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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第3章 Blood Moon

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適合反動 Ⅳ





「――〝椿〟、待たせたな」



 後方から聞こえてきた〝虎〟の声を聞いて、〝椿〟が流霞の大鎌を弾いてから後方へと下がり、〝虎〟の隣へと並んだ。



「……ふむ、興が乗ってきたところであったのだが」


「そう言うな。それで、どうだ? 何か掴めたか?」


「あの赤い風の正体はなんとなく察した。あれは空間破壊の波、というところであろう」


「は?」


「さしずめ、重力潮汐といったところか。局所的な空間に引き寄せる力と押し出す力の重力波を作り出し、大気そのものを超高速で振動させている。重力勾配の周期的反転で、分子結合の疲労破壊を引き起こす見えない刃、とでも言うべきか」



 語られた流霞の力のギミックに、〝虎〟はすうっと息を吐いて固まり、ゆっくりと莉緒菜たちへと視線を向け――同時に莉緒菜たちもまたすぅっと明後日を見つめた。

 そうして今度は〝虎〟の目が奏星と美佳里に向けられ、二人が肩を竦める中、奏星がARレンズに映し出された雅からの言葉を読み上げた。



「えっと、雅が超音波振動カッターみたいなことかって言ってんだけど」


「うむ、その通り。原理的には同じだ。ただ、それを物体を通さずに行っているからこそ、実に恐ろしい話ではあるのだがな。あれが周囲全域に広げられるようであれば、触れたものは問答無用で塵と化す」


「凶悪過ぎねぇか……?」



 さすがに〝虎〟や莉緒菜たちに、力学的な話は分からないが、それでも分子結合の破壊など、冗談にならない代物だということは理解できた。



「なに、それはあくまでも仮定の話。そこまでの干渉は魔力がいくらあっても足らぬであろうよ。それより、問題はあの赤い風に当たった場合だ。此方の刀は魔装であるが故に無傷で済んでいるが、斬撃というよりも破壊という性質を持つ以上、通常の武器では当たればタダでは済まぬ。幸い速さは大したことない。回避のみで対処するべきであろう」


「お、おう。つかよく分かったな、そんな代物だって」


「あの赤い風が地面に当たった際、爆発するように弾けたのだ。ただの斬痕でそうはならぬであろう?」


「……おう、そうだな」



 ――あ、これ分かった風に聞き流したヤツだ。


 その場にいる誰もがそんなことを思った瞬間であった。

 もっとも、この場にいる全員が同じような感想を抱き、同じように「とりあえずヤベー攻撃、回避絶対」と刷り込んでいるのだが、それはさて置き。



「さて、ともあれあの娘もそろそろ肉体が限界に近づいているように思える。現に、こうして此方らが会話している間に息を整えるのに必死な様子。大鎌を用いた攻撃のキレが落ちている。早めに決着をつけねば、あの娘の身体が壊れるであろう」


「時間はないってことか」


「うむ。――故に、一気に決めるぞ」


「おう」


「――きひっ」



 唐突に背後に現れた流霞に、〝椿〟が刀を振り、〝虎〟が拳を振るう。

 しかしそれらは流霞の目の前で見えない何かにぶつかったかのように突然止まり、代わりに流霞が大鎌を振るってくるも、二人はそれを避けて距離を稼いだ。



「……ッ、今のは……」


「こいつ……、何をした……!?」


「――起動なさい、【獄門】」



 刹那、二人が下がったその場所に黒い水溜りのようなものが現れ、地面から巨大な門がせり上がり、流霞の大鎌を弾く。


 莉緒菜の第3スキル、【獄門】。

 本来ならばこの門から伸びる真っ黒な手が標的の魂を掴み取り、そのまま門の内側へと引きずり込んで敵の息の根を止めるという強烈なスキルだ。


 しかし、さすがに流霞の命を奪うつもりはなく、今回はあくまでも捕獲が目的。

 勢い良く開かれた扉から黒い靄が現れ、流霞の身体を掴むように縛り上げる――その寸前で黒い霧もまた動きが止まった。

 直後、小さく笑った流霞を中心に赤い風が吹き荒れ、黒い靄を斬り裂いた。



「縛り上げるのは無理そうだけれど、動きは止まったわね。瑛里華――!」


「――ちぃと痛いかもしれへんけど堪忍せぇや、るかち! 【雷崩掌】!」



 跳び出した瑛里華が雷撃を纏った腕を振り上げ、流霞へと肉薄し振り下ろす。

 しかし、それは突然、何にぶつかった訳でもなく動きを止めて、雷撃は流霞に拒絶されたかのように周囲に散らされた。


 何が起きたのか、何をしているのか誰一人として分からないまま、しかしそれでも、何も躊躇う必要も、困惑する必要もない。



「――続け、菜桜ッ!」


「ん、【千塵斬華】……――手応えない!」


「赤い風がくる! さがって!」



 入れ替わるように攻撃を行った菜桜の連続斬撃までもが手応えなく消え去り、そこへ赤い風が降り注ぎ、大地にぶつかって激しい爆発を引き起こしたかのように弾けた。ジジジジッと耳障りな音を立てながら砂利が飛ばされ、砂塵が舞い上がる。


 お互いの距離が再び開いた、その直後。

 砂塵を斬り裂くように赤い風が一行へと襲いかかった。


 近づきすぎた〝魔女の饗宴〟の面々に、それを避ける余裕はなく――――。



「――〝椿〟ィっ!」


「分かっている!」



 納刀した状態で一行の前へと躍り出た〝椿〟が、鋭く息を吐きながら七刃を放つ。

 一瞬で放つ神速の抜刀術が、赤い風の振動を散らしながら激しい音を奏でた。


 どうにか窮地を逃れたが、戦いの流れはまだ止まっていない。

 そんな〝椿〟へと流霞が大鎌を振り被って迫っていた。



「――きひひっ!」


「おっらぁッ!」



 即座に流霞へと距離を詰めた〝虎〟の拳は、しかし再び流霞の目の前数センチといったところで、何かにぶつかった訳でもないのに、さながら見えない泥の中に沈み込んだかのように動きが止まる。


 それでも、流霞の注意を引くことには成功した、と〝虎〟がにやりと笑い、直後に悪寒を感じ取り、咄嗟に腕を引いた。

 瞬間、赤い風が〝虎〟の腕があったその場所を吹き抜けていった。


 回避に成功してそのまま後方に下がった後、〝虎〟が己の手を確認するように視線を落とせば、拳一帯には白い何かが付着していた。



「運動エネルギーが、殺されてるのか……? それに、霜……?」


「どのような定義付けをしているのかは分からん。だが、おそらくはその通りだろう。まったく、攻防一体の性質とは、とんだ娘だ。いや、感心している場合ではない、か。このままでは……!」



 魔力を削るには、しっかりと攻撃を届かせる必要がある。

 無意識に身体に回している防御用の魔法結界に傷つけなければ、魔力を削って意識を奪うという手法が取れないのだ。


 それができないとなると、ひたすらに流霞の魔力が尽きるまで足止めに徹するより他ない。

 だが、流霞はスキルで虚実を織り交ぜて攻撃してくるという厄介な性質を有しているため、前衛で真正面からやり合えるのは、実質〝椿〟だけだろう。


 削るどころか完全にこちらの攻撃が完全に止められていること。

 このままでは押し切れず、持久戦となるとどう転ぶかも分からない。



「イチかバチか防御もろとも斬り裂く。此方の【権能】で――!」



 いざ〝虎〟と〝椿〟が、流霞の身体に傷つけることを厭わずに止めようとしていたその時、その間を抜けるように炎が駆けた。



「――退けえええぇぇぇッ!」



 横合いから飛び出してきた炎は、奏星自身だった。

 身体に炎を纏い、魔装を手に駆ける奏星が真っ直ぐ流霞に向かって伸びていく。

 流霞の顔が、真っ直ぐ奏星に向けられた。


 まるでこの時を待っていたかのように。

 さながら、【月】と【太陽】が互いに惹かれ合うかのように。


 先んじて動いたのは流霞だ。

 赤い風が空間を斬り裂きながら奏星に向かい、対する奏星はその風が見えていないかのように真っ直ぐ突き進む。


 ぶつかる、と。

 そう誰もが思った瞬間、奏星の炎が激しく燃え上がり、流霞の赤い風が燃え尽きた。

 驚愕に目を剥いた流霞に、奏星が笑った。



「るかちーの力、すげーしやべーけど。でもさ、るかちーがそんなに色々できるんなら、あーしの炎だって、まだまだこんなもんじゃねーだろ!」



 輝く炎が流霞の力を、周囲の全てを、一切合切をただただ焼き払う。

 奏星の選んだものだけを除外したまま、流霞の魔力を巻き込んでただただ激しく燃え上がった。

 その炎を嫌がるように流霞が身を捩るが、しかし奏星の炎がそれを許そうとはせず、まるで張り付いたかのように炎は上がり続ける。


 炎に呑み込まれるような形となった〝虎〟と〝椿〟であったが、しかし炎は二人の頬を撫でるようにするりと溶けるように消えていき、ただ流霞の周囲だけを激しく燃やし続けていた。


 ――炎が、対象を選んでいる。

 そうとしか思えずにはっとして〝虎〟が奏星を見やれば、奏星の髪がゆらゆらと揺れながら、明るいオレンジ色に染まっていくのが見えた。



「っ、おいおい。まさか……」


「……あの娘も適合を進めたようだ。が、反動する程ではないようだが」



 目の前で繰り広げられる適合。

 この状況でそんなものを目の当たりにすることになった〝虎〟と〝椿〟が、引き攣った笑みを浮かべた。


 奏星の【太陽】に対するイメージは、〝焼失〟。

 人間にとっては永劫に燃え続けているように思える太陽だが、しかし太陽にも寿命はある。何十億、何百億という気が遠くなる時間であるとは言え、燃え続け、最後には消えてなくなる。


 だから、奏星にとっての炎は、終わりに向かうもの。

 燃えて、燃え尽きて、何もかもがなくなる。

 そんなイメージを抱いていた。


 そんな奏星の前で、流霞が適合反動によって様々な攻撃を、防御を可能としている姿を見て、思ったのだ。


 ――だったら、あーしの炎だってきっともっとやれんだろ、と。


 この短いやり取りの中で、まるでお互いにお互いを高みへと押し上げ合うように、一方的に理解を進めた流霞に対して、それに追い付くかのように奏星が炎に、【太陽】に対する理解を深めてみせたのだ。


 消えない炎に苛立ったように、流霞が奏星へと大鎌を振ろうと迫る。

 奏星の炎はあくまでも魔力、そして流霞の力を対象としたものでしかないため、流霞自身にダメージを与えている訳ではない。


 だが、このまま魔力を燃やされていては、自分の魔力が尽きる。

 先んじて奏星を止めなければ、この忌々しい炎は消えないのだと理解したのだろう。


 だが、大鎌を手に走り出す――それよりも先に。

 大鎌が、奏星の後ろ、揺らめいた炎を突き破るように飛び出してきた一筋の光芒に撃ち抜かれ、流霞の手から弾かれるように後方へと飛んでいく。


 奏星の炎によって、流霞の絶対的な防御は燃やされている。

 今ならば確実に当たると、美佳里はそう判断したのだ。



「――いけ、奏星っ!」


「ナイスぅ、ミカミカぁッ!」



 隙ができた流霞の懐に奏星が飛び込み――そして、二人を中心に巨大な火柱が舞い上がった。



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