表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第3章 閑話

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/194

閑話 傑の因子と夫婦の会話




《――以上の両名の発言により、現在一般的に知られている強さ、到達深度の最高記録というものは、あくまでも〝表に出せる範囲での情報の中で〟のものであり、厳密には異なる可能性が高いと思われます。つきましては、レベル6探索者の因子理解のための実験――以降、〝スキル拡張実験〟と呼称します――の協力を依頼したいと考えています》



 重苦しい程の沈黙が流れる。

 そんな中で一人、黒い椅子にもたれかかったまま映し出された報告書を読んでいた一人の男が、背もたれからゆっくりと身体を起こし、目の前にある重厚感のあるテーブルに両肘をつき、自らの眼前で指を絡めてしばし思考に耽っていたかと思えば、そっと両手で己の顔を隠した。


 ――やだぁ……。ウチの娘、ヤバ過ぎィ……。


 なんだかつい数カ月前にも全く同じようなことをやったような気がしなくもない男――矢ノ沢(やのさわ) (すぐる)

 彼の脳内では、またまた当時と同じようなちょっと声が裏返るようなトーンが混じったオネエ系な声色で再生された。



「……爆弾も爆弾だけれど、今回もまた、色んな意味で《《ヒドイ》》わね」



 同じく、今回の報告書を一緒に目を通すように言われ、爆弾を投げつけられた同胞が呟く。

 さながら古びた商業ビルの一角に構えたような薄暗いバーにいそうなオネエさんのような脳内と化した傑の妻であり、現在目を通している報告書を記載した雅の母、瑤子である。



「酷いって、何がだい?」


「常識を破壊するような内容であることが、よ」



 なるほど、確かにそれはそうだと傑も思う。


 レベル6探索者からレベル7探索者になる方法は、未だ世間では発見された事例は存在していない。

 一般的には「下層へと到達すること」こそがその条件なのではないかと言われているものの、それも確証のある情報ではなく、「それ以外にそれらしい理由が見つけられない」という理由から生じたものでもあった。


 だが、今回の話を聞いて、傑はこの実験は成功するだろう、と確信していた。



「ねえ、瑤子さん。ダンジョン因子は文字数が少ないものほど――つまり、シンプルであればあるほど、できる範囲が広がる、なんて言われていたね」


「えぇ、それはそうね……――っ。まさか、その理由が……?」


「うん。シンプルであればあるほど、因子から具体的にそれが何なのか、そのイメージを深めなくてはならなくなる。要するに、それが自身のイメージを具現化するという、雅の言う〝スキル拡張〟に繋がりやすいんじゃないかな」


「……ちょっと待って。それは逆説的に言えば、文字数が多いものほど限定的なものに視野が狭まってしまうから、できることがイメージしにくいだけ、ということ?」


「そう。ダンジョン因子の優劣はそこにはなく、ただ、〝スキル拡張〟されているかどうかであまりにも自由度も強さも違う。だから、ダンジョン因子の文字数が少ないもの、シンプルなものは強い、という表面上の結果から定説が流れたと考えられるよね」



 ――それがもし事実であるのなら、また一つ、常識や答えだと思われていたものが壊れるということになるのでは?


 その疑問は瑤子だけではなく、傑にも容易く想像がついた。


 しかし、それは無理もないのだ。

 もともと世界になかったもの、超常の存在、ダンジョン。

 そんなものが現れてまだ1世紀と経っていない。


 人は〝未知のままでいること〟の恐怖に耐えきれず、常に自分たちの理解が及ぶもの――既知のものに収めたがる。


 ――もしかしたら、人類は間違った方向に、人間の想像の狭い範囲で考え過ぎていたのではないか。

 そもそもそういう考え方自体が、最初から間違っていたのではないかと、傑は最近、常々思う。


 そんなことを思うようになったのは、雅だ。

 末娘とその仲間たち、JKという大人と子供の中間とも言えるような彼女たちは、突拍子もない発想、常識知らずの仮説を恐れない。


 だから、未知に迫れるのではないだろうか、と。

 まるで導かれるかのように、様々なものに触れていくことに繋がるのではないか、などと感じていた。


 その考えをぐっと呑み込んで、とにかく今は目の前のことに集中するべきだと傑は意識を切り替えた。



「とにかく、その仮説を証明するにしても、テストは絶対に必要になる。レベル6の探索者、か。僕は娘のためなら協力するけれど、でも……」


「問題は、他のレベル6たち、ね」


「……うん、難しいだろうね」



 テストをするにしても、そもそもレベル6探索者でさえ世の中には数えられる程しかいないのが実状だ。

 いくらレベル6探索者のコミュニティとも呼べるようなものがあるとは言え、傑が「可愛い娘がこういう情報を手に入れたんだけど、手伝ってくれるかい?」と軽妙なトークでもするかのように頼んだところで、誰も耳を貸さないだろう。


 レベル6探索者にもなれば、その実力のせいか周囲からはすでに充分な称賛と報酬を得ている者たちである。

 そんな者たちであっても貪欲に強さを得るために頑張れるのかと言うと、そうではない者の方が多いというのは紛れもない事実であった。


 レベル6探索者になった戦いで目的を果たせた者もいるが、大多数はレベル6という最強の座に就いたことで満たされてしまい、向上心を失ってしまった者が多いのだ。

 長らく続いた、レベル6が最高であるという停滞が、満たされた生活が、探索者たちの〝挑戦〟に対する気概を奪っていくのだ。



「……父に頼んでみようか」


「……お義父さんの場合は、そうね。嬉々としてやりたがるでしょうね……」


「……逆に僕は、黙っている方が色々と問題になりそうな予感がしているよ」


「怒鳴りながら扉を破壊して入ってくる姿が目に浮かぶようだわ」


「やめて? それ、ホントにやるからね、あの人」



 傑が継いでいるクラン『明鏡止水』の初代クランリーダー、大治郎。

 現在は外部顧問役として名ばかりの職位に就き、その実、ダンジョンに入り浸る生活をしている、パワフル過ぎるお爺さんである。


 ちなみに、その実子である傑は根っからの母親似であり、そんな父に振り回されてきた苦労があった。

 もっとも、娘に振り回されている今の現状を考えると、大治郎に一番性質が似ているのは、もしかしたら雅かもしれない。見た目は全く違うが。



「まあでも、父なら嬉々としてやってくれるのは間違いないだろうね。あの雅の発案であり、〝不法探索者(アビューザー)〟から漏れた情報であること、実力なんかを考えると、信憑性は高いらしいから。柚芭にも言われたよ」


「あら、なんて?」


「――〝椿〟という〝不法探索者(アビューザー)〟は、僕よりも速かった、とね」


「……まったく。あの子ったら、相変わらずあなたに対抗意識を燃やしているのね」


「それはしょうがないよ。あの子は天才と言ってもいい。あの年齢でレベル5になるなんて、普通に考えて普通じゃないからね。もちろん、それだけの危機を乗り越えたからこその賜物ではあるけれども。――けれど、一人の剣士として、聞き捨てはならないかな」



 決して荒々しい気配が漏れ出ていた訳でもなければ、苛立つような気配が滲んでいた訳でもない。ただただ、柔和な笑みを浮かべながらも、ほんの少し目の奥に闘志を揺らめかせた、それだけのことだ。

 だと言うのに、瑤子の目の前に置いていたコップが何かに斬られたかのように斜めに滑るように落ちた。


 思うところがあっての発露ではあるのだろう。

 元々、傑の闘志、あるいは剣気とでもいうべきだろうか、そういったものが感情によって放たれ、無機物を斬りつけるという不思議な現象が起こることは瑤子も知っているし、これまでに何度も見てきた。


 もっとも、それが柚芭が小学生の頃に柚芭の前でやってしまい、ちょうどその前日に観ていたホラー映画で同じような演出があったせいで、ギャン泣きに発展し、めちゃくちゃ怖がられてしまったため、家族の前では二度とやらないよう気をつけていたのだが。


 瑤子はそんな目の前の光景に「なるほど、これが因子の発露かもしれない」とも思う。


 傑のダンジョン因子は【斬撃】。

 刀を用いた一撃を強化するというシンプルなものという印象であったが、もしもこれが因子の発露によるものであるのなら、そういう方向にスキルを伸ばせという話なのかもしれない、と冷静に瑤子は考える。


 ともあれ、それはそれ、だ。


 瑤子は、すっとコップを指差した。



「これ、お気に入りだったのだけれど」


「ぁ……」


「別にいいのよ、壊れたことは。えぇ、形あるものはいつか壊れるんですもの。ある日、突然手から滑り落ちてしまうこともあれば、洗い物をしている時にふと手が滑って、なんてことだって珍しくはないもの。けれど、今のは違うわよね?」


「……えぇと、あ、新しいグラスを買いに行こうじゃないか!」


「は? 新しいグラスに、これまでの日々は刻まれていないのだけれど?」


「あっ、いや、その……」



 同じグラスであっても、それを使って過ごしてきた思い出があるかどうかというのは、大事な要素だ。

 たとえ安物であったとしても、それが何かの節目に使われてきたものであれば当然大事にするし、高価であるからと言って使わないようなものに、愛着は生まれない。せいぜい高価であったということに対する執着が残るだけだろう。


 そんなことを改めて実感させられることになった傑なのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ