緋色の魔女
「ねぇ勇者さん、あなたは戦わないの?」
「ん?」
俺が海風を感じながら水平線を眺めていると、カーラがつまらなさそうな顔で聞いてきた。
「そういうあんただって戦っていないじゃないか」
「まぁ、そうだけども。でも勇者っていう人種はすぐに戦いたがる生き物だというものが私の解釈だわ。それに対しあなたは剣を手に取ろうとせずに周りに全てを押し付けている。……あなた、もしかして何か私に隠してる?」
「ああ、隠してる。だからそれが何だってんだ?」
「……ふーん」
知りたがっていそうだったので断言してやると、カーラは生返事で返してきた。
緋色の魔女は頭がいいので嘘をついてもすぐにばれる。それぐらいならいっそのこと言ったほうが余計なことを考えずに済む。
「あのなぁ……、新入り、しかも人間相手にそうやすやすと手の内をさらすとでも思ったか?」
「魔王の妹は派手にさらしていたじゃない」
「ああ、あれはさらしてもいい手の内だ。『血雨』ごときで慢心しているようじゃお前もそれまでの器ってことさ。そこに気が付いて首を突っ込んできたのは評価してやるよ」
「あら、うれしいわね。光栄だわ。……じゃあもし、私があなたの全力を教えてほしいって言ったら?」
「その時はきっちり教えてやるさ。お前が生きた状態で教えられるかは知らねぇが」
「……ふふっ、そんな気はさらさらないわ。どうでもいいことで気を張り詰めていたら小じわが増えるわよ」
そう言って、カーラはクスクスと笑う。
少し残念そう、しかし収穫はあったという顔だ。
……まったく、食えねえ魔女だぜ。
「ご忠告感謝だ。っつーわけで妙な動きはするなよ。お前が俺の一挙一動を観察しているように俺もお前を監視しているんだ。それを忘れるな」
「だからそんな気はさらさらないって言ってるでしょ?」
「どうだかな」
何も考えていませんよと笑みを浮かべたまま杖にもたれかかるカーラにくぎを刺した後、俺は船の自室に戻ろうと歩き出す。
船旅で手を内をさらすのは極力避けたい。さらすとするなら本命の仕事の時だ。
さぁて、ふかふかのベッドで横になりますか────と
「「ッ!?」」
船が大きく揺れ、俺とカーラは体勢を崩した。
「グレイ様! 大王烏賊の大渦です!」
「チッ! こんな時にクラーケンかよ! 船員は船内に退避! あとレヴィとミルダを連れてこい! ここで片付ける!」
俺は剣を抜いて船底に揺らめくバカでかい影を視認する。
「勇者さん、これは何?」
「お前もクラーケンの名前は知ってるだろ。ここら辺はそいつの縄張りに接しているんだよ」
「ああ、『海の亡霊』と呼ばれる伝説のイカね。人間の大陸は聖女様の力で滅多に現れないけど、魔王大陸では現れるのね」
「ああそうだ。というかその聖女の影響でこっちにしわ寄せが来て困っているんだよ。会った時にはぶっ殺してやろうかと思ってる」
面白いことになってきたと笑顔を絶やさないカーラは「ちなみに聖女様は魔王側に被害が出ることもも織り込み済みでやってるらしいわよ。今思えば嫌なことを考える人ね」と杖にしがみつく。
クラーケンはこうやって船を襲って冷たい海の底へ引きずりこむ。
しかもクラーケンの器官の権能で作られる激流、『大王烏賊の大渦』で逃げることは不可能。
つまり、撃退するしかクラーケンから逃れる方法がないのだ。
「お兄様! 呼ばれて飛び出てやってきましたぁ!」
「ちょちょちょ、ミルダ。非常事態なんだからそんなに暴れない」
丁度、ミルダとレヴィが甲板に出てきた。
これでこの船の最高戦力が全員集まったわけだ。
「おい魔女、お前の出番だぞ」
「あら、ようやくかしら」
「お前の魔法で『大王烏賊の大渦』の動きを阻害することはできるか? それさえできればあとは俺たちがクラーケン本体を叩けるんだが……」
「お安い御用よ。なんならこの渦ごとクラーケンの動きを止めてあげましょうか?」
「……お手並み拝見といこうか。『緋色の魔女』」
「────心得ました、勇者さん」
瞬間、カーラの目が緋色に輝いた。
自身の両手の間に杖を浮かべた緋色の魔女は船全体を囲むように魔法陣を展開する。
「母なる群青の英知よ、我が願いに応じ生命の生み手の真意を見せよ。縛れ、『海神の鎖』」
杖の宝珠が青色になったかと思うと、船がまた大きく揺れた。
────|大王烏賊の大渦《メイルシュトロームとは逆の方向に。
「さぁ、止めたわよ。勇者さん。でも長くは持ちそうにないから早めに終わらせてくださいな」
「ああ、そうしてやるさ。レヴィ、一瞬でいいからお前の炎でクラーケンの海水を蒸発させろ」
「了解! クラーケンをあぶりだすんだね?」
「そうだ。ミルダはクラーケンの触手を担当してくれ」
「まっかせてください! 即刻イカシュウマイにしてやりますぅ!」
「じゃあ行くぞ!」
俺たちは静かになった海の中に飛び込む。
海中では、見えない海水の鎖に縛られたクラーケンが船の船底にへばりついていた。
レヴィはあぶくを口の中から出しながら
「いくよ相棒! 『神炎』ッ!」
手から生み出された小さな炎が船の真下に落ちていく。
────そして膨大な熱量を放出させて、船を浮かばせていた海水を全て蒸発させた。
肺の中が空気で満たされる。
空中に身をゆだね、元の形状を保とうとなだれ込む海水を見ながら
「ミルダァッ!」
「合点承知の助ですっ! 前々からイカごときに十本の白く長い足なんて贅沢過ぎると思っていたんですよっ!」
ミルダは自身の周りに風の刃を作ると、それを飛ばして全てのクラーケンの触手を切断した。
己を支えるものがなくなったクラーケンは船底からはがれて海へと落ちていく。
「さぁ、散々船を食い散らかしたお前だ。今度はお前が海の藻屑になる番だぜクラーケン!」
魔力を解放させて剣へとつたわせる。
白く輝く一撃は
「『セイントヴァーチェ』ぇ!」
『海の亡霊』を真っ二つに切り裂いた。
「ゲホッ……や、やり過ぎた……」
「もう、あれだけかっこつけたあげく海水に飲み込まれて溺れるなんて。相棒はバカじゃないかい?」
「ミルダはそんなお茶目なお兄様も大好きですよ? だって人工呼吸という合法のキ」
「はいはい、ミルダは黙ってタオルを持ってきて相棒を温めてあげて。体温が低くなったら命に関わるから」
「人肌で温めるというのも一つの手ですよ? 特にミルダは体温が高いほ」
「ふざけたことを言ってないで持ってきて。次言ったらもうお気に入りの人形は直してあげないよ」
「……チッ」
タオルの中で震えながら体の中でタプタプになった海水を吐き出す。
相棒、お前人形の補修なんてこともできたのか。いったいどれだけ芸を増やせば気が済むんだよ。
「なかなかいい仕事したじゃない、勇者さん。衣服乾かしてあげましょうか?」
「ああ、頼む。海の底から生還したはいいが寒くて仕方がねぇんだ。まさか自分がサルベージされるとは思わなかった」
「私は三十分も海の中を漂っていて気を失うだけで済むとは思わなかったけれど。……近くにいた人魚族の人たちに感謝しなさい」
「ああ、本当に死ぬかと思った」
暖かく優しいぬくもりを纏う風が衣服の水分を飛ばしていく。
あ、あったけぇよ……!
「それにしても……あなたも相当の手練れね。なんで人間の大陸を見限ったか不思議なくらい。帝国あたりが金を積んで手ごまにしようとすると思うわ」
「まぁ……それは一回食らいかけたが俺はこっちの方が性に合ってるんだ」
「ふぅん。でもまぁ、あの技があなたのさらしてもいい手の内って知れたのは僥倖ね。あなたのことがもっと知りたくなってきたじゃない」
「そうかそうか。……だがお前のさらしてもいい手の内が知れたってことも忘れんなよ。くどいように言うが、妙な動きはするな」
「分かってるわ。私だって人間は見限っているんだもの。そこは勇者さんと同じよ」
やはり不気味に笑うカーラに俺は威圧を絡めて笑い返す。
少しでも抑止力になればいいんだが。
大量のタオルかけられ、ミルダに乗っかられながら、俺は不安を募らせるのであった。
「これは……予定を少し変える必要があるわね。いい意味で」
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ついでに投稿モチベも上がり、作品がより良いものになるかも知れません。作者は素直な子なのです。
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