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悪役令嬢、婚約破棄したら殺した張本人に求婚されました  作者: ましろゆきな
第一章 逃亡と再会 

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第2話 殺し文句が物騒すぎる件

「ご……ごきげんよう!」


 全力で走りだす。


 生まれて初めて、作法も礼儀もお構いなしで、走った。以外に足が動く。人間、命がかかると大抵のことはできるものなのか。


「あ、ちょっと」


 背後から、相変わらず呑気な声が追いかけてきた。


 振り返る余裕はなかった。とにかく、あの男から少しでも離れなければ。


 通りの角を曲がり、洗濯物が翻る路地を抜け、市場の雑踏に飛び込む。人混みに紛れれば、多少は撒ける、はず。


 そう思ったけれど――。


「はーい、捕まえたっ」


 気づけば、目の前に彼が立っていた。


「――ッ!?」


 悲鳴を飲み込む。


 背後にいたはずの男が、なぜ正面にいるのか。突然止まれるはずもなく、わたくしはたたらを踏んでその場に転がった。


「な、なぜ、先に――」


「ん? 近道しただけ」


 石畳に転がったわたくしと視線を合わせるように、アシュレイはしゃがんで微笑んだ。


 近道って、魔術でもできるのね?!


 反則だ、と抗議したいところだが、変装して逃げ出したわたくしも公平とは言えず、何も言えなかった。


「ねえ、結構、王都大変だよ」


「な、何がですの」


「君が失踪したから」


 その一言に、心臓が跳ねる。


「て、手紙、置いてきましたわ」


「あー、だからか。アルデバラン公爵がコソコソ探してるの」


 父の名前を出され、ぐっと言葉に詰まる。でも、わたくしの探索は大掛かりにしていないのね。


「……騙しましたわね?」


「騙してない、騙してない」


 アシュレイは、両手を軽く上げて肩をすくめる。悪びれた様子は、やはり一切ない。


「……じゃあ、どうして、わたくしのことを」


「だって、君の気配、消えちゃったから」


「……」


「だから、探しに来たと?」


「うん、そうそう」


 にこにこしながら、あっさりと頷かれ、力が抜けそうになる。


 ――でも、そうだ。


 この男は、王太子の命令を受けて動く、忠実な駒だ。


 だとすれば、今世でこうしてわたくしを追いかけているのも、何か命令があってのことなのだろうか。


(まさか、今度も、始末しに来たのでは――)


 そう思い至った瞬間、背筋が凍った。


「……もしかして」


「ん?」


「殿下の……ご命令、ですの?」


「殿下?」


 アシュレイは、心底不思議そうに首を傾げた。


「なんで、エドヴァルド殿下の名前が出てくるの」


「だ、だって……」


 言い淀む。前世の記憶を口にするわけにはいかない。


「僕は僕の意思で来たんだけど。誰かに言われて動くの、あんまり好きじゃないし」


 その声には、迷いも取り繕いもなかった。まっすぐに向けられる視線に、なぜか居た堪れなくなる。


「君がどこにいるか分からなくなるの、結構、怖いんだよね」


「……え?」


「地の果てまでだって、探しに行くつもりだったよ」


 あまりにも自然な口調で、そんな重すぎる台詞が飛び出してくる。


「な……」


 わたくしは、口をぱくぱくとさせた。


 さっき、わたくしを好きと言ったけれど。


 世の中には殺し文句、というものがあるらしいが、これは、この男の口説き文句なのだろうか?


 だとすると、物騒すぎないかしら?


 地の果てまで追いかける、などと、爽やかな笑顔で言われても……。


「そ、そういうのは、普通、怖がられますわよ!」


「え、そう? 僕なら、嬉しいけどなー」


「わたくしが言っているのは、常識の話ですわ!」


 思わず声を荒げると、アシュレイはきょとんとした顔をした後、おかしそうに笑った。


「ふふ、怒った顔も可愛いね」


「話を聞いていらっしゃいます!?」


 もはや、何を言っても暖簾に腕押しだった。


 この男には、常識という概念そのものが搭載されていないのかもしれない。


 ふと、周囲がざわつき始めていることに気づいた。


「ローゼリアお嬢様!!」


 聞き覚えのある声。振り返ると、公爵家の紋章が入った外套を纏った男たちが、こちらに向かって駆けてくるのが見えた。


 うちの使用人もここまで来ていたのか。


「あ……」


「お捜ししました! ご無事で――」


 あっという間に囲まれ、有無を言わさず馬車へと促される。


 そして、わたくしの逃亡生活はあっけなく幕を閉じた。


「じゃあ、また今度ね」


 馬車に押し込まれる寸前、アシュレイがひらひらと手を振るのが見えた。


 その顔には、微塵も敗北感も、名残惜しさすらもない。むしろ――


(絶対、面白がっていますわね、あの男……!)


 わたくしは、馬車の窓越しに睨みつけたが、当のアシュレイはただ楽しそうに笑い返してくるだけだった。


 ◇◇◇


 彼女を乗せた馬車が遠ざかっていくのを、アシュレイはしばらくその場に立ったまま眺めていた。


(――前の僕を覚えてる?)


 先ほどの、彼女のあの怯えよう。まるで、こちらの正体を知っているかのような反応だった。


 もちろん、そんなはずはない。禁術による死に戻りは、他人に悟られるはずのないよう、術そのものが縛りが掛かる。


 だが、彼女の目は、時折、何かに怯えるかのような色を帯びる。


 その理由が知りたくて、たまらなかった。


「……ま、いいか」


 アシュレイは、独り言のように呟くと、ふっと口元を緩めた。


「焦らなくていい。まだ、時間はある」


 ――そう自分に言い聞かせる。


 今はまだ、大丈夫だ、と。

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