敵の敵は
「アレの飼い主共の相手は、そなたたちには荷が重いであろう。それに、〝虎〟のおかげでそなたたちの友も助かる。お互いにとって良い取引であろう?」
「それ、つまりるかちーの身と引き換えに、ってこと?」
「いやいや、そうではない」
「へ?」
剣呑な空気を纏って雪乃が訊ねてみれば、〝椿〟と名乗った女性はひらひらと手を振り、そんな空気を振り払うように笑ってみせた。
「なに、無理にとは言わぬ。先程の申し出は、ならず者共の動きを見たからのものよ。此度のそなたらが巻き込まれている騒動。裏にいるのは、此方たちにも因縁のある相手でな」
「そう、なんですか?」
「うむ。彼奴らは狡猾で、そうそう尻尾を出さぬ。であるが故に、正攻法では攻めきれぬこともままある。そのような輩を排除するならば、手を汚してでも排除するというのは時には何よりも手っ取り早く、明瞭であろう? そういった仕事は、そなたらには難しかろうと思ってのことだ」
「な……ッ」
何も脅すつもりはないのだろう。
彼女の独特で古風な物言いや声色に、剣呑なものが混じることはない。
しかし、だからこそ〝椿〟の一言は衝撃的なものであった。
飄々と、それでいて堂々と。
手を汚してでも排除すると言い切ってみせる〝椿〟の言葉。
それを聞いて、今更ながらに先程の言葉も蘇る。
先程、確かに彼女は「ならず者を数名斬ってきた」と言っていたという現実。
混乱していた雅の脳が、ここにきてようやくまともに働き出したようですらあった。
雪乃もまた同様だ。
咄嗟に雅が下がり、雪乃が手にしていた鞭を構えた。
――マズい相手かもしれない。
そんな実感に気が付くには、些か遅すぎたと言ってもいい。
けれど、そんな二人の反応を見た〝椿〟が、ふと小さく笑った。
「そう逸るでない。此方はそなたらと争う気はない。そなたらが拒むというのなら、無理に奪おうとは思っておらぬよ」
「……そう、なんですか?」
「無論だ。先の提案は、あくまでもそなたらの手に余るのであれば、という前提の話よ。そなたらに手を出した、その裏側にいる者たちと敵対しているのは此方たちも同じこと。であれば、此方たちが引き受けようという、ただの老婆心というヤツだ」
「裏側にいる者……探索者協会の上層部、ですね?」
すでに〝掃除屋〟から抜き出した情報は、雅や雪乃にも伝わっている。
探索者協会に所属する、直属の暗部。
そうした存在がいるらしいことは雅も母である瑤子からちらりと耳にしたことがあった。
表向きは、探索者協会が即応できるように編成された部隊であるが、その実、少々後ろ暗いことにも手を出しているのではという噂がある、と。
今回流霞を襲ったのは、そんな暗部所属の探索者であった。
つまり、この騒動の裏にいるのは探索者協会の上層部であることは間違いない。
「おや、知っていたか。左様。此方のいる組織も彼奴らとは因縁があるのだ。どうやってでも晴らしたい無念と、行き場を隠された憤りが。故に、此方たちとしても彼奴らの喉元に迫るだけのモノを探しているのだ」
「それが、あの刺客、ですか」
「であれば良いな、とは思っているよ。しかし、釘を刺すようだが此方は無理に預かろうとは思っておらぬ。とは言え、手ぶらで帰るというのも据わりが悪いのでな。せめて、彼奴には幾つか確認させていただきたい」
「確認?」
「うむ。どうであろうか。彼奴の身柄は諦めるが、幾つか質問だけでもさせてもらう、というのは」
「……それが、るかちーの無事とウチらの護衛の費用代わり、ってこと?」
「いや、礼を求めている訳ではないのだが……ふむ、そなたたちも施しを受けるだけでは居心地も悪かろう。そう受け取ってもらって構わぬよ」
思惑は未だに不明瞭な節はあるが、多少質問して情報を抜き出すという程度であるのなら、雅も雪乃も強く反対する理由はない。
なんとなく、この交渉がドア・イン・ザ・フェイスという交渉方法を用いられたような気がして腑に落ちないものもない訳ではないが、わざわざ流霞の無事を知らせ、護衛まで買って出てきた相手をこのまま突っ撥ねてしまうというのも不義理であると感じられた。
雅と雪乃はお互いにそんな心情を抱いているようで、顔を見合わせ、ゆっくりと頷いた。
「……うん、それぐらいなら」
「そうか。ふふ、〝虎〟のヤツからの連絡はだいたい骨折り損に終わることが多いのだが、今回はそうではなくて助かる」
――なんか苦労しているんだなぁ。
そんな感想をぼんやりと抱きつつ、雅と雪乃も愛想笑いに近い笑みを浮かべた。
喰えない相手だ。
けれど、線引きがハッキリしていて、そこさえ超えなければきっと敵対はしないのだろう。
短いやり取りではあるものの、そういった〝椿〟の特性のようなものが見えてきたような気がした。
「時に、刺客はそなたらの仲間が連れてくるのであったな?」
「あー……」
「そだよー。あとこっちでも今から増援呼ぶ予定」
「ちょ、ゆっきー」
「だいじょぶだって。この人、いちいちうちらを騙して何かしなくたって、その気になったらさっさと動いてるはずじゃん?」
渡す情報を濁らせるべきか逡巡する雅に代わって、あっさりと雪乃が告げる。
そんな雪乃を咎めるように雅が声をあげるが、雪乃はからからと笑ってみせた。
「くふふ、道理である。今更、此方はそなたらの情報を盗もうとはせぬよ」
「すみません……」
「気にするでない。ともかく、ここで待っていれば増援や仲間の帰還が果たせるというのなら、このまま外で待つだけのこと。此方は外で待機している故、何かあれば声をかけてくれ」
「え、あ、はい」
バスの中に戻り、扉を締めて改めて雅は深く息を吐き出した。
正直、無理やりにでも奪うような真似をされた場合、抵抗しようがなかっただろう。
あの〝椿〟という女性からは、父である傑と同格の凄みのようなものを感じ取れた。
おそらく、最低でもレベル5――長姉の柚芭と同じレベルを越えている。
それに加えて、すでに探索者協会の暗部が動いていたというのもまた、雅の想定を超えた対応の早さであった。
今となってみれば理解できる。
相手が探索者協会であるということは、〝魔女の饗宴〟と〝金銀花〟の関係に気付き、結果として刺客を送られた可能性が高い。
ということは当然配信をチェックされている可能性があったのだ。
しかし、莉緒菜が動いた時点で探索者協会の刺客が捕らえられた。
となれば、必然、口止めに探索者協会側が迅速に動き出すのも自明の理というものだ。
――想定が甘かった。やっぱり、この辺の経験はあーしには足りてなさすぎる。
悔しいという気持ちはもちろんあるが、すでにそれは理解していたことだ。
確かに間もなく改善する見通しがあるとは言え、出し抜かれることに対する歯痒い気持ちは消えてくれない。
しかし、今はそこに頓着している場合ではない。
気持ちを切り替えて、雅が顔をあげた。
「ゆっきー、奏星とりおなんにるかちーの無事と、協力者の存在を伝えてあげて」
「りょー」
「あーしはちょいもっかいお父さんたちに電話してくる。今後の対応について、少し相談する必要がありそう」
「おけおけ、いてらー」
――いずれにせよ、探索者協会がこんな直接的に動いてきたんじゃ、ウチらの手に余る。最悪、お父さんたちと〝椿〟さんたちを引き合わせる方が、色々と話が進みやすいかもだし、まずは報連相ってことで。
そんな風に結論付けて、雅は再び傑へと電話をかけることにした。
傑の胃に新たなダメージが入ろうとしている。
その一方、流霞の無事が確認できたという情報は、一旦雪乃から莉緒菜へと伝わることになった。
「――ちょっとみんな、止まってちょうだい。連絡が入ったわ。裏方のメンバーから、るかちーの映像が確認できたみたい」
「マ!?」
「えぇ、内容を確認させてほしいから、一旦停止して。配信も悪いけれど、もうしばらく待っていてちょうだい」
『了解!』
『無事だといいんだけど……』
『映像が確認できたってマ?』
『ボディカメラとかつけてれば確認だけならできるか』
『お馴染みのダンジョン探索ドローン状態』
コメントが流れる中、ミュートになっていることを確認してから、莉緒菜は雪乃からの連絡を共有する。
流霞は中層深部で〝虎〟という者に発見されたこと。顔見知りであったようで、自力で帰りながら特訓をする、という、なんだか気の抜けるような伝言を頼まれたということと、その仲間である〝椿〟によってこの情報を齎されたということ。
さらには、すでに探索者協会が暗部を放っており、それらを〝椿〟が処理した、という内容だ。
安堵して膝から力が抜けたように、へなへなとその場にしゃがみ込む奏星と美佳里。
そんな二人を他所に、莉緒菜は続けた。
「――問題は、そもそもこの〝虎〟と〝椿〟という存在が信頼できない状況である、というところね」
「え……?」
「るかちーが見つかったのは中層深部やろ? せやけど、ここは『指定ダンジョン』で、中層深部まで潜っとる探索者の情報なんてなんもあらへん。つまり、〝虎〟っちゅー存在は〝不法探索者〟である可能性が高いんや。諸手を上げて大歓迎、とは言えんような連中や」
「あ……、そっか……」
安堵する奏星や美佳里には悪いと思いつつも、まだ流霞の無事をこの目で確認した訳ではない以上、油断は禁物だと莉緒菜は思う。
場合によっては探索者協会の手の者によって行われている狂言である可能性もない訳ではないため、全てを信頼する訳にもいかない。
「加えて、探索者協会は今も私たちの配信をチェックしているわ。〝不法探索者〟相手に助けられたことや、るかちーの無事は配信で伝えない方がいいわね。――ゆっきー、そっちには援助は呼べそう?」
《今、雅が親父さんに電話中らしい。増援頼めそうな感じ》
「分かったわ。そういうことなら、私たちは配信上では言及せず、このまま迎えに行く動きを継続するわね。探索者協会や外にいるっていう〝不法探索者〟が下手に勘ぐらないように進みながら、増援を待つわ」
――考え過ぎかもしれないけれど、それぐらいがちょうどいいはず。
そんなことを考えながら、一行は中層へと足を踏み入れた。




