働け魔王様!
魔王の仕事は勇者をサンドバックにすることだけではない。
ちゃんと各地視察や国民慰労、そして地域の問題の解決も仕事の内なのだ。
「やだやだやだ行きたくない! どこからどう見ても毒沼! 毒々しいことこの上なし!」
枯れた木につかまり震える魔王様。
その目線の先には体に悪そうな紫色の沼が広がっている。
俺は資料に目を通しながら、ガクガクするヒルダに状況を説明。
「お、よく分かったな。住民によると突然畑が毒沼になったらしいぞ。不思議なこともあるんだな。ここら一帯の食糧危機だから気張っていこう」
「私に死ねと!?」
「バカ野郎。毒無効の魔道具をもった魔族がおまえしかいないんだよ。だからこうやって毒状態になる心配がないヒルダが解決に出向いたんだろ」
俺はぬけた言葉をのたまうヒルダの頭をはたく。
魔王に状態異常が効かないというのは勇者に限らずあらゆる人間や魔族の常識だが、これは魔王が代々手に入れてきた魔道具によるものだ。
軽減付きの魔道具は大小多々あれど完全無効を持つ魔道具は滅多にない。
恐らくヒルダほどガチガチに固めた無効装備を着けている人はいないだろう。
「そんなヒルダだからこそ毒沼をすいすい泳げるわけだ。世界に誇れるぞ」
「グレイが泳ぎなさいよ! この装備を貸すから!」
「おまえはどれがどの魔道具か分かるのか?」
「……わかりません」
ヒルダは肩をシュンとすくめた。
実を言うと、長く使われ過ぎてどれがどういう効果を持つ魔道具かはヒルダにもわからない。
資料を探せば分かるのだろうがめんどくさいので放置されている。
魔王のテンプレ装備はこれら一式、これ着てれば大丈夫という形で譲渡されるものなのだ。
それに、この装備には魔王の系譜しか着れない呪いモドキがかけられているので盗難対策バッチリ。
なので俺は無理だ。
進退極まったヒルダが幼児退行して土手をゴロゴロと転がる。
「あーあ、これならミルダを連れてくればよかった」
「また俺に魔王をやらせるのか?」
「それはそれで面倒ね」
ヒルダがため息をついてぼやく。
ミルダとレヴィは城でお留守番だ。
ミルダが魔王の代行、レヴィはそのお手伝いををやっている
そういえば、俺達が出かける時ミルダが「今こそ強権発動の時です!」と叫びレヴィが慌ててミルダの口を塞いでたが、あれは何だったのだろうか。
レヴィとミルダは仲が良いので多分二人だけの秘密か何かがあるのだろう。
もしかしたら俺も城に残そうとしていたのかも。
そしたらヒルダ一人で毒沼を一人で撤去しないといけなくなる。
……うん、大惨事確定だな。ナイス相棒。
「……と言っても不思議ね。急にこんな毒沼が現れるなんて。なにかの前触れかしら」
「さあな。ただそんなことをぼやいても事態は進展しない。早く飛び込め」
「ねぇグレイ。どうしたらこの問題を解決できると思う?」
「おい」
俺を無視して毒沼を眺めながら歩くヒルダ。
するとヒルダは何かに気づいたようで
「ん? ここの水はどうなってるの?」
「えーっとそうだな」
俺はここの地域を治める貴族の集めた情報が記されたメモを捲る。
基本的に生活用水は井戸水でまかなっているようだ。
しかし、最近は枯渇気味で新たな水源を探しているらしい。
「ふーん……じゃあれは何なのよ。コポコポって音がするんだけど」
ヒルダは沼の奥を指差す。
確かに何かが涌き出ているような感じだ。
じっと見つめてなにが原因かを推測する。
……。
「よしヒルダ。言いたいことは分かるよな。行ってこい」
「やだ」
「魔王は汚れ仕事だ。毒沼に潜ることと勇者の血の海に潜ることは大して変わらない」
「汚れ仕事の意味をはき違えてるわよ」
断固として毒沼に入ることを拒むヒルダ。
強情なやつだ。
ヒルダは腰に手をあてながら
「そもそも毒が涌き出ていること自体がおかしいじゃない。この大陸の環境は過酷だけど、ここまで人が住めないことはないはずだわ」
「んまーそうっちゃあそうだな」
「何か原因があるはずよ。例えば地下水とか」
「おいおいそれは安直過ぎるだろ。地面から涌き出てるから地下水ってか? 地下水はさっき枯渇気味って言ったろ。百歩譲って地下水があったとして、それがどうやって毒に変わるんだよ」
「勇者?」
「おまえ勇者って言えば何でも押し通せると思ってるだろ」
まあこの大陸のゴタゴタの九割は勇者が原因なのは認めるが。
でも勇者は考えることは滅多にしないが一地域だけを毒攻めするほどバカではない。
毒沼を発生させるならこんな辺境ではなくもっと効率的なところでやるはずだ。
俺達はさらに首をひねる。
「毒沼を発生させる魔獣とかいたっけ?」
「強いてあげるならヒドラだな。俺は見たことないが湖を毒に変えてそこを巣にするらしいぞ」
「じゃあそいつの湖から地下を通って流れてきた水が畑から涌き出したとか」
「井戸水は無事だぞ」
「うっ」
ヒルダは俺の指摘に更に頭を悩ませる。
おまえの脳みそから正解が出るとは思えない。
沼からは今もコポコポと毒が吹き出している。
「早く行けよ。目の前に正解があるぞ」
「もういっそこの沼を蒸発させていいかしら。めんどくさくなってきちゃった」
考えることを放棄したヒルダは小さな火球を手に作り出す。
おいおいおい。
「ここで魔法ぶっぱなす気じゃないだろうな」
「安心して。魔王は手始めに下級魔法を撃つのがセオリーなの」
「勇者絶望のテンプレパターンを沼にぶつけるんじゃない。そのあと地形が悲惨なことになるのが約束されてるじゃないか」
ヒルダの火球を手で払って消す。
地形が滅茶苦茶になれば近隣からの苦情待ったなしだ。
火球を消されたヒルダは頬を膨らませる。
「じゃあどうすればいいって言うのよ。私があそこに潜る以外で」
ヒルダが腕を組んで俺に問う。
自分の被害を最小限にするプランしか認めないようだ。
国民よりも自分を大事にするのかおまえは。
───まぁ、全く無いってことでも無いんだが。
俺は眉間にシワを寄せるヒルダに向き直り
「実を言うとある。でもヒルダ、覚悟はいいか」
「え、何よ急に」
ヒルダは俺の発言を不審に思ってとっさに手を構えて身構えた。
「まあなんだ……結構危険だからな。色々と」
「そんなこと分かってるわよ。相手が毒沼なんだし」
「───そうか。ならいい」
ヒルダは安堵したようで軽い調子で言う。
無知なコイツに頼むのは気が引けるがしょうがない。
魔王であるヒルダにしか頼めない作戦だ。
「じゃあヒルダ、俺の言うとおりにしてくれ」
「う、うん」
俺は真剣なようすのヒルダに手順を言った。
結論、沼の毒抜いてみた。
「わあああああ!!! 私のお小遣いがぁあああ!!」
毒沼は底がみえるほどきれいになったが、ヒルダのお小遣いが機材や人員、そして色々な要因によって消し飛んだ。
俺が言っていた危険とはヒルダの財布のことだ。
だがそのお陰で原因が判明。
原因は魔王城の罠システムの故障だ。
魔王城で作られる毒沼トラップはパイプから流れてくる毒から形成される。
今回は老朽化によりパイプが腐食して穴が空き、ここに毒沼が出現したと言うわけだ。
原因が魔王城のシステムなので住民への慰謝料や修繕費はヒルダが出さなくてはならず、ただでさえ逼迫していたヒルダの懐事情がさらに被害を受け壊滅した。
最後は俺も予想していなかったなぁ。
「私のぉ……私のお小遣いがぁ……」
ヒルダはこのように畑の隅っこで膝を抱えてグズっている。
俺の予想では貴族から多少召しとれる部分があるのでそこまで被害がないと思ったんだが、まさか全面的にこちらが悪いとはな。
大誤算だ。
「ヒルダ、もう止めろよ。おまえの金は税金という形で戻ってくる。魔王の給金は高いんだから」
「まだ二年目だからってことでお母様に制限されてるの……」
「……」
ヒルダはまだお義母さんの管理から抜け出せていないらしい。
これでいいのか魔王様。
「本当にまずいの! シルフィーナに笑われる!」
「あいつは親が甘々だから金持ってるもんな。『あら、魔王様ともあろうお方がお金がない? ププー、それでも本当に王族ですの? ───おっといけません。私はこれから予約していた高級スイーツブランドの新作ケーキを食べないといけませんわ。お金無しに構っている暇はありませんの。それでは貧乏魔王様、ごきげんよう』とか言いそう」
「お願いグレイ! お金貸して!」
俺の演技にたまらずすがり付くヒルダ。
いつ俺がそこそこ金を持っているってことを知ったんだ?
「いいけどちゃんと耳まで揃えてきっちり払えよ? さもないといつの日かおまえの漫画がごっそり消えることになるからな」
「ありがとうございますグレイ様!」
きれいな土下座で額に土をつける魔王の姿がそこにはあった。




