金欠達のチキンレース 前編
「えーこれよりー、我が国に消費税を導入したいと思いまーす」
この言葉から全ては始まった。
最低だ。ヒルダが最低なことをしやがった。
ついに始まってしまった消費税5%。
いくら小遣いがむしり取られたからって金欠対策にこの仕打ちは酷い。
この消費税、表ではこの大陸の福利厚生の向上のためと政策と掲げているがその裏は俺への借金返済のための金策だ。
大陸議会では表の理由でゴリ押して可決させたため裏の目的を知る者はいない。
なぜか金を貸した俺が被害を被っているんだが。
「財力、武力、権力。これがあわさった私は最強なのよ」
提案者のヒルダは満足そうに玉座から俺を見下ろす。
このむしり取りむしり取られる奇妙な関係に頭を悩ませつつ、俺は目を細めてヒルダを睨み付けた。
「ちゃんと福利厚生は向上させるんだろうな?」
「ええ、ちゃんとするわよ。まずグリフォン救急隊っていう突発的な事故でも対応できる衛生兵隊を作ろうと思ってる。大怪我をした人をグリフォンを使って治療できる病院まで運んでもらうの。怪我しても病院までいけないんじゃ話にならないからね」
ドヤ顔でまともなことを言い放つヒルダ。
意外にも本当に福利厚生は向上させる気はあるようだ。
「でもまあ、次の給料日まで返済はお預けね」
「まあ返す気があればそれでいいよ。……そういえばおまえ、消費税ってどこで考え付いたんだ?おまえの頭じゃそんな仕組みは考えつきそうにないんだけど」
「はあ!? なにさりげなくディスってんのよ! ちゃんと勉強したんですぅー! デスクワークしたんですぅー! ……まぁ私が考えた訳じゃないのは正解だけど。説明すると、これはとある人間の国で行われた政策で、あらゆる売買品すべてに税をかけてそれらを歩道の整備や孤児院や託児所の運営に充てたんですって。その結果意外にも国民の支出が以前よりも上がった。その上国内の生産と消費が捗って国庫が潤い国民の幸福度も上がったそうよ。いいこと尽くしでよくできてるわよね」
「そうか? 俺は何かの強い意思を感じるんだが。まだこの世界には早すぎるような」
このヒルダの説明に俺は首を捻る。
大体は理解できたが、あまりにも良くできすぎていると思う。
全ての物に税をかけるのは普通ためらわれる考え方で、最悪の場合需要と供給のバランスが崩れて経済が崩壊する。
それこそ国民が反発して革命が起きてもおかしくない。魔族は縦社会だからなんとかなるものの人間はそう簡単にはいかないはず。
つまり、その国はその大きなリスクを抱えてなお消費税政策を施行したということだ。
しかも、ヒルダの言い方的に消費税は絶対に成功するという確証を持って行われたらしい。
誰がこんな聞いた感じ諸刃の剣みたいな政策を考え付いたのか。
誰がこんな結果を知っていたのか。
……なんか引っ掛かるな。
「前例があるから悪くないと思ったのよ。余剰分は私の懐に入るし」
「知ってるか? それを横領って言うんだぜ。立派な犯罪なんだぜ」
堂々と犯罪宣言をするヒルダにツッコミをいれる。
国のトップが汚くなったら国全体が腐敗するんだよ。
俺達がそんなたわいもない話で暇を潰していると、ドアがガチャリと開いて
「皆様、ごきげんよう」
「チッ!」
「ああ!? 今この女露骨に舌打ちしました!?せっかくワタクシがここまで足を運んだというのに!?」
ヒルダがその雪のような髪を見るやいなや大きな舌打ちをする。
今現在のヒルダにとって最大の天敵、シルフィーナ降臨。
「なにしに来たのよ」
「ええ、遊びに来たのですわ。なぜか無性に貴女のところに来ないと損と、そんな気が」
シルフィーナの勘の良さにヒルダは歯ぎしりをする。
月に一度位の頻度でシルフィーナは魔王城に遊びに来るがこの早さは異例だ。
前回あれだけ恥をかかされたからか?
「というわけでこの城に来たわけですわ。──それはそうとヒルダさん。最近メルヴェデュールで新作ケーキが出たという噂を聞きましたわ。今から一緒に行きません?」
シルフィーナは指の腹をあわせて、まるでヒルダを試すかのように言う。
メルヴェデュールといえば貴族御用達の超高級スイーツブランドだ。
そしてヒルダとシルフィーナの大好きなブランドでもある。
俺が言った通りのことが目の前で起きている。
言霊って怖いな。
しかし、金欠のヒルダは面白くなさそうに
「ふん、行きたきゃ一人で行きなさい。私はまだ新政策の調整があるの。あとでね」
「そうなのですか。それは残念ですわね。──ちなみにそのケーキ、一週間限定らしいそうですわよ」
「ッ!?」
限定という言葉に反応するヒルダ。
なぜ女は限定という言葉にこんなにも弱いのだろうか。
「しかも数量限定」
「ッッ!!」
さらなるシルフィーナの追加情報にヒルダの手がピクリと動いた。
しかし、ヒルダは即座に拳を握って目をつぶり、辛うじて踏みとどまる。
シルフィーナはそんな誘惑に抗うヒルダの反応をみてニンマリと笑うと
「もしかして貴女……懐が寂しくて?」
「よーしわかったぁ! 行ってやろうじゃないの! 魔王の貯金をなめるな!」
魔王様はシルフィーナの挑発に乗り、遂に玉座を立ってしまった。
こうなっては誰も止めることは出来ない。
しかし、一応ヒルダのために忠告はしておこう。
「ヒルダ、やめた方がいいんじゃないか?」
「なに言ってんのよグレイ! あんたも行くのよ!」
「ええ!? 俺を巻き込むの!?」
「テイクアウトの荷物持ちは誰がするのよ!」
そのテイクアウトのスイーツは俺から金を借りて買うよなぁ!
俺を連れていくのは万が一の時に金を払ってくれるからだよなぁ! 魂胆が見え見えだぜ!
保険に俺を巻き込もうとするヒルダをしり目に、見事目的を達成した吸血姫は
「そうこなくては。ちなみにそのケーキ、ワタクシの情報によると幻の霞イチゴを使っているとのこと。値が張ると思いますので多めに持っていくことをお勧めしますわ」
「へ、へえ。そうなの」
ヒルダの顔がひきつる。
霞イチゴは俺達でも滅多に食べられない超がつくほどの高級フルーツだ。
メチャクチャ高いに決まっている。
ヒルダの財布がけし粒になるのは確定だな。
だが、プライドだけは魔王様なヒルダは腰に手を当てて平静を装う。
「それがなんだって言うのよ。霞イチゴくらい何個も食べてるわよ。どうってことないわ」
うそつけ。見栄をはるな。
おまえ、七歳の頃に先代に献上されたものを一つだけ食べた時以来じゃないか。
そのあとコイツは「お父様! 私、誕生日に霞イチゴをいっぱい食べたい!」と言って、先代にかなり真面目な顔で「ダメだ。霞イチゴは高すぎる」と言われていたのを俺はしっかり覚えている。
余談だが、その時霞イチゴは十五個あった。
しかし俺、ヒルダ、ミルダは一個しか食べさせて貰えず五個は先代、残り七個はお義母さんが食べてしまったのだ。
我が家のヒエラルキーはお義母さんが不動のトップなのである。
ヒルダのウソを真に受けたシルフィーナもまたプライドが高いので、涼しげに取り繕いながら威勢を張った。
「ま、まあワタクシも小さな頃二個ほど食べたことがありましたわね。我が家に六個献上されたものを父上と母上とで二個ずつ」
「「ダニィ!?」」
思わず俺とヒルダはシルフィーナを凝視する。
うらやましい。霞イチゴとその平和な家族の団欒。
「よかったわね。メルヴェデュールでいっぱい食べられるじゃない。所持金がなくならない限り」
「ええ、沢山食べますわよ?滅多に食べられるものじゃありませんもの。愚問だとは思いますけれど、もちろん貴女も召し上がりますよねぇ?」
「も、勿論。注文しない訳ないじゃない。」
ヒルダとシルフィーナはお互いの逃げ道を潰し合う。
不毛だ。不毛過ぎる。
人を呪わば穴二つと言うが、本気で破産しても知らないぞ。
「それでは早速行きましょう? 売り切れるかもしれないから」
「ええ、ワタクシ達が食べる分がなくなりますもの」
ヒルダとシルフィーナはお互いをけん制し合いながらにらみ合う。
はあ……嫌な予感がする。
取り敢えず俺も虎の子のへそくりを持っていこう。
しかし高級スイーツか。いい機会だ。
最近レヴィの元気もないので、あいつも連れて行ってある程度奢ってやろう。




