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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第3章 Blood Moon

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流霞の孤独な戦い Ⅲ




 高さにして数十メートルはあるだろう崖から投げ出された流霞。

 そのまま戻ろうにも、ブリッツウルフの見えない風の刃を飛ばして追撃を狙ってくる。

 幸いそれらは直撃を免れたが崖上には戻れそうになく、しかしこのまま落ちてしまえばいくらレベル3であっても助からない。


 それでも落ちるしかない。

 ブリッツウルフが戻って来いと、逃げるなと言わんばかりに唸り声をあげながら流霞を睨みつける中で、流霞は決意した。


 ――無理に身体を持ち上げようとすると、魔力の消費が激し過ぎる。だったら……。


 さすがに落下している流霞をわざわざ追いかけるつもりはないようではあるが、それでも逃がしたくはないのかブリッツウルフが崖上から見下ろしている。

 崖には突起が幾つもあるため、あれだけの身体能力を有しているブリッツウルフなら降りて来ることも可能だろう。

 重力を操って崖に張り付くように移動していけば、おそらくは追撃がくる。

 それぐらい、あの魔物たちは凶悪な存在であることを流霞は察していた。


 空中で身を捩るように動かして周囲を見渡した。


 広がる森。

 ダンジョンの中とは思えない程に広大なそれらと、広がった夜空。

 幻想的な光景に見惚れていたいところだが、そんな余裕もない。


 落下する中、見下ろした先にある森の中を貫いて流れる川を見つけ、流霞は〝独自魔法〟を使って自身の重力を川の方角へと調整、空を滑空するように進んだ。


 イメージは、ムササビを思わせるようなウイングスーツを身に纏って崖からジャンプし、空気抵抗によって落下速度を軽減させながら、揚力を得て滑空する動画。

 当然ながら、スカイダイビングをしたこともない上に、流霞の〝独自魔法〟による重力操作を用いた飛行なんてものも試したことはないが、真っ直ぐ落下していく自分を持ち上げることに比べれば、斜めに滑空するように操作する方が消耗も少なくて済む。


 問題は着地だ。

 重力の向きをゆっくりと進行方向に向け、いざ着地するタイミングで重力の向きを一気に変えたとしても慣性が消え失せる訳ではない。

 そんな調整をしたこともない以上、一発で成功するとは思えない。


 だから、流霞が着地地点に選んだのは川だった。

 飛行機が着陸するように、水上を滑るように着地する。

 失敗したとしても、レベル3になった自分の身体ならば地面に身体を強打するよりも耐えられる可能性が高い。


 重力の向きを微調整しながら川に近づいていき、ゆっくりと重力の向きを斜め上に引き上げて速度を落としていく。

 字面にすれば簡単に思える作業ではあるが、しかし命が懸かり、一か八かの極限状態であり、かつ、大地が迫っているという状況に余裕などあるはずもなかった。


 ――このままなら……でも、魔力が……!


 自分の魔力がすでに限界に近づいていることに気が付いて、けれど、魔力回復用の魔法回復薬を飲む余裕などない。


 川まであと数メートルほど。

 速度は体感にして時速数十キロ程度。

 完璧な着地を目指す余裕はないと悟って、流霞は諦めるように魔法の持続を切り、空中に投げ出される。


 そうして川が近づいてきた瞬間、再び自分に魔法をかけ、重力を斜め上へと向けて最後の減速を試みると、そのまま川に着水し、水上を滑るように進んで、バランスを崩した。

 水切りをしている石のように投げ出された身体は水面を何度か跳ねて、やがて流霞の身体が川の中へと沈んだ。


 身体が軋むようだった。

 あれだけ減速して、どうにか速度を落としてもなお、身体のあちこちを打ち付けたせいで酷い痛みに見舞われた。


 それでも、意識を失わずに済んだ。

 水の中には幸い魔物の存在はなく、透き通っていて上下を確認するのが難しい程ではない。

 ゆっくりと身体を水上に引き上げるように水をかいて、流霞の身体が浮上する。



「――ふは……っ! はあ、はあ……っ」



 水面へと顔を出して呼吸を再開。

 穏やかな水の流れのおかげで、岸辺へと泳いでいくのは難しくなさそうだが、嫌に遠く感じる。

 魔力がすでに空っぽになりかけて、少しでも気を緩ませれば、そのまま意識を失いそうだった。


 気持ち悪さを感じながら、それでもどうにか意識を縫い留め、ゆっくりと泳いでいく。


 レベル3の肉体は、相当強いらしい。

 軋むような痛みはあるものの、骨が砕けていたり折れていたりせずに済んだのは、運が良かった。


 そうしてようやく、川岸に近づいて、足をつけて歩けるようになったところで、流霞は腰につけていたポシェットから魔力回復用の魔法回復薬を取り出して飲み干し、ごろごろと転がっている石の上に腰を下ろした。



「……いき、てる……。まだ、生きてる……」



 座り込んだ流霞の声も、眼前に出した手も酷く震えていた。


 常人であれば確実に命を落としていたであろう場面。

 極限状態の中で、選択肢を一つでも誤っていたら、ブリッツウルフに喰われるか、地面に叩きつけられていたかもしれない。


 ――それでも、生き延びた。


 三角座りをして、自分の身体を掻き抱くようにしながら膝に額を押し当てながら、流霞は必死に身体の震えに耐えていた。


 ――……生きている。けれど、これから、どうすればいい……? 出口も分からない。広すぎるダンジョンに、強すぎる魔物……。


 状況は変わらず、絶望的だ。

 それでも「じゃあ諦めよう」とはならないのが、流霞の強さでもあった。


 震えながら、生き延びれたことに、その幸運を噛み締めながら、それでも流霞は、生き延びるための道筋を探すように思考を巡らせていた。


 ――食べ物は、中層なら木の実とかもある。どうにか、飢えなくて済む、かな……。魚らしい影もちらりと見えた。味は分からない。毒は……いざという時は、食べてみるしかないかな……。水は綺麗だから、煮沸すれば飲めるはず……。ってなると、強さが、問題……。


 気が付けば、流霞は膝に埋めていた顔をあげていた。

 身体の震えは未だに続いているものの、それでもそれらを押し殺すようにぐっと奥歯を噛み締めながら、じっと鋭い目で川を鋭く睨みつけるように、《《灰色の瞳》》を向けていた。


 ――死なないためには、強くならなきゃ……。強くなって、生き延びていれば、きっと、みんなが助けに来てくれるはず……。大丈夫、一人でも、生きられる……。


 自分に言い聞かせながら、流霞がふらりと立ち上がる。


 傷を回復させる魔法回復薬はあと4つ、魔力回復用の魔法回復薬は、2つ。

 軋む身体ではいざという時にどうしようもない。物資にも限りはある。


 ――音で魔物が寄ってくるかもしれない。一旦離れて、少し休んで。強くなるために、狩りを。


 決意は固まった。

 ブリッツウルフという厄介過ぎる魔物がいる以上、潜んで抜けるのは困難を極める。

 であるのなら、踏み潰せるように強くなるしか、ない。


 そう考えていた、その時だった。

 ガサガサと音が聞こえてきて、流霞は魔装を手の中に具現化させ、そちらを振り返った。


 ――さっきの狼じゃない。もっと小さい、けれど、レッドスケルトンより、大きい……?


 茂みの向こう側から見えてきたシルエットを見て、眉間に皺を寄せながら腰を落とす流霞。

 そんな流霞の視線の先に現れたのは。



「――……おいおい、なんでここにアンタがいるんだ?」


「え……。あ、この間の……。ど、ども……」



 茂みの向こうから現れたのは、一人の男だった。

 胸元から首、頬にかけても入れ墨が入っていて、頭が金髪でツンツンしているその男は、以前、流霞が奏星たちと共に水着を買いに出かけた際にぶつかりそうになった男である。


 一見すれば、関わったらヤベーヤツ。

 そんな印象を与えるような見た目をしている背の高い男は、しかし流霞を見て本当に驚いているようで、切れ長の目、三白眼の目を丸くしていた。



「いや、どもって、この状況でそれか? なんか違くねぇか……?」


「へへ……、そ、そう、ですかね……?」



 人見知りモードを発揮している流霞の、愛想笑いを通り越した奇妙な反応。

 しかし男はそんなことは気にする様子もなく、流霞の傷だらけ、水浸しの身体を見て、怪訝な表情を浮かべてから口を開いた。



「――よお、腹減ってるか?」


「へ?」


「ちょいと飯にして休もうと思ってな。良かったら一緒にどうだ?」



 これが、流霞と〝虎〟の奇妙な友人関係の始まりであった。


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