自由の代償
俺達が館の外に出た時、門の前で人が待っていた。
いわゆる獣人。人間には奴隷として扱われている人種だった。
しかし意外にも新品そうな上質なメイド服に身を包んでいた。
獣人メイドは俺達を見るやいなやいきなり
「お願いします! カムリ様を……!カムリ様を助けてください!」
そう頼んできたのであった。
ところは移ってカムリの自室。
両親が貴族なだけあって高価な調度品が飾られており、躾がいきとどいた珍しい動物達がその部屋にいた。
「んでカムリ。リゼの自由のために無理難題を突きつけられたそうじゃないか」
「ええ、まあ」
カムリは俺の質問に苦笑する。
カムリはリゼの自由を国王に直談判しに行ったが結果、その無理難題と引き換えというところに落ちたという。
カムリは覚悟を決めて出立する準備をしていたのであったがそれを不穏に思ったあの獣人メイドがリゼに頼み込もうとした。
しかし、たまたま偶然館から出てきた俺達に頼んでしまったというわけだ。
俺達もカムリには一度助けられているため話だけは聞こうと立ちよった。
が、その無理難題がとてつもなく無理難題だった。
「古代遺跡の万雷鯨ねえ。厄介な魔物だな」
その依頼とは古代にひとつの都市を滅ぼしてそのまま根城にしてしまった伝説の魔物、その名も万雷鯨。
何者をも寄せ付けない黒雲の中を泳ぎ、そのいななきは大地を割り、降り注ぐ万雷は全て地を焦土に変える。
人間の大陸特有の魔物だが、海を隔てた魔族の大陸でも噂程度には流れるくらいの魔物だ。
そんなやつを退けろとは無茶を言う。
「ああ、それなら私も見たことがある。ちょうど神域がここら辺を通ったときかな。あれ、万雷鯨っていうんだね。初めて知った」
「そうなのか? ちなみにどのくらいでかかった」
「遠くからだからあまりはっきりとはいえないけれど……多分神域と同じぐらいじゃないかな」
「でかすぎんだろ……」
普通に考えたら無茶だ。
しかし、国王頼まれるということはそれなりの信頼があるのだろう。
恩がある手前、助けてやりたいところだが……
「カムリ、手立てとかあるのか?」
「えーっとまずは対話を」
「バカかお前」
万雷鯨と対話だと?
魔物に話が通じると思ってんのかメルヘン頭。
改心したとおもったが、それは俺のはやとちりだったようで──
「いや、相棒。前に手に入れた情報ではカムリは動物と話すことが可能と書いてあっただろう?」
「あー、そういえばそうだったな。カムリ、あれはマジなのか?」
「マジといえばマジですね」
カムリが頬をかきながら照れ臭そうに言う。
「んじゃあそこにいる狼の翻訳してみろよ」
「えーっと『狼ではない、フェンリルだ。履き違えるな小童が!』だそうです。ルリは狼よばわりされるのが嫌いなんですよ」
「言うのが遅いから! いでっ!? 噛むな!毛皮をコートにしてヒルダの誕生日プレゼントにするぞゴラア!」
なんとかフェンリルを押し退けてほっと一息。
確かに動物の言葉がわかるようだ。
なんつー能力だよ。
俺は歯形のついた手を擦りながら
「おいレヴィ、少し位助けてくれても……うっわなんだあれ」
レヴィに文句を垂れようとした俺はレヴィの状態を見てその言葉を飲み込んだ。
レヴィの前には十匹の赤く燃える蜥蜴達がきっちりとならびレヴィに視線を寄せている。
暖炉のおとも、サラマンダーだ。
「カムリ、翻訳」
「え、ええ。『偉大なる紅神龍様(?)にお越しいただき我らサラマンダー族、歓喜の極みにございまする』だそうです」
「レヴィ、お前コイツらの言葉分かんのか?」
「分かるよ。何てったってサラマンダーは私たち紅神龍一族の眷族だもの」
「すまん、情報が圧倒的に少なすぎるわ。説明ヨロシ」
レヴィが「相棒、本当に何も知らないんだね」と嘆息したあとに説明をする。無知で悪かったな。
レヴィ曰く、サラマンダーとレヴィの一族の関係は神の時代に遡るらしい。
神龍にも種類があるらしく、レヴィたち炎を操る紅神龍、水を操る蒼神龍、風を操る緑神龍、土を操る黄神龍の4つに分けられる。
その4つの種族には眷族になる生物がいて紅神龍の眷族がサラマンダー。
眷族になる生物は神龍の力から生まれた、サラマンダーでいうとレヴィが使う炎から生まれたということ。
要するにサラマンダーにとって紅神龍であるレヴィは想像主であり雲の上の存在なのである。
「俺が見たなかで今のお前が一番神龍らしいぞ」
「誰のせいでこうなってると思ってるのさ……」
レヴィはジトッとした目をこちらに向けながらも従順なサラマンダーの対応をする。
なんかあれだな。
魔族の大陸にはサラマンダーがいないから思わなかったけど、本来こうやってサラマンダーとかから情報を得て勇者をサポートしていくはずだったんだよな。
本当に有能なのにもったいないことした。
「今は私はここにいる相棒と一緒に暮らしてるんだ」
サラマンダー達には俺たちの日常語で普通に伝わるらしい。
サラマンダー達はレヴィの一挙一動に多彩な反応を見せる。
表情筋なんてほとんどないのによくやるわ。
「レヴィさんって何者何ですか? 僕がいうのもアレですけど、サラマンダーと話せるなんて異常ですよ」
「あとでサラマンダー達に聞け」
自分からしゃべりたくないので話をテキトーにはぐらかす。面倒だ。
「カムリ、この子たち連れていっていい?」
「え、ええ。サラマンダーがそう言うなら」
とびきりの笑顔で懇願するレヴィにカムリが首を縦にふる。
一種の宗教みたいなことになっているがレヴィは家来を手に入れた。
うちの城でもサラマンダーを飼えば色々と便利かもしれない。
エコでクリーンなエネルギーになる。
「んじゃあ君たち、万雷鯨についてちょっと情報を集めて来てくれないかな」
レヴィがそう言うとサラマンダー達は散開し窓から一斉に飛び出した。
「レヴィさん、一体何者……」
「秘密って憧れない? そうだね……ヒントをあげるとするなら人類の味方ってところ?」
「えーっと精霊?」
「コロス」
自我が消失したレヴィを羽交い締めにしながら俺はカムリにあまり詮索しないように言う。
世の中には知らなかった方がいいこともある。
「済まんな、レヴィは精霊アレルギーなんだ。──んまあ話がだいぶそれたから元にもどすぞ。お前はその能力を使って万雷鯨を懐柔、もしくは交渉するって訳だな」
「おおむねその認識で間違いありませんよ。でも少し心配なんですがね。一応ツテがあるのでその人に一緒に来て貰います」
「おう、そうか。んじゃあ俺たちの助けはいらないっぽい?」
「来てくれる分にはすごく嬉しいですよ。僕たちに撃とうとしたあの技、あれなら万雷鯨相手でも安心ですからね」
「ん、いやあれ撃つと腕がもげるから」
「ええ……」
とにもかくにも俺たちは必要なし、万雷鯨はカムリ達の方で何とかして貰おう。
俺たちはカムリに激励をいうとドアノブに手を掛け
「カムリ様、何やら面白そうなことになっているようで。私も混ぜて貰えませんか?」
ようとした時にドアが開いた。
現れたのはゲス姫と奮発騎士。
カムリはげっというような顔をする。
「いつの間に」
「グレイ様が獣人と話していたのを見てピンときたのです。確かメイド服に刺繍されていたのはあなたの家紋でしたよね。面白そうだと思って後をつけていたのです」
「門番は何をやってたんだ……」
「たかだか伯爵位の館など私ぐらいになるとアポ無しでも通れるのですよ」
よーするにお家柄でゴリ押したとな。
リゼは勝ち誇ったように頭を抱えるカムリを見下ろす。
「リンゼッタ様、どこから聞いていたのですか?」
「えーっと、万雷鯨をグレイ様と一緒に捕獲しようというところから?」
「おいリゼ、かなりのフィクションが重ねられてるぞ」
「私の決定になにか不満でも?」
「俺達がついていくのも違うし万雷鯨を捕獲するのも違う。内容の三分の二ぐらいは間違ってるな」
俺が間違いをただしてやるとリゼはため息をついた。
「はあ……グレイ様はなにも分かってませんね。万雷鯨という将来性の塊をみすみす逃すのですか?愚かですね」
リゼは腰に手を当ててピシャリという。
はあ? 万雷鯨が将来性の塊?
「万雷鯨はこの大陸においての竜王やフェニックスに並ぶ最強の一角です。それを手駒におけば私たちはこの大陸の統一も成し遂げられます。まさにッ! 万雷鯨はあらゆる物事に対する切り札になるわけですッ! どんなアホでも万雷鯨をちらつかせれば駄犬のごとく媚びへつらうでしょう。世界が思いのままです」
リゼの大きすぎる野望に俺たちはもちろんカムリやライラでさえ唖然とする。
ヒルダよりもこいつの方が魔王にむいてるんじゃないか?
「そんなアホなことできる訳ないだろ。相手は万雷鯨だぞ? カムリ、できるか?」
「リンゼッタ様は勘違いなされているようですが私の力は洗脳ではございません。不可能です。ましてや戦いに使うなど」
「誰が万雷鯨を戦争に使うと言いましたか。手駒にすればあとはどうにでもなります。この国の国王を脅すことだって父上を怯えさせることだって国を潰すことだって万雷鯨をちらつかせれば簡単にできます」
悪魔だ、悪魔がいる。
そのうっとりとした目には一体どんな光景が映っているのか。
リゼはカムリに命令する。
「カムリ、万雷鯨を捕獲しなさい」
この日、人類の運命が人知れず揺れていた。




