第6話 我が娘の魅力に目をつけるとは
「――王太子殿下との婚約が、解消だと?」
舞踏会から帰宅した夜、公爵家の空気は、これまでにないほど重かった。応接間で、父は、しばらく言葉を失ったまま、深く息を吐いた。
「一体、何がどうしてそうなった」
「その、暗殺未遂の一件で、アシュレイ様が殿下をお救いした褒賞として……わたくしとの婚約解消を望まれましたの」
できるだけ淡々と説明したつもりだったが、父の顔色は優れないままだった。
「……そうか」
父は、片手で額を押さえる。
「王太子殿下との縁組は、我が家にとって、大きな後ろ盾になるはずだった。それが、こうもあっさりと……」
「あなた」
母が、静かに父の背に手を添える。
「ローゼリアが無事だったのですから、それだけで十分ではありませんか」
「それは、そうだが……」
父は、それでも釈然としない様子で、深いため息をついた。
政略の観点から言えば、王家との縁が絶たれたことは、確かに大きな痛手なのだろう。わたくし自身は、これで死亡フラグの一つを回避できたことに心の底から安堵していたが、その安堵を素直に口にできる空気ではなかった。
(申し訳ございません、お父様……)
内心で謝罪する。その夜、公爵家はどこか沈んだ空気のまま、静かに更けていった。
◇◇◇
「♪~」
翌朝。
朝食の席で父が鼻歌を歌っているのに気が付いた。
わたくしが朝食の席につくと、屋敷の空気が、昨夜とは一変していることに気がついた。
「お、お父様……?」
父は、机の上に広げた一通の書簡を前に、頬を紅潮させていた。
「ローゼリア! 見よ、これを!」
「な、何ですの、一体?」
差し出された書簡には、見覚えのある家紋――グレイフィア公爵家の紋章が押されていた。
(まさか――)
嫌な予感を覚えながら、文面に目を通す。
そこには、この上なく丁重な文言で、アシュレイ・ヴァン・グレイフィアが、正式にローゼリア・フォン・アルデバランへの婚約を申し込みたい旨が、綴られていた。
「アシュレイ様は見る目があるぞ!」
父は、昨夜の沈痛な表情はどこへやら、満面の笑みでそう言い放った。
「我が娘の魅力に目をつけるとは、さすが宮廷筆頭魔導師だな!」
「ええ、ええ。本当に……」
母も、ハンカチで目元を抑えながら、頷いた。
「グレイフィア公爵家といえば、筆頭公爵家。王太子殿下との縁組が失われた分を補って余りある、素晴らしい良縁ですわね」
「うむ、うむ! 昨夜はどうなることかと思ったが、これはこれで良縁だな!」
両親揃って、すっかり浮かれた様子で頷き合っている。
(お父様……手のひらを返しましたわね……)
わたくしは、何とも言えない気持ちで書簡を見つめていた。
「アシュレイ様は、幼い頃から優秀な方だと評判でしたし、将来有望どころか、既に宮廷でも重要な地位についていらっしゃる。これ以上望むべくもない相手ですわ」
「なにより、あの一件で我が娘を選んでくださったのだ。よほど見る目がある証拠よ」
両親の会話が弾む中、わたくしはただ一人、頭を抱えていた。
(お父様、お母様……あの、聞いてくださいます……?)
王太子殿下との婚約破棄については、断罪回避できて、確かにありがたいことだった。
だが、今度の相手は――前世で、わたくしの命を絶った、まさにその人だ。
(断罪回避になるはずが、今度は、わたくしを殺した男との婚約ってどういうことなのかしら――!?)
誰にも言えない事情を抱えたまま、浮かれ騒ぐ両親を前に、わたくしはただ、天を仰ぐしかなかった。
「返事は、すぐに書かねばな! ローゼリア、支度をしなさい。近々、正式なご挨拶にいらっしゃるはずだ」
「は、はい……」
力なく頷きながらも、わたくしの内心は、嵐のように荒れ狂っていた。
(この婚約、果たして、どう考えればいいんでしょうか?)




