〝椿〟
中層深部へと向かって進み始めた、〝金銀花〟の奏星と美佳里、そして〝魔女の饗宴〟のメンバーたち。
そんな彼女たちと時を同じくして、探索者協会側では〝掃除屋〟が捕まったことを配信で知り、即座に暗部を送り込むべく動き出していた。
可能であれば〝掃除屋〟を保護。
しかし、もしも保護が難しいのであれば、口止めに始末しろ、と探索者協会の暗部へと指令。
しかし、〝金銀花〟はともかく〝魔女の饗宴〟を撃破して〝掃除屋〟を奪還するのは難しいだろう。彼が自ら逃げていない限りは、遠距離からの射殺による口止めが優先される、という内容であった。
これまで利用してきた、〝発生型〟のトラップというやり方を公に暴かれてしまった以上、手札としての価値は下がったと言っても良い。
すでに上層部は〝掃除屋〟を手放すことも視野に入れているようであった。
あっさりと切り捨てるような非情な判断に思うところがない訳ではなかったが、ともあれ、指令を受けて20分程という短い時間で、即応チームが真鶴ダンジョンの入口を狙撃できるポイントへと到着していた。
《――聞こえますか? バックアップチームです。すでに〝金銀花〟、〝魔女の饗宴〟は配信を再開したようですが、現在、目標は〝魔女の饗宴〟の女性メンバーの一人と共にダンジョン内にて待機している模様です》
《聞こえている。で、待機だと?》
《はい。〝金銀花〟は配信の裏方にスタッフを常駐させています。そちらからすでに増援による標的の護送を依頼した、と配信で明らかにしています》
《ってことは何か? 俺らはこんなとこでその護送班とやらの到着やらを待たなきゃいけねぇのか?》
仲間の通信が聞こえてきて、男も苦笑する。
しかし、そこから突如として返事はなくなった。
ただただ砂嵐の音だけが聞こえてきて、バックアップメンバーからの通信は完全に途絶してしまったようであった。
《――おい、聞こえるか?》
「こちらシグマ、こっちは聞こえている」
《遠距離通信は電波がよろしくないらしいな。とりあえず、客員配信を確認して状況を把握せよ》
「了解」
ポケットの中に手を突っ込みながら、ARレンズで配信を開く。
まずは〝金銀花〟。
こちらの配信ではすでに中層に向かって進んでいるところが映し出され、凄まじい炎が魔物たちを焼き払っているところが映し出されていた。
一方、〝魔女の饗宴〟の配信では、一人の忍者風のコスチュームに身を包んだ少女――菜桜が、手足を縛って眠らされている〝掃除屋〟を監視するように佇み、じっと動かずに立っているのが見えた。
見張りは一人だが、肝心の〝掃除屋〟の反応が芳しくない。
気を失っているのか、それとも、すでに亡き者になっているのかは分からないが、身動ぎ一つしないようであった。
「――確認した。増援のフリでもして中に入って受け取っちまえばいいんじゃないか?」
《やめておけ。増援ってのをどこに依頼したのかも分からん。少なくとも、探索者協会にはそんな通報が来ていないはずだ。そこにのこのこ出て行ったって警戒されるだけだ。それに、配信に映っちまうのもよろしくない》
「ま、それもそうか」
《もうちょいネットリテラシー的な部分が甘けりゃ情報も拾えたんだがな。しっかりしてやがる》
シークバーを動かして確認したところ、実際に雅は配信では「バックアップメンバーが増援を寄越し、犯人を護送する」としか明言していない。
この部分を部隊のリーダーもしっかりと確認したようであった。
――いずれにせよ、まだ動きはなさそうだな。
シグマと名乗った男はふっと息を吐き出して、身体の力を抜いた。
ダンジョンの上層13階層から外まで出てくるには、当然時間はかかるだろう。
この場所にいれば、もしも〝掃除屋〟が連れ出されていようが一撃で仕留められるし、〝掃除屋〟が一人で逃げてきたのであれば、迎えに行き、即座にこの場から撤収することも可能だ。
前者の可能性は高く、後者は低い。
口止めしたところで、情報はすでに握られている可能性が高い。
かと言って、ここで〝金銀花〟や〝魔女の饗宴〟に手を出せば、その時点で裏で糸を引いていたことを認めるようなものだ。
おそらく、探索者協会は〝掃除屋〟を消し去り、〝金銀花〟や〝魔女の饗宴〟が告発した事実を知らぬ存ぜぬで揉み消す心算なのだろう、と当たりをつけて息を吐いた。
そんな時、突如として通信機器からジジジ、とノイズが走っているかのような音が聞こえて、シグマは嘆息した。
「――変な音が聞こえたぞ。点呼確認。シグマ、異常なし」
短く発信してみるが、返ってくるのは砂嵐のような音ばかり。
ついに機材が壊れたかと嘆息したシグマが耳からイヤホンマイクを外そうとして――ようやく、自分の首に刀が突き付けられていることに気が付いた。
「――〝虎〟に呼ばれて来てみれば、なるほど。そのやり口。貴様ら、探索者協会の走狗共か」
「な……――ッ!?」
「答えを待つまでもない。貴様らが狙っているということは、〝虎〟からの話を受けて百も承知。そも、貴様らは見つけ次第処すると決めている」
視線の先に立っていたのは、一人の若い女性だった。
月光に照らされた袴姿の女。
左目には眼帯をつけており、右目は冷たく冷徹な光を宿していた。
女はシグマと名乗った男が首をあげて女の顔を見たその瞬間、喉先を斬り裂き、一瞬で命を刈り取った。
「案ずるな。貴様の仲間たちもすぐに同じ場所へ逝く」
刹那、女は掻き消えるようにその場から即座に移動を開始した。
外でそのような騒動が起こっていることなど露知らず、ダンジョン入口前のバス内では雅が両親と連絡をしながら、雪乃が未だに流霞の装備につけられたボディカメラの映像をどうにか解析できないかと試行錯誤しつつ、無言で時間を過ごしていた。
その時、突如として外から聞こえてきた扉のノック音に、雅が車外確認用のカメラを確認する。
「――失礼する」
「……袴?」
「そなたらは『かぷろほろお』とやらのお仲間とお見受けした。折り入って、少々報告したい話がある故、お時間をいただきたく」
くぐもった声がドアの外から聞こえてきて、雅と雪乃は顔を見合わせた。
――え、『かぷろほろお』……?
――〝金銀花〟じゃん?
――敵、だったり?
――いや、こんな目立つ格好の敵、いる?
――……ないかぁ。
――だろうねぇ……。
お互いに視線だけで会話し合い、結果として敵対しているような気配もないため、雅と雪乃が警戒しながら扉を開けて顔を出した。
二人の目に入ったのは、髪の毛を頭頂部に近い高い位置で後ろに縛り、眼帯をつけて袴に身を包んだ二十歳前後の若い女性であった。
左腰には二本の刀が下げられ、右腰にも短刀のようなものが下げられているらしい女性は、雅と雪乃を見るなり、肩幅ほどまで足を広げると、身体を真っ直ぐ向けて、小さく頭を下げてみせた。
「――えぇと、〝金銀花〟のこと、ですよね?」
「む、正確には『かぷりふぉろぉ』、であったか。それは失礼した。此方は外来語が苦手であるが故、ご寛恕願いたい」
「ごかんじょ?」
「えっと、許してってこと? まあ気にしてないけどー」
「ありがたい」
独特な言い回しをする袴の女性とギャル語を喋る雅と雪乃。
どう頑張っても交わりそうにない両者の会話は、半ば手探りな空気をもって始まった。
「それで、その、〝金銀花〟について報告っていうのは……?」
「うむ。此方の身内である〝虎〟より連絡があってな。どうやら、『かぷりふぉろぉ』のルカ殿と中層深部にて偶然出会ったそうだ」
「――へ?」
流霞が無事であったと聞かされて、一瞬、何の話をしているのかと唖然とする雅と雪乃。
しかしそんな二人の反応を意にも介さず、女は淡々と続けた。
「して、ルカ殿たっての願いにより、中層深部よりルカ殿を鍛えながら戻ることになったそうだ。〝虎〟が付き添っているが故、万が一があろうはずもなかろうが、取り急ぎ、無事を伝えてほしいと頼まれて此方がここに参った」
「……は?」
「聞けば、そなたらは今、探索者協会の屑共に狙われる可能性が高いとか。故に、そなたらが信頼のおける味方が戻るまで、此方がしばしそなたらの護衛につくことになった。此方のことは〝椿〟とお呼びくだされ」
「……どーゆーこと……?」
「む? 此方は〝虎〟の伝言通りに伝えている。故に、心配無用。すでにならず者を数名斬ってきたところだ」
「……え、っと……あの、はい。よろしくお願いします……?」
「うむ。それと、できればそなたらが捕まえた者について、もしも可能であれば此方に引き渡していただきたい」
唐突に告げられた言葉に雅と雪乃が固まる中、〝椿〟は続けた。
「アレの飼い主共の相手は、そなたたちには荷が重いであろう。それに、〝虎〟のおかげでそなたたちの友も助かる。お互いにとって良い取引であろう?」




