〝改変〟
――マズい、マズいマズいマズい……ッ!
探索者協会、東京第三支部内を神経質そうな見た目をした男が早足で歩く。
彼の頭の中では、ただただそんな単語がひたすらに繰り返されていた。
――まさか〝掃除屋〟が捕まるなんて……! それも、考えられる限り最悪な状況で……! 即応させた部隊からの返事もない……!
事態は彼らにとって、最悪な方向へと転がっていると言ってもいいだろう。
昨今の探索者協会へのネット上の風評被害は、日を追う毎に加熱するばかり。
世論を作るのはテレビやマスコミだけの専売特許であったはずだというのに。
所詮はSNSでの発信など烏合の衆に過ぎず、誰も信じないはずだったというのに、その勢いは止まらない。
故に、〝金銀花〟を黙らせるという《《慣れた手法》》を取ろうとした結果が、今の状況を引き起こしている。
これまで築いてきた立場が、あっさりと崩壊しようとしている。
このままではその勢いは自分、延いては〝お世話になった方々〟にまで伸びようとしているのだ。
――そんなことになれば、自分は、確実に葬られる。
もはや形振りは構っていられない。
とは言え、何か手を打つにしても、これ以上は大きな権力がなければ動かせない手ばかり。
故に、男は自分に指示をした上役に、〝金銀花〟を事故に見せかけるようにと指示した男へと急ぎ会いに向かっていた。
男や上役、そして〝お世話になった方々〟は面倒を好む。
デジタルは何が安全で何が危険なのかも分からない。だからこそ、旧来のやり方――つまり、直接顔を合わせ、直接会話をするという手法や、書面を用いたやり取りを好み、それらを燃やして証拠を残さないという方法を好んでいる。
だから、男は指示を仰ぐために早足で進んでいた。
エレベーターを待つその時間も、いつも以上に長く感じながら。
そうしてようやくエレベーターが開き、男は身体を滑り込ませるように乗り込むと、急いで最上階近くの階のボタンを押して息を整えた。
――まだ、間に合うはず。こちらが関与した証拠はほぼ残っていない。口裏を上手く合わせれば、いくらでも隠し通せる。
自分たちが行ってきた諸々の流れ、そこから割り出される可能性のある事象に対する認識の擦り合わせ。
それさえできれば、確たる証拠は見つからないはずだ。
呼吸を整えながら、改めてそんな風に自分に言い聞かせつつ嫌にうるさい己の心臓の音を意識の外へと追いやる。
そうして見慣れた扉の前、ととん、とんとん、ととん、と独特なリズムでノックをすれば、室内から鍵が開けられる電子音が聞こえてきて、男は慌てて部屋の中に飛び込み――その光景を目の当たりにした。
強烈な風が吹いていた。
部屋の入口、その正面に広がる一面のガラスの中心が砕け、机の上に倒れ込むような形で、男に指示を出していた老年の男性が両腕をだらりと乗せており、その両手に大きな杭のようなもので身体を貫かれ、机に磔られていることが分かった。
「……な……っ、ぁ……――ぐぁッ!?」
身体が突然浮かび上がり、そのまま吹き飛ばされ、背中から壁に叩きつけられて男が苦悶の声をあげる。
男は目の前の状況を呑み込めていなかった。
ただただ唖然としていた。
――だから、理解できなかった。
そもそもこの部屋は内側から鍵を開けなければ入口の扉は開かず、男自身、その部屋の扉をノックし、鍵を開けてもらえたからこそ入れたのだということを。
それはつまり、この部屋にいる誰かがロックの解錠を行ったのだということに、他ならないという現実を。
吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて、ようやくその事実に思い至ったのだが、それはあまりに遅すぎたのだ。
「――へいへいー。おめーら、随分と下手な真似してくれたじゃねーの」
「ぐ……くっ、きさ、まは……!」
壁に叩きつけられたまま、男が黒いフードを目深に被った男を見やる。
「――〝改変〟の……があぁぁっ!?」
「おめーらが馬鹿な真似しやがったせいで、探索者協会に手ぇ出そうとする連中がぽこぽこ湧いてきやがったじゃねーかよ。どーすんだよ、おい。こうなっちまったら一回キレーにしたように見せかけなきゃなんねーだろー、だってさー」
壁に「大」の字状に磔られた男の腕に向かって、鉄杭が投げつけられる。
ばつん、と激しい音を立てながら鉄杭は男の手を貫いて、そのまま身体を壁に固定するように突き立った。
「いつまでもてめーのやり方が通用するような時代じゃねーんだわー。そこんとこ、ついていけねーってのはよ、老害としか言えねーなぁ。っつーわけでよー、バカやったおめーらは終わりだわー」
「ぎ……っ、ま、待て、まってくれ……! せ、せめて、チャンスを……!」
「いやいやいや、ムリムリの無理っしょ、それはー。傷が浅い内にてめーの頭下げてりゃー、こーんなでっかい火になんなかったんだしよー。そこんとこ、てめーらは間違えっぱなしなんだわ。深いとこまで入られる前に表向きキレーになりましたーっつって、色々変えるっつー話になったんだわ」
「な……ぁ……」
「でもさー、そのせいで引退しなきゃなんなくなった連中もいてさー。そいつらに頼まれてー、わざわざオレが今回こうしてケジメつけにきたっつーね」
心底面倒臭そうに、やる気のない様子でつらつらと男は語り、肩を竦めた。
「〝金銀花〟、のJKちゃんたちにゃー手ぇ出すべきじゃねーんだよ、普通はさー。オトナな対応してりゃー終わってたんだし。でも、権力に縋り付いたバカっつーのはさぁ、なんでもできるって思い込んじまっていけねーよなぁ。権力欲しがるバカが権力持ったらバカにバカが上塗りされんのかー? 超バカかよ。ま、結果死んでりゃ世話ねーよなぁ」
くだらないものを見るような目をしながら、男は手を翳し、また一つの鉄杭を生み出してギュルギュルと空中に浮かばせたまま回転させた。
「ただまあ、ある意味ちょーどいいんだってよー。長々と利権にしがみつき続けて無駄に肥えたバカはどっかで掃除しなきゃなんねーから、今回はいい機会だーっつってたぜ?」
「わ、たしは……!」
自分は確かに美味しい思いをしてきたかもしれない。
だが、それは命を奪われる程ではないと、男は本気でそう考えていた。
しかし、それはあくまでも勝手な感想という代物に過ぎなかったのだ。
「〝金銀花〟のJKちゃんたちの件で動いたのおめーだろー? そのせいで大手クラン連中が本腰入れちまってんだし、そりゃーおめー、死ぬしかねーだろ。おめーみてーなのは、テメーが優秀だって勘違いしてやがる。テメーが生き残るためならなんだって裏切るし、なんだって使うタイプだ、だってよー。ま、そうじゃなきゃあっちのバカの駒にゃなんねーわな」
「……そ、んな……」
「ま、そーゆーこったから。もう終わりなー。じゃーな」
「ま……っ!?」
空中に浮かんだままギュルギュルと回転していた鉄杭が、壁に磔にされていた男の顔に突き刺さり、壁面に赤い花を咲かせて突き刺さった。
その光景を動じることなく見ていた男は、鼻歌を歌い始めると同時に自身のスマホをポケットから取り出して、どこかへと電話をかけた。
「――あ、オレオレー。仕事終わったからさー、いちおー報告なー。報酬はいつもの口座でよろー。あ、そうそう。〝亡霊〟の連中、見つかったんだって? ……へぇ、そっか。んじゃ、しばらくオレは推しの配信観てゆったり過ごすから、〝亡霊〟と戦う時は連絡よろしくー」
それだけ言って、通話を切った男がロック画面を解除したスマホを操作する。
《ドローンの調子悪くて切れちゃったけど、無事るかちーと合流できた! ウチら全員無事!!!!》
奏星に背負われている流霞と、そんな奏星を一緒になって支えるよう手を伸ばしている美佳里。
その横には〝魔女の饗宴〟の面々が映っており、ダンジョンの外に出てきたことが窺える画像が貼られていた。
男はそっと画像をズームさせた。
「んんー、〝金銀花〟のJKちゃんたちだったら、やっぱミカミカちゃんが一番だわー。メガネってエロいしなー」
そんなことを一人で言いながら、男は割れた窓の前に立ってスマホをポケットに入れると、そのままくるりと反転――背中から落ちていった。




