今後の行動について
「よぉ、昨日はよく眠れたか?」
「…………」
早朝。俺が話しかけても、目の前の無口女は反応すらしない。
まだ嫌われているようだな。まぁ、それはいい。
独房の中で仏頂面を貫くアイラに、俺は問う。
「お前、今日は何を食べたい。監禁初日だ、俺が好きな物を買ってきてやるよ」
そう言うと、勇者アイラは無愛想に答えた。
「肉」
「……マジで言ってる?」
「できれば脂質は控えめの方がいい。脂身は苦手だ」
「あ、はい」
アイラの予想外の注文に、俺は生返事をしてしまう。
お前……昨日の真面目具合はどうしたんだよ。これじゃあただの女の子じゃないか。
こっちの方がよっぽど接しやすいが……レヴィに何を吹き込まれたんだ。
「あとは野菜を少々……。それと果物を頼む」
「……はいよ」
アイラが態度を軟化させすぎて困る。まさか冗談で言った朝食のリクエストに乗ってくるとは思わなかったぞ。
正直まだ警戒されていると思っていたのに。
「……何を考えているんだか」
思わず独りごちる。
しかし、アイラはずっと黙りっぱなしだ。
先ほどからこちらを見ている気配はあるのだが、何も話そうともしなければ、近づいて来ようともしない。
ただただ、俺を珍獣を見るかの如く観察し続けている。
「……ま、いっか」
別に見られて困ることでもない。それに、今はやることがあるわけでもないしな。
「んじゃ、ちょっと出かけてくるわ。逃げようだなんて思うなよ」
外出する旨を伝えるも、相変わらずアイラは無言を貫く。
一応アイラなりのコミュニケーションのつもりなんだろうか?
そんなことを考え監視室から出る……と
「おっと、ちょうどいいところにいました。グレイ様」
廊下にはリゼがいた。
たまたま通りかかった、というよりは俺を待ち構えていたと言った方がいいのかもしれない。
「なんだ、俺に何か用事でもあるのか?」
「用事があるからここにいるわけでしょう? ……聖教国についてですよ」
リゼが俺に何かを企んでいる顔をする。
まさか早朝でゲス顔を見れるとは思わなかったな。できればその顔は見たくはなかった。
「お察しの通り、次の聖教国に対する対応が決まりました」
「……一応聞こうか」
「ええ。まず今回の件ですが、聖教国との明確な敵対は避ける方針にすることにしました」
リゼの言葉を聞いて、俺は心底驚いた。
「お? じゃあ俺が働くこともないじゃないか。ことを荒立てない方向でいくんだろ?」
「あなたの仕事が減るわけがないじゃないですか。あなたこそ今回の作戦の主役なんですから。聖教国への切り札として存分に働いてもらいます」
「マジかい……」
「それでですね、今回の戦い方なのですが────」
嫌な笑みを浮かべたリゼの話した内容は、以下の通りだ。
初めに、帝国は現在捕縛しているアイラを聖教国との交渉の材料にするつもりらしい。
そして交渉の結果次第ではアイラの解放の代わりに、帝国の要求を全て呑ませるつもりだそうだ。
要するに人質交換ということだな。
仮にもアイラは聖教国が手塩に育てた最強の勇者。もしアイラの敗北が世界に知れ渡れば聖教国の権威は地に落ちる。
それは聖教国の最も避けたいところ。故に聖教国側は多少無理をしてでもアイラを取り返さなければならない。
「私達の最低目標はアイラの解放をちらつかせ、我が帝国の行動を黙認させることです。ですが、私の予想では聖教国側は確実に要求を飲んでくることでしょう。グレイ様のおかげですよ」
「なるほどね……。相変わらずとんでもない国だ。他国に対して容赦のないやり方だぜ」
俺は皮肉を込めて言ったつもりだったが、リゼは特に気にしていない様子だった。
「褒め言葉として受け取っておきましょう。さて、ここからが本題になるのですが……」
「……」
「私としては、その交渉にグレイ様のご同席を願いたいのです」
「……なぜ俺が? 」
俺の問いかけに対し、リゼは呆れたように首を横に振った。
「はぁ、わかっていませんねぇ。これも交渉ですよ。……もし聖教国が要求を渋るようであれば一言、『ここにいる勇者アイラを倒した勇者がいるんです。……私が命令すれば、どうなることやら』と言えるようにするためですよ」
「ふざけんな」
「まあまあそう言わずに。あなたの『力』を見せつけることで、この交渉を優位に進めようということですよ。安心してください、あくまでサブプランです」
悪魔のような微笑みを向けてくるリゼに、思わず口角が引きつる。
そもそも、それをプランとして計画に組み込んでいる時点でおかしいだろ。
「しかし、血を流さずに交渉が済むのならそれに越したことはないでしょう。グレイ様は雲でも眺めて待っていてください」
「あいよ。……んで、交渉の日はいつなんだ?」
「そうですね……、お父様の言い方ですと、交渉は四日後、聖教国で行われると思います」
「んじゃあ、俺は四日後まで休みってことでいいんだな?」
「ええ、好きにしてくださって…………いや、それは少しもったいないですね」
突然、リゼが顎に手を当て考え始めた。
なんだよもったいないって。俺は道具か何かなのか。
しばらく考えた後に、リゼは再び顔を上げた。
「グレイ様、一つお願いが」
「……なんだよ。嫌な予感しかしないんだが」
「いやですねぇ、そんな物騒なことは要求しませんよ。…………ただ勇者アイラを堕落させて欲しいっていう、私の可愛らしいお願いです」
「堕落っていう単語をを可愛らしいって判断する少女はこの世界でお前だけだよ」
白い目をしてる俺にリゼが腕を広げて説明する。
「だって考えてもみてください。勇者アイラが聖教国に渡ればまた帝国の脅威になります。その時にはもうすでにグレイ様もレヴィ様もおらず、ただ端にピンチなのです。……ですが、今のうちに勇者アイラをダメ勇者にしておけばその脅威はなくなり、我々の勝利に繋がります」
「人類史上一番と言っていいほど最低な作戦だな」
「ふむ、ならば言い換えましょうか。このまま聖教国で生活させるより、今の内に我々が堕落させた方が世界の平和のためにもなるんですよ。戦争が早く終わります」
リゼがまるで聖母のように優しく微笑む。
だが、騙されてはいけない。こいつはきっと悪魔の化身なのだから。
「おいおい、本気で言ってんのか?……アイラを堕落させるとか、正直気が進まないんだが」
「おや? まさかとは思いますけど、あの勇者アイラに情が移ったと?」
「……案外移りかけてるのは認める。アイツはどこか憎めないんだよ」
「はっはーそれは好都合! ならばこの際ダメ勇者に引き込んでしまいましょう。先輩として」
「誰が先輩だコラ」
ニヤリとした笑みを浮かべたリゼが俺の後ろに回り込み、悪魔のささやきをする。
「大丈夫ですよ、グレイ様。ただあなたは高カロリーのジャンクフードを勇者アイラに与え、フォアグラの生産過程のごとく餌付けをするだけでよいのです。……あと漫画などの娯楽を教えるのもいいかもしれません。清貧さこそ至上の幸福と謳う聖教国でそだった乙女にはさぞかし刺激的でしょう」
「そ、それだけで堕落するのかよ……」
「いえ、それだけではありませんよ。まずはわざと様々な長編漫画の一巻だけを大量に差し入れます。その次に勇者アイラが興味を持った作品を数冊ずつ差し入れ……ある時ぴたっと差し入れるのをやめるのです。するとどうなるでしょうか?」
目を輝かせるリゼに、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「ど、どうなるんだよ」
「きっと彼女は続きが気になって仕方がないに違いありません。そしてグレイ様に懇願してくるはずです。『グレイ様、どうか話の続きを教えてください』と。知識欲とは恐ろしいもので、人間は知りたいと思ったことを一生忘れることはありません。そのままズルズル、ズルズルと……帝国に依存させる。ああ、最強の勇者がただの創作物がために頭を下げる姿を想像すると……ふひひっ、失礼」
「うわぁ……」
リゼが笑う姿を見て、俺はドン引きしていた。
効果的かつ狡猾なやり方ではあるが、ぶっちゃけ姑息すぎてバカげている。
「まあ、比較的簡単な仕事なのでグレイ様でもできると思いますよ。ほら、人の精神を歪ませるのって楽しいじゃないですか。リアル育成ゲームみたいなものです」
「それは気軽にできねぇなぁ……」
「では、お願いしますね。私はこの後ちょっと勇者アイラに用事がありますので」
「あ、ああ……」
そう言い残して、リゼは俺とすれ違い監視室へと入っていった。
……なんか忘れているような。
「……あ」
俺が思い出した瞬間、監査室からリゼが顔を出す。
「グレイ様……今からすぐにハンバーガー五個と苺シェイクを買ってきなさい。勇者アイラの機嫌が露骨に悪くなっています」
俺がアイラ専属パシリになった瞬間であった。




