そして、これからも
「意外と馴染むのが早かったな。やっぱりそこは魔族と言ったところか」
「ええ、私、意外と魔族の生活が向いてるかもしれないわね。……紫色の卵にはちょっと抵抗あるけど」
「そうか? おいしそうに見えるんだけどなぁ……」
気まぐれにカーラの様子を見に来た俺は頭をかく。やはり人間大陸の感覚が抜けてないみたいだ。
あの後、結局カーラは魔王城の蔵書室の管理人として働くこととなった。
本人が魔法学の研究を続けたいという意向もあり,その役職で落ち着いたのだ。
おかげで魔王城の蔵書室はホコリひとつない。
……というか────
「天井に星空を映すなんて変わったことをするな。さすがは星見の一族と言ったところか」
「そうね、そっちの方がなんとなく落ち着くもの。でもまぁ、少しアレンジを加えてみたのだけれど。きれいでしょ?」
「へぇ。で、これがお前の見えてる世界なのか。これは飽きなさそうだ」
天井に浮かぶ様々な星の輝きが蔵書室を照らす。
その色は俺たちが知る星の色ではない。それぞれが鮮やかな色を放ち、黒いキャンバスに個性を描いている。
無数にあると思われる星でも、一つとして同じ色はなかった。
見る角度で色が変わる星々に目を奪われながら、俺はその中でもひと際輝く星を指す。
「んで、これがシェリルってわけだな。確かに一番きれいだ。美的センスが壊滅的と言われる俺でもそれは分かる」
「あら、それがわかるなら美的センスはそんなに壊滅的じゃないと思うわよ。少なくともシェリルを凶星とみている人たちに比べればね」
カーラがクスクスと笑う。
それはこの前の旅では一切表に出さなかった心からの同情を感じさせた。
ようやく、自身の見る世界を共有できるようになったというわけか。
────ふと、さっき気になったことを聞いてみる。
「……そういや気になってたんだけどさ」
「ん? なに?」
「いつからお前は自分が魔族と気づいたんだ? 少なくとも二百年間は人間として生きてきたわけだから、信じることは難しいと思うんだが」
「そうね……前にも言ったけど、人間大陸にいた時点で自分が人間じゃないということは薄々気づいてたのよ。ただ、自分が何者かということが分からなかっただけで」
カーラはそう言って自身の座る椅子にもたれかかり、傍らにかけてある杖を見やる。
「でも、完全に分かるということが怖かった自分もいたわ。国の魔術顧問兼魔術師団団長っていう長ったらしい役職に甘んじていたかったというのも事実。……素直に言えば、変わるのが怖かったのよ、私は。実はあの杖は私が国の駒になった時に国から貰ったものなの。あれがあるから、私という存在が存在できる。『緋色の魔女』として生きていられる。そう思っていたのよね」
「でも、普通に捨てられたじゃねぇか」
「フフッ、そう言われるとぐうの音も出ないわ。あれだけ誇りにしていたものを簡単に捨てられたことに関しては、自分でもびっくりしてる。案外、私は二百年の間どうでもいいことに囚われていただけないのかもしれないわね。……でも、私がそれから解放してくれたのはあなた達なの」
「俺たち?」
「そう」
カーラは感慨深そうに話し始める。
きっと、その魔眼の奥にはあの旅での出来事が映ってるのだろう。
「私と同じ、国のために生きる人のはずなのに、自由で、ワガママで、全力で生きることを楽しんでいるあなた達が私には眩しく見えた。だから少し自信がついたのね。こんな私でも少しぐらいワガママになっていいのかもって。普通の人が子供の時代に気づくものを、私は二百年もかかって気づいたのよ。……まぁ、決定的だったのはグレイが話してくれた星見の一族の伝説ね。これで自分の正体に気づいた。足りなかったピースが埋まった、みたいな衝撃だったわ」
「まぁ、あの時は俺も気まぐれに話したからな。……でも、今となっては符合点もいくつかある」
事実、二百年生きているというのは魔族の血故だろう。魔法で老化を防いでいたのだとしたらこの若々しい見た目も納得がいく。
他にも探せばカーラが魔族であるヒントがあったのかもしれない。
「だから、私は変われた。……いや、この場合は元あるべき姿に戻れたっていう言い方の方がいいかもしれないわね。元々魔族だった人が人間のしがらみから逃れたんだもの。ご先祖様も報われるわね」
「ご先祖様……か。そうなると俺はご先祖様に全然報いていないな。天国で早く人間側に帰ってこいって思っているのかもしれない。特に選ばれし勇者だもんなぁ」
俺がそう言うと、カーラは苦笑いをする。
「あなたが選ばれし勇者であることは魔王の妹から聞いたけど……多分、あなたの場合は全人間が帰還を心待ちにしてるわよ」
「マジで?」
「実際、私も何度か所在を探すように命令が出たもの。……結果は全然鳴かず飛ばずだったけれど。魔法で探そうとしたら不思議なことに水晶玉がピカーって光って、何も見えなかったわ」
「は? なんだそれ。俺の魔力で妨害されたとか言い出すんじゃないだろうな?」
「いいえ、あれはあなたの魔力の流れとは全然違う代物だったわ。もっと純然な聖属性。勇者よりも柔らかくて清いものだったわ。私が知る中では……聖女? それに準ずる存在?」
「へぇ……何だったんだろうな」
「今となっては迷宮入りね。ともかく、あなたはいまだに全人間の希望を背負ってるってわけよ。私よりも大きなしがらみに巻き付かれてる。……ごめんなさい、だからどうだっていうのは野暮な話ね。忘れてちょうだい」
手をひらひらと振って、カーラはため息をついた。
変な謎を残すのやめろよ……知りたくはないけど。
でもまぁ、カーラに聞いても本当に何も知らなさそうだし、放っておくことにしよう。
「────どけ、小童」
「イデッ!?」
鈍い痛みが足を走り、俺は思わず下を見る。
そこには、俺の脛を蹴り逃げするメスガキの姿があった。
「あらシェリル。お使いご苦労さん」
「シェリ……ル……?」
「ああ、グレイには言ってなかったわね。コキュートスの新しい名前よ。いつまでもコキュートスっていうのも変だと思って、名前を付けてみたの。ご主人様らしくね。名前の理由は御察し」
「ふん、我を顎で使うなどご主人様ぐらいしかおるまいて。……しかし、道中で赤トカゲと魔王、そしてこの勇者に蹴りを入れられたから良しとするか。ほら、頼まれていたインクだ」
そう言って、コキュートス改めシェリルは背伸びをしてカーラの机にインクを置く。
おい、それ俺の買ったインクのストック。
「……フッ」
「こいつッ……!」
「お? もしかして貴様の狂った性癖に合わせて童女らしく言って欲しかったか? ざぁこざぁこ♡ 内臓ぶちまけて死んでしまえ♡」
「お前、その発言はわからされるまでが伝統なんだぞ。歯ぁ食いしばれ」
「はん、度胸もない癖に何を言う────あぎゃああああ!?」
「あなた達、思ったよりも仲がいいわよね」
クソ鳥の鳥頭を拳で挟み圧力をかける。いわゆるグリグリだ。
この技の痛さは俺がよく知っている。なにせお義母さんから嫌というほど食らった技だからだ。
シェリルの頭が悲鳴を上げるのが軋みと共に伝わる。
「クソッ……耐久値が限界だ。元通りになったら覚えていろよ」
圧力に耐えかね、シェリルは氷像になってバラバラに砕けた。コキュートスの性質はしっかり引き継がれているようである。
「ふぅ、スッキリした。やはりメスガキは粉砕するに限る。……そういやカーラ、そのインク何に使うんだ?」
「ん? ……ああ、少し本を書こうかと思って。シェリルには道具の調達をお願いしていたのよ」
「本?」
「そう、『星見の一族の伝説』の終わりを書いた本をね。物語はしっかり本に記して後世に残すものよ」
そう言って、カーラは羊皮紙の束を見せる。
そこには既に文字の羅列が書かれていた。かなりの大長編になりそうな予感。
「いつかお前の物語も、寝る前の子供たちに読み聞かせる話の定番になる日が来るのかねぇ」
「フフッ、そうなるといいわね。私としてはそのくらい広まってくれると嬉しいわ。……ああ、そうだ。ちょっとこの本で決めかねているところがあるのだけれど、あなたが考えてくれないかしら?」
「まぁ、俺なんかでいいなら協力するが……」
「そう、ありがとう。その決めあぐねているところがここなんだけれど……」
カーラが指差したのは本の表紙の一部分。題名の下だ。
題名には既に「星見の一族の伝説(後編)」と書かれてある。
「副題か」
「そう、どうせなら分かりやすく副題をつけようと思って。この本にはあの旅での出来事も書く予定だから、当事者であるグレイに考えて欲しいのよ」
「そうか……そうだな……」
カーラに言われ、俺は顎に手を当てて考える。
どうせなら誰もが分かりやすいと思う、手に取ってくれるような副題がいいだろう。
内容を知らない人たちがこの本を手に取るのだ。少なからず情報を副題で示すのがいい。
となると────そうだ。これがいい。
思ったことをそのままに、俺はカーラに案を言う。
「『~人間大陸で育った魔族の私は二百年間働き続けたブラック国家を抜け出し魔王大陸で自由を満喫します。……え? 私がいないせいで国がピンチ? 千年前に先祖を皆殺しにしたくせに何を言っているんですかねー? ~』がいいと思うぞ」
「あなたって美的センスが壊滅的よね」
これにて緋色の魔女編は終わりになります!
半ばみきり発車で構想が出来上がったこの作品ですが、皆様のお陰できれいに終わることができました。ありがとうございます。感謝しかありません。
では、恒例の催促をば。
もし気に入っていただけたら、下にある☆☆☆☆☆を埋めてくれると作者としては非常にテンションが上がります。
ついでに投稿モチベも上がり、作品がより良いものになるかも知れません。作者は素直な子なのです。
気が向いたらでいいです。ぜひ評価の方を




