」
フランチェスカがたじろいだ。
「当ててやるよ。『黒猫』、それがお前の正体だ」
「……」
「あ、相棒。なんだい? その『黒猫』って」
「聖教会の闇の部分さ。あいつら、聖女の権威を振りかざして裏でかなりえぐいことをやってるんだ。例えば、こいつのように邪神の欠片を人間に埋め込んだり、複数の魂を合一させたりな。建前は『魔王への対策の一環として』だが、実態は黒魔法の研究だ。そういう実験台にされたやつらを、聖教会は『黒猫』と呼ぶ。そして、もう使い物にならないとわかった黒猫は秘密裏に殺されるか、勇者を引き立てるためのプロバガンダに利用されるんだ」
「だから人間は嫌いなんだ。同族ですら簡単に利用する」と相棒は悪態をついた。
再び、私は目の前で呆然とするフランチェスカを見やる。
私の目の前の異形は、以前よりも可哀そうな生き物に思えた。
もう、怒りすら覚えれない。
「レヴィ、今目の前にいるヤツはそういうやつだ。魔王と勇者の因縁の副産物。俺と同じ、悪しき伝統の暗黒面だよ」
「……」
「だから俺はこいつを、フランチェスカを死をもって救う。こいつを殺す俺を決して止めるな。これは俺なりの精一杯の救い方なんだよ」
相棒が剣を振りぬく。
光の斬撃は目の前の少女を容易く切り裂いた。
黒い物体が溶けだすようにその場で崩れる。
異形だったフランチェスカが人型になるように切られたのは相棒なりの温情なのだろうか。
そして相棒は悲しそうな目をしてフランチェスカの元へ歩き、胸を貫く。
もう再生はしない。相棒の強い聖属性がフランチェスカの再生に歯止めをかけていた。
「頑張ったな。これでお終いだ、何もかも」
「イヒヒ……。「……神様、「私は生まれてはいけなかったのでしょうか」
力なく、フランチェスカは嘆く。
体中に生えた口は相棒の魔力に浄化され、一つ、一つと機能しなくなっていく。
「物心がついたときには闇の中にいて、「教会の犬には『これも魔王を倒すため』と言われて「様々な苦痛を与えられました。そのせいで、私の人生は狂いました。「私も狂わずに入られませんでした。……狂った方が、楽でした。「勇者と魔王がいるこの世界を憎んだほうが楽でした。……神様、誰にも愛されなかった私は死んだ方がよかったのでしょうか」
少女の独白は神本人に届くことはない。
────だけど
「違うさ」
神の代行者である私はすぐに代弁していた。
「君は生きていてよかった。ただ、運が悪かっただけさ」
「イヒヒ……そうですか」
フランチェスカの体に触れ、神炎で包む。
攻撃に使った時のような高温ではない。ぬくもりを感じる程度の優しい炎だ。
修行で培った炎のコントロール力がこんな形で役に立つとはね。
フランチェスカの体がだんだんと灰になっていく。
「私は……不幸せでした。もっと自由に生きて、おしゃれして、周りに分かり合える人がいる、ごくごく普通の暮らしをしたかったです」
「ああ、きっとできるさ。天界はいいところだよ。私の故郷の天界はね、人は優しいし、きれいなところだし、何よりみんな平等だ。なにも君を虐める人はいない。君は自由さ」
私の言葉に、フランチェスカの瞳から頬にかけて一筋の糸が走る。
「うれしいことを言ってくれますね。どうせ私は地獄行きでしょうに」
そんな皮肉を言って、ニヒルにほほ笑む。
確かに、フランチェスカは多くの罪を犯した。それは決して普通ではない量の。
だけど、いつかは償いきれるはずだ。加害には贖罪を。
だってそうしないと、救いがないじゃないか。
罪を犯したのに償えないなんて、救われない。
フランチェスカは崩れ去る腕を掲げ、天に願う。
「神様……こんな救われない私でも、来世の幸せを祈っていいでしょうか。……誰かに愛される幸せを」
こうして時代に翻弄された哀れな少女、フランチェスカは勇者と神龍に見守られながら白い灰になった。
しかし、その最後はあの気味の悪い笑みではなく、年相応の可愛らしい笑顔であった。
読んでいただきありがとうございます!
もし気に入っていただけたら下にある☆☆☆☆☆を埋めてくれると作者としては非常にテンションが上がります。
ついでに投稿モチベも上がり、作品がより良いものになるかも知れません。作者は素直な子なのです。
気が向いたらでいいです。ぜひ評価の方を




