【配信】急転直下 裏 〝掃除屋〟
――――時は僅かに遡る。
流霞たち〝金銀花〟と〝魔女の饗宴〟の一行が神奈川県の南西、真鶴にある旅館に宿泊しており、かつ〝魔女の饗宴〟が『指定ダンジョン』の間引き討伐依頼を受けたことを確認した探索者協会は、即座に動いた。
――『〝金銀花〟を事故に見せかけて消せ』、と。
そんな指示を、とある男へと出したのだ。
男の名は、すでに戸籍上からも消滅している。
というのも、男は元々探索者として多くの同業者をダンジョン内で手にかけており、探索者協会直属の部隊によって捕縛。以来、子飼いとなる代わりに仮初の自由を謳歌している、犯罪者でもあったためだ。
そんな彼に残されているのは、〝掃除屋〟という呼称のみだった。
依頼を受けた男、〝掃除屋〟は、その日の夜の内に真鶴ダンジョンへと到着していた。
――まだ高校生、探索者になりたてのガキを殺せ、か。ったく、腐った野郎共だぜ。
深夜遅く、周辺に人の気配がないことを悟った〝掃除屋〟は、真鶴ダンジョンの出入り口の周囲を囲むバリケードをあっさりと飛び越えて着地し、周囲を改めて見回して誰もいないことを確認すると、くつくつと自嘲気味に笑った。
――ま、《《依頼》》で手を出す俺と、正当化するあの野郎共。どっちもどっち、目くそ鼻くそ。同じ穴の狢共なんだろうけどよ。
すでに標的である〝金銀花〟の情報は共有されている。
高校生、今年で16という若さでありながらも強く美しい少女たち。
大人と子供の境界にあるような早熟な見た目を抜きにしても、いずれはイイ女になりそうだ、と思う。
惜しむらくは、その見た目を武器に男に寄生したり、あるいは子供らしく自分たちの功績に酔って調子に乗ったりもしていなければ、履き違えた正義に酔い痴れているでもないという、人間として《《しっかりしている》》類である、という点だ。
もっと壊した時に化けの皮が剥がれるような、そんな相手であればあるほど、《《依頼》》は楽しいものになる。
泣き叫び、喚き散らし、恥も外聞もなく、自分は悪くないと心底思い込んでいるような愚物であればある程に、その壊れぶりは愉快なものになるのに、と経験則から判断しているのである。
その点、そうではない者を相手にするのは、あまり面白くはない。
達成感はあるが、それだけだ。
自分が捨て去り、忘れたはずのものが、なくなったはずの感情が僅かに疼くような気がして、そんな依頼の日には深酒に頼るハメになる。
――今回の酒は、ずいぶんと不味くなりそうだ。
そんなことを考えながら、〝掃除屋〟はスマホを取り出して『潜入を開始する』と短く何者かにメッセージを送ると、真鶴ダンジョンの奥へと入って行った。
最上層を抜けて、そのまま上層へ。
そうして進みながらも、〝掃除屋〟は《《魔物を殺さない》》。
姿を隠す隠密用のアーティファクトに身を包んだまま、ただただ静かに魔物の横を抜けて進んでいく。
今回の依頼は『指定ダンジョン』での仕事だ。
わざわざ魔物を間引いてしまい、何者かが内部に侵入している痕跡を残すような真似をするはずもない。
だと言うのに。
――チィッ、〝不法探索者〟か……? よりにもよってこんなタイミングで。
本来ならば『指定ダンジョン』の魔物は通常よりも数が多い。
間引きが行われず、魔物が徐々に増加し、そして『魔物氾濫』を引き起こすのだ。
それを避けるための間引き依頼なのだから、魔物が多くて当然である。
しかし、真鶴ダンジョン内の魔物は明らかに少なかった。
自分が入るよりも前に何者かがダンジョン内に入り込み、魔物を処分しているのは明白だった。
――何者かが入り込んでやがるのは間違いねぇが……仕事は仕事だ。いちいち避けて通る手間が減ったと割り切るか。
そんなことを考えて、〝掃除屋〟はダンジョン内上層の12階層まで進んだ。
ダンジョンの上層13階層からは、ダンジョンレイスが出る。
あの魔物たちは姿が見えず、音や匂いがなくとも人間を見つけ出すという厄介な性質を持った魔物だ。
一節では、ダンジョンレイスは人の魂を見極め、それを襲おうとしているのではないか、というような説も出ていた。
故に、〝掃除屋〟が待ち伏せをするのは12階層。
ダンジョンレイスが出始める13階層までは進まない。
魔物たちが徘徊するダンジョン内でひっそりと息を殺し、最低限の食料品と水で飢えと渇きを耐え、そうして標的が来るのをじっと待ち続ける。
そうして、〝金銀花〟と〝魔女の饗宴〟が現れた。
その後は、彼女たちの後ろをついて進み、タイミングを見計らうことにした。
――おいおい。コイツらの実力、本当にレベル2か……?
背後を進みながらも〝掃除屋〟はそんなことを思う。
最近、世間を賑わせている〝独自魔法〟というのは〝掃除屋〟も耳にしていた。使いこなせるようになれば、かなりの力を手に入れられるだろう、というような話も聞いている。
それにしても、だ。
ダンジョンの上層10階層からは、レベル2ではかなり苦しい戦いを強いられる。
そんな常識が、〝金銀花〟の3人には全く通用していないのだ。
保護者役の〝魔女の饗宴〟の者たちもレベル4パーティとして名が知られているが、そんな彼女たちと共に和気藹々と上層の奥を進んでみせている。
おそらくその実力は、〝掃除屋〟が知る従来のレベル3パーティの、しかも上澄みとも言われているような実力者たちに匹敵するだろう。
――将来に期待されてもおかしくはないような実力者だってのに、よりにもよってあんな連中に目をつけられるとはな。
楽しげに、トラップについての知識を学びながら進む〝金銀花〟を見て、〝掃除屋〟は改めて思う。
探索者協会の上層部、そしてその連中と懇意にしている連中を敵に回す結果となってしまったが故に、自分のような存在に依頼が回ってきたのだから、不憫だな、と。
しかし、だからと言って〝掃除屋〟は手を抜くつもりはなかった。
実力的には後方にいる美佳里を狙うのが簡単そうではあったのだが、あまりピンポイントで狙っても違和感を覚えられる危険性もある。
――下手に怪しまれるのも面倒だ。となると、俺のトラップに引っかかってもらうのは、先頭を歩くあの白銀色の娘か。確か、八咫島流霞、だったか。
〝掃除屋〟が標的に定めたのは、流霞だった。
――〝ダンジョン内転移/中層深部〟を使うか。いくらレベル3の上澄みに匹敵するっつっても、あの辺りはレベル5でもソロじゃ命を落とすような場所だ。まずは生き残れないだろう。
〝掃除屋〟が持つダンジョン因子は、【罠設置】。
そんな彼がレベル3になった時に得た第3スキル、【予測不能な選択肢】。
一日毎にこのスキルによってランダムなトラップが生み出され、最大で3種類までストックが可能となり、入れ替えるかストックを継続できるという代物だ。
致死性の高いトラップが出る確率が高いのだが、時折、こういった場所指定型の転移トラップになる日もある。
故に、〝掃除屋〟は依頼を受ける際のために常にこの転移トラップの中層深部行きのものをストックしていた。
何故なら、それが最も確実に相手を死地に追いやれる方法であり、起死回生の機会を奪う方法であるという実績があるからだ。
その一つを今回、流霞に対して用いることを決めた。
バレないように距離を詰め、タイミングを見計らう。
足元に出すのは、魔物との戦いが終わって気が抜けるタイミングが最も好ましい。
その一瞬、ほっと息を吐いて緊張の糸が緩んだその瞬間を狙って、流霞の動きを観察しながら狙いを定める。
「――この辺りに罠は?」
「なさげだねー」
「菜桜、あなたも異論はないわね?」
「ん、私も見たけど見当たらない」
「結構よ。なら、向こうの魔物引っ掛けて罠にぶつかる前に処理しましょう」
莉緒菜の提案に皆が頷く中、〝掃除屋〟はゆっくりと、気付かれないように深呼吸した。
戦闘が始まり、ダンジョンレイスが迫ってくる。
それを流霞と奏星が相手にして時間を稼ぎ、美佳里が魔法銃を構えた。
危うげない、完璧な連携と対応は、ちくりと〝掃除屋〟の嫉妬心を刺激する。
だが、だからと言って狙いは外さない、焦らない、動じない。
奏星の炎に動きを止めたダンジョンレイスの眉間を、美佳里の魔法銃が撃ち抜いた――その瞬間、動いていた流霞が速度を緩めた一歩目、その足が降ろされるタイミングで、トラップを設置した。
設置と足が置かれたタイミングは、ほんの僅かの差しかなかった。
「――ッ、るかち!?」
「え……?」
瞬間、流霞の姿が掻き消えて、全員が立ち竦む。
突然仲間の姿が消えてしまったことに唖然としている姿は、〝掃除屋〟にとっては見慣れたものであった。
――さて、残りの二人は……。
そんなことを考えながら〝掃除屋〟が動こうとした、その時だった。
突如として〝金銀花〟の奏星と美佳里を、瑛里華と菜桜が飛びついて倒れ込んだかと思えば、聖奈がしゃがみ込む。
同時に、地面から生えた巨大な赤黒い悪魔の腕が、周囲を薙ぎ払うように振り回され、姿を消していた〝掃除屋〟の身体を捉えた。
「……ぐ……、くそ、一体、何――がっ!?」
「――見つけたわ。おまえが、るかちーを飛ばした犯人ね?」
悪魔の腕が〝掃除屋〟の身体を握り潰すように捉えて、莉緒菜が冷たい声で訊ねた。
そう、〝掃除屋〟には予測できていなかったのだ。
彼女たちの背後にはブレイン役を担う雅がいて、そんな雅がすでに〝発生型〟トラップの真実に気付きかけていたことを。
そして、そんな雅からの指示を即座に確認して、唖然とする〝金銀花〟を他所に、レベル4パーティの〝魔女の饗宴〟が即座に動き出すなどということなど。
「吐きなさい。るかちーを、どこに飛ばした?」
悪魔の腕を操る莉緒菜の目が、赤く輝いて〝掃除屋〟の双眸を射抜いていた。




