先生が親と知り合いだった時の絶望
「んにしてもよぉー、帰ってくるなら私にも連絡しろよな」
「アハハハ、ごめんごめん。つい衝動で帰ってきちゃったからアゼルに連絡する暇もなかったわ」
「はぁ、しっかりしろよ。昔っからゲヘナはどこか抜けてるからいつかやらかすぜ」
「大丈夫よ、今までやらかさなかったから」
城の箱庭にて、微笑ましい歓談が和やかに響く。
それは小鳥のさえずりような軽やかさで起承転結を繰り返して、永遠に続くかのような錯覚を見る者に覚えさせた。
────はいそこ、今すっごく楽しそうな情景を連想しただろ。キャッキャウフフなガールズトークをな。
そんな奴らに、現場からお送りしている俺たちが忠告してやるぜ。
いいか、この会話はそんなに可愛らしいものじゃない。俺たちからしたら、胃がねじれにねじれ、血反吐を吐いてもおかしくないような最悪の現場だ。
まぁ、そう楽観的に思うのも無理はない。事実、箱庭の管理人であるコユミの傍らではベヒーモスの赤子、モリガン(コユミ命名)があくびをしながらまどろんでいる。
主人であるコユミはか細い声を出しながら震えているというのに、だ。
無知とは恐ろしいものである。……俺もそっち側に行きたかった。
「ゲヘナ様とアゼル様が私の庭でお茶会してる……」
「コユミちゃん、諦めなさい。ああなったお母様と先生は日が沈むまで話し続けるわよ」
「わかってる、なによりアゼル様が夜ご飯をこの城で食べるつもりだから。久しぶりに魔王城でゴチになれるってうっきうきしてる」
「それは凶報ね……城の酒が飲みつくされるわ。それに城の壁にいくつ穴があくかしら」
「ったく、友達の家に逃げやがったミルダとおやつ作りとか言って厨房に逃げたレヴィに続けばよかった」
俺の言葉に、ヒルダとコユミが深い深いため息をつく。
逃げる理由がない者たちの悲観の表れだ。
「あっ、これ美味しいな」
「うふふ、そう?お土産に買ってきてよかったわ」
そう言いながら、アゼル先生はお義母さんがお土産に持ってきたドライフルーツ入りクッキーを消費していく。
────とここで
「そういやさ、なんでお前帰って来たんだよ。それももグリモアを置いてきてさ。……悩みがあったら、聞くぜ?」
「さっすが教員職ね。察するのが上手だわ。実はね───」
そう言って、お義母さんは先生に不満をぶちまける。
内容は様々、アイスクリームも食べたことはもちろん、せっかく夕食を作ったのに勝手に外食してきたこと、自分に隠してお菓子を買いだめしていたこと、などなど……。
────って全部食べ物関連じゃねぇか!
なんとまぁ食にうるさい母親だろうか。
すると、お義母さんの話を真剣に聞いていた先生は最後に深く頷いて
「それはグリモアが悪いな」
「アゼルは分かってくれるの!?」
「ああ、なんてったって親友だからな。ゲヘナのことくらいすぐにわかる」
「「「うっわ」」」
俺たちはこの上ない笑顔を見せる先生の発言にドン引きした。
まぁ、セリフだけ聞けば感動的な友情溢れる発言に聞こえなくもない。いい話だなー、で終わる。
だが、これは先生がいっているのだ。
万年独身の先生が、だ。
先生の心を読んだコユミが、これまた小さな声で言う。
「アゼル様、この状況を楽しんでる……」
「あれは人の不幸を楽しんでいる顔ですね。どう思いますか、解説」
「ええ、しかも先生の特に好きなジャンルである『結婚生活辛い辛い』話。その話を毎夜の酒の肴にしている先生にとってお母様の愚痴は極上の栄養源でしょう。そこでしか得られない栄養素があると言いますからね」
毒を吐き出したいお義母さんと他人の不幸を摂取したい先生との妙な利害の一致により、話はどんどん弾んでいく。
子供の教育には非常に悪い、大人の闇が見える会話だ。
よいこのみんなはこんな大人にならないようにしよう。
と、気分のよくなった先生が懐から煙草を加えて火をつけた。
「……ちょっとアゼル。煙草は私のいないところで吸って頂戴って毎回言ってるでしょ」
「ああ? 別にいいじゃねぇか。野外だろ」
「あのね、煙草は子供の教育に悪いの。グレイやヒルダが真似したらどう責任をとってくれるの」
「そんなガキでもないだろ、あいつらは。それに二人とも煙草を吸っていい年齢だろうが。なんの問題がある」
「大問題よ。煙草一本で寿命が何日か削れるって言うじゃない。私は母親として、あの子達に一日でも長く生きてほしいの。……もしかしてアゼル、あの子達の前で煙草を吸ってたりしないわよ……ねぇ?」
瞬間、お義母さんの暗黒微笑が発動した。
ちなみに、先生はバッチリ俺たちの前で喫煙している。副流煙を俺たちに浴びせまくっている。
先生は俺たちよりもお義母さんとの付き合いが長いので、お義母さんの顔から自身の過ちを悟った。
「し、してないぞ。私だって現役バリバリの教員だ。そんな生徒の害になることをするはずないだろ。アハハ」
「……そう?二人に聞いてもいい?」
「お、おう。いいぞ」
……おう、まずい気がするな。
「……グレイ、ヒルダ。出てきなさい。さっきまでコユミちゃんと話してたのは知ってるわよ。ついでにコユミちゃんも出てきなさい。あなたも知ってることがあったら教えて」
「「「ハイッ!!」」」
俺たち三人はお義母さんの掛け声で、生け垣から飛び出し一列に並ぶ。
なんてことだ。こんな戦慄の走る現場に駆り出されてしまった。
ほぼ死刑宣告と同じである。
お義母さんが先生に向けていた微笑みを俺たちに向ける。
「どう? アゼルの言っていたことは本当のことなの?」
その冷たいトーンに、俺たちは首を横に振────
「違うよな、お前ら」
れなかった。
極限状態になった肉食獣のような眼光が注がれる
……どうすればいいと!?
最高のパターンは俺たちが嘘をつき、それをお義母さんが信じることだが、お義母さんに嘘をついてバレなかったためしがない。
だからといって本当のことを言えば、俺たちは次の日には墓標に名を刻まれることになるだろう。
デッドオアデッド、どちらにせよ死ぬ。
「ちょっとアゼル。ヒルダ達に圧力をかけないで」
「そういうゲヘナだって圧力をかけてるだろ。お前お得意の母親パワーにこの三人が勝てると思ってるのか? そもそもこの質問の仕方自体が不公平なんだよ」
なぜだろう、お義母さんと先生との間でスーパーモンスター大戦が行われているように思えるんだけど。
俺たち、そんな中に巻き込まれた子リスなんだけど。不遇枠なんだけど。
「「私のこと、信じてくれるよね?」」
「「「ワワワワワ」」」
二人にすごまれ、俺たちは全力バイブレーションをきめる。
泣きたい、この笑顔。
すると、お義母さんがポンと手をうった。
「……あ、そうだ。そんなことせずともコユミちゃんにアゼルの心の中を覗いて貰えばいいんだ」
「ッ!?」
悲報、お義母さんが最終兵器の投入を決定。
先生とコユミが涙目になり、俺とヒルダの安全が約束される。
「じゃあコユミちゃん、アゼルのことをしっかり見ててね。……アゼル、もう一度聞くわ。あの子達の前で煙草を吸ってたりしないわよ……ねぇ?」
「し、してない」
先生が断言する。
さて、コユミと先生の運命やいかに。
先生の心を読んだであろうコユミは目をぐるぐると回転させた後……目を伏せて静かに呟いた。
「……あそこの煙草の空き箱、片付けなくちゃ」
そう言って、コユミは庭の隅にあるひしゃげた箱を指差す。
それは雨風に濡れ、明らかに月日がたっていた。
その場にいた全員が、コユミのだしたSOSの真の意味を傍受する。
「……ごめんなさい。これでも城の従業員なんです。ごめんなさい」
その日、城の壁に計五個の穴が開いた。
読んでいただきありがとうございます!
もし気に入っていただけたら下にある☆☆☆☆☆を埋めてくれると作者としては非常にテンションが上がります。
ついでに投稿モチベも上がり、作品がより良いものになるかも知れません。作者は素直な子なのです。
気が向いたらでいいです。ぜひ評価の方を




