オー・マイ・マザー
起きる。そして体を起こし、窓の外を眺め日の角度をざっくり計測する。
まだ八時くらいか……うん、二度寝できるな。
レヴィはもうすでに起きて、趣味で育てているトマトときゅうりとマンドラゴラの様子を見に行っているが、そんなことは関係ない。
俺は俺の人生を生きる。それは睡眠時間だって例外ではない。
いつだって手加減せずに全力で物事に取り組むべきだと、俺は思う。
そこに一切の妥協はない。むしろ、妥協してはいけない。
ブランケットにくるまりながら、俺はまた夢の中に潜り込む体勢にはいる。なんだかいい夢が見れる気がするのだ。
それではお休み。
「────起きなさいグレイ! いつまで寝ているの!」
「はい! お義母さん!」
声に呼応してとっさに体を浮かせ、冷たい床に降り立ち背筋を伸ばす。
昨日読んでいて、そのまま置きっぱなしだった本の角が足の裏にクリーンヒットしてとても痛かった。
しばらくして、寝ぼけた目が調子を取り戻しピントが合う。
……あれ? 噓でしょ?
「まったく、うちの子供たちは私が目を離したとたんに生活態度が乱れるんだから……。子育ては根性ね」
俺の目の前で、ヒルダやミルダと同じ目の色をした女性がため息をつき腰に手を当てる。
その姿には危険ながらも美しいものがあった。
俺はそこにいる存在に驚愕し、思わず声を漏らす。
「お、お義母さん……」
「ただいまグレイ。といっても私とグリモアは南島の別荘に住んでいるのだけれど」
女性は俺にむかってニコッと快活な笑顔を見せる。
────ヒルダとミルダの生みの親にして俺の育ての親、そして家庭において魔王を尻に敷く世界最強の女。お義母さんことゲヘナがそこにはいた。
魔王の間にて、俺、ヒルダ、ミルダが正座をする。
その目線の先にはお義母さんがヒルダ以上に玉座を使いこなして座っていた。
「で、ヒルダ。今日は何時に起きた?」
「……七時です」
「嘘おっしゃい」
「……九時です」
ヒルダがうつむくと、お義母さんが暗黒微笑で深く息を吐く。
「ヒルダ、お母さんはあなたのことを心配してるの。こうやって遠くにいるからこそ、親は子供を思うものなの。わかる? それがこの自堕落っぷりじゃあ……ねぇ?」
「はい……」
「グレイとミルダもよ」
「「はい……」」
完全に城はお義母さんの所有物と化していた。
そもそも、先代時代も城のものは全てお義母さんのものだったと言っていい。
城の中にいるありとあらゆる人間は、お義母さんが帰ってきた時点でお義母さんの管理下にいるのだ。
「お、お茶です……」
「あら、気が利くわね。私がここに住んでいた時はみなかった顔だけど、なんて名前?」
「れ、レヴィっていいます。相棒……グレイの相棒をしています」
「へぇ……。グレイもついに自力で信用を得ることができるようになったのね。感心感心」
「これからも息子たちをよろしくね、レヴィ」とお義母さんがレヴィからカップを受け取る。
ちなみに、少しでもレヴィがお義母さんの気分を害していたらこの場は大変なことになっていた。
……詳細は省く。考えたくもない。
「お、お母様……どうしてこの城に……。それもお父様がいないようですし……」
お茶をすする母親に、ヒルダが心配そうな視線を向ける。
すると、お義母さんは
「ああ、そういえば言ってなかったわね。ヒルダが大きなお金をもって余計なことに散財していないか見に来たのよ。子供に大きなお金を持たせたらロクなことが起きないから。特にあなたは」
「うっ……」
お義母さんの言葉に、ヒルダは口をつぐみうろたえる。
事実、俺がお義母さんにチクらなかったら散財する気満々だったからだ。
やはり母親は何でもお見通しなのである。
────しかし
「────っていうのが表上の名目ね」
「……え?」
お義母さんの話はそこで終わりではなかった。
何か含みのありそうなお義母さんの言い方に、俺たち三人は疑問符を発する。
絶対に俺たちにマイナスなやつだ。今までの経験でわかる。
俺たちが嫌な予感をひしひしと感じる中、お義母さんは茶菓子を口に放り込みながら、まるで日常会話を続けるかのように言った。
「裏の名目は……ちょっとグリモアと大きなケンカをしちゃってね。……悪態をついて逃げてきちゃった」
「「「……はぁっ!?」」」
「だからしばらくここにいさせてほしいの」
「「「……」」」
「もしかして……相棒の家族がピンチなの……かな?」
甘いなレヴィ、もしかしなくてもピンチだ。
お義母さんは茶菓子の消費スピードを加速させながら文句を垂れる。
「と、とりあえず、お母様。話を聞かせてもらえますか?」
「ええそうね。いいわよ。事件が起こったのは先日のこと。グリモアのやつ、私が大事にとっていたアイスクリームを勝手に食べやがってね。それを私が怒って空のアイスクリームカップ片手に追及したら、グリモアが『そのくらいのアイスならいくらでも買えるだろう? なにを怒る必要がある』なんて言い出して。 ……違うのぉ! あれは週一回の日替わりアイスクリームで稀にしか出ないマリンメロン味なのぉ! そりゃあグリモアは生まれながらの魔王で金なんていくらでも持っているから飽きるほど食べたんだろうけどさ! 中流階級で圧倒的な庶民な私には高級アイスクリームが至福で至高なのぉおお!!」
((((くっだんな))))
肘掛けをバンバンと叩く先代王妃を見て、俺たちは白目をむく。
でたよ、お義母さんのクラスギャップ症候群。
平民の出のお義母さんは感覚が全然王族じゃないのだ。
純然たる恋愛でシンデレラロードを駆け上がった故に生まれた悲しき宿命である。
「一個千ラピスもするのよ!? 千ラピス! 千ラピスがあれば怪鳥卵十個入りが何パック買えると思ってるの!? 大安売りの時には五パックも買えるわよ!」
大安売りとかいうな。お義母さんがバーゲンに出没して雑誌にすっぱ抜かれるたびに俺たちはひやひやして夜も眠れなくなるんだぞ。
お義母さんはひとしきり子供たちに先代魔王への苦情を吐き出した後、疲れた様子で足を組む。
「ということで、少なくとも一週間はここに居座るわ。私の家だもの、文句はないわよね」
「そりゃあ……文句は出ないけどさ……」
「お母様が来ると城に様々な波乱が舞い込むというか……」
「ミルダ達の心労が増えると言いますか……」
「なに、言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
「「「いいえ、ありません」」」
「相棒……」
レヴィが俺達に残念な目を向ける。
違うんだ。不可抗力だ。
魔王だろうが選ばれし勇者だろうが母親には勝てないのだ。
母親は最強の生物なのだ。
その上お義母さんは超教育家、お母様の教えでこの大陸で誰よりもセレブなはずの俺たちはいまだに一万ラピスの値札を見た瞬間に「高ッ!?」と条件反射で言ってしまう。我ながらもう魔王家は終わりだと思っている。
そんなこともあり、俺たちはお義母さんに反逆するなんて無謀なことはしないしできない。牙なんてとっくの昔にもがれている。
「だから、これからよろしくね。ちなみにグリモアには私がここにいることは言わないで。『はい』の返事は?」
そう言って、お義母さんはいい音をたてて茶菓子を噛み砕いた。
読んでいただきありがとうございます!
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ついでに投稿モチベも上がり、作品がより良いものになるかも知れません。作者は素直な子なのです。
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