エピローグ 空の棺に収まるモノ
そして、物語は現在へと戻る。
俺の前には今にも死にそうな勇者の姿と、腕をコキコキとさせて殴り心地を確かめているヒルダがいた。
「あら、意外と硬いわね。まだ生きてるのかしら」
ゴキブリを見ているかのような目つきで勇者を見下ろすヒルダ。
ミネルヴァに似て勇者には容赦がない。やっぱり血筋だな。
「……っ、テメェ、よくもやりやがったな」
「何か文句でもあるの? あなたがグレイにしたことに比べれば軽いものだと思うけど」
「はっ、人殺しがよく言う。……だが、ここは分が悪いな引かせてもらおう」
勇者は皮肉を呟くと懐から薬瓶を取り出して一気に飲み干す。
すると傷が完治して体が透け始めた。
あの薬が透明になる薬なのだろう。
「ちょっと待ちなさいっ!逃がさないわよ!!」
ヒルダが慌てて手を伸ばすが時すでに遅し。
勇者は完全に姿をくらまし、気配も完全に消えていた。
走る音が部屋に響き、やがてそれも聞こえなくなる。
しかし、これで終わりではないはずだ。
「早く追いかけるわよ! このまま野放しにできないわ!」
「────いや、その必要はない」
「え?」
俺が生き返った理由の一つに、復讐というものがある。
俺はあの勇者に殺され、そのせいで天界に二週間も留まることになり、さらには生き返るタイミングまで遅れてしまった。恨みを数えたらきりがない。
……二週間もあったんだ、俺がこの状況を予想しないわけないだろ。
足音に耳を澄ませ、その時を待つ。
────カツンッ。
「そこだァァアアア!!!」
「うおっ!?」
この部屋は石畳でできているため、靴底の音はよく響くのだ。
一度目は位置が分かるだけで殺されたが、二度目は失敗しない。
大剣の先を構えて突っ込むと、虚空が歪んで血が溢れる。
「ぐあっ……」
「仕返しだ! 心臓を貫かれる苦しみを思い知れ!!」
心臓が潰れる音がして、勇者の胸からは大量の血液が流れ出る。
「薬、薬を……!」
しかし、勇者は諦めない。なんとか剣を己の体から引き抜くと、また薬を取り出そうとする。
まだ薬を使えばどうにかなると思っているようだ。もしくは、この状況すら打開できるほど薬の力が凄まじいか……。
まったく、どちらにせよ神様はとんでもない力を一個人に与えてしまったものだ。
「グレイ、また回復する気よ!止めないと!」
「分かってる」
「じゃあ何で悠長にしているのよ!さっさと殺しなさい!」
「いや、俺はもう自分から勇者を殺さない。そう父さんと母さんに誓ったからな」
あいにく、俺はできるだけ両親に顔向けできるように生きると決めた。
今ここで勇者を殺してしまえば父さんと母さんを悲しませるような気がする。
「そんな甘いこと言ってる場合じゃないでしょう!!」
「大丈夫だ。生かしておくつもりはない」
「どういうこと? 脳ミソを死後の世界に置いてきた?」
「ちげーよ、こういうことだ」
俺は棺桶から持ち出したソレを取り出し、勇者の傷口にねじ込んだ。
「そんなに回復したきゃ回復させてやるよ」
渾身の力でソレを握り砕く。
すると中に入っていた液体が勇者の体に染み込んでいく。
「これは……ポーション?」
勇者が呟くと、徐々に傷口が塞がり始める。
「ハハッ、バカが! 敵に塩を送るとは愚行極まりないぜ!!」
どうやら自分の状況を理解できていないらしい。
勇者は勝ち誇ったように高笑いするが、それが命取りとなる。
「─────あれ?」
突然、勇者の口から血が垂れた。
立ち上がろうとしているのか手足を動かそうとするが、まるで力が入らない様子だ。
ゴホゴホと血反吐を吐いて胸を抑える。
「おい! テメェ一体何をしやがった!!」
「見ての通り、お前を回復してやったんだよ。……ガラス瓶を割ってな」
ふたぐちだけになったビンを摘まんでにやりと笑う。
確かに、何度致命傷を与えても回復されるのは厄介だ。どんなに強力な攻撃でも殺せなきゃ意味がない。
だが、それは傷があればの話。傷が無ければ回復薬で回復することはできない。無いものを消すのは不可能だからな。
……だから、俺はわざと勇者を治した────無数のガラス片を胸部に仕込み、勇者の体に残すために。
「いやー、たまたま棺桶の中にハイポーションがあって助かったぜ。ヒルダが棺桶の中に俺の私物を入れてくれたおかげだな」
「……っ、テメェ!!」
「おっと、悪意はこもっているが真っ当な善行だ。恨まれる筋合いはない……ああ、感謝するなら俺じゃなくてチャーリーって言う格闘家にしてくれ。元々そいつの持ち物なんだ」
「クソッ……!」
呼吸をするたびに肺に穴が開いていく感覚が勇者を襲う。
何度も薬を生み出して体力を回復させるが、またガラス片が臓器に食い込んでいき、それを無理矢理治癒してさらに血を吐く。
「治れ……治れ治れ治れ!! なんで、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだ!! 俺は転生者だぞ、選ばれた人間だ。なのに、なのにぃいいっ!!!」
「選ばれた人間? ハッ、笑わせてくれる。誰かに存在意義を見いだされないと生きていけない奴に息をする資格なんてねーよ」
自らの血にうずもれる勇者の前にしゃがみこみ、顔を近づける。
「辛いだろ、痛いだろ。それが生きるってことなんだよ」
「ふざけんなぁ……!」
「どうにもならない現実を前に足掻いて、血反吐を吐いても前に進み続けることが人生だ。全てがうまくいくなんて思うなよ」
「うるさい……黙れ! 何様のつもりで説教垂らしてる!」
「お、そうだな。時間があんまり残されてないようだし、手短に済まそう。……お前? 死にたい?」
「は? いきなり何言って……」
「お前が選べ。このまま苦しみ続けるか、それとも俺に介錯をたのむか。どっちが良い?」
笑みを浮かべ、俺は勇者にせまる。
出来るだけ人を殺したくない。けれども、俺を殺してヒルダにまで手をかけようとしたこいつだけはどうしても殺したい。
「死にたいか?」
「……っ、嫌だ! まだ、まだ俺は……ガハッ!」
「そうか。じゃあお前の心が完全に折れるまで俺は問い続けるからな」
例え反抗されようとも、俺は笑顔を張り付けては勇者の目の前で優しく語りかけるだけだ。
懇切丁寧に語り掛け、耳を塞ごうともその手を掴んで無理やり脳に叩き込む。視線を合わせて俺の存在を認識させることも忘れない。
────死にたいか?
死にたいか? 死にたいか?死にたいか?死にたいか?
死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか死にたいか
「──────────してくれ」
「……聞こえないな。もっと大きな声で言ってくれ」
「殺してくれ……! もう楽になりたい! 頼むから殺してくれ!!」
たった数十分で、勇者は涙ながらに懇願した。
先ほどの威勢はどこへやら。自分の血と薬瓶にうずもれ、必死になって殺してくれと追いすがる。
その姿はもはや勇者と呼べるものではなく、ただの弱者だった。
情けない、情けなくて笑いが出てしまう。
「クックック、しょうがねぇなぁ。俺は正義でも何でもないが、哀れな者のために直々に引導を渡してやるよ」
剣を握り、ゆっくりと振り上げる。
勇者の目には諦めとの色が浮かんでいた。
「あばよ、クソ野郎。その選択をしたのはお前だからな────セイントヴァーチェ」
光の斬撃が勇者の首を撥ね飛ばし、石畳に赤い染みを残す。
胴体が力なく倒れ、頭だけがコロコロと転がった。
「……」
勇者の亡骸を見下ろしていると、背後で気配を感じた。
「気は済んだかしら」
振り返ると、ヒルダが不思議そうな顔をして棺に座っていた。
彼女は俺と目が合うと、頬杖をつく。
「どう? 復讐した気分は」
「ああ、スッキリしたよ。ここまで気持ちよく人を斬ったのは初めてだ」
「……グレイ、あなた天界に行って性格が悪くなったわね。いつもならすぐに殺すじゃない、グレイが誰かを嬲るところなんて初めて見たわ」
「復讐するならきっちりとやり遂げないと絶対に後悔する、そう感じただけだ。方法がネチッこいのは魔王に育てられたからなんじゃないか?」
「なんか悪い方向に吹っ切れてるような気がするけど……まぁいいわ。さ、そろそろ戻りましょう。みんなが待ってるわ」
「ああ、わかっているよ。説教は必至だな」
俺は勇者の死体を一別してから歩き出す。
死体を見るのはいい気はしない。けれど、目を背けることはしてはいけない。
これが俺の選んだ道で、俺が俺であるために必要なことだからだ。
運命にとらわれた自分はさっき殺した。勇者と共に死んだ。
「ヒルダ、一言いいか?」
「……何?」
「俺はどんなことがあってもお前を裏切ったりしない。選ばれし勇者だろうが生まれがどうだろうが俺は俺だ。わかっているとは思うが……改めて誓わせてくれ。俺の居場所はこの魔王城だ」
まっすぐに彼女の目を見て伝える。
ヒルダはきょとんとした顔を浮かべていたが、やがてフッと笑った。
「なぁにバカなことを言ってるの。グレイの代わりなんて誰もいないし、探そうとも思わない。グレイは私の大切な家族で、護衛で、友達で、仲間なんだもの。……あっ、そうだ。今日の朝食ってベーコンエッグだったのよね。グレイの分もちゃんととってあるから食べなさい」
軽くあしらわれてしまった。俺の宣誓はベーコンエッグよりも優先順位が低いらしい。
しかし、それがヒルダらしくて思わず笑みを浮かべてしまう。
このアホさがある限り、俺はヒルダの隣にいたいと思ってしまうのだろう。そこがヒルダのいいところであり、弱点だ。
ああ、守りたいな。いつまでも。
「ありがとう。愛してるぜ、ヒルダ」
「あーあー辛気臭い。せっかく生き返ったのに死に際と同じこと言ってんじゃないわよ。二度と言わないで、言わなくても分かってるから」
「……はいよ」
俺はヒルダと一緒に部屋を出る。
扉を閉める音と共に、また日常が始まった気がした。
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