金欠達のチキンレース 後編
「ようこそおいでくださいました、魔王陛下、シルフィーナ様」
メルヴェデュールのオーナーと店員一同が一斉に最上の敬意をもって頭を下げる。
ヒルダとシルフィーナの二人はその光景ににこやかな笑顔で手を振った。
忘れがちになるが、二人は人間でいうところの女王と公爵家令嬢なのだ。
まあ二人とも家柄だけの残念お嬢様だが。
本人達がいくら優雅な仕草で取り繕っても国民からはすでにマスコット的扱いを受けているため名物魔王と面白吸血姫の立ち位置は永遠に変わらない。
「うわあ、すごく豪華だ。本当に私がこんなところに来ていいのだろうか。……こんな私が」
「いいんだよっ。今回は俺が奢ってやるから満足するまで食べて元気だせ。いつまでもくよくよすんな」
「う、うん……」
俺の言葉に連れてこられたレヴィは小さな声でか細く返事をした。
先日、勇者をその手で殺してからというものずっとこの調子だ。
あの事は気にすんなと口を酸っぱくして言っているけれど、レヴィはいっこうに吹っ切れる気配を見せない。
勇者なんて魔王城に腐るほど来るってのにな。
なので、レヴィにはこれを機に少し吹っ切れて貰おう。相棒からのささやかな労いだ。
俺たちはオーナーの案内で特別な個室、もといVIPルームに案内される。
赤絨毯が敷かれた一流しか入れない部屋。
目に映る調度品はかなりの額だということは素人の俺でも分かる。
俺達は開けられた扉をくぐって──
「と、その前にシルフィーナ様。前回のお支払いがまだお済みでございませんが」
先頭を歩いていたシルフィーナが突然固まった。つうっと白い肌にしずくがたれる。
……コイツ、まさか前に来た時の代金を踏み倒そうとしてたんじゃないだろうな。
「え、ええ。心得ておりますわよ」
「左様ですか。では四万ラピスになります」
「グフッ」
公爵令嬢にあるまじきボディーブローを受けたような声を発したシルフィーナは、わななく手で財布を取り出し四枚の紙幣をオーナーに手渡した。
遠目からでも財布の厚みが激減したことがわかる。
これでシルフィーナは計らずもヒルダと同じ土俵にたってしまったというわけだ。
「シルフィーナ? まだお金はあるわよね?」
「も、もちろんですわ。ちゃんとこの事を見越して多めに持ってきておりますの」
「そう、ならいいわ。これであなたがお金がないんじゃ興醒めだもの」
と金欠魔王が膝をつきかける金欠吸血姫に言う。
それに対し金欠吸血姫はひきつった笑顔で金欠魔王を見上げた。
なんと醜い争いだ。見てられない。
そんな二人に哀れな視線を送りながら、俺は椅子に座ってお品書きに目を通す。
「えーっとお目当てはっと。これか。一、十、百……スウッ」
俺はメニューの霞イチゴケーキのゼロの桁をみて息を呑んだ。
うん、知ってた。
何度見ても三千ラピス。
狂った値段設定に冷や汗が出る。
こんな一切れ四桁のケーキなんて普通は頼まない。
……だが今回はレヴィのためだ。
断腸の思いで奢ってやろう。
「滅多に食べれないんだからありがたく食べろよ……」
「相棒、無理をしなくていいんだぞ?」
「無理なんかしていない。好きなだけ食べていいぞ」
「グレイ様、ご注文は?」
「水だけで結構です」
三人が運ばれてきた霞イチゴケーキを食べる中、俺は水を眺めて欲を絶つ。
別に食わなくても生きていけるし……。
食べたことあるし……一個だけ。
とヒルダがケーキの乗った皿をくるくると動かして
「ねえシルフィーナ、霞イチゴはどこにはいってるの?」
「恐らくこの層のジュレの部分だと思われますわ」
シルフィーナはケーキの極薄で赤い層をフォークでつつく。
ほんのちょっぴりじゃねえか! 普通のケーキとそう変わらねえぞ!
しかし、ヒルダとシルフィーナの二人はうまいうまいとすぐにケーキを食べ終わった。
流石バカ舌コンビ、素材を味わうという概念がない。
そんな二人とはうって変わって、レヴィはいまだにチビチビとケーキをつついている。
おまえはそんなに遠慮しなくてもいいんだぞ。
「すみません、これと同じものをもう一つ」
「えっ」
シルフィーナが霞イチゴケーキをもう一つ注文する。
ヒルダはその行動に戸惑いの感嘆符を発した。
「あら、貴女は頼みませんの?」
シルフィーナはヒルダに嘲笑うような視線を向ける。
それに対抗心を燃やしたヒルダは
「私にも二個ほどお願いできる?」
「なっ」
「かしこまりました」
もう泥沼だ。
プライドが高いにもほどがある。
どちらも金欠なのだが相手に弱みを握らせたくないがために身を削りながら高額ケーキを頼む。
酷いとしか言いようがない。
──そして、テーブルに空になったケーキ皿が少し重ねられた頃。
二人は肩で息をしながらメニューを眺めていた。
満腹になったからではない。懐が痛くなったからだ。
しかし勝利への渇望は衰えず、お互いがメニュー越しに目線で牽制しあっている。
ここまで来るとまるで戦争だな。
お互いにらみ合い、そのまま膠着状態が続くと思われたが、ちゃっかり霞イチゴケーキを三切れも食べていたレヴィの一言で戦況が動く。
「相棒、このケーキはもう飽きた。他のを頼んで良いかい?」
「おう、いいぞ」
レヴィは店員を呼んで違うケーキを頼む。
その言葉を待ってましたと、言わんばかりにヒルダが
「そ、そうね! せっかく来たんだし別のケーキも楽しまなきゃ!」
「そそそうですわね! 色々なケーキを食べ比べするのも乙なものですわ!」
必死。
レヴィの言葉を天からの救いとばかりに便乗する金欠コンビ。
普通に切り上げたら良かったのに。
「このチョコレートのやつと季節の果物のやつ、あとミルクレープ」
「ワタクシはモンブランとシュークリーム、そしてプリンもお願いできるかしら?」
二人は質より量作戦で皿を重ねていく。
別に二人は大食い選手権に出ているわけではないのだが、いかに自分がお金をもっているかという顕示欲だけのためにいつもより多めに注文している。
二人とも甘い物好きなので止まらなくなっているということもあると思うが。
事情を知らないレヴィはその様子を不思議そうに見ながら四個目のチーズケーキを食べていた。
おまえ、大好物チーズケーキだったんだな。
初めて知ったわ。
それからさらにしばらくして
「……相棒、もうお腹いっぱい」
レヴィが来たときよりも少し気分のいい表情で俺の肩をつつく。
満足したようで何よりだ。
「ヒルダ、シルフィーナ。もういいだろ。会計すませようぜ」
「あ、あともう一個。お金に余裕があるから」
「ワタクシもまだ食べたいですわ」
二人はまだ食べたいと駄々をこねた。
この金欠どもが何をほざく。
俺はテーブルにおいてある注文表を掴んで中身を二人に見せ、お支払いをつきつけた。
「「ッ……!」」
それを見た二人の顔がどんどん青ざめていく。
「……なぁ、帰ろうぜ?」
「そ、そうですわね! ワタクシ、そろそろ帰らないと父上に怒られますわ!」
「私もやり残した仕事があるし今日はここまでね! あーおいしかった!」
そのあと、間をおいて残酷な現実に直面した二人はお互いに見えないように隠れて財布の中身を確認する。
お札を確認したあとは小銭入れに移行。
「よ、良かった。ギリギリ足りてる……」
「今月は節約ですわね……」
中身は足りていたようで二人は安堵のため息をついた。
「お会計お願い」
「はい。お会計は合計五万九千……」
店員が金額を読み上げた。
二人はそれを聞いて財布から堂々と一万ラピス札を二枚取り出す。
「……と、消費税5%を計算いたしましてお会計六万千九百五十ラピスになります」
「「……」」
二人は勝ち誇った笑みを崩さずに俺の目の前にもう一方の手の平を差し出した。




