天界事変 後編
一触即発の空気の中、母さんが口を開く。
「さて神様、そろそろグレイを生き返らせていただけないかしら。私達も無駄な争いは避けたいのだけれど」
「ぐぬっ……」
神は苦悶の表情を浮かべる。
「だからできないと言っているだろう」
「あらそう、それなら武力行使に移るけれどよろしいかしら?」
「武力行使? ハッ、笑わせてくれる。貴様たちに何ができるというのだ」
「協力することができるわ」
神の挑発に、母さんはにっこりと微笑んだ。
「確かに私達は無力な存在かもしれない。でも、一人できないことをみんなで協力することで解決できる」
「ふん、馬鹿馬鹿しい。仮にできたとしても、我の力には及ばないだろう」
「別にあなたに分かってもらおうだなんて微塵も思っていない。あなたは独りよがりで、一人で全てを解決できると思い込む性格だもの。そんな性格だから選ばれし勇者なんて偏った存在を生み出す、違うかしら?」
「……」
「でも、私達は違う。自分が無力だということを知っているからこそ、仲間に頼ることができる。家族、友人、同僚、種族、そして恋人。様々な枠組みのなかで、皆が助け合ってるのよ」
俺はこの力のすばらしさを良く知っている。
俺がどれだけ頑張ってもかなわないことも、誰かと一緒なら越えられる。俺だけの力でできた事なんて一つもない。
……それはきっと、神にも届きうる力なのだろう。
母さんは神に近づいて息を吸うと────誇るようにして叫んだ。
「大体ね、勇者と魔王の問題もなんだかんだ解決してたはずのものなのよッ! 団結の力を舐めるなッ!」
その瞬間、空間の亀裂が再び爆発し砂ぼこりが舞った。
やがて視界は晴れていき、現れたのは……
「へっ……俺?」
…………ユウキ?
「邪魔だ、雑魚の格好いいところを持っていきおって」
「ちょっとそれは不可抗力────ふべっ」
なんてことはなく、二人の影がユウキを蹴散らして現れる。
「やぁ、また会ったね」「待たせたなグレイよ。助太刀に来たぞ」
現れたのは初代勇者アストレイルと初代魔王ミネルヴァだった。
「二人とも、どうしてここに!?」
「ユウキ君が呼んできてくれたのよ。増援は多い方がいいでしょ?」
「そうなのか?」
「あ、ああ……神をなんとかできる方法なんてこれぐらいしか考えられなかったからな。散々振り回されて大変だったよ……」
ボロボロになったユウキが親指を立てて燃え尽きる。
最後の最後にとんでもない仕事をこなしたな、あいつ……!
二人はゆっくりとした足取りで神に近づく。
神の顔は驚きに染まっていた。
「まさか、魔王と勇者が手を組むだと……!?」
「別に勇者と手を組んだ覚えはない、たまたま利害が一致しただけだ。……本当に皮肉な話だがな」
「僕も不本意だ。できることなら僕だけで解決したかった」
「なんだと!? ではなぜお前たちは今ここにいる!?」
神の言葉に、二人は同時に答えた。
「「神に文句を言いたかったからだ」」
「っ!?」
「我も勇者も『使命』という呪いが故に苦しんだ。そしてその使命を与えたのは紛れもない……『神』だ」
「元をたどれば、僕という存在を生んで争いを加速させたのは他ならぬあなただ。あなたの行動で多くの命が苦しみ、悲しみ、死に至った。怒りを覚えるには十分すぎる」
初代勇者と初代魔王。
いがみ合い続けた二人の意見の意見が初めて一致した。
さっきまで余裕を持っていた神も二人の結託に冷や汗をたらす。
「さ、逆恨みもいいところだ!我が手を下さねば人間は息絶えていたのだぞ!」
「その時はその時だ。たかだか一つの種が途絶えるだけ、自然の摂理だろう」
「そんなわけがあるか!人間が絶滅すれば世界のバランスが崩れ、他の生物にも影響を及ぼす!」
「僕はそう思わない。どんな運命をたどろうと世界は進む、あなたが作った世界はそんなに脆くはないはずだ」
「ぐぬっ……!」
「要するにだな、神よ。我等の言いたいことは────」
二人はにやりと笑うと、声を合わせて言った。
「「もう二度と僕たちの世界に干渉するな。我らの世界の事は我らが決める」」
「っ……!」
「貴様は神という名の椅子で黙っていろ。貴様に頼まれずとも世界の問題はグレイが解決してくれる」
「だよね、グレイ君。魔王の立場も勇者の立場も理解している君ならできるはずだ」
二人の言葉に、俺の顔が引きつる。
とんでもない無茶ぶりをしやがって……。
できるかできないかを聞かれたら、当然やるしかない。
どうして先人たちは俺に厄介ごとを押し付けたがるのか。これも選ばれし勇者の運命のせいなのだろう。
……まあいい。ヒルダを殺すことになるくらいなら、魔王と勇者の問題ごとぶっ壊した方が何倍もましだ。
「任せろ、俺を生き返らせると約束するなら後始末を請け負ってやる」
「いい返事だ、それでこそ魔王の精神を継ぐものだ」
「それは勇者の心構えが故なんじゃないのかい? 少なくとも魔王の物じゃない」
「何だと!?」
「まぁまぁ、お二方共落ち着いてください。今は喧嘩をしている場合ではないでしょう?」
黙っていた母さんが仲裁に入ると、二人はハッとした顔になって冷静になる。
やっぱ仲いいだろこの二人。
母さんはコホンと咳ばらいをしたあと、神に向かって宣言した。
「さあ神様、二つにひとつです。私の息子を生き返らせるのか、それとも天界史上最大のクーデターを起こされるか。ちなみに私達聖女会はクーデター派なのでご注意を」
「僕も知り合いの勇者に声をかけてきたよ。全員戦闘経験があるから戦力としては申し分ないと思う」
「ふん、そんなことをせずとも天界と地獄の魔族は全員我が一声で動く。獄卒の命が惜しければ要求を飲むんだな」
「神龍は言わずもがなじゃ。語ることもなかろう」
俺たちの脅しに、神はうめき声をあげる。
だが、しばらくすると観念したように、黙って手を上げた。
*****
「ようやく親らしいことができたわね。少しは息子の役に立てたかしら?」
「息子のために頑張りすぎだろ。神を脅すって……」
「あのね、親っていうものは子供のワガママを押し通すためにあるようなものなのよ」
場所は移って下天の湖。
神との駆け引きに勝利した俺は天界のみんなに見送られつつ湖のほとりに立っていた。
ユウキ曰く、この湖に飛び込めば蘇生が果たされるらしい。
……つまり、正真正銘のお別れということだ。
世界が映った水面に寂しさを感じながら、その中でも黒くそびえたつ魔王城を眺める。
「あれが今のグレイのお家なのね」
「俺の家って言うか、ヒルダの家なんだけどな。ちなみに設計はそこにいる魔王様がしたらしいぜ」
「へ、へぇ……」
「む? なんか文句あるのか?」
「い、いえ、何でもありませんよ初代魔王陛下。おほほほ」
まぁ、悪趣味だよな。二十年近く住んでいる俺でもそう思うのだから当然だ。
だが、長く住んでいるとそれでも愛着が出てくるもの。帰るべき場所であることには変わりない。
「ねぇ、初代魔王様に頼んでちょっと中を覗いてみましょうか」
「え? そんなことできるの?」
「無論できるぞ。本来、視点の操作には大天使の資格が必要だが、我は大天使の系譜を継ぐ魔天族だからな。グレイさえ良ければいつでも覗き見させてやるぞ」
「マジでか、頼むわ」
初代魔王は小さくうなずくと手をかざした。
次の瞬間、魔王城にズームアップし俺の死体が映し出される。
そして、俺の棺桶の上には……
「ヒルダ……」
ヒルダが、じっと俺を見つめていた。
俺が死んだことがショックだったのか、悲しげな表情を浮かべてすがっている。目のクマがくっきりと浮かんでいることから数日間は眠っていないようだ。
「あら、初代魔王様にそっくりね。流石は血縁と言ったところかしら」
「ふん、我は死で悲しむほど軟弱者ではないわ。……む? 待て、なんだか後ろ様子がおかしいぞ。どういうことだ?」
突如違和感を感じたミネルヴァが画面を凝視する。
そこには、俺とヒルダ以外にも誰かがいた。
黒いフードを被ったその男は、不気味な笑みを浮かべてヒルダの様子を伺っている。
「どうして我が子孫は気づいていない!?魔眼をもってすればすぐに気づくはずなのに……!」
「────これがスキルだよ、初代魔王さん」
そこで、アストレイルや父さんと一緒に聖教国を観察していたはずのユウキがいつの間にか背後に立っていた。
そう言えば、俺を殺した勇者はスキルとかいう不思議パワーを持っているとかなんとか言っていたな。少なくとも魔法じゃないという。
つまり
「そうか、そのスキルというのが透明になる力なんだな」
「残念ながら違う」
「えっ」
まさかの否定に戸惑ってしまう。
いや、どう考えてもこの流れはそういう感じじゃなかったか?
「じゃあ何なんだよ」
「あいつの右腕を見てみろ」
「右腕? 腕は俺が死に際にぶった切ったはず……ん?」
切断されたはずの勇者の腕がなぜか復活していた。
しかも、指先まで完全に再生している。
「どういうことだ?」
「……そういうことか。我には分かったぞ」
ミネルヴァが苦々しい顔をしながら呟く。
「ユウキとやら、アイツの能力は自前の物ではない。道具によるものだな?」
「正解。あの男の能力は『ポーションを生み出す能力』。透明になったのも、傷が回復したのもそういう薬を使ったからだ。薬は魔力を介さないから探知されない」
なるほど、だからヒルダは気づかなかったというわけだ。
「まずい、早くしないとヒルダが殺される!すぐにでも生き返らないと!!」
息を吸い込み、湖に飛び込もうとする。
だが、母さんが俺の手を掴んだことでそれは阻まれた。
「離してくれ!!このままだとヒルダがッ……」
「落ち着いてグレイ。どうせならもうちょっと引き付けてからにしましょう」
「はぁ!?」
「今生き返ってもまた逃げられるだけ。なら、ギリギリまでヒルダちゃんに近づかせてから不意打ちしたほうがいいじゃない」
「まぁ、そりゃあそうだが……」
殺せるなら確実に殺したい。母さんの言うことはもっともだし、俺だってそう思う。
だけど、どうしても躊躇してしまう。だって、その行動が遅かったせいでヒルダを失うことになったらと思うと……。
「失敗は……したくない」
「……」
「怖いんだ。失敗したら、俺は間違いなく後悔して一生立ち直れなくなる。それがたまらなく嫌なんだよ」
ここにきて怖気づいてしまうなんてバカらしい話だが、俺の膝は笑っていた。
情けない、本当に俺はどうしようもないくらい弱い人間だ。
そんな俺の独白に、三人が押し黙る。
否定できるはずないだろう、だってそのせいで俺は死んで────
「死を恐れるな。守りたいものがあるなら死ぬ気で守って見せろ」
「…………え?」
突然、ぐしゃぐしゃっと頭を撫でられた。
「父さん……」
「未来を恐れていては何もできないし、過去を恐れたところで何も変わらない。……今を守れ。今の最善を尽くせ」
「……」
「父さんはグレイとソフィアよりも先に死んでしまったが、それは本望だった。こんな俺でも父親らしいことができたんだからな」
「……でも」
「黙って行ってこい。全てを成し遂げた後で文句を聞いてやる」
そう言って、父さんは微笑むと俺の背中を強く押した。
視界に水が迫り、バシャんという音と共に泡が全身を包み込む。
岸に手を伸ばしても空を切り、外の騒がしい音を聞くことしかできない。
「ちょっとバロン!? まともなサヨナラも言っていないのに!」
「別れの言葉は家の前で言っただろ。あれ以上に必要な言葉があるか?」
「ある! 母親として息子と話したいことはたくさんあるわ!」
「それは欲張りだな。そもそも俺達は死んだ身、息子と会話できるだけでも幸運なのに、最後に親らしいこともさせてもらった。あとは何を望む?」
「うぅ~、バロンの意地悪! こういう時にだけカッコいいことを言って!」
言い争う父さんと母さん。息子との別れの間際にケンカするのはいかがなものかと思う。
……いやそうか。これは『家族の間に言葉はいらない』ということだな。
俺のことを信じているからこそ、こうして見送ってくれるのだ。
「ありがとう父さん、母さん。俺、行ってくるよ」
二人の言葉のない声援を受けて俺の体はゆっくりと沈んでいく。
次に会えるのは死んだあと、それはきっと何十年後の事なのだろう。
じゃあ、その何十年後に言ってやろうじゃないか。
魔王も世界も救って、「つもる話があるんだ、覚悟しておけ」ってな。




