【配信】急転直下
ダンジョントラップの仕組みは、割と簡単に解除できるものが多い。
少なくとも現代の錠前や、日本の昔のからくり錠などのような複雑さはなく、トラップの種類を見極め、内部にある細い糸を切ってしまえば簡単に解除できる。
美佳里を筆頭に、奏星と流霞もトラップの解除方法を学びながら魔物を狩り続けること数時間。
一行はダンジョン上層13階層にて、休憩のために通路の一角を陣取って腰を下ろしていた。
「――〝優良探索者〟になるのに500ポイント。ダンジョン上層一階層からの魔物が0.1ポイントで、少しずつ一匹あたりのポイントが増えていく。で、上層9階層のオークでようやく一匹で1ポイント、だっけ?」
「せや。計算はしてくれとるんやろ?」
《――現在はまだ42ポイントー。端数は切り捨ててるー》
「うげぇ、半日ぐらいいるのに……」
「しょうがないわ。トラップの方を優先していたから、これから一気に上がっていくわよ」
『それはそう』
『ダンジョンレイスは2ポイントだしな』
『普通はもっと数日かけてやるんだけどなw』
『裏方ちゃん有能w』
『なおちゃんも満足したし』
『なおちゃんは今日から推しますw』
休憩中、話題は〝優良探索者〟になるためのポイントに関するものとなっていた。
戦いばかりではなくトラップの解除などもあり、探索としてはあまり面白い映像とは言い難い。
そこで、上手く間違い探しよろしくドローンの映像からクイズのように視聴者を参加させて場を繋いでみせた瑛里華と聖奈のおかげもあって、視聴者たちも探索している気分で視聴しているため、それなりに楽しめているようではあった。
長丁場であり、しかもあまり深い階層ではない配信が《《ダレる》》のは明白だ。
何かの事件があればSNSなどを介して視聴者が増えるように、何もなければ視聴者は減る。特に、強く推しているファンなどでもない限り、事件が起きずにゆったりと探索している姿を観るのであれば、相応に見応えのあるものに移るのが視聴者だ。
その辺りを経験則として理解しており、『常に配信は視聴者を飽きさせないエンターテイメントであるべき』という考えから劇場型配信を続けている〝魔女の饗宴〟は、そういった配信に対する理解が〝金銀花〟よりも圧倒的に深いのである。
配信者として言えば、〝金銀花〟はまだ未熟だ。
もちろん、短いスパンで成功している稀有な例であるとは言えるが、それは探索者としての成功でしかなく、配信者としては脇が甘い。
こういうところでも〝魔女の饗宴〟は〝金銀花〟の不足を補っていると言えた。
「そろそろ休憩も終わり。ここからは狩りをメインにしていくわ。けれど、油断は大敵よ。しっかりトラップに注意を向けておくようにね」
「りょー」
「はい」
「あいあいー」
『待ってました!』
『きひ子ちゃんタイム始まるかな?』
『最近あんまりきひってくれないからなぁ』
『ちょっと期待』
『金銀花はこっからよ!』
視聴者としても配信者としてのスキルより、探索者としての腕や戦いを期待している声は多いようで、ようやく本番が始まるとばかりに盛り上がっていた。
そんな様子をダンジョンの外、今回の遠征用のバスの中で見つめていた雅と雪乃は、トラップに関する情報を集めながら成り行きを見守っていた。
「――雅、見っかった?」
「……なさげ。類似キーワードから探してみても、〝発生型〟トラップの情報を明確に語っている情報は見つかんないわ」
「それなー? あーしも色々当たってんけど、〝発生型〟っぽいのあるにはあるけど、まともな情報ないわー」
雅と雪乃が調べていたのは、まさに〝発生型〟トラップに関する情報についてだ。
配信の炎上対策をしていた二人であったが、予想以上に警告文は効力を発揮しているらしく、かなり手が空いている。
そこで、〝発生型〟トラップについて、何か少しでも情報が分かれば、もしかしたらトラップの対策になるのではないかと考えて調査を始めていたのである。
確かに、存在自体は探索者協会も認めている。
しかし〝発生型〟トラップについての詳細な情報、前兆に関する情報は見つからず、ただただ突然現れるという点だけしか公表されていない。
多少なりとも情報の推測などがあればまだしも、これでは〝何も分からないことが分かった〟というような状態に過ぎない。
公表されている発生頻度の情報についてもそうだ。
まったく規則性というものが見当たらないのである。
しかし、しょうがないと言えばしょうがないのだろう、とも雅は思う。
ダンジョンという環境では、リアルタイムの状況を映す配信で存在が認められたもの以外には、未帰還探索者の原因特定は難しい。
明らかに〝発生型〟の仕業と判るものは、配信で偶然映ったものぐらいであるというのが実状なのだろうと雅も理解していた。
ダンジョンが現れて半世紀が過ぎた。
だというのに、まだまだ謎に包まれている部分が多いのは確かだ。
実際、〝発生型〟トラップという存在についても、表立って存在が確認されて騒がれ始めたのは、かの有名な神奈川崩壊事件の後から――つまり、この10年程になってからだ。
理由はいくつか存在している。
そもそもSNSでダンジョンが騒がれたり、配信されるようになり、探索者以外の一般人にとってもダンジョンという存在が身近なものであるという認識が広まったのが、ほぼそれぐらいの時期からだ。
ダンジョン発生から、探索者以外の者、あるいはダンジョン素材などに手を出していない企業らにとって、ダンジョンというものはどこか違う世界のものであるかのように受け止められていた。
人の領域が魔物に呑まれるようなことがあったとしても、それは変わらなかった。
対岸の火事、というような言葉があるように、まさに自分たちには関係ないとばかりに静観する者が多かった。
だから、オープンに情報が集まりにくい。
これはこの日本という国だけではなく、どこの国でも一部のネットワークのみで情報が共有されており、オープンにされなかったという経緯があるせいで、海外でも類似の事例があったのか、隠されているのかもヒットしないのではなんとも言えなかった。
「――あーっ、もうっ、なんなんだよー。魔法みたいにいきなり出てくるとか言われてもさー。もっとこう、具体的に情報出せよなー」
「それなー? つかさー、魔法みたいに突然、って記述しかまともな情報ねーし」
「ホントそれ。いきなり足元が光って現れたとかさー、全然ヒントになってないっつーの」
「わかる」
座椅子の背もたれに上体を預けて、雅が嘆くように天井を見上げながら両手で顔を覆って変な声を出す。
そんな雅の行き詰まっているような姿に苦笑しながら、雪乃は気分転換も兼ねて立ち上がると、ぐーっと身体を伸ばした。
「魔法みたいなトラップって言われても全然ピンとこなくねー? いきなり光って現れるとかさー、なんか〝独自魔法〟だって言われたらそれっぽいしー。つか、〝発生型〟って全部ピンポイントで足元っぽくね? もうダンジョン、ぜってー狙ってんじゃん」
「……ぇ?」
「んぁ? どしたん雅? てかいきなり目かっ開いて固まんなしー。ホラーかよー」
「……魔法みたいに現れる、トラップ……。狙ったように、足元に突然。狙ったように……?」
はっと気が付いたように雅が身体を起こして、即座にキーボードを叩きつける。
雅が調べたのは、数少ない〝発生型〟トラップの出現記録――ではない。
彼女が検索をかけたのは、〝発生型トラップによって命を落とした冒険者〟の情報と、その致死率についてだ。
即座に自分でカスタマイズしているスタンドアローン型のAIへと情報を次々に送り込み、指定した情報の洗い出しをプロンプトに打ち込んだ。
「……? おーい、雅ー?」
雪乃の声に答える余裕は、今の雅にはなかった。
今回の探索でやってきた『指定ダンジョン』における異変、魔物の数が少ないという状況。
そこから導き出された、〝不法探索者〟という存在の可能性。
――けれど、もしもそれらの前提が違っていたのなら。
逸る気持ちを表すように、AIが答えを導き出すために計算しているらしい、回転するアイコンを見つめる。
喉がからからと乾いていくような気がして、文字通りに固唾を呑んで――そして、AIが導き出した表示を見て、雅は目を見開いた。
その横からモニターを覗き込んだ雪乃が、表示された不吉な文言を読み上げた。
「……なんこれ? 〝発生型トラップによる致死率〟は、100パーセント……? え、しかも『指定ダンジョン』での発生率が83%……?」
AIが洗い出した情報は、インターネット上に放逐されていた情報の統計だった。
致死率は100パーセント。
その〝発生型〟トラップは『指定ダンジョン』で発生する確率が異様に高い。
しかも、その被害に遭った探索者たちはトラブルを抱えていたと発覚しているのが、70パーセントオーバー。もちろん、表に出ていない情報は数に含まれていない上での数字でしかないが。
つまり、これは――――。
「…………さなきゃ……」
「え?」
震える唇から紡がれた雅の声は、酷く弱々しく、雪乃には聞き取れなかった。
しかし次の瞬間、雅はスマホを急いで手に取り、叫んだ。
「ゆっきー! 〝魔女の饗宴〟に電話! すぐ引き返すように伝えて!」
「え、ちょ、雅、どゆこと?」
「〝発生型〟トラップなんて、存在しない可能性がある!」
「……は?」
「――トラップに見せかけて、確実に標的を殺すための〝独自魔法〟かスキルの可能性が高い! だとしたら、下手したらみんなが狙われて――!」
――――〝発生型トラップというダンジョンの事故に見せかけた、何者かの悪意〟である可能性が、あまりにも高すぎるということだ。
《――ッ、るかち!?》
唐突にスピーカーから聞こえてきた、美佳里の声。
慌てて画面を見た二人が見たのは、流霞の足元が突然光り輝き、そして、流霞の姿が掻き消える瞬間であった。




