閑話 魔王ヒルダの憂鬱
……暇ねぇ。
グレイがいないときにはいつもこう、日常の刺激が失くなる。
時間潰しにいつもより多めにベーコンエッグを食べてみたり、勇者の頭でボウリングしてみたり、楽しむ工夫はしているのだけれど、やはりぼーっとする時間が増えるわね。
グレイ依存症のミルダがこの期間だけはよく働いてくれるから仕事がこっちにまわらないのもあるかしら。
グレイは私の誕生日が近づくといつもどっかに行ってしまう。
今回はレヴィも見当たらないし、一体二人はどこに行っているのだろうか。
「ヒルダちゃん、グレイがいなくてなかなか退屈してるみたい」
「ん、まあね」
暗黒庵から珍しく来てくれたコユミちゃんが心を読んで心配してくれた。
肥料の備蓄が切れたから、勇者の骨を集めに来たのね。
「なんだかんだ言ってグレイはトラブルメーカーなのよ。元凶がいなくなれば結果的にトラブルもどっか行くのは当たり前よね」
「……」
「ん?どうかした?」
「いや、何でもない」
私が手をプラプラさせて言うとコユミちゃんが意味深に目を細める。
まぁ、コユミちゃんは基本的に表情を変えない子だからね、きっと彼女なりの肯定の意思表示だわ。
そう思っているとコユミちゃんは私の額に手を当てる。
「どこも悪いところない?」
「なによいきなり、もしかして私の心配? 大丈夫よ。怪我はしてないわ」
「……そう」
流石私の親友、友達の心配をしてくれるなんてなんて優しいの!
その心を読み取ったのか、コユミちゃんは恥ずかしそうに苦笑いをする。
「グレイもなかなか大変。……そう言えば、ヒルダちゃんはグレイのことをどう思ってるの?」
「グレイ? えーっと家族? 居候? 部下? んー、色々あるわね」
コユミちゃんが普段は聞かないような踏み込んだ話をしてきた。
グレイがいないから話せるってやつね。いいじゃない。
私とグレイの関係は、そんな言葉で表せるほど単純なものではない。
コユミちゃんに聞かれるまで考えたことがないとは言わないけれど、いつも結論を先延ばしにしていた命題。
物心ついたときには私の隣にはグレイがいた。
考えると凄いわよね、気づかなかったとはいえ生まれたときにはすでに天敵が隣にいたんだもの。
まあ、それが私の普通だったたのだけれども。
家族と言うには血が繋がってなくて、居候と言うには私もグレイもそんな風に思っていないわけで、部下というには主従関係以上の絆がある。
ほんと、グレイは不思議な立ち位置よね。
「本来の関係から言うと宿敵ね。考えられる? あいつ、勇者なのよ? それもとびきり強い」
「じゃあヒルダちゃんはグレイと戦う運命にあったの?」
「そうなるわね。グレイが勇者らしく学校に通って、魔王絶対殺すマンになってたら私と戦うことになってたわ」
グレイの年齢からすると、もしお父様がグレイを拉致しなければ丁度今年ぐらいにグレイがこの城にカチコミにきていたことになる。
そのときは私かグレイ、どちらかが死んでいただろう。
今思えばゾッとする。
私が死ぬのもグレイが死ぬのも、どっちも嫌だもの。
私が身を震わせると、コユミちゃんが私の心境を察したのか話題を変える。
「そう……。それはそうとヒルダちゃん。グリモア様は何でこんなこと考えついたんだろう。勇者を誘拐するなんて。何かおっしゃってた?」
「さあ? お母様曰く、いくらお父様でも三徹したら気も狂うだろうって。私がお腹の中にいたときの話だから分からないけど、お父様はそれだけ思い詰めていたのよ」
「ふうん」
今となっちゃあどうでもいい話。
やってしまったものはしょうがないしグレイの両親も死んでいたらしいし、悲しむ者は誰もいない。
収まるところに収まった。
グレイはともかく、私はそれでいいと思っている。
「私はよく知らないけれど、何回かグレイのことでパニックが起きたってきいた。一人ぼっちだった私がうっすら覚えているのは新聞の号外で危険因子は失くすべきって書いてたことだけ」
「あーそんなこともあったわね。私が四歳になった頃にクーデターが起きかけたっけ」
門の前に人が押し掛けてさ、それはもー大変だったわ。
私はちょっと怖かったけど、グレイは表情一つ変えずにそれをずっと見ていた。
もしかしたらこれが何か分かっていなかったからかもしれない。
「そこでお母様が言ったのがあの台詞」
「『この子になんの罪がありますか。その理由を具体的に言える人だけがここに残りなさい。あなたにはグレイを殺す権利がある』」
「そう、それ。結局誰もその理由を言えなかったのよね。その後、グレイが社会貢献とか人命救助とかしたお陰で不満が減少したけれども」
しばらくして、グレイがその事を聞いた時「なに勝手に人の生殺与奪権を他人にゆだねようとしてんの!?」とつっこんでいたのを覚えている。
けど、私はその時のお母様は最高にかっこいいと感じた。
母親って強い。そして偉大。
「それから一時は鳴りを潜めたものの、実はグレイは結構苦労してたのよ? あなたもこの城に来てからしばらくはグレイに近づかなかったでしょ」
私がそう言うとコユミはコクリと頷く。
私にはかなりの友人がいるけれど、そのほとんどはグレイを毛嫌いしていた。
今でこそ仲がいいシルフィーナもその一人。彼女の場合はかなり悪質だったわね。
寝込みを襲って血を吸おうとしたりグレイについてのあらぬ噂を振り撒いたり。
彼女の魔族であるプライドが高かったことが原因ね。
まあ、シルフィーナを含めたグレイに対しての嫌がらせのほとんどはグレイに対処されて不発に終わったけど。
「それでもグレイは一切の反撃をしなかったわ。事実、グレイは私たち魔族に理不尽な暴力を振るったことがないのよ」
「……確かに」
「多分それが弱みになることが分かっているからでしょうね。それなりにまわりくどい方法で仕返しはしてるっぽいけど」
グレイが暴力沙汰を起こせば魔王の権威の失墜にも繋がる。
できれば頑張ってほしいものね。
グレイのせいでクーデターなんて起こされたらたまったものじゃないもの。
「グレイは私のことを気味悪がらない数少ない人。私はグレイに生きていて欲しい。私もいじめられる気持ちが分かるから」
「あらごめんなさい。そう言う気持ちにさせちゃった? それならこの話はおしまいね。……あ、お菓子食べる? グレイの部屋から出てきたのよ。どうせしばらく帰ってこないんだから少しくらい食べても分からないわよ」
「……食べる」
私は話の休憩がてら、グレイの机の上にあったお菓子箱を開けた。
わぁ、グレイのくせに上等なものを買ってるじゃん。
「なんか俺のクッキーがヒルダに食べられてる気がする」
「何そのピンポイントな直感」
「ついでにコユミにも」
「なんであの庭師ちゃんもメンバーに入ってるの……」
レヴィと道を歩いていると、不意にそんな気がした。
時々、魔族というものは俺を下に見る節がある。
俺が勇者だから仕方ないと割りきっているけど、俺がいつまでも反撃しないと思っているのか?
違うな、甘いよ、そう考えている奴らは。
奴らがそれを行動に移していたら、すでに俺の仕返しは完了しているのだ。
「んまあ別にいいんだけど」
「何でさ」
「そのクッキには一つだけ──」
「ゲホッ! あふっ!? コユミちゃん、水! 水とってきて!」
「ん? どうしたの? ……辛い?」
私はキョトンとするコユミちゃんに手をバタつかせて助けを求める。
口の中が猛烈に痛い。尋常じゃないほど痛い。
誰よ! クッキーにデモンハバネロ入れた奴!
しかもなんかフォーチュンクッキーみたいに中に紙みたいなものも入ってるし!
私は急いで口から紙を吐き出す。
『この商品をお召しになったお方へ。
この度はこのグレイお手製のデモンハバネロ入りクッキーを口に入れていただき誠にありがとうございます。どんな理由であれ、私は一切の責任を負いかねます。何かがあった際は全て自己責任、自分の軽率な行動を反省してください。ちなみにデモンハバネロには代謝を上げる効果があるそうです。美容のためにクッキーは飲み込むことをおすすめします』
「死ねっ!」
私はコユミちゃんが持ってきた水を手に取り一気にクッキーを胃に流し込む。
質の悪いことに長引く辛さのやつだ。
「ヒルダちゃん大丈夫?」
「口内炎が悪化した……」
私は滝のように流れる汗と涙を拭って決意する。
決めた、グレイが帰ってきたら本気でぶん殴ろ。
……だからグレイ、どこにいるかは知らないけど早く帰って来なさいッ!




