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第二話 夜を裂くもの

挿絵(By みてみん)




        信じて――

         必ず届くから




川沿いの広い敷地に、NEXUM BioSystems――ネクサム・バイオシステムズの研究所は建っていた。


研究施設という言葉から想像するような無骨さはない。


低く横へ伸びたガラス張りの建物。白い外壁。手入れされた植栽の間には街灯が等間隔に並び、深夜になっても敷地全体の輪郭を静かに浮かび上がらせている。


巨大なIT企業のキャンパスと言われた方が、印象としては近かった。


昼間なら、社員証を下げた職員たちが正面玄関を絶えず行き来している。


だが今は、駐車場に残された車もまばらだった。


窓の明かりも、ところどころにしか残っていない。


川面を渡ってきた冷たい風が、植え込みの葉を揺らす。


その静けさの向こうから、低い音が聞こえてきた。


遠い。


風に紛れて消えたかと思えば、また戻ってくる。


やがてアクセルが開かれるたび、甲高い機械音を伴った排気音が夜の底を薄く震わせ始めた。


一台のバイクが、研究所から少し離れた道路を走っている。


Ducati Panigale V4 RS 2040。


乗り手の姿は闇に溶け、遠目にはほとんど判別できない。


バイクは研究所の正門へは向かわなかった。


そのまま敷地の外周へ回り込み、夜の向こうへ消えていく。


しばらくして、排気音も聞こえなくなった。


        *


研究棟の一角では、まだ数人の研究員が机に向かっていた。


白い壁。ガラスの間仕切り。均一に照らされた天井。


机の上では複数のディスプレイが淡い光を放ち、空調の低い作動音が絶えず流れている。


夜も深くなると、聞こえるものはキーボードを叩く音と、たまに誰かが椅子を動かす音くらいだった。


「……これ、明日の朝じゃ駄目なんですか」


若い研究員が椅子の背にもたれたまま言った。


隣の男はモニターから目を離さない。


「朝に回したら、朝の仕事が増える」


「それ、解決になってないですよ」


「知ってる」


キーボードを叩く乾いた音が続いた。


数秒して、別の席から声が飛ぶ。


「俺、コンビニ行ってきていい?」


「帰ってこなくなるだろ」


「その予定だけど」


小さな笑いが起きる。


もう大声で笑うほどの元気は残っていない。


深夜残業特有の、乾いた笑いだった。


誰かが紙コップのコーヒーを口に運び、ひどく嫌そうな顔をした。


ぬるくなっていたらしい。


その直後だった。


照明が消えた。


一瞬で、研究室から白い光が失われる。


「あれ?」


暗闇の中で誰かが声を上げた。


モニターだけが数瞬取り残されたように光り、それもすぐに落ちた。


空調まで止まる。


それまで意識にも上らなかった音がすべて消えると、研究室は不自然なくらい静かになった。


一秒。


二秒。


天井際の非常灯が点いた。


赤みを帯びた弱い光が、机や人の顔をまだらに染めていく。


「あれ? 電気が消えたぞ」


「停電?」


「いや、非常電源は生きてる」


椅子が床を擦る。


「サーバーは?」


「待って、今確認――」


別の研究員がスマートデバイスを取り出し、表示を追った。


「施設側の主電源が落ちてる」


「事故?」


「こんな時間に?」


「発電設備じゃないのか?」


窓際にいた男が外を見る。


敷地の街灯も一部が落ちていた。


残っているのは非常灯ばかりで、さっきまで端正だった研究所の輪郭が、どこか別の建物のように見える。


「警備に連絡して」


そう言った時だった。


遠くから、エンジン音が聞こえた。


先ほどとは違う。


もっと太く、荒い。


四気筒の排気音が、静まり返った夜を削りながら近づいてくる。


研究員の一人が窓へ顔を向けた。


「……何?」


音は急速に大きくなった。


一度だけ回転が落ちる。


直後。


爆発したように吹け上がった。


暗闇の向こうに、一点の白い光が現れる。


ヘッドライト。


真正面から、こちらへ向かってくる。


「ちょっと待て」


誰かが立ち上がった。


「止まらないぞ」


Ducati Streetfighter V4 S。


黒い車体が、街灯の残光を一瞬だけ拾った。

挿絵(By みてみん)

 正門を前にしても速度は落ちない。


タイヤが舗装路を噛み、エンジン音がさらに一段高く跳ね上がる。


次の瞬間。


正門の遮断設備が弾け飛んだ。


金属がひしゃげる轟音。


警報が鳴り始める。


飛び散った破片が路面を跳ね、その真ん中をバイクが突っ切った。


「は?」


研究室の誰かが、間の抜けた声を漏らす。


白いヘッドライトが植え込みを薙ぎ、建物正面へ向かってくる。


「嘘だろ」


「伏せろ!」


正面玄関。


全面ガラス。


その中央へ、白い光が突っ込んだ。


轟音。


強化ガラスいっぱいに亀裂が走り、一拍遅れて砕け散る。


無数の破片が非常灯を拾い、夜の中で瞬いた。


バイクがそのままロビーへ滑り込む。


前輪に弾かれたガラス片が床を走り、甲高い音を撒き散らした。


閉ざされていた建物の内部で排気音が膨れ上がり、壁から壁へぶつかっていく。


研究員たちは動けなかった。


逃げる者。


机の陰へ潜り込む者。


何が起きたのか理解できず、立ち尽くす者。


割れた玄関から冷たい夜気が流れ込み、紙や埃を巻き上げた。


やがてエンジンの回転が落ちた。


低い機械音だけが、ロビーの奥へ長く残る。


ヘッドライトが暗闇を白く切り裂いていた。


その光の後ろに、人影がある。


長い髪。


小柄な身体。


騎士を思わせる装束の上から、深くフードを被っている。


少女にも見えた。


顔は影に沈み、ほとんど見えない。


左手には、すでに長剣があった。


刀身が非常灯の弱い光を拾い、細く冷たく光る。


その時、左肩の奥で何かが作動した。


短い駆動音。


バイクとは違う。


もっと近く、もっと硬質な音だった。


警報が鳴り響いている。


高く、執拗な電子音が、吹き抜けになった中央ロビーを何度も往復する。


「こっち! 早く!」


「出口は――」


「正面は駄目だ!」


研究員たちが非常灯の下を走る。


倒れた椅子を蹴り、散らばった書類を踏み越え、少しでも侵入者から離れようとしていた。


そこへ、いくつもの白い光が現れた。


一つ。


二つ。


さらに増える。


携行ライトだった。


正面脇の警備詰め所から駆けつけた警備部隊が、砕けた玄関を抜けてロビーへ入ってくる。


十名。


防護装備に身を包み、先頭の数人は拳銃を、その後方では短いサブマシンガンを構えている。


靴底がガラス片を踏み砕いた。


「右を取れ!」


「民間人を下げろ!」


「射線を開けろ!」


散開した警備員たちのライトが、一斉に一点へ集まる。


その中心に、小柄な人影が立っていた。


フードの奥から、何を見ているのかは分からない。


左手には長剣。


細い身体には不釣り合いなほど長い刀身が、白い光を跳ね返していた。


警備員たちが半円を作る。


銃口が向けられる。


先頭の男が一歩出た。


「動くな!」


反応はない。


「武器を捨てて、手を上げろ!」


それでも動かなかった。


男の指が引き金にかかる。


「動いたら射殺す――」


ヒャァァヲン――


続けて、


キュワァァァオン。


声ではなかった。


金属音にも似ているが、それとも違う。


巨大な弦を一息に震わせたような高い音が、ロビーを駆け抜けた。


次の瞬間。


少女が消えた。


「――え」


先頭の警備員がそう漏らした時には、もう遅い。


数メートルの距離が、一瞬でなくなっていた。


黒い影が目の前にいる。


剣先が口腔から入り、後頭部へ抜けた。


男の身体が硬直する。


少女はそこで剣を引かなかった。


腰を捻る。


刺したまま刀身を横へ走らせる。


隣の警備員の首元に剣閃が走った。


一拍遅れて身体が崩れる。


「撃て!」


銃声が弾けた。


同時に、少女の足元でまた甲高い音が鳴る。


身体が滑るように横へ流れ、射線から外れた。


急激すぎる方向転換に、ブーツの底が一瞬だけ床を滑る。


それでも倒れない。


そのまま三人目の懐へ入った。


剣先が胸部へ突き出される。


防護服を貫き、その奥まで沈んだ。


「う、わ――」


声は最後まで続かなかった。


サブマシンガンが火を噴く。


乾いた連射音が吹き抜けに重なり、逃げ遅れた研究員たちが悲鳴を上げて床へ伏せた。


弾丸が飛ぶ。


机を穿つ。


壁材を砕く。


ガラス片が跳ねる。


だが、少女には届かない。


身体へ触れる寸前で弾道がわずかに歪み、見えない何かに押し流されたように左右へ逸れていった。


床へ。


壁へ。


少女の背後へ。


銃声のただ中で、少女だけが傷つかない。


「……嘘だろ」


警備員の一人が呟いた。


「VEIL……?」


別の男の顔色が変わる。


「まさか、Knightクラスか」


少女の目が、ごく僅かに左へ動いた。


左肩の奥で短い警告音。


熱。


装備の内側へこもった熱気が、肌へ伝わってくる。


次に動いた時、少女の速度がさらに上がった。


最初に向かったのは、サブマシンガンを持った男だった。


ヒャァァヲン。


一気に懐へ入る。


一閃。


頭部。


身体が沈みきる前には、もう次へ向いていた。


キュワァァァオン。


首。


振り返る。


胸部中央。


剣を振るうたび、あの高い音が響く。


銃声。


警報。


悲鳴。


その合間を縫う、剣鳴り。


すべてがロビーの中で重なり合った。


「下がれ! 下がれ!」


「こんなの聞いてないぞ!」


「こちら中央棟、侵入者はKnightクラスの可能性――通常戦力では対応不能、Cerberusの派遣を要――」


通信は最後まで続かなかった。


黒い影が、すでに男の目の前にいる。


短い音。


男が床へ崩れた。


残った警備員が撃つ。


また弾丸が逸れる。


少女は迷わない。


自分へ武器を向けている者だけを見ていた。


その一人へ近づき、止める。


次へ向かう。


また止める。


怒りはなかった。


興奮もない。


生き残るために、もっとも早く相手を止める場所を選んでいるだけだった。


やがて七人が倒れていた。


残った三人の足が止まる。


一人が銃を捨てた。


もう一人が背を向けて走り出す。


最後の一人も、それを追った。


少女は追わなかった。


銃口がこちらを向いていない。


それを確認しただけで、もう興味を失ったようだった。


ロビーに、奇妙な静けさが戻ってくる。


警報だけが鳴り続けている。


少女は長剣を軽く振った。


刀身に残っていた赤い液体が、床へ細い弧を描く。


そして何事もなかったように、建物の奥へ歩き出した。


        *


通路は狭かった。


非常灯が一定間隔で床を照らしている。


少女の足音だけが響く。


角を曲がった瞬間。


銃声。


物陰から待ち伏せしていた警備員が、拳銃を撃った。


少女は足を止めない。


弾丸が身体へ届く寸前で逸れ、壁へ穴を開ける。


もう一発。


それも届かない。


警備員の表情が引きつった。


少女は歩き続ける。


急ぐでもなく、立ち止まるでもない。


ただ、銃口をこちらへ向けている男との距離を詰める。


銃声がもう一度響いた。


次に響いたのは、剣の音だった。


やがて少女は通路の先に別の光を見つけた。


外気が流れ込んでいる。


そこを抜ける。


中庭だった。


四方を研究棟に囲まれた、広い空間。


頭上には夜空が見える。


冷たい風がフードの端を揺らした。


少女は立ち止まった。


剣を下げたまま、右を見る。


左。


正面。


もう一度、左。


何かを探している。


その動きだけが、それまでの機械じみた戦闘とは少し違っていた。


中庭を囲むガラス張りの研究棟。その内部には、神経接続試験用の設備や、生体埋め込み機器の検証区画が並んでいる。


NEXUM BioSystems。


人体と機械を繋ぐ技術を扱う企業だった。


神経インターフェース。


体内機器。


非接触給電。


医療と人間拡張。


少なくとも、外向きの看板にはそう書かれている。


少女は剣を下げたまま、中庭をゆっくり進んだ。


ガラス張りの渡り廊下。


植栽。


水の止まった浅い人工池。


非常灯に照らされた無機質な外壁。


探しているものは、まだ見つからない。


少女が足を止めた。


遠くから低い振動が近づいてくる。


最初は空調設備の残響にも聞こえた。


だが違う。


ローター音。


そこへ甲高いタービンの唸りが混じっている。


明らかに民間用ではない。


少女が顔を上げた。


建物の屋根越しに、航空灯が一瞬だけ見えた。


        *


「中央棟より緊急要請。侵入者一名。通常警備七名死亡。VEIL使用の可能性あり」


機内に機械音声が流れる。


赤い照明に照らされた兵員室で、四人がそれぞれ装備を確認していた。


マルコがRemington M1100を膝に立てたまま、口の端を上げる。


「一名だってよ。俺一人で十分じゃないっすか」


向かいに座っていたヴィヴィアンが鼻で笑った。


「ああ、じゃああたしらはお前だけ降ろして見物と決め込もうか?」


マルコが顔を上げる。


「泣き喚いても助けてやんねーぞ、マルコ。この短時間で七人も始末してるんだ。四人で一気にケリをつける」


その隣で、ダニエラ――ダニはM7のマガジンを確認しながら、自分の端末を見ていた。


「私、これからクラブでダチの失恋慰めパーティなんだよね。とっとと始末して帰ろうよ」


一拍。


「あ、やば。遅れるってメッセ入れてない」


「今やることか、それ」


マルコが言う。


「こういうのはタイミングが大事なの」


「失恋慰めるのに?」


「うるさい」


機体が傾いた。


赤い機内灯の下で、四人の身体が僅かに揺れる。


ダンが短銃身カービンのボルトを確認し、立ち上がった。


「さあ、降下するぞ。準備しろ」


軽口が消えた。


空気が変わる。


ヴィヴィアンはサーベル型VEILソードの柄へ手を置く。


ダンは短銃身カービン。


マルコはM1100とロングソード。


ダニはM7とコンバットナイフ型VEILソード。


四人の視界へ、それぞれのFCSが同期を始める。


距離。


高度。


味方位置。


射線。


降下地点。


必要な情報だけが薄い光となり、視界の端へ重なっていく。


ヘリコプターが研究棟の影へ回り込んだ。


ローター音が、一気に近くなる。


        *


中庭。


少女は建物の屋上を見上げた。


上空にいる相手へ剣は届かない。


航空機の進路から外れるように、建物の陰へ距離を取る。


その瞬間。


背後。


ヒャァァァヲン――!


少女の身体が反応した。


考えるより先だった。


足元でブーストが噴く。


身体が横へ弾かれる。


だが、加速に姿勢が追いつかなかった。


片足が滑る。


肩が流れる。


小柄な身体が大きく傾いた。


そこへ。


ダダダダダッ!


短銃身カービンが火を噴いた。


弾丸が少女へ殺到する。


だが届かない。


その手前で軌道を逸らされ、壁と地面へ叩き込まれていく。


ダンの視界でVEIL干渉値が跳ね上がった。


「あれ」


カービンを構えたまま、ダンが目を細める。


「躱したよ、こいつ。しかもVEIL持ちだ」


少女はすでに立て直していた。


剣を構える。


そして正面から突っ込んでくる。


速い。


ダンがロングソードを抜く。


一撃目。


受け流す。


すぐ二撃目。


角度が変わる。


三撃目。


間がない。


「……速っ」


ダンが一歩退く。


少女がついてくる。


距離が開かない。


ブーストの扱いは荒い。


それでも、一度に踏み潰してくる距離そのものがおかしい。


ダンがさらに後退する。


背中が建物の外壁へ近づいていった。


少女の剣が上がる。


その時。


少女が止まった。


ほんの一瞬。


視線だけが上へ動く。


ダンには、その意味が分からない。


次の瞬間。


頭上から影が落ちてきた。


ヴィヴィアン。


屋上から急降下してくる。


ブースト。


重力。


全身の加速。


そのすべてを乗せたサーベルが振り下ろされた。


少女が剣を上げる。


キィィィン――!


左腕の義肢が高く唸った。


駆動系が一気に出力を上げる。


直後。


剣と剣が激突した。

挿絵(By みてみん)

金属音というより、爆発に近かった。


少女の身体が浮く。


そのまま後方へ吹き飛ばされる。


足が地面から離れた。


落下先では、すでにダンが動いている。


FCSが予測軌道を描く。


着地点。


身体の向き。


斬撃角度。


ダンの剣が走った。


少女は空中でブーストを使う。


ヒャァァヲン!


横へ軌道が折れた。


着地ではない。


肩から地面へ転がる、ほとんど墜落に近い動きだった。


そこへヴィヴィアンが追いつく。


速い。


少女が起き上がるより先に、次の一撃が来た。


剣と剣がぶつかる。


少女は持ちこたえた。


だが重い。


警備員たちの一撃とはまるで違う。


刃を受けた瞬間、腕だけではなく身体ごと押し込まれる。


少女も斬り返す。


一撃。


二撃。


三撃。


速度では少女が上だった。


純粋な剣の技量も高い。


それでも押し切れない。


背後にはダンがいる。


ヴィヴィアンだけを見ていれば、別方向から射線を通される。


少女の剣先が僅かに鈍った。


銃声。


ダニのM7。


マルコのM1100。


さらにダンの短銃身カービン。


複数方向から火線が集中する。


弾丸が少女の周囲で次々と逸れた。


VEILが受ける。


また受ける。


左肩の奥に熱がこもっていく。


警告表示が増えた。


少女は四人の位置を順に見た。


右。


ダン。


正面。


マルコ。


遠距離。


ダニ。


背後。


ヴィヴィアン。


視線が一度だけ研究棟の窓へ走った。


再び銃声。


M7の一撃がVEILへ叩き込まれる。


短銃身カービンとは違う、重い衝撃。


少女の身体が僅かに揺れた。


次に狙ったのはダニだった。


地面を蹴る。


ブースト。


一気に距離を詰める。


だが、その射線へマルコが割って入った。


ロングソードが振り下ろされる。


遅い。


見える。


だが重い。


少女は真正面では受けず、刀身を斜めに当てて力を流す。


マルコが距離を取り、すぐM1100を構えた。


発砲。


散弾がVEILへ叩きつけられる。


左肩の警告がまた増えた。


少女は後退する。


ダンが撃つ。


ヴィヴィアンが詰める。


ダニがその隙間へM7を通す。


マルコが移動先を潰す。


四人が別々に動いているようで、逃げ道だけが少しずつ消えていった。


少女は剣で受け、避け、ブーストで位置を変える。


だが中庭には身を隠せるものが少ない。


視界の端で、警告表示がまた一つ増える。


まだ他にもいるかもしれない。


施設側の戦力が何人いるのか、少女には分からない。


もう一度、ブースト。


ヴィヴィアンとの間合いを強引に切った。


そのまま研究棟へ向かう。


ガラス窓。


少女は剣を前へ出した。


突入。


ガラスが弾け飛ぶ。


床へ着地。


さらにブースト。


一気に距離を離す。


その瞬間、視界の端に新しい警告が浮かんだ。


燃料残量。


赤。


少女が僅かに目を細めた。


ブースト燃料が、ほとんど残っていない。


        *


建物内へ飛び込んだ少女を、Cerberusの四人は逃がさなかった。


研究区画の廊下に足音が重なる。


少女は角を曲がるたび振り返り、追ってくる人数と位置を確かめた。


狭い通路なら射線を切れる。


曲がり角を使えば、一人だけを前へ出させることもできる。


そう考えて動く。


だが、思うようにはいかなかった。


ダンへ向けば、奥からダニのM7が射線を通す。


ダニを狙えばマルコが前へ出る。


マルコをかわした先にはヴィヴィアンがいる。


一人が前へ出れば、残る三人は無理に追わない。


少女の進路だけを削ってくる。


銃声。


少女は壁際へ身体を寄せた。


M7の弾丸がVEILに逸らされ、背後の壁を抉る。


左肩が熱い。


警告。


さらに別の表示が重なる。


ブースト燃料も残り少ない。


少女は一度だけ奥歯を噛んだ。


正面を突破する。


ヒャァァヲン――!


甲高い音を残し、身体が廊下の奥へ飛ぶ。


だが追手は離れない。


曲がる。


また曲がる。


気づけば、無機質な白い研究区画は終わっていた。


両側には巨大なコンテナが積み上がっている。


天井も高い。


物流用の倉庫区画だった。


少女が足を止める。


前方。


コンテナの間に、一人だけ立っていた。


ヴィヴィアン。


他の三人の姿はない。


どこか別の通路へ回ったらしい。


ヴィヴィアンはサーベルを肩へ担ぐようにして少女を見る。


口元が僅かに上がった。


「あたしが遊んでやるよ、お嬢さん」


少女が剣を構えた。


その瞬間、ヴィヴィアンが消える。


ブースト。


距離が一気に潰れた。


最初の一撃を少女が受け流す。


二撃目。


三撃目。


速い。


しかも、一撃ごとが重い。


少女は真正面から受けず、刀身を滑らせて力を逃がす。


甲高い金属音が倉庫に響いた。


ヴィヴィアンが踏み込む。


横薙ぎ。


少女は身体を沈めた。


刃がフードのすぐ上を走る。


そのまま懐へ入った。


少女の剣が跳ね上がる。


ヴィヴィアンが身体を捻った。


間に合わない。


刃先が肩のアーマーを掠める。


硬い表面に一本の傷が走った。


「へえ」


ヴィヴィアンの目が細くなる。


少女が続けて剣を振ろうとする。


その前に。


腹部へ衝撃。


ヴィヴィアンの蹴りだった。


小さな身体が床から浮く。


数メートル後方へ吹き飛ばされた。


背中から倒れかけた瞬間、無意識にブーストが作動する。


ヒャァァヲン!


身体が横へ流れ、どうにか両足を床へ戻した。


少女の視界へ表示が出る。


残量。


あと二回。


剣を上げる。


すでにヴィヴィアンが来ていた。


再びブーストダッシュ。


金属音。


剣同士が噛み合う。


ヴィヴィアンは押し合ったまま、自分の表示を横目で確認した。


「……ヤバいな。あと一回か」


少女の目が僅かに動く。


ヴィヴィアンのブースト燃料も、ほとんど残っていない。


「このペースで使えば、そりゃそうか」


ヴィヴィアンが一度距離を取る。


肩で息をしながら少女を見る。


「あんたはまだ使えるのか……?」


返事はない。


「ったく。あのブースト移動距離といい、どんな性能してやがる」


ブーストは本来、移動そのものに使い続ける機能ではない。


だが二人とも、すでに何度も使っている。


燃料が尽きるのは時間の問題だった。


ヴィヴィアンがサーベルを構え直す。


少女も剣を正面へ置いた。


もう、互いにブーストへ頼れない。


一瞬の静寂。


遠くで警報だけが鳴っている。


ヴィヴィアンが踏み込んだ。


今度は音がない。


ただ人間の脚で距離を詰める。


少女も出る。


剣がぶつかった。


一合。


少女が流す。


切り返す。


ヴィヴィアンが受ける。


二合。


三合。


そこから先は、純粋な剣の戦いになった。


少女の方が速い。


ヴィヴィアンの方が重い。


少女の剣先が肩、首、脇腹へ次々と角度を変える。


ヴィヴィアンは最小限の動きで弾く。


一度でも止めれば、そのまま体重を乗せて押し返してくる。


少女の靴底が床を滑る。


ヴィヴィアンの頬を汗が伝う。


少女の呼吸も浅くなっていた。


甲高い剣鳴りが、何度も倉庫を往復する。


速さだけでは崩れない。


力だけでも捕まらない。


互いに一歩も譲らない。


やがて、同時に距離が開いた。


少女の視界。


ブースト残量――一回。


ヴィヴィアンも同じものを見ていた。


二人の視線が交差する。


次で決める。


言葉はなかった。


二人が同時に地面を蹴った。


ヒャァァヲン――!


二つのブースト音が重なる。


少女の左腕内部で、駆動系が一段深く噛み合った。


ギィン――と低い金属音。


肩の排気ダクトから短く熱が抜ける。


一瞬で距離が消えた。


剣と剣。


肩。


身体。


すべてが正面から衝突する。


左腕の機構が衝撃を受け止めた。


金属の軋みと高い剣鳴りが、同時に弾ける。


どちらも押し切れない。


ブーストの推力を残したまま、二人の身体が絡むように横へ流れた。


「っ――!」


その先に、大型コンテナがあった。


激突。


鈍い轟音。


外壁が大きくへこむ。


固定具が外れた。


上段のコンテナがずれる。


少女とヴィヴィアンが床へ転がった。


次の瞬間。


金属板が裂ける。


コンテナの側面が開いた。


中に積まれていたものが、床へ落ちてくる。


最初に転がったものを、少女は理解できなかった。


透明な保存容器。


液体。


その中に浮かぶ、何か。


ヴィヴィアンが身体を起こす。


少女も剣を握ったまま顔を上げた。


心臓。


脳。


臓器。


切り分けられた組織。


人のものとしか思えないものが、無数の容器へ収められている。


破損したケースから保存液が床へ広がった。


独特の薬品臭が、倉庫の空気へ滲んでいく。


少女の動きが止まった。


喉の奥がひくつく。


胃が持ち上がる。


剣を握る左手へ、力が入った。


さっきまでとは違う。


目の前の相手を倒す。


それだけでは済まない何かが、胸の奥から込み上げてくる。


こんなものを。


守っていた。


少女の剣先が、ゆっくりヴィヴィアンへ向いた。


一歩。


間合いへ入る。


ヴィヴィアンは動かなかった。


少女を見ることすらしていない。


床に散らばった保存容器を、ただ見ていた。


顔から、それまでの好戦的な表情が消えている。


少女が止まる。


目の前の女は、これを知っていた人間の顔ではなかった。


しばらくして、剣先が下がった。


少女は周囲へ視線を巡らせる。


破損した貨物の一つに、物流管理用のタグが残っていた。


それを引き抜く。


ヴィヴィアンは止めない。


少女は一度だけ彼女を見る。


そして踵を返した。


走り出す。


もうブーストは使わない。


倉庫を抜け、来た通路を戻る。


遠くで警報が鳴り続けている。


目指すものは一つ。


正面ロビーに残してきた、Ducati Streetfighter V4 S。


ヴィヴィアンは一人、倉庫に残されていた。


足元へ保存液が流れてくる。


割れた容器の中には、人体の一部。


壁面にはNEXUM BioSystemsの管理番号が残っている。


見間違える余地はなかった。


自分たちが守っていた施設の荷物だ。


「あたしらは……」


声が続かなかった。


ヴィヴィアンは傷の入った肩のアーマーへ一度触れ、それから周囲を見回す。


「なんだこれは」


返事はない。


「聞いてねーぞ……」


剣を握っていた手から、少しずつ力が抜けていく。


「あたしらは、これを守っていただと……」


さっきまで命を賭けて追っていた、小柄な侵入者の姿が脳裏をよぎった。


ヴィヴィアンは乾いた笑いを一つ漏らした。


笑えてはいなかった。


手を開く。


サーベルが床へ落ちた。

挿絵(By みてみん)

硬い音が、倉庫に一度だけ響く。


ヴィヴィアンはそれを拾わなかった。


散乱した容器の間を、ゆっくりと歩き始めた。


        *


ヴィヴィアンとの戦闘を離脱した少女は、研究棟の奥を走っていた。


正面ロビーへ戻れば、Ducatiがある。


それだけを目指しながら、角を曲がるたび左右の通路へ視線を走らせる。


追手はまだいる。


        *


「隊長?」


ダンは足を止め、通信を開いた。


返答はない。


「……隊長、どうしたんだ? 電波状況が悪いのか」


視界の端ではFCSが周辺情報を更新し続けていた。


だが、侵入者を示すマーカーだけが安定しない。


一瞬現れる。


消える。


少し離れた位置へ飛ぶ。


測距値まで揺れていた。


壁を挟むたびに位置がぶれ、高速移動が重なると追尾が遅れる。


そこへVEILまで干渉している。


「駄目だ。捕まらねえ」


四人はすでに施設内へ散っていた。


ヴィヴィアンとも連絡がつかない。


ダンは小さく舌打ちし、再び走り出した。


        *


少女は速度を落とした。


走りながら、左右へ視線を送る。


曲がり角。


足が止まった。


先には誰もいない。


だが、少女はそのまま進まなかった。


手前の部屋へ身体を滑り込ませる。


直後。


パンッ!


パンッ!


パンッ!


パンッ!


轟音。


開いていた扉と、その周囲の壁が一瞬で穴だらけになる。


金属片と内装材が室内へ飛び散った。


「ちっ」


廊下の向こうから、大きな影が姿を現す。


マルコ。


Remington M1100を肩に構えていた。


待っていたのだ。


少女は室内を一瞥する。


机と棚。


研究設備。


身を隠すものはある。


だが、出口は一つしかない。


長剣を振り回すには狭すぎる。


マルコがM1100を構えたまま、ゆっくり距離を詰めてくる。


さらに近づけば、今度はあの重いロングソードが来る。


少女は動いた。


発砲。


壁際へ滑る。


次の一発。


机を挟む。


散弾が天板を削り、破片が頬を掠めた。


また撃たれる。


少女は剣を振らなかった。


少しずつ位置だけを変えていく。


「どうした!」


マルコが一歩詰める。


狭い室内では、少女の速度を活かせない。


出口には巨漢がいる。


真正面から抜こうとすれば撃たれる。


ブーストを使えるほどの距離もない。


少女が身を捻る。


ヒュン。


キィィィン。


義肢の駆動音が狭い部屋へ響き、それをM1100の発砲音が押し潰した。


少女はまた壁際へ動いた。


マルコは撃つ。


一歩詰める。


また撃つ。


少女は逃げている。


そう見えた。


だが、いつの間にか同じ壁にだけ、散弾痕が異様な密度で集まっていた。


表面材はほとんど剥がれ、その下の構造材まで露出している。


少女はその壁を背にした。


マルコが引き金を引く。


音はしなかった。


弾切れ。


少女の目が僅かに動く。


マルコはM1100を投げ捨て、ロングソードを抜いた。


「今度はこっちだ」


踏み込む。


重い斬撃。


少女は逃げなかった。


ぎりぎりまで待つ。


剣が落ちる。


その瞬間だけ、横へ外れた。


マルコのロングソードが壁へ叩き込まれる。


轟音。


すでに散弾で脆くなっていた壁が、まとめて破裂した。


そこへ少女の身体が回る。


回し蹴り。


義肢ではない、生身の脚だった。


それでも、完全に体勢を崩していたマルコの側面を捉えるには十分だった。


「ぐっ!」


巨体が壁へ突っ込む。


亀裂が走る。


先ほど開いた穴がさらに広がり、その向こうに廊下が見えた。


少女は剣を構えた。


切っ先が、マルコの首へ向く。


一歩。


マルコがロングソードを手放した。


両手を上げる。


「Give up」


少女が止まった。


「俺の負けだ」


マルコは動かない。


地下格闘の世界で身体へ染み込ませた、ほとんど反射に近い敗北宣言だった。


勝負が決したあとまで続ければ、それはもう試合ではない。


少女は数秒、彼を見ていた。


やがて剣を下げる。


踵を返した。


壁に開いた穴ではなく、扉へ向かって走り出す。


マルコはその背中を見送り、小さく息を吐いた。


「……マジかよ」


        *


最初の建物は、もう近い。


正面ロビーまで戻ればDucatiがある。


少女は走った。


出口まで、あと僅か。


その裏口で、一人の女が待っていた。


ダニ。


遠くから響いた戦闘音が止まり、こちらへ近づいてくる足音だけが残っている。


M7を肩へ当てたまま、ダニは呼吸を整えようとしていた。


来る。


足音が速くなる。


角から影が飛び出した。


ダニが引き金を引く。


轟音。


少女が身体を振った。


もう一発。


床が抉れる。


さらに一発。


壁材が砕け散った。


M7の銃声が、狭い通路そのものを殴りつける。


ダニは撃ち続けた。


目には涙が浮かんでいる。


「来るな……!」


発砲。


「来んなって!」


また撃つ。


少女は止まらない。


左右へ軌道を変えながら、距離を詰めてくる。


マルコとの戦闘で、VEILの温度はいくらか下がっていた。


だが、M7を受けるたびに左肩の奥へ再び熱が溜まっていく。


警告表示が点いた。


それでも少女は速度を落とさなかった。


M7が火を噴く。


弾丸が手前で逸れる。


警告。


さらに一歩。


距離が消えた。


ダニの目が見開かれる。


少女の剣が走った。


咄嗟にM7そのものを盾にする。


一閃。


銃身が断たれた。


二つになったM7が床を跳ねる。


「……!」


ダニは腰へ手を伸ばした。


アーミーナイフ型VEILソード。


抜く。


遅い。


少女の剣は、すでに振り上げられている。


狙いは顔。


ダニの身体が固まった。


逃げられない。


剣が落ちる。


ダニは震えながら目を閉じた。


その刹那。


轟音。


横から何かが飛び込んできた。


フルブースト。


ダン。


突き出されたロングソードが、少女の刀身を正面から叩く。


甲高い衝突音。


少女の左腕が大きく跳ね上がった。


握っていた剣が手を離れ、床を滑っていく。


数メートル先で止まった。


ダンは少女とダニの間へ入り、ロングソードを構える。


少女も身構えた。


その時。


通信が入った。


『Cerberus各員へ。戦闘停止』


ヴィヴィアンの声。


ダンの表情が変わる。


『繰り返す。戦闘停止。各自撤収。β地点に集合』


それだけだった。


理由はない。


ダンは数秒黙り込んだ。


「……了解」


ダニを見る。


「立てるか」


ダニが何度か頷いた。


ダンは彼女を引き寄せて立たせる。


それから少女へ顔を向けた。


「おい、女」


少女も彼を見る。


「パーティはお終いだ」


それ以上は何も言わない。


ダニを連れ、その場を離れていく。


少女は追わなかった。


床へ転がっていた剣を拾う。


一度だけ二人の背中を見る。


そして反対方向へ走り出した。


        *


ロビー。


砕けたガラス。


床に転がる薬莢。


乾き始めた血痕。


その向こうに、Ducati Streetfighter V4 Sが残っていた。


少女は跨がる。


エンジンを始動する。


四気筒が目を覚ました。


低い音が一度。


次の瞬間には、鋭い回転音へ変わる。


少女はアクセルを開けた。


Ducatiが、割れた玄関から夜へ飛び出した。


        *


街には、ほとんど車がいなかった。


深夜の道路を、一台のバイクが駆け抜けていく。


信号。


街灯。


ビルの窓。


光が一定の間隔で後方へ流れていく。


四気筒の音だけが、夜の街を切っていた。


高く。


滑らかに。


先ほどまで耳にまとわりついていた警報も、銃声も、剣の衝突音も、距離とともに少しずつ遠ざかっていく。


少女の呼吸がゆっくり戻った。


アクセルを開く。


エンジンが応える。


それだけでよかった。


ハンドルから伝わる細かな振動。


身体を押す風。


タイヤを通して伝わってくる路面の感触。


胸の奥に残っていたざらついたものが、少しずつ薄れていった。


        *


やがて少女は、小高い山の上でバイクを止めた。


眼下には街の灯りが広がっている。


川が、その光を細長く映していた。


遠く。


NEXUM BioSystemsの研究施設が見える。


少女は目を細めた。


赤い光。


煙。


燃えている。


誰かが火を放ったのか。


それとも先ほどの戦闘が原因なのか。


少女には分からない。


ただ、黙って見ていた。


風がフードを揺らす。


Ducatiのエンジンは停止している。


高温になった金属が、時折小さな音を立てながら冷えていった。


その時だった。


遠くから、別のエンジン音が聞こえてきた。


甲高い。


しかも急速に近づいてくる。


少女が山道へ目を向ける。


一つのヘッドライトが、暗闇の中を登ってきた。


Ducati Panigale V4 RS 2040。


夜の静けさを切り裂きながらカーブを抜け、やがて少女の隣で止まる。


エンジン回転が落ちた。


乗っていた人物が顔を上げる。


背が高い。


女だった。


整った容貌。


美しい。


だが、一目見ただけでは言葉にできない違和感がある。


人間の女を見ている。


そう断言するには、何かが僅かに足りない。


女は少女を見た。


「回収できた?」


少女が頷く。


ポケットから、倉庫で回収した物流管理タグを取り出した。


女へ渡す。


女はそれを受け取り、表示を確認する。


それだけだった。


遠くでは、研究施設がまだ燃えている。


二台のDucatiから、ときおり冷えた金属の音が響いた。


しばらくして。


山道の向こうに、大型車両のライトが現れる。


回収用トラックだった。


低いエンジン音を響かせながら山道を登ってくる。


少女と女は何も言わず、それを待った。


トラックが停車する。


後部ハッチが開いた。


中からユリウスが姿を現した。


二台のDucatiが順に収容されていく。


少女も中へ入る。


ヴェリスは最後にもう一度、手の中のタグを確認した。


後部ハッチが閉じる。


ユリウスは、その直前まで燃えるNEXUM BioSystemsを見下ろしていた。


「予定より派手になったな」


ヴェリスは回収したタグを指先で弄ぶ。


「でも、必要なものは回収できた」


ユリウスが少女へ視線を向ける。


「あの子は?」


ヴェリスも一度だけそちらを見る。


「問題ない」


遠くで研究施設が燃えていた。


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