知識の深淵を覗くとき
場所は魔王城の蔵書室。ここには文字通りたくさんの本がある。
人間界では失われた古代の書物、ひとたび使えば国すら滅ぼせる禁呪の書、異界への扉を開く伝説の呪文が書かれた遺物。
とまぁ様々な書物があるが、どれも人間界に売りに出せばそれだけで巨万の富が築ける書だ。
……そんな貴重な財産に囲まれた中で、我らが魔王様は
「あー、この本の厚さが丁度いいわね。いい枕になるわ」
そこに書かれている知識なんぞ活用するつもりは毛頭ないと言わんばかりに本を重ねていた。
実はヒルダ、本は絵を見て内容を把握するお子様タイプの頭をしているのだ。
ヒルダが読むのはもっぱら漫画だし、挿絵がついていないと小説なんて読めない。
呪文は魔王家固有の魔法だけでいいと思っているし、大体の問題は持ち前のパワーで解決する。
当代の魔王様は非常に脳筋でシンプルな魔王様なのだ。
でも、頭が三歳児のヒルダが珍しくこの蔵書室に来たのはちゃんとした理由がある。
ヒルダがこの蔵書室に来た理由、それは
「あっ、あったあった。『拷問の書』。昔ここにあったなぁって思ってたのよ」
勇者とその仲間を苦しめるための呪文を探すためだ。
ヒルダは表紙についたほこりを払って
「こういう尋問系の本は挿絵が載ってるから読みやすいのよ」
「フツーは呪文の本に挿絵はついてないからな。頭がいい人が書いてるからどうしても文字が羅列しているだけの本になるんだよ」
そもそも、呪文の本は頭のいい魔法使いが頭のいい魔法使い見習いのために書く頭のいい本だ。
しかも魔法使い自体が選民思考が強い性格であることが多いので文字が読めない平民や頭の悪い人には読ませないよう無駄に回りくどい表現をする。
だが、拷問で使われるような呪文は取扱注意なので挿絵がついている。超絶技巧なのは確かだが幾分か良心的な書き方がされているのだ。
俺は散らかした本を片付けヒルダの肩越しに本をのぞき込む。
「まぁそれにしても、こういう拷問の魔法って魔族が考えるよりもえぐいのが多いよな。やっぱり人間の考えることはおかしいな」
「人間であるグレイが言うのはちょっとおかしい文章けれど……そうね。正直私でもひくレベルの呪文も多いわ。……ねぇ見て。時限式に指が一本ずつ破裂する呪文だって。かなり面白そうじゃない?」
「ヒルダ、三秒前に言った自分の言葉を思い出せ」
指が破裂する呪文を面白いと評するヒルダにため息をつく。
こいつ、人生を血でまみれてきたからな。必然的に思考もサイコパスじみてくるのか。
ヒルダが初めて勇者を殺したのは八歳の時だし。
「んー……ねぇグレイ。人間ってどのくらいで死ぬっけ?」
「そうだな……個人差にもよるが、理論上は塩を小さじ四十八杯食わせたら高ナトリウム血症だとかなんとかで死ぬってレンバル先生が言ってたな。勇者に百杯くらい塩を食わせながら言っていたからよく覚えてるよ」
「そう、やっぱ勇者と普通の人で体の耐久性が違うのかしら。だって普通の勇者に第二形態でデコピンしたら首が吹っ飛ぶけど、グレイを全力で殴ってもぴんぴんしてるし」
「俺の体は特別性だからな……だからって殴るなよ?」
腕を構え始めたヒルダの抑えつつ、代わりにページをめくる。
骨が無限に伸び続けて内側から肉体を貫く呪文……終わりがないのが終わりの呪文……地面が永久に沈み込んでいく呪文……なんか天才が考えそうな呪文ばかりだな。想像するだけでおぞましい。
天才とサイコパスは表裏一体というが、それもあながち間違っていないのかもしれない。
……お
「ヒルダ、これなんかいいんじゃないか? 他人の最も恥ずかしい記憶を覗く呪文。相手に恥辱をを与えるってのは拷問の常套手段って聞いたことがある」
「あー、そういやオーク達がそんなこと言ってたわね。恥辱を与えれば相手はよくおちるって。いいわね。それでいきましょう。面白そうだし」
俺とヒルダはそのページに付箋を貼って席を立ちあがった。
「さぁて、勇敢であわれな女戦士よ。他の勇者の居所を教えてもらおうか」
「くっ……誰が魔王などに教えるか!」
ヒルダが残虐な顔で女戦士に顔を近づけ挑発する。
それに対し、鎖につながれた女戦士は反抗する意思を目で示した。
今がどんな状況かというと、ヒルダが勇者の仲間から勇者の拠点の場所を吐かせようと躍起になっているところだ。
勇者の拠点というのは俺たち魔王側にとってゴキブリの巣窟でしかない。「一人見たら三十人いると思え」な勇者が集まったらそれだけ厄介なのだ。
早急な駆除が必要である。
全身鎧で側近の黒騎士に扮している俺の目の前で、ヒルダは悪役らしく女戦士の髪を引っ張る。
「なぁ、女戦士。貴様が情報を吐けば我の貴重な時間が失わなれずに済むのだが? 貴様という矮小な存在のために我がこのような手間をとっていること自体が異例なのだ。分かったらさっさと吐け」
「フッ……誰が吐くか。殺したければ殺せ。私が従うと決めた勇者が死んだ今、この世に未練はない」
女戦士の言葉に、あと十分で見たいドラマが始まってしまうヒルダが血管を浮かびあがらせる。
最近は勇者に時間がとられるせいで録画がたまっているのだ。しかもヒルダにはミルダからネタバレをされる可能性がある。
ここはさっさと片付けて主人公と王子様の恋愛模様の展開をリアルタイムで楽しみたいところだ。
「クハハハハ、貴様という存在は我をそんなに怒らせたいようだな。……いいだろう。最高の恐怖と共に震えるがいい」
ついに我慢の限界に達したヒルダが先ほど蔵書室から持ち出した本を片手に呪文を唱え始める。
「深淵に潜む無限の事象よ、我が求めし永遠の記憶よ。かの者の恐れを白日に示せ『メモリートラウム』!」
ヒルダが呪文を唱えると部屋いっぱいに記憶の銀河が広がる。
そしてその中の一つの流星がヒルダの頭にあたり、輝く破片になって弾けた。
すると
「あっ……」
ヒルダがそう感嘆符を発して横になった。
鼻血を出して小刻みに痙攣する。
「どうした、ヒルダ」
「ダメだ……あの女はダメだ……。私には早すぎた……」
そう言って顔を赤くしたヒルダは女戦士が首からかけている蓋つきのペンダントを指差した。
俺は女戦士からペンダントを奪い取り、蓋を開く。
……ああ
「あんたもしかして既婚者? 勇者と結婚してた?」
「あ、ああ……」
俺がそう質問すると、女戦士はうなずく。
ペンダントの中の幸せそうな二人の肖像画を見て、俺は全てを察した。
ヒルダは二人の最もプライベートな記憶に踏み込んだのだ。純情な乙女では刺激的すぎる記憶に。
「ヒルダ、ちょっと風にあたるか?」
「……うん」
ヒルダが拷問室から出て小さくうずくまる。反応がピュアだ。
……はぁ、仕方がねぇ。ここは俺が吐き出させるしかねぇな。
俺はヒルダが出て言った後の拷問部屋のドアを閉めて鍵をかける。
「……よいしょ」
「ッ!?」
兜を脱いだ俺に、女戦士が目を見開く。
俺は女戦士が叫ばないよう口に人差し指を当てて
「大きな声で騒ぐな。俺は人間だ。訳あってこの魔王城に潜入している」
「なんだと!?」
「だから騒ぐなって言ってんだろ。俺は味方だ。いいか? ここからお前を逃がしてやる」
「本当か?」
「ああ、でもそうすれば俺もこの城にいられなくなる。だからお前らが拠点にしている場所でかくまってほしい。場所を教えろ」
俺がそういうと、女戦士は顔を明るくする。
「ああいいぞ! 拠点はここから西に行ったところにある滝の裏に」
「あっそ、じゃあ用済みだわ。情報提供ありがとさん」
完全に油断している女戦士の心臓を剣で突き刺し絶命させた。
情報をくれた礼だ。一発で仕留めてやる。
女戦士のペンダントを女戦士の目の前に置いてあの世で夫婦円満に過ごせるように祈り、ヒルダに言う。
「ヒルダ、あと三分でドラマが始まるぞ」
「……うん」
ウブな魔王様は小さくうなずいた。




