勇者と魔王
グレイが死んで二週間がたった。
今日も、グレイはエリクサーに浸された棺桶の中で眠っている。
二週間……レヴィが言った、蘇生までのタイムリミット。
期限が過ぎようとしているのに、グレイは一向に目を覚まさない。
「グレイ……」
刻々と過ぎる時計の針を見やり、私はグレイに声をかける。
エリクサーを使えば勇者は生き返る。魔王である私が幾度も苦い思いをし、憎み、嫌ってきた奇跡の力だ。
だけど皮肉にも、私はこの奇跡にすがっている。目を開けてと、もう一度名前を呼んでほしいと、何度もグレイの名を呼び続けている。
「グレイ……お願いだから起きて……」
涙が溢れてくる。諦めるべきなのはわかっている。
……でも、私は魔王だ。欲しいものは必ず手にいれて、どんなわがままでも押し通す。
そう、例えそれが禁忌であったとしても……。
「ん……」
「っ!?」
不意に聞こえたうめき声に、心臓が飛び跳ねる。
慌てて振り返ると、そこには瞼を開けたグレイの姿があった。
信じられなかった。信じたかった。
これは夢なのかと、頬をつねってみてもちゃんと痛いし、目の前に映る光景は変わることはない。
「なにこれ……ごほっ!? 水ッ!? アカン溺れるッ!」
「グレイ!!」
私は慌てて立ち上がると、グレイの私物とエリクサーが詰まった棺桶からグレイを引っ張り上げた。
……うえっ、気持ち悪っ。皮膚がふやけてるせいでぬるぬるする。触りたくない。
でも、グレイが生き返ったという事実は変わらない。
嬉しくなって思わず抱きつく。
「ちょ……離してくれない?」
「もうダメかと思った! ずっと眠ったままだったから、本当に心配したのよ……!」
「あー、うんごめん。次から気を付ける」
「次なんてあるわけないじゃない! あんたが死ぬのはこれで最後なのよ!」
ぎゅっと、強く抱きしめる。
顔を埋める形になったグレイは少し苦しそうだ。私の背中をトントンと叩いて「ギ……!……ブッ……てばっ……!」と何か言っているけど気にしない。とりあえず今はこうしていたかった。
しばらくして、満足したグレイの頬に手を当てた。
「おかえりなさい、グレイ」
「ああ、ただ…………いま」
「え? 何?」
なによ、歯切れの悪いことを言うなんてグレイらしくないわね。
いつもみたいに堂々としてなさいよ。
「あ、いや……ヒルダの目がすごく腫れてたからさ。心配かけたと思うと申し訳なくてな」
「なにそれ、私の事なんて別にいいじゃない。グレイが生きてるだけで十分よ」
「そっか……」
そう言って、グレイは困ったように笑う。
あれ? おかしい、なんか変だ。
グレイがこんなによそよそしくなるはずがない。仮に私を心配するとしても「なぁに泣いてんだよ。血も涙もないことで有名な魔王の癖に」と冗談交じりに言うはずなのに。死んだショックで気が動転しているのかしら。
「ねぇ、もしかして調子悪いの?」
「ああいや、そういうわけじゃ……」
「ならなんでそんなに大人しいのよ。普段通りもっと騒いでもいいのに」
「そうは言われてもなぁ。ま、強いて言えば……俺は俺であって俺じゃなくなった感じかな」
「はぁ?」
何を意味不明なことを……。
「とりあえず、先にお前に謝っておく。ごめんな」
「……どういうこと? おかしいわよ、ねぇ。死んでいる間に何があったの? ちゃんと説明してくれないとわかんない────」
「……本当にごめん」
その瞬間、グレイの顔つきが変わった。
ぞわりと背筋に冷たいものが走る。二十年間で初めての感覚だ。
何よその目、私に向けるものじゃな……
「ッ!」
グレイは棺桶に入っていた大剣を手に取ると、そのままそれを私に振り下ろした。
殺気がこめられた視線、明確な敵意を持った行動が私を襲う。
……あの時と同じように、私の顔に鮮血がかかった。
……。…………。……………………。
「──────何するのよ。私じゃなかったら避けられなかったわよ?」
けれど、私は無傷だった。大剣は私の首の付け根スレスレで止まっている。
斬られたのは後ろの歪んだ空間……グレイを殺した、あの透明な勇者だ。どうやら私の隙を狙っていたらしい。
後ろから忌々し気な声が聞こえる。
「かはっ……なぜ……」
「いいかクソ勇者、お天道様はなんでも見ているって本当なんだぜ? 実際に天から見た俺が言うんだから間違いない」
グレイが剣を振りぬくと、ついに透明な勇者の姿があらわになった。
細身の体に、黒い髪。そして、不健康そうにくすんだ瞳。どういうわけかグレイが切り落とした腕まで再生している。
不可思議なことはたくさんあるけれど……グレイのおかげで瀕死の状態だということに変わりはない。
「お前なら避けてくれると信じていたぜ。悲鳴を上げなかったのも流石だな」
「あったり前じゃない。何年一緒にいると思ってるのよ、グレイが私に敵意を向けるわけない。きっと裏があるって信じてたわ」
あの殺意のこもった目も露骨によそよそしくなったのも、全ては私の後ろにいた勇者を騙すための演技。
私なら真意に気づけると信じてとってたってことよ。私とグレイだからなせる技ってやつよ。
……まぁ、私の方は冷や汗はかいたけど、二重の意味で。
とりあえず、尋問が必要のようね。
どうしてそんな行動をとったのか、どうして復活が遅れたのか。聞きたいことは山ほどあるわ。
「さて、説明してくれるかしら。 死後の世界で何があったの?」
「色々あるんだが、それはあのクソッたれ勇者を始末しながらで構わないか?」
「もちろん。久しぶりの共闘ね、燃えるじゃない」
そう言うと、私は肩口に大きな傷を受けた勇者へと向き直り、渾身の力を込めて殴り飛ばした。




