人間に愛想が尽きたので
「……え? 人間が一人で城の罠を突破した?」
今、魔王城は阿鼻叫喚の事態になっていた。
ヒルダは俺の肩を掴みながら震える。
「どどどどうしよう。私死んじゃうかも」
「だから罠をいじくるのはやめようって言ったんだ。なにが『今日はギロチン罠の気分ね』だ。ギロチン罠はバレやすいのに何個も設置するものじゃねぇ」
「ででででも……」
ヒルダが俺の指摘におののく。
しかし、ヒルダが怖がるのも無理はない。異常事態ということには変わりないのだから。
それに、人間が罠を一人で突破するということは、ヒルダにとってひとつの指標になっているのだ。
……モンゴリアン級という化け物の指標に。
「モンゴリアンレベルの異常者が来たら私はアレルギー反応で死んじゃうわよ? 今でも蕁麻疹がででいるんだから」
「魔王の死因がアナフィラキシーショックじゃ体裁がつかないぞ。歴代の魔王らしく派手に散れ」
「いやぁあああ!!」
俺はすがり付くヒルダの手を払い、ため息をつく。
でもまぁ、その前に俺がそいつと戦うことになるだろうがな。
覚悟を決めて、剣を抜いて勇者であることが分からないように仮面を被る。
────ちょうど、扉が開いた。
「……あら、魔王様と聞いて来てみればまだまだ子供じゃない」
そう言って現れたのは、意外にも長杖を持った女だった。
魔女らしくローブととんがり帽子を被っている。
女は不気味に笑いながら
「でもまぁ……それなりに力はあるわね。……おつむはどうか知らないけど」
「貴様……たかが人間が我に評価を下せると思うのか?」
「正当な評価よ。これでも私が歴代で下してきた評価でも最高の評価なのだけれど、お気に召さなかったかしら?」
とっさに魔王モードに入ったヒルダが威圧するも、女はそれをケラケラと笑いいなす。
余裕綽々、と言ったところだ。
「それと……そこの勇者さん」
「「っ!?」」
「あなた、それでも身を隠しているつもりだろうけど魔力が少し漏れでてるわ。その仮面で魔力に蓋をする仕組みならもうちょっといい魔道具にした方がいいわよ」
俺達は女が俺を勇者と見破ったことに驚く。
なんで俺が仮面の費用をケチッたことが分かったんだ。……じゃなくて、なんで俺が勇者だと分かったんだ。
「簡単な話なんだけど……これは私の強みだから教えないわ。お気の毒さま」
「……まぁいい。教えてもらう必要はない。女よ、ここの間に足を踏み入れたということは貴様の選択肢は二つだ」
「その二つとは?」
「このまま帰り、二度とこの大陸に足を踏み入れないことを誓うか。もしくはここで我に消されるかだ」
「あら、怖いわね……でも私、誰かに選択肢を迫られるのって嫌いなの。誰かの手のひらで転がされているみたいで」
女はそう言ってまた不気味に笑う。
そして杖をヒルダに向け────
「でも残念、私は魔王様と争いにきたわけじゃないの。私はあなたに第三の選択肢を用意しに来た。はるばる海を渡ってね」
その杖をパッと手放した。
「なんの真似だ」
「全面降伏の意思表示よ。戦う意思がなく全てに従う意思表示。そしてあなたと対等に交渉するためのね」
「……?」
俺たちが首を傾げると、女は俺たちに手を差しのべる。
「偉大なる魔王陛下、この『緋色の魔女』を雇うつもりはございませんか?」
「『緋色の魔女』ですか……」
「知っているのか?」
「まぁ、一応」
街のカフェでアイスコーヒーをズルズルと吸い込む俺に、たまたま魔王大陸に来ていたカムリが向かい側の席で頷く。
カムリは時々こうして魔王大陸に来るときがあるのだ。
もちろん勇者であることが悟られないように変装はしている。
……クソダサいが。
話しかけたらやべー奴の雰囲気でゴリ押している。
で、今はどういう状況かというと、先日城に自身の雇用を直談判しに来た女、通称『緋色の魔女』についてをカムリに聞いているのだ。
少なくとも一人で魔王城の罠を突破してくる魔法使いだ。人間大陸で無名な訳がない。
それでカムリに聞いたところ、案の定カムリはその女のことを知っていた。
「どんなやつなんだ?」
「存在が存在なので僕もあんまり情報を持っていないんですけど……一言で言うと『知識欲が吹っ切れた人の成れ果て』ですかね。……あの人、噂では二百年くらい生きているらしいんですよ。あくまでも噂ですけど」
「まじかよ」
あの女、見た目は二十代後半なのに中身クソババァじゃねぇか。
そう考えるとあの直談判も老害のソレだぞ。
「吟遊詩人の詩歌にも何度か登場していて、まさに生ける伝説です。彼女の名前であるカーラと聞けば人間なら全員知っています」
「へ、へぇ……」
カムリの言葉に引き気味に相づちをうつ。
どうやら、あの魔女は思ったよりも大物だったらしい。
そもそも二つ名がついている時点で気づくべきなのだが。
……ん? 待てよ?
そんな大物だったらさ
「なぁカムリ。その魔女がすごい人物なら、国もさすがに抱き込むんじゃないか? 俺だってそうするぜ」
「ええ、誰だってそうしますよ。というかついこの前まで彼女はとある大国の魔術顧問兼魔術師団団長をしていました」
「それなら……なぜここに?」
「それは……」
俺が質問すると、カムリが急に言い淀む。
なんだよ、そんなにもったいぶって。
カムリは少しの間躊躇したあと、意を決して言う。
「……リンゼッタ様のせいです」
「は? なんでそこでリゼが出てくるんだよ」
「これには深いような深くないようなわけがありまして……」
カムリは自分のアイスティーで喉を潤して
「グレイさんはリンゼッタ様の国が戦争中ってことは知っていますよね?」
「あ、ああ……確か俺とレヴィに会った経緯もその戦争から避難するためだったよな」
「そうです。実はその帝国と戦争している国と緋色の魔女のいた国は同盟関係にあったんですよ」
「へぇ……」
「で、ここからがグレイさん達が帰った後の話なんですけど……あのあと、僕は晴れて万雷鯨と友達になることができて一応パイプはできたわけです」
おう、それはよかったな。
というと万雷鯨はモンゴリアンに食われずにすんだのか。
「ええ、なんとか。……でも、そこまではよかったんですが」
「なんか雲行きが怪しくなったな」
「確かに、そこまではよかったんですが……リンゼッタ様が『万雷鯨を脅しの道具に使わせなさい』って言い始めて……」
「おい」
カムリが俺のツッコミに疲れた顔をする。
カムリにツッコむのは筋違いと言うものだが、思わずツッコまずにはいられなかった。
「も、もちろん僕は反対したんですよ? ですが相手が相手なのでなし崩し的に……。結局『戦場には出さずにあくまで戦争を早く終わらせるための脅しの道具として使う』っていう落としどころになりました」
「お、おう。少しは勝ちをもぎ取れたじゃないか」
「本当は表舞台に出したくなかったんですがね……。でも、その万雷鯨を脅しの道具で使う上で問題がひとつありまして」
「問題?」
「緋色の魔女ですよ」
首を傾げる俺にカムリが説明する。
「前に言ったとおり緋色の魔女は伝説級の存在で、その魔術の腕も折り紙つきです。もし、万雷鯨の脅しに対して向こう側が緋色の魔女で対抗してきたら?」
「まぁ……悲惨なことになるな。あの俺の一撃を受けて生きている万雷鯨があの魔女を相手にして死ぬことは無いと思うが、確実に戦争の道具として使わないといけないはめになるだろう。そうしないとリゼの国がピンチになる」
「ええ、その通りです。ですので、リンゼッタ様は自分の国を不利な状況にさせないために先手をうちました」
「……もしかして追放か?」
「はい。リンゼッタ様は彼女の国にスパイを送り込み、嘘の情報で彼女の権威を失墜させました。そして緋色の魔女は国王やその側近の怒りを買って国外追放です」
「ゲッス」
なんでリゼは嫌がらせとなるとそこまで頭が回るんだ。
すこしあの女に同情してしまう。
「俺だったらそれでも手駒のうちにはとどめておくんだがなぁ……」
「まぁ、彼女がいた国は長い間平和でしたからね。自身の国に緋色の魔女がいるありがたみを忘れていたのでしょう。それと、これは僕の推測なのですが……今現在、彼女はかつて自分がいた国にかなりの恨みを抱えていると思います。ヒルダさん達の前に現れたのもヒルダさんを利用してその国に復讐するためかもしれません」
カムリは「つまり、緋色の魔女は『絶賛ざまぁ執行中』ってわけです。実際リンゼッタ様はこの好機を逃さずに万雷鯨を使って彼女がいた国に圧力をかけてますから。きっと彼女がいた国は緋色の魔女を手放したことを後悔していますよ」とまたアイスティーをすする。
んー、なんかすごい話だな。
確かに、自分が心血を注いで守ってきた国から急に追い出されたんだ。ぶちギレ案件もいいところ。
で、行き着いた先がヒルダのところと。
「題名をつけるなら『追放大魔導師の悪役生活 ~身に覚えの無いことで国から追放された私は魔王側に寝返り復讐します。……え? 私がいないせいで国がピンチ? 帰ってこいと言われても知りませーん~』だな。物語にすればきっと売れる」
「と、とんでもない名前なのになにも間違っていない……」
我ながらいいネーミングセンスだと思う。うん。
「売れると思いますよ、僕は知りませんけど。……それで話を戻しますね。要するに、なにを考えているか分からないってことです。知能指数で言えば僕達よりも遥か上なんですし、思いもよらない方法でグレイさん達を利用してくるかもしれません。気をつけてください」
「お、おう」
カムリはそう話を締めくくった。
復讐……か。なんとも世知辛い世の中だ。
カムリの言葉を頭の片隅にいれた俺は、アイスコーヒー分の代金をカウンターに置いて店をあとにした。
「あの……グレイさん。僕、この国のお金を持っていないんですけど。というかグレイさんからカフェに誘ってきたので情報料としててっきり奢ってくれるものかと」
「……」
追記、俺は札を崩すことになった。
読んでいただきありがとうございます!
もし気に入っていただけたら下にある☆☆☆☆☆を埋めてくれると作者としては非常にテンションが上がります。
ついでに投稿モチベも上がり、作品がより良いものになるかも知れません。作者は素直な子なのです。
気が向いたらでいいです。ぜひ評価の方を




