油断ってダメだね
その時、俺達はだらけていた。
覚醒勇者ラッシュの終息。それの反動だ。
だらけても誰も文句は言わないだろう。
──しかし、同時に俺達は失念していた。
覚醒勇者ラッシュのあとが最も大変だということを。
メリッというドアの裂ける音で、俺達は異変に気づいた。
ひとつ言っておこう、魔王の間のドアは金属製だ。
へこむでもなく、切られるでもなく。
金属が裂けたのだ。
こんな芸当を出来る人は俺は一人しか知らない。
「おいおいおい、腑抜けてんじゃねえのかクソガキども」
割けたドアがバタンと倒れ、現れたのは血の色もかくやという濃いスカーレッド髪の絶望。
ああ、この世の終わりだ。
俺は彼女の視界に入らないように
「レヴィ、このまま俺達はあの人の視界からはずれるんだ。全てをヒルダに擦り付ける」
「わ、分かった」
「聞こえてんぞコラ」
「わぶっ!?」
俺の首もとを彼女の髪と同じくらい赤い薔薇が横切り壁に突き刺さる。
まずい、いろんな意味で最悪だ!
この最悪のタイミングで誰かが式をあげやがった!
「ど、どうしたんですか先生。何かいいことでもあったんですか?」
顔面蒼白のヒルダが裏返った声で問うと
「ああ、あったよ。小さい頃から可愛がっていた友達の娘が結婚してさぁ……こんなにかわいいブーケを貰っちゃったよぉ」
先生は怯えるヒルダにひきつった笑顔でブーケを投げる。
ヒルダはかろうじてかわしたが玉座は大破した。
わあ凄い。それが俺達の墓に捧げられるブーケなんですね。
レヴィがわなわなと震える手で指を指す。
「だ、誰だい? 相棒。表情からとても憎しみを感じるのだけれど」
「彼女は俺達の先生、アゼル先生だ」
アゼル先生は魔族を代表する戦闘の第一人者。
数々の異名を持つ、勇者と魔族共通の畏怖の象徴だ。
俺、ヒルダ、そしてミルダはこのアゼル先生に戦う術を学んだ。
現在は魔王学院の教師をしている。
──そして悲しいことに彼氏いない歴=年齢の万年独身なのだ。
周りがどんどん結婚していくのに自分は結婚出来ないのでつけられた異名の一つが『翼をもがれたキューピッド』。
なかなか皮肉が効いたあだ名だ。
ちなみに先代魔王とお義母さんと同級生で、ふたりをくっつけたのもアゼル先生だったりする。
「せせ先生? なぜここに? まさかお父様に言われて?」
ミルダが玉座裏に隠れながら問う。
「いいや、今回はグリモアのやつには言われなくて来た。最近は骨のあるやつがいなくてさぁ。私の教育者人生の中でも群を抜いた問題児のおまえらをしごきに来たんだよ。抜き打ちテストだな。感謝しろよ」
あ、これ憂さ晴らしだな。
まわりくどい言い方をしているが完全なる八つ当たりしにきたな、これ。
先生はポケットから取り出したタバコに火をつけてはぁっと煙を吐く。
「……なあヒルダ、おまえ今回の勇者ラッシュは何回ダウンした?」
「い、一回です……」
「たるんでるッ!」
「ひいっ!!」
アゼル先生の一喝に俺達は体を強ばらせた。
魔王二年目のヒルダに無茶を言う。
二年目にして一回だけというのはもはや快挙の域なのに。
「ヒルダ。私は言ったよなぁ。魔王をやるからには必死こいてやれって」
「い、言いました」
「ったく自分が魔王である自覚を持てこのバカ娘。……まあいい。そこまで期待はしていない。んで、第二形態は何回使った」
「……今回は勇者相手に使ってません」
「ほぉ。全部生身でぶっ殺したのか」
「い、いえ。一部の話の分かる勇者には帰ってもらいました」
「……どう言うことだ?」
アゼル先生は不思議なようで首をかしげる。
勇者がバーサーカーなのは魔族共通の認識だからだ。
バーサーカーの点でいえばアゼル先生も例外ではないが。
「……実は勇者の中にも平和的に種族間の問題を解消しようと言う者がいまして」
「ふーん。何人だ?」
「二人です。二人とも魔族には抵抗があまりないようで」
「───へぇ、そうか」
アゼル先生はとても含みのある頷き方をする。
そしてしばらく熟考すると唐突に口を開いて
「そいつは男か?」
「……は?」
「男かって聞いてんだよ。二度も言わせるな」
「お、男です。二人とも」
ヒルダはおずおずと言うとアゼル先生は嬉しそうに小さくガッツポーズをとった。
……うそだろ?
「先生?」
「い、いやなんでもない。そいつらはどんな感じだったか?……主に容姿と性格」
「容姿……ですか。一人はがっちりした体格で物怖じしない。もう一人は幼い容姿で頭がとても良く、結構思慮深い勇者でした」
「むう……悩ましいな」
『悩ましい!?』
この発言で俺達は気づいた。
この人はあの二人を恋愛対象として見ているのか!?
モンゴリアンとカムリを!?
言い方が変わるとこんなにも違うのか!
「なあヒルダ」
「は、はい」
先生はひどく真剣なまなざしで
「私は『人間』にモテると思うか?」
「な……」
先生の爆弾発言にヒルダが固まる。
そこまでして彼氏が欲しいか。
「答えろ」
「そ、そういうことは人間であるグレイが分かると思います。私は魔族ですので」
「へえ……。グレイ、私は綺麗か?」
視線がこちらに向いた。
意識とは関係なく汗がダラダラと流れるのが鮮明に分かる。
俺が横に目を移すとヒルダはお茶目な顔で「ごめんね」と舌を出した。
こんのやろう……。
「答えは?」
アゼル先生はにこやかに笑う。
もちろん目は笑っていない。
俺はどうにかしてこの危機を脱する手がないか脳細胞をフル動員させる。
かわいいは拳で言わせてきたアゼル先生だ。
黙っていれば美人と言えるが、片手だけで巨石を砕く女性を誰が綺麗と言えるだろうか。
つまりこの答えは──!
「一目惚れは十分にありえると思います!」
「……へ、へへへ」
ヒルダとミルダが「このあとどうなってもしらないよ?」と言いたげな顔で俺を見る。
逆に一目惚れ以外で好きになることはあり得ない。苦肉の策だったんだよ……。
俺の返答に先生は満足気に体をくねらせる。
いい年こいてなにデレてんだ気持ち悪い。
「グレイ、人間に好かれるにはどうしたらいい?」
「そういうことはヒルダが分かると思います。コイツ、その勇者の内の一人にプレゼントを貰ってました」
「えっ」
俺は玉座で余裕ぶっかましてるヒルダを指差しながらに言う。
してやったり。
先生の虚ろになった視線がヒルダに向いた。
「……へえ?」
「先生! 違うんです! これはあのなんと言うか」
「そういえば姉様は勇者にかわいいといわれて赤面してました」
「ミルダァ!」
ミルダはヒルダを見て「姉様はすごくモテますからね!」と親指をたてる。
アゼル先生の指の関節がパキッと鳴った。
説明しよう、アゼル先生の癖で怒りが一定量を越えると力みで関節が鳴るのだ。
「ヒルダ、あんたも舐めた態度を取るようになったねぇ。それが余裕ある者の態度ってやつかい?」
「先生! 違うんですって! 女の子は皆かわいいって言われたらそうなるものなんです! かわいいはどんな女の子も乙女にする絶対の魔法なんですよ!」
「モテ自慢かぁ? ……ヒルダ、今までコクられた回数は何回だ?」
「え? ありませんよ?」
「5回。全部俺とミルダが未遂にした」
「ちょっと! 何してんのよ! しかもなんで今言う!?」
そりゃあ虫がたかると俺達の邪魔になるからに決まってるじゃないか。
あと目の前でイチャつかれたら物凄く腹立つから。
今になって暴露したのは面白そうだったから。アンダースタン?
「なあヒルダ。もう一回聞くぞ。人間に好かれるにはどうしたらいい?」
また関節を鳴らしたアゼル先生は怨恨をつのらせた目でヒルダを睨み付ける。
返答次第ではヒルダは死ぬ。
額に汗を滲ませたヒルダは唾を飲み込むと
──覚悟を決めた。
「スマイルですスマイル! 眩しい笑顔があればきっと思いは伝わります!」
歯を見せてニコッと笑顔を作るヒルダ。
それに対し先生は
「私も笑顔は百点満点って学生時代にゲヘナの奴にも言われたんだけどなぁ」
先生も屈託のない笑顔でニコッと笑う。
違うそうじゃない。
その笑顔はサイコパスが快楽を得た時に作る笑顔。
完全に若い頃のお義母さんにそそのかされてます。
「その表情は固すぎるんですよ! 先生はもっと自然にしたらいいんです! 想像してください! 生徒を諭すような感じです!」
「この笑顔をすると生徒全員素直に言うこと聞いてくれるんだけど」
違います、先生。それは先生が怖すぎるからです。
威嚇行動に見えるからです。
あまりにもひどい結果に、このままでは自分が死ぬと考えたヒルダは手段を変更。咳払いをする。
「じゃあ分かりました! 次は大好きなものを想像してください! 先生の好きなものは何ですか!?」
「クラーケンの塩辛をツマミにして飲む魔焼酎『勇者殺し』」
「そ、それでいいです。はい、笑って~ニコ~」
「ニコッ☆」
ダメだ。変態性が増した。
完全に「うまそう」という感情しか現れていない。どうあがいても恐怖が付きまとってしまう。
「そうそう、上手です! これなら勇者だってイチコロです!」
ヒルダがついに匙を投げた。
目的を煽てて帰らせることにシフトチェンジしたようだ。
イチコロというか一(撃で)殺(される)。
先生はヒルダのよいしょに照れ臭く頭をかく。
「へへへ、そうか?」
「そうですよ! きっと勇者達も喜びますって! おめでとうございます! 優勝です!」
ヒルダもここぞとばかりに誉めちぎる。
ヒルダのお世辞に調子に乗った先生は
「じゃあこれから時々魔王城に見回りにいくわ。笑顔で敵意がないってことを証明するんだ」
「「「「えっ」」」」
焦る俺達にニコッと笑いかけて背を向けるアゼル先生。
この後、先生が城に入り込んだ勇者を殺し尽くすまでにそれほど時間はかからなかった。




