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悪役令嬢、婚約破棄したら殺した張本人に求婚されました  作者: ましろゆきな
第三章 歩み寄る二人

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第9話 お茶会、意外と普通の人

「今日は、僕がお茶を淹れるよ」


 公爵家の中庭に設えられたガゼボで、アシュレイはそう言って、自らポットを傾けた。


「あら、アシュレイ様が、ですの?」


「うん。たまにはね」


 婚約者としての彼が、公爵家を訪れるのはこれで何度目になるだろうか。今日は特に用件もなく、ただお茶を共にするだけの、穏やかな時間だった。


 湯気の立つカップが、静かに目の前に置かれる。


「……ありがとう、ございます」


 戸惑いながらも礼を言うと、アシュレイは満足げに頷いて、向かいの椅子に腰を下ろした。


「どういたしまして。今日のお菓子もおいしそうだね」


 そう言うと、お茶とともに給仕された色とりどりのお菓子を一つつまんで頬張った。


「うふふ、料理長が喜びますわ」


 これまでになく来客が訪れる機会が増え、こうやって料理長が腕を振るう機会も増えた。


 しばらくは、他愛のない話が続いた。


 王宮で流行りの菓子の話、庭の薔薇が今年はよく咲いているという話。


 思っていたよりもずっと、平和な時間だった。


(意外と、普通に話せる方なのかしら……)


 わたくしは、そんなことを思いながら、カップに口をつけた。


 これまで、彼と二人きりになるたびに、どこか身構えていた。突拍子もない愛の言葉を投げつけられるのではないか、あるいは、また魔石のようなものを押し付けられるのではないか、と。


 だが、今日のアシュレイは、驚くほど自然体だった。


「――ところで」


 ふと、アシュレイが話題を変えた。


「最近、少し元気がないように見えるけど。何かあった?」


「……え?」


「ここ数日、笑ってても、どこか上の空って感じがしてさ」


 図星だった。


 ここのところ、王宮で耳にする「立派なアシュレイ様」の話と、わたくしの記憶にある「冷徹なアシュレイ様」との齟齬に、内心ずっと戸惑い続けていたのだ。


「……別に、何もございませんわ」


 あいまいに笑って誤魔化そうとしたが、アシュレイは黙ってこちらを見つめたままだった。


 その静かな視線に耐えきれず、わたくしは、思わず口を開いていた。


「あの……アシュレイ様は、本当に、わたくしのことを、お好きなのですか?」


「うん、好きだよ」


 迷いのない即答だった。


「でも……」


 言葉を続けようとして、詰まる。


 わたくしは、前は権力に取り憑かれ、多くの令嬢を追い落とした、愚かな女だった。今は、多少は変われたつもりでいるが、それでも根本のところで、自分がそこまで褒められた人間だとは、到底思えなかった。


「わたくしのこと、本当にご存じですの……? 本当に、わたくしですの……?」


 思わず、そんな問いが零れ落ちる。


 自分でも、何を聞いているのか、よく分からなかった。ただ、この人が語る「わたくし」と、自分自身が知っている「わたくし」との間に、大きな隔たりがあるように思えてならなかった。


 アシュレイは、その問いに、しばらく黙り込んだ。


 やがて、静かに口を開く。


「そうだよ」


「でも、わたくしは……」


「人は変われるんだよ」


 その一言に、わたくしは思わず顔を上げた。


「え……?」


「前の君がどうだったかはさておき」


 アシュレイは、まっすぐにこちらを見つめたまま、続けた。


「僕が好きなのは、今ここにいる君だよ」


 その言葉に、わたくしは、しばらく声を出せなかった。


(前の君、って……)


 まるで、前世のことを知っているかのような言い回しに、一瞬、心臓が跳ねる。


 だが、彼の表情には、それ以上の含みも、探るような気配もなかった。おそらく、単に「以前のわたくし」――家出をしていた頃、あるいは、もっと幼い頃のわたくしを指しているだけなのだろう。


(考えすぎ、ですわね……)


 自分にそう言い聞かせながら、わたくしは小さく息を吐いた。


 それにしても。


 「人は変われる」というその言葉は、不思議と、すとんと胸に落ちた。


 前世の自分を、今世でどれだけ悔いていても、変わろうとする意志そのものは、決して無駄ではないのだと、そう言われた気がした。


「……ありがとう、ございます」


 素直に、そう口にできた。


「うん」


 アシュレイは、それ以上、何も聞いてこなかった。


 わたくしが何を悩んでいるのか、本当のところを知っているわけではないだろうに、それ以上踏み込もうとしない、その距離感が、今は妙にありがたかった。


 ◇◇◇

 

「そろそろ、失礼するよ」


 一時間ほど話した後、アシュレイは、あっさりと席を立った。


「え……もう、ですの?」


 思わず、そう聞いてしまう。自分でも、少し意外な反応だった。


「うん。今日はゆっくりできて楽しかったけど、あんまり長居すると、君も疲れるでしょ」


 その気遣いに、わたくしは少し驚いた。


 これまでの彼なら、もっと粘るか、あるいは何かしら強引な一言を挟んでくるものだと思っていた。


「そんな無理に距離を詰めるつもりはないよ。君のペースで、いいから」


 そう言って、彼はいつものように、飄々と笑った。


(ああ、もしかして……)


 この人は、思っていたよりも、ずっと――


 その笑顔を見送りながら、わたくしは、胸の奥に、小さな変化が生まれているのを感じていた。


(怖い人、ではないのかもしれませんわね……)


 まだ確信には至らない、けれど、確かに芽生え始めたその感情を、わたくしは、そっと胸の内にしまい込んだ。

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