虚構が紡いだイニティウム
時は無慈悲に流れるものだ。
当たり前のことが当たり前に起こって、その度に俺は笑ったり泣いたり怒ったりする。瞬間の感情なんて明日になっていれば忘れているし、記憶に残っていても思い出すことはない。
けれども、その一瞬は確かに存在していて、それは必ず自分の糧になっている。今日という日が積み重なって、今の自分が出来上がるのだ。
「────ふぅ」
俺の定位置、もとい玉座の裏で俺は自分の胸に手を当てる。
元気に動いているこの心臓は一回は止まったものである。傷跡も生々しく残っており、服を脱ぐと目立った。
十五年たった今でも、あの日の光景を思い出す。
「あれから十五年か……」
がむしゃらに生きていた十代が感慨深い。
フレッシュさと若気の至りで乗り越えられたが、振り返ってみればとんでもないことをしていたものだ。
は? 邪神の封印を二十にも満たないガキが? はっ、笑わせてくれる。どこのおとぎ話だってんだ。
過去の栄光に思いを馳せながら、俺は自嘲気味な笑い声を上げた。
「なぁヒルダ。俺ってかなりイカれた部類に入ってる人間だよな?」
他愛ない独り言に、背もたれを隔てて座っているヒルダが呆れた声で答える。
「何を今さら。普通の勇者は魔王の側にいないものよ、そんな常識も忘れたのかしら」
「まぁ、そうだよな。変人のお前にこうしてボケを振るんだもんな、そりゃあそうだろうさ」
うん、かれこれ三十年の付き合いになっても平常運転。伝統に従って悪役最大手に君臨しているだけのことはある。
もうちょっといたわりのある反応を期待していたのだが、こいつはそういう奴だった。
「失礼ねぇ、魔王と言っても私は普通の魔族よ。ただ少しだけ勇者のキルレートが他よりも高いだけで」
「普通の魔族には勇者のキルレートなんて概念は存在しねぇんだよ」
「あら、褒めても何も出ないわよ?」
「事実を述べたまでだが……まあいい。それより今日乗り込んでくる勇者の人数は?」
「二人ね。いまどきご丁寧に私を殺しに来るなんて時代錯誤もいいところよ」
ヒルダがため息交じりに呟く。
魔王を殺すために魔王大陸に訪れる勇者は年々減っており、今では片手で数えられるほどだ。
これもヒルダが帝国と国交を結んで魔王大陸の情報を開示したことが原因である。確執がなくなったわけではないものの、昔ほど殺伐とした関係ではなくなってきている。
それでもわざわざ魔王討伐なんて掲げている連中がいる以上、油断はできないけどな。
「ま、今回も楽勝でしょ。……グレイが代わりにやる?」
「誰がやるか。一応両親に顔向けできるよう不殺の誓いを立ててるんだぞ。狂犬だった時の俺はもういない」
「その割には自分から死を望むような拷問を勇者にしたりしているようだけれど……?」
「あれはノーカンだ。それにあいつらは殺してくれとせがんでいるんだ、こちらも介錯しなれば不作法というもの……」
「余計タチが悪くなってると思うのは私だけかしら?」
失敬な。自発的に殺さなくなっただけマシだと思え。
そもそも俺が手を下さずとも勝手に死ぬんだからこっちとしては好都合なのだ。
「とにかく、俺は絶対にお前の代わりをやらない。ちゃんと務めを果たせ」
「……ふーん、そんなこと言っちゃうんだ。じゃあ私が殺されそうになった時は助けてくれないんだ?」
「そもそもお前が死ぬような目に会うことなんてないだろ」
「へぇ~、そうなんだぁ……」
何やら含みを持たせた言い方をするヒルダ。
そしておもむろに立ち上がって俺の方を振り向くと、ニンマリと笑みを浮かべた。
「そういえば言い忘れていたんだけどね、その勇者達って十二歳の双子の姉弟らしいわよ?」
「……ふーん」
「それも血統がすんごいの。なんと、かの魔王家と因縁深いアストレイルの子孫なんだって! リンゼッタ曰く『世界で最も高い可能性を秘めた勇者』! いい響き!」
…………。
「そりゃ凄いな。そんな若さで魔王城に乗り込んでくるとは恐れ入る」
「でしょう? こんなイレギュラーな勇者はユウキ以来だもの」
楽し気に話すヒルダに、俺は適当に相槌をうつ。
十二歳のくせに魔王城に乗り込むという自殺行為に等しいことをする馬鹿な勇者がいるなんて聞いたことがない。というか、いてたまるか。
「親の顔が見てみたいぜ。どういう教育をしてんだ」
「そうそう、ホントそれ。もし会ったら一発ぶん殴ってやりたいわ。……だけど、気になることもあるのよねぇ」
「何がだ?」
首を傾げる俺に対し、ヒルダは口元に手を当てて考える仕草をした。
「だって、リンゼッタがそう簡単に『世界で最も高い可能性を秘めた勇者』なんて表現を使うのかしら? 確かにアストレイルの子孫だからってことはあるかも知れないわよ? でも、彼女はグレイという最高の勇者の存在を知っている。そう考えると、その根拠だけでそれ納得するにはパンチが薄いと思わない?」
「……つまり、他に何か理由があると?」
「そ、例えば────」
ヒルダは俺の耳元に顔を近づけると、小声で囁いた。
「その二人に、もっとすごい血が混ざっていたりして」
「……」
「あら、どうしたの黙っちゃって?」
「お前もなかなか人が悪いな。あんまりそうやって人をからかうもんじゃないぞ」
「フフッ、からかったつもりはないんだけど。でもそうね……無性にグレイのぶん殴りたい気分になったわ。どうしてかしら?」
動けずにいる俺の右頬をぺちぺちと叩きながら、ヒルダは意地の悪い笑顔を見せる。
あぁ、本当にムカつく女だよこいつは。
「ま、冗談は置いといて。さっき言ったことは全て本当よ」
「はいはいそうかよ」
「もう一回聞くわ。大人しく代役をするか、それとも私に殴られるか。好きな方を選びなさいな」
「どっちを選んでも結果は同じようなものじゃねぇか……」
玉座の裏から出て、定位置であるヒルダの対面に立つ。
そして深呼吸を一つすると、背中に背負った大剣の柄を握った。
「チッ、めんどくせぇなぁ」
「文句言わない。めんどくさいめんどくさいって、元々はあなたが撒いた種でしょう。……あっ、これもしかして下ネタになっちゃうのかしら。年をとると余計なことを言っちゃうわね。ほんと嫌になっちゃう」
「一生口を閉じてろ邪魔王が」
軽口を叩きながらも心の中で覚悟を決める。
「俺に任せるんならヒルダは絶対に手を出すなよ。絶対にだ」
「そんなに必死にならなくても手なんて出さないわよ。私はグレイを信じてるから、きっと素晴らしい方法で乗り越えてくれると信じているから。斜め後ろ四十五度から静観させてもらいます」
「あーあ、お気楽なご身分ですねー」
思わず妬みが出てしまうぜ。この脳筋魔王にもう少し分別というものがあればどれだけ楽なことか……。
ふと、手にある大剣を見やる。
元々これは父さんのものだったらしい。父さんがこの剣で母さんを守り、母さんは父さんを支えた。
そう考えると、この剣が俺の手に渡ったのはやはり運命というやつなのだろう。今日にいたるまでずっと俺を呪い続けてきた運命だが、この瞬間だけは感謝しても良さそうだ。
ロクでもない俺でも、こうして大切なものを守れる力を与えてくれたのだから。
重厚な扉が開かれる。現れたのは、二人の幼い勇者。
一人目は女の子。背丈は百四十センチくらいだろうか。黒色の髪に灰色の三日月前髪が特徴的だ。
恐れることなく剣先を向けてくるその瞳には強い意志が宿っている。
そして隣にいるのが銀髪の男の子。身長はその子よりも少し低い。こちらは対照的に不安げな表情を浮かべており、落ち着きなく視線を動かしている。
俺の存在に気付いた女子はキッと目を吊り上げると、隣の男子の手を掴んで一歩踏み出す。
「あたしの名はユマ! こっちは弟のアッシュだ! 先祖の無念を晴らすべく魔王の首を貰いに来た!」
「そんな言い方したら殺されちゃうって! もっとオブラートに包もうよ!」
「うるさい! ここまで来たら後には引けないんだよ! それに、アッシュだって魔王を倒して英雄になりたいって言ってたじゃないか!」
「そ、それはそうだけど! やっぱり怖いものは怖くて……」
戦いそっちのけで姉弟喧嘩を始めた二人に、俺はため息をつく。
こいつら本当に何やってるんだか……。
玉座で笑いをこらえているヒルダを尻目に、俺は二人に話しかけた。
「おいそこの双子姉弟、ここはお前らのようなガキの来るような場所じゃない。黙ってママのいるお家に帰ってろ、きっと心配してるぞ」
「誰が子供だ! こう見えても勇者学校の首席合格者だぞ、そこら辺の勇者と思ったら大間違いだ!」
「ぼ、僕らは立派な勇者だもんね……ママほどじゃないけど……」
過剰に反応したユマが激昂する一方で、アッシュは泣きそうな顔で姉の陰に隠れていた。
俺は再度嘆息すると、二人に向かってゆっくりと歩き出した。
「いいから帰れ。まだ人間大陸行きの船があるはずだ」
「やだね、どうして名前も知らないオッサンの命令を聞かないといけないんだ」
「おっさ……!」
「まず名乗るのが礼儀だろ!名前を言えない奴とは話さないって決めてるんだ!」
「そっ、そうそう! それが人として当然の行いだよね……!」
あーもうめんどくせぇ! 魔王を殺そうってのに今さら行いを気にしてんじゃねぇよ!!
「それで、オッサンは誰?」
不審者を見るような視線を二人に向けられ、俺はヒルダに助けを求めるように振り返った。
しかしヒルダは相変わらずニヤついた笑みを貼り付けたまま「言ってやりなさいよ」と言わんばかりに顎をしゃくってくる。
……ちくしょうめ。
仕方なく、俺は渋々名乗りを上げた。
「名前はグレイ」
「へぇ……。グレイって言うんだ────」
「……年齢は三十半ば。父の名前はバロン、母の名前はソフィア。兄弟はいない、俺を生んだ後に死んだ」
「え?」
「自慢があるわけではないが、強いて言うならタイマンの殺し合いで負けたことがない。趣味は勇者の戦利品集め」
「ちょ、ちょっと待った」
「好きな食べ物は肉全般と度数の強い酒。嫌いなものは知人が悲しむこと。好きな女性のタイプは……」
「ままま、ストップ、ストォーップ!!」
俺の自己紹介を遮って、ユマが大声を上げる。
「な、なんなんだアンタ!? いきなり自分のことペラペラ話し始めて……頭おかしいのか? それとも馬鹿なのか?」
「……どっちだと思う?」
「どっちって……」
「案外知っておいた方がいい情報なのかもしれないぜ? 知るべきことを知らないまま生きるってのは辛いことだからな」
「な、なにを意味のわからないことを言ってんだオッサン」
「そんなことはどうでもよくて、肩書なんかを言って欲しいってことです……」
「ああ、そういうことね」
肩書、ねぇ。
選ばれし勇者って名乗るのもありっちゃありなのだが、それは神から与えられた称号であって俺自身が手に入れたものではない。結局選ばれし勇者としての役目は果たさないことに決めたわけだし、ここは別のものでいきたい。
だからといって、ほぼ初対面の二人に本当のこと言ったところで信じないだろう。
うーん……。
────あ、そうだ。
あれがあったな。しばらく使ってなかったしちょうど良い機会だろう。
すうっと息を吸い込み、俺は高らかに宣言した。
「魔王直属護衛勇者。そんな奇妙な肩書きを持つ男だ」
ある世界のむかしむかしの事です。
そこには、魔王と勇者という二大チートキャラがいました。
宿命の敵であり対になる絶対存在。
水にとっての油です。
しかし、両者決定的な違いがありました。
それは力関係は魔王>勇者なのに数が勇者>>>>魔王だということでした。
しかも、勇者はそれぞれ伝説の剣と頼れる仲間と共に攻めこんでくるのです。
魔王と魔族は困り果てました。
対応が超絶面倒なのです。
そもそも一対多数の時点でおかしいのです。
正々堂々勝負しろやぁ!! と魔王側は日々叫んでいても勇者がそれを聞く道理はありません。
なので、ただでさえ長命が故に繁殖力がない魔族は瞬く間に劣勢にたたされ、絶海の大陸で引きこもるしか勇者たちの追撃を絶つ方法はありませんでした。
それからの数千年、人間と魔族は膠着状態が続きます。
しかし、つい四十年前ほどに、突然永遠に思われた戦況が動きました。
なんと、神が勇者に肩入れし始めたのです。
情報によるとなんか人間が宗教的に都合の悪いことを言い始めたので全て魔王のせいにして解決しようとしたために肩入れしたらしいのです。クズです。
その肩入れというのが『選ばれし勇者』制度。
数多く生まれる勇者のなかでたった一人だけ魔王以上の力をもった勇者をこの世に生み出すというものでした。
神が作ったんだよ!? 絶対やべえじゃん!! と魔王は焦りました。
このままいけば魔族はもうおしまいです。
魔王は種の存続をかけて対策を練りました。
練って練って練って───3日目の朝。
こんな作戦を打ち立てました。
そうだ……その勇者を拉致ろう。
魔王は徹夜テンションのまま作戦を決行。
占い師に生まれる場所を占わせ、部下たちに拉致らせました。
というか、拉致る必要もありませんでした。
なぜかというと、父親は既に他界、母親はその子を生んだときに死んでしまったからです。
悲劇の勇者でした。
流石にあわれに思った魔王の部下の魔族は赤ん坊を持って帰国し、この事を魔王……は寝ていたので王妃に報告しました。
すると王妃は言いました。
「この赤ん坊にお腹のなかにいる娘を守らせましょう。きっと役に立つに違いないわ」
そう、王妃は妊娠して新たな魔王を身ごもっていたのです。
こうして、選ばれし勇者は魔族の国で育てられることになりました。
最初は反対意見もありましたが流石は王妃、お母さんパワーで黙らせました。
そして何より、生まれてきた魔王の娘と勇者は双子の兄妹のように仲良く育ったので魔族たちがその勇者と打ち解けるのはそう遠い話ではありませんでした。
────そして選ばれし勇者は自分の運命に抗い続けました。
時にはくじけそうになりながらも、大切なものを守り続ける為に戦い続けたのです。
決して自由なものではなかったでしょう。
力があるからと言って全てがうまくいくわけではない。そんな都合のいい話などどこにもない。
誰よりも強い彼は、誰よりもそのことを知っていたはずでした。
それでも、彼は守りたいものがあったから戦うことをやめませんでした。
それは彼自身のためだったかもしれない。
それは家族同然の仲間のためだったかもしれない。
それは愛してくれた女性のためだったかもしれない。
それは…………自分を信じてくれた人々のためだったのかもしれない。
しかし、どんな理由であれ、彼が戦ったことは事実。一つの物語なのです。
魔王が勇者を拉致った結果。その物語は彼が生き続ける限り続いていきます。
これは、まだまだ始まりの物語。
魔王が勇者を拉致ったことで始まった物語。
長く続く予定の物語の結末は、まだ誰も知らない。
「──────なんてな」
※読み飛ばし可。読みたい人はどうぞ。
これにて「魔王が勇者を拉致った結果」は一応終わりになります。
なんか「俺たちの戦いはこれからだ!」エンドみたいになっていますが、ちゃんと終わりです。
……多分。
この作品はもともと私の反骨精神から始まっております。
勇者が魔王と結託する話というのは『なろう系』の中では一種のテンプレートになっています。かつての敵との共闘、素晴らしいですね。
しかし、かつての敵と打ち解けるのはそう簡単なことではない。現実の歴史の面から見てもそれは明らかなことです。(物語の世界に現実に話を持ってくんなといわれたらそれまでなんですが……)
そう考えると、このコンセプト自体がかなり無理がある話なんですよね。自分が抱えた問題を解決もせずに逃げる勇者、同胞が何人も勇者に殺されたのに、その恨みを棚にあげて勇者を溺愛する魔王。そこに人間味はあるでしょうか。
まぁとどのつまり、この作品は思ったような作品に出会えない逆張りオタクが頑張って書いた駄文ということになります。作風が泥臭いしウザったいと感じた人も多くいるかもしれません。誤字脱字や拙い文章で不快感を覚えた人も少なくないはずです。
全然大丈夫です。だって私、国語の成績悪かったんですから(笑)。当然です。
閑話休題。私がこの作品を書いた背景にはそんな理由があります。
この作品で悩んだことは数えきれません。素人がパソコンに向かい合っても筆なんて進むはずがないでしょう。
それでも、私は泥臭く生きる勇者を書きたかったんです。紆余曲折ありながら自分と見つめ合い、試練を通じて成長していく英雄の姿を表現したかったんです。
途中、作風を変えてもうちょっとポップにしようかとも思いましたが、それは私のプライドが許しませんでした。
だって「私はひどい目に合った。だから好き放題やっていい」とはならないでしょう?
免罪符にもなりませんし、ちゃんとグレイには然るべき苦難を与えるのが妥当です。
…………え、追放?ざまぁ?
うーん、それはちょっと言及しかねますね。あれはこの作品と似ているようで対極にあるものです。
さて、作者の自己満足欄ももうすぐおしまいです。長々と付き合って頂きありがとうございます。
私がこの物語を終わらせられたのも、ひとえに読者様の励ましと評価のお陰です。(この作品の評価平均って高いんですよ。知ってましたか?)
本当に感謝しかありません。改めてお礼申し上げます。ありがとうございます。
では、また別の作品でお会いできることを楽しみにしております。おそらく次の作品はハイファンタジーの欄になると思いますので悪しからず。
このめちゃくちゃな『魔王が勇者を拉致った結果』をご閲覧頂き、そして応援していただき、誠にありがとうございましたっ!
P.S ちなみにこの話の最後に出てきたアッシュ君。一年後にモチベがあったら主人公になる……かも……?




