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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第3章 Blood Moon

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清濁併呑





「――探索者協会が、正式に謝罪……?」


「うん、そうだよ。今回の件をきっかけに探索者協会内でも旧体制のまま継続していくのが困難だと考えた人たちが動いてね。政治的な癒着もあったような連中含め、上層部のかなりの数を更迭したみたいだ。〝金銀花(カプリフォリオ)〟への謝罪は、いわばその禊を済ませたという側面をもたせた公式謝罪という訳だね」



 矢ノ沢家のリビングにて。

 父であり、日本国内有数の大手クラン、『明鏡止水』のクランリーダーである傑の言葉に、雅がぶすっとした表情を浮かべたまま乱暴にソファーに座り込んだ。



「それ、トカゲの尻尾切りとかそういうのじゃね?」


「まあ、全ての病巣を追い出せたかと言うと、少々無理があるのは確かだろうね。その裏側に何か目的があるというのも事実だろう。けれど、大手クランはおおよそ今回の対応を歓迎しているよ」


「っ、なんで――っ!」



 そんな中途半端なもので許すのかと食って掛かろうと声をあげかけた雅であったが、しかし傑が机に両肘をついたまま片手をあげたことで、雅も言葉を呑み込んだ。



「気持ちは分からなくはないんだけど、これ以上になると政治的な問題も絡んでくる上に、余計な被害者まで増やすことになりかねないんだ」


「……どういう意味?」


「良くも悪くも、探索者協会は大きな組織だ。国の柵を超えて探索者を守り、同じルールで探索者という超人たちを縛る。そうすることで、国の利権や政治を持ち込ませないための傘のような役割を果たす、というのが当初の理念であり、事実としてそのおかげで助かった探索者は多いんだ。だから、完全に失墜されるのもそれはそれで困るんだ」


「……もし、完全に失墜したら……?」


「探索者が後ろ盾を失い、選びたくない選択を突き付けられるような者も出てくるだろうね」


「……っ」


「ここで強硬して探索者協会が国からいなくなったりしたら、の話だよ。だからこそ、この辺りで手を引くのがベターではあるんだ。そう考えたからこそ、他のクランも概ね合意に至ったという訳さ」



 傑の言うことはもっともではあった。


 探索者の中には〝不法探索者(アビューザー)〟というような存在がいたり、或いは探索者でありながらも国から支援を受け、国の仕事を優先的に受ける者もいるが、多くの者は権力よりも自由を好む。


 そうした探索者の自由を守っているのが、探索者協会だ。

 探索者協会に所属している限り、国や行政からの直接的な交渉などは探索者協会に通報し、探索者協会の担当者が対応するなどして守られた探索者はかなりの数に上る。


 今回の件で探索者協会の暗部が浮き彫りになったが、それを主導していた者たちを厳しく処罰し、それと同様に旧体制のまま権力を持った者たちも更迭され、文字通り内部を刷新する。

 さらには、大手クランに対し、探索者協会内部のみで政治や利権に絡まないよう、監視を行う監査委員会への就任要請まで届いている。


 ――これだけやるのであれば。


 不信感が完全に拭い去られるような決定があるとすれば、探索者協会の完全排除となるだろう。

 だが、それが現実的ではない話である以上、妥当な落とし所であると考えられない内容でもない。

 《《ガス抜き》》としては成功している内容であるからこそ、反論しにくいものがある。



「……お父さんは、それで色々解決したって思う?」


「問題のあった上層部や、議員の親族だったりなんて連中は更迭されるリストにあったからね。風通しが良くなるのは間違いないさ。これで今後、ちゃんとした対応を心がけてくれるようになり、利権だのなんだので後ろ暗い癒着をしないまま探索者を守ってくれるというのであれば、今回の結果は悪くないとも思っているよ」


「……今回の件でそうなるってこと?」


「断言はできないけれど、この騒動の前までよりは圧倒的にそうなりやすくはなるだろうね。だから、呑み込むべきラインかな」



 喋りながらも、傑は思う。

 雅はまだ若く、世間の清濁を併せ呑むような今回の結末に納得するのは難しいだろうな、と。


 ダンジョンの魔物は人間にとっての害であると言えるが、人の組織においてはそのような分かりやすい勧善懲悪は成り立たない。

 特に大きな組織であればある程に、担う役割の大きさに比例して手を出しにくくなるのが人間社会というものだ。


 だから、落とし所というのは必ず必要になる。


 今回の件で、探索者協会は出来得る限りの譲歩をしたと言ってもいいだろう。

 腐敗した上層部の更迭の中には、傑の耳にも噂程度ではあるが、表には出せない形で《《処理》》された者もいると聞いている。

 要するに、《《そういう手段》》は今後も残るだろうが、その使い道さえ間違えないのであれば、必要悪と言えなくもない。


 当事者である〝金銀花(カプリフォリオ)〟が、そして雅たちが納得さえしてくれれば、この件は終わる。

 本人たちの気持ち云々を無視して、社会はそういう風にして回っていくのだ。


 そこにどう折り合いをつけるのか次第だと、傑は学んできた。


 まだ十代中盤から後半になりかけたばかりの娘に、それらを呑めとは言い難いものもあるのだが、雅はすでに〝がちけん〟のトップ、社会に責任を追求される立場だ。


 だからこそ、雅がゴネたとしてもここは厳しく――――



「あー……、まあそーなるよねー……」



 ――――と、決意する傑を他所に、雅がソファーにもたれかかってぐでーっと伸びるような体勢で呟いた。



「えーと、雅ちゃん……?」


「ちゃん付けすんなし。いや、今回の件ってさぁ、ウチらっつか〝金銀花(カプリフォリオ)〟的には、〝優良探索者〟にはなれんかったじゃん? あんな騒動あってさー。んでもまあ、無事に帰って来れたからいーけどさ。でも、もっかいやれって言うのはちょい怖いっつかさ」


「あぁ、そうだろうね」



 結論から言えば、「友達の命を狙われた」のだ。

 そんな状況を再び作ったりするとなれば、それは確かに怖いことではあるだろう。



「お父さんとか、あーしなんかよりしっかりした人とかが納得できんなら、そーゆーもんなのかなって」


「いいや、その考え方は違うよ、雅ちゃん」


「ちゃん付けすんなし」



 …………。



「大人たちが判断したからって、それが必ずしも正しいものだとは限らないんだ。大人だって間違えるし、自分たちの利益になるから呑み込むこともある。正しさっていうのはいつだって、立場によっていくらでも変わるものだよ。その時は正しくても、未来になってみれば正しくない選択になることも、ね」


「……だったら、何をもって決断すりゃいいのさ」


「決意と覚悟さ」


「……なにそれ?」



 傑の言葉を小馬鹿にした訳ではなく、純粋に意味を呑み込めずにきょとんとした雅の視線を受けて、傑は小さく笑った。



「正しいかどうかなんて考えたって仕方がないんだ。だから、僕らのような立場にいる者に判断が迫られた時、僕らは意志をはっきりと定め、その結果に対して責任を持つという覚悟を持つしかないんだ」


「……それ、キッツ……」


「うん、そうだね。だから、大人たちが、他人が判断したことが表面的には正しくても、雅ちゃんが納得できないのであれば、それに倣う必要なんてないんだ。他人が、大人が、偉い人が判断したからって盲目的に信じたりするのは良くないよ」


「……ん、分かった」



 短く返事をして、雅は立ち上がり、身体を伸ばした。



「あれ、どこか行くのかい?」


「うん。――前も言ったけど、今日るかちーの退院日だし」



 真鶴ダンジョンから脱出して、すでに2週間が過ぎた。

 夏休みの終わりまでもう少しというところで、ようやく流霞の退院が決まり、全員で集まって迎えに行くという話になっているのだ。

 傑も前もってその話は聞いていたが、すっかり失念してしまっていた。



「そういえばそうだったね。それで、調子はどうなんだい?」


「んー、絶好調も絶好調みたい。なんか〝適合反動〟の中で使ったスキルは身体が覚えているみたい。病室でも色々使ってたし」


「あぁ、それもあったね……」



 真鶴ダンジョンにおける騒動、〝掃除屋(イレイザー)〟の引き渡しや護衛など、『明鏡止水』としても色々と動いていたために、傑も諸々の情報と録画の共有は雅から受けていた。


 傑から見ても、流霞の〝適合反動〟状態の戦闘能力は、ハッキリ言って異常だ。

 あれだけの面々に囲まれてなお通さない攻撃、見えない攻撃に、戦闘能力、どれを取っても、そう遠くない未来に日本の探索者たちの中でもトップの者たちに比肩することになるだろう。


 そういう意味では、奏星も同様だ。

 炎の力を操り、〝焼失〟という特性に特化させた力は流霞と並ぶに相応しいと言える程の力だ。


 これから先のことを思うと、一つの時代の転換点に自分が立っているような、そんな気さえしてならなかった。



「流霞ちゃん、だったね。あの子の力は凄いことになっていそうだね」


「あーね。けど、それより目覚めて第一声が自分の髪見て「し、白髪!? 若白髪の最終形態!?」とか叫んでたけど」


「あはは……。因子影響による身体変化、だね。珍しい話ではあるけれど、聞かない話でもないからそれはともかく……」



 ――あの騒動で合流した〝不法探索者(アビューザー)〟の〝虎〟に〝椿〟と名乗った実力者。あの二人はおそらく、『亡霊の庭園(ニヴルヘイム)』のメンバーだろう。


 そんなことを考えながら沈黙する傑に、雅が首を傾げた。



「どしたの?」


「うん? あぁ、いや。雅ちゃん」


「ちゃん付けすんなし」



 …………。



「もしもあの時の〝虎〟と〝椿〟の二人と出会ったら、一度『明鏡止水』のクランリーダーが会って話したいと言っていたと、伝えてもらえるかい?」


「……〝不法探索者(アビューザー)〟とは言え、ウチらの恩人なんだけど?」


「分かっているさ。捕まえるとかそういうつもりじゃないんだ。ただ……、そう。〝《《探し物の手がかり》》があった、協力が必要なら言ってほしい〟とだけ伝えてほしい」


「ふーん……? ま、いいや。分かった。つっても会うか分かんないけど」


「もしも会ったら、で構わないさ」


「あいあい。んじゃ、いてきまー」



 リビングを慌てた様子で出ていく雅を見送って、傑は一人、椅子の背もたれに上体を預けて、天井を見つめた。



「……神奈川の亡霊たちは、未だ健在、か……」



 その呟きは、誰に聞かれることなく消えていった。


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