その地獄は異界より来たりて
「この洞窟だべ。あとはよろしくだ」
「絶対に帰ってきてくださいな。うち等は美味しいものをたくさん用意してるべ」
「ああ、助かった。さっさと終わらせて帰ってやるからな。……もしものことがあった場合は早急に住民を避難させてヒルダを呼べ。分かったな?」
「「了解」」
洞窟前にて、送り届けてくれたブリザドとフラッペに礼を言う。
まぁ……今回こそはあんまり被害を出したくないところだからな。五年前が一番ひどかった。
「へぇ……かなり強力な封印ね。でも陣がところどころひび割れてる。いったい何が封印されてるの?」
厳重に閉められ、鎖や呪縄で封がされた扉にカーラが感嘆符を発する。
……そろそろ頃合いだろう。
俺はカーラの横に立ち、封印を外す鍵を回して言う。
「コキュートスだよ」
「コキュートス……ッ!?」
「ようやく驚いた顔が見れたな、緋色の魔女さん」
カーラは半笑いで扉から一歩退いた。
どうやら人間の大陸でもコキュートスの名前は響き渡っているらしい。
「ハハ……まさか。そんなものがいるはずがないじゃない……いや、いるのでしょうね。この封印を内側から食い破る存在なんて、そのくらいしかいないもの」
「信じてくれてなによりだ。船の上で教えると逃げられる可能性があったもんでな。大事な戦力に逃げられるのはなるべく避けたかった」
これが俺がかたくなに目的を言おうとしなかった理由だ。
初見のやつは大抵逃げ出すから────
「おいレヴィ。なんで震えてる」
「聞いてないよ相棒!? コキュートスだって!? 神様も匙を投げた氷の化け物じゃないか!」
「ああ、そうだがなんの問題が?」
「無理無理無理無理! 私の神炎だって効果があるか怪しいよ!? 炎をも凍らせるのがコキュートスじゃないか!」
レヴィが絶望に満ちた顔をして訴えかける。
ああ、そういやレヴィも初見さんだったな。身内だからてっきり分かっているものかと。
「まぁ落ち着けレヴィ。今回はあくまでコキュートスを弱らせて封印するだけだ。別に倒すとかそういう無謀なことを考えているわけじゃない」
「いやぁああ! 私はママからコキュートスだけは敵対しちゃいけないって教えられてきたんだぁぁあ!」
「……『神炎魔法』使うぞ」
「わ、わかったよ相棒。もうそんなこと言わないからもうあれは使わないでくれないか。あの魔法は私の人権を冒涜する魔法だ。勇者が使うような魔法じゃない」
勇者の相棒のくせにうじうじ言ってたやつが手の平を返す。
そんなことを言うから神龍は精霊に立場をとられたりするのだ。
「と、いうわけだ。ここまで来たからには冥土まで一蓮托生だぞ。実感はないかもしれないが、コキュートスを放っておけば魔王大陸は確実に滅亡、もしかしたら人間の大陸に飛んで戦争とか平和とか全部ひっくるめて凍らせてしまうかもしれない。────全員気張れ」
そう言って、俺は結界のほころびに鍵を刺す。
解呪の魔導回路に魔力が通り、幾重にも重ねられた封印が一つ一つはがれていく。
そのたびに下がる気温、そして凍る背筋と汗。
パサつく口から必死で意識をそらせながら、目の前で起こる悪夢に覚悟を決めた。
『────!!』
音はない、しかし耳を叩く絶叫。
いや、この時はあえて産声と言った方がいいだろうか。
かつて、いつの日か異界から来たとされ、この世界にいた歴代魔王や初代勇者を含めたすべての猛者が滅ぼすことができず、神でさえ存在の抹消を諦めたとされる化け物。
『────キィイイイイ!!』
「これがコキュートス!」
しかし、その化け物は化け物というにはあまりにも美しかった。
例えるなら、全身を氷の羽で覆われた大鷲。体長が鷲の何百倍という大きさでは無ければ誰もがその姿に見惚れるだろう。
コキュートスは青い冷気を纏い、完全な姿を取り戻した。
「全員その場から離脱しろ! じっとしていると足元を凍らされるぞ!」
俺の合図で三人は散開する。
俺たちを補足したコキュートスの眼が動く。
「まぁ先に狙うのは俺だよなぁ!」
俺は剣を持ってコキュートスを迎撃する構えをとる。
毎年顔を合わせていたら最も嫌な相手というものは向こうもわかる。一応各氷耐性装備は着込んでいるがそれでも貫通してくる寒さ。
「『セイントヴァーチェ』!」
剣とコキュートスのくちばしが交差、くちばしが欠けてコキュートスの顔が砕け散る。
「やった!」
「んなわけねえだろレヴィ! 気を抜くな!」
「そうですよレヴィさん! コキュートスは氷の塊、核を砕かない限りすぐに復元するんですよ! そんな簡単に倒せてたら封印なんてしていません!」
ミルダの言う通りにコキュートスの顔は俺の横を通り過ぎながらすぐに元通りになる。
しかも、コキュートスの厄介なところは核を壊しても復元してしまうことだ。
流石に復元速度は落ちるものの確実に復元する。もはや生物とは言えない異常な性質をしているのだ。
だから、初代魔王は核を砕いて復元を遅くするように封印をかけるしかなかった。それでも丸一年で再生してしまうのだが。
「す、すごい……これが伝説の存在……」
「驚きっぱなしのところ悪いんだが少し足場を作ってくれないか!? 雑に柱を立てるだけでいいからさ!」
「あ……っわかったわ! 天より凍てつきし魔力の結晶よ、今こそ集いてかの者を導く道となれ! 『氷柱』!」
カーラが風圧をこらえながら緋色の目を輝かせると、コキュートスの真下から数本の氷の柱が伸びる。
しかもコキュートスの翼を串刺しにするというナイスプレイ付きだ。
「ナイスです! あとはミルダに任せちゃってください!」
己の体を貫く柱にもがくコキュートスが柱を砕いていく中、ミルダが柱を蹴ってわたりコキュートスの頭上で拳を振り上げる。
「これが魔王一族の本気です! 『魔神拳』!」
黒い流星となったミルダがコキュートスを貫通、コキュートスは全身にヒビが入り砕け散る。
「レヴィさん、核をとってください! あの赤いやつです!」
「あれかい!? わ、わかった!」
すかさずレヴィはコキュートスの中心にあった赤い塊をとる。
そして核を砕こうと手に炎を纏わせ────
「ッ……! レヴィの神炎が消えたッ!?」
「まずいよ! 私の力よりもコキュートスの核が放つ冷気のほうが強い! このままじゃ────」
レヴィががそう叫んだ時にはレヴィの手はカチカチに固まっていた。
「レヴィ! その手を放せ!」
「無理だよ相棒! もう完全に固まって……ああっ!」
コキュートスの体がレヴィを巻き込んで形成されていく。もうすでにレヴィの半径二メートルは氷の壁で覆われていた。
レヴィはなんとか神炎を纏って体全体が凍らされないようにしているが力は拮抗している状態。
レヴィが氷漬けにされるのは時間の問題だった。
『キィイイイ!!』
「────棒! あ────う!」
「クソっ! アイツ、レヴィを体内に入れたまま体を再構築しやがった!」
コキュートスの透明な体の中でレヴィが途切れ途切れの声を発する。
こうなっては人質を取られたようなものだ。
「お、お兄様……」
「大丈夫だ。お前は悪くない。俺だってそれが最適解と思っていたし、コキュートスがそんな行動をとるなんて誰も思わなかった。今はどうやってレヴィを助けるかだけを考えろ」
「は、はい!」
泣きそうなミルダの頭を優しくなでて安心させる。
しかし状況は芳しくない。むしろ最初より悪化した。
頭をフル回転させてレヴィを救出する方法を考える。
もう一回コキュートスの体を砕くか?
────いや、ダメだ。威力によってはレヴィが無事に済まない。
それならレヴィが耐性を持っている炎でコキュートスの体を溶かすか?
────無理。レヴィの神炎はどんな炎よりも高温。それさえかき消すコキュートスの冷気で打ち消されるだけだ。
……聖属性ならいけるか?
────可能だが、あれだけの巨体を吹き飛ばすにはセイントネビュラぐらいの高威力じゃないと砕けない。でも、幸いレヴィは神龍で聖獣。万雷鯨と同じく勇者の扱う聖属性に耐性がある。死にはしない。
だが、俺の腕は確実に体から離れるだろう。万雷鯨の時はドローレスクの自動回復に助けられたから五体満足で打てたのだ。
……いや、四の五の言ってる暇じゃない。腕一本よりひとつの命だ。
覚悟を決めて、俺は剣に熱を帯びさせ────
「……私にいい考えがあるわ」
「「えっ!?」」
と、ここでカーラがコキュートスを見据えて俺たちに提案した。
「ようするにあの子を生かしたままコキュートスの体をどうにかすれば、あの子が核を砕いてくれるんでしょ?」
「あ、ああ……そうだが」
俺が心配そうにうなずくと、カーラはいつものように不気味に、そして不敵にほほ笑んだ。
緋色の魔女の象徴と言える緋色の眼をさらに輝かせる。
「人間の国にはね、こういう言葉があるの。『戦に勝ちたくば自然を利用しろ。自然は見方ひとつで強大な敵となり強大な武器となる』ってね」
「「は、はぁ……」」
「だから私はその方針にのっとらせてもらうわ。いくらコキュートスが世界を凍らせるぐらい強いって言っても、世界を凍らせられるわけじゃないから」
魔女が杖を掲げる。
コキュートスにも臆さないその姿は、まさにおとぎ話に出てくる大魔導士であった。
そして絵になるポーズで俺たちに言う。
「知ってる? 大地から湧き出る温泉って氷をとかすには最適なのよ? この世界の力の一端である温泉が、コキュートスの力に負けるはずないわよね」
瞬間、コキュートスの周りの転送陣から暖かい大地の恵みが噴出した。
読んでいただきありがとうございます!
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ついでに投稿モチベも上がり、作品がより良いものになるかも知れません。作者は素直な子なのです。
気が向いたらでいいです。ぜひ評価の方を




