誰が為の〝禊〟か
結論から言えば、菜桜が上層10階層まで進んでみたものの、真鶴ダンジョン内に怪しい人物や〝不法探索者〟は発見されることはなかった。
しかし魔物の数は通常のダンジョン程度にまで減らされているのは間違いないだろう、というのが菜桜や莉緒菜、瑛里華らの見解でもあった。
戻ってきた菜桜の動画を見て確認したが、この見解には雅と〝金銀花〟のメンバーも異論はない。
魔物たちは確かに存在しているが、それが多いということもなく、しかし同様に見当たらないということもないため、おそらくは倒されたのは近日中――ここ2、3日以内だろう、ということに落ち着いた。
すでに〝不法探索者〟の姿もなく、魔物たちも通常通りに復活しているのであれば、警戒し過ぎていてもしょうがない。
当初の予定通り、〝金銀花〟と〝魔女の饗宴〟による魔物狩りは配信することとなり、同時に〝優良探索者〟を目指すこととなった。
《――やー、おひさおひさー》
『はじまた!』
『きちゃ!』
『相変わらず過ぎて草』
『元気そうで安心した!』
『相変わらず超マイペースw』
奏星の挨拶と共に流れ出したコメントの数々。
それらを雅が確認しながら、ドローンを操作していく。
AIで批判コメントなどはある程度フィルターされていて、隔離される。
いわゆる魚拓を残すために、雅が操作している配信画面では次々にAIが警告文を当事者に投げており、それでも誹謗中傷類が止まらないのであれば開示請求に一直線、という形になるだろう。
「どんな感じ?」
「今のとこは平和な感じかな」
雪乃に問われ、雅が返す。
実際、想定されていたよりもそういったコメントは現れていなかった。
というのも、配信を観る年齢層と、メディアを使って世論をコントロールされている年齢層がズレているというのが大きな要因だろう。
メディアを通して〝金銀花〟を知った者たちも、当時の人為的『魔物氾濫』時の映像を観て、わざわざコメントで「これこの子たち悪くないじゃん」というようなものが書き込まれていたりもする辺り、ちゃんと情報のソースを調べる人たちの方が多いのだ。
ただ、そういったソースの確認すらもしないで、テレビで言っていたから、メディアがそう報じていたから、というだけで信じている層が一定数いるだけで。
それでも、他人の無責任な言葉は人の心を容赦なく抉る。
「うわ、煽りじゃん」
「本配信には届かないし、そのままこっちの警告側に弾かれてっけど」
「うける。だんまりじゃん」
飛んできたチャットは、『ヒーローごっこ今日もやんの?w』という、冗談にしても面白くもない、ただの煽りコメントである。
しかし、今回のコメントの監視モードは強化されており、表示も遅延されているため、本配信には流れることもない。
このちょっとしたイタズラのつもりでコメントを送った人物の配信映像の上部には、警告文が赤枠で表示され、焦って配信を閉じたようであった。
実際、これだけでは誹謗中傷には該当しない。
警告文も『あなたのコメントは警戒対象となりました。コメント次第では開示請求になることも有り得るため、責任を持ってコメントしてください』と表示されているだけなのだが、本気度が窺えて怖気づいたというところだろう。
「一昔前は、こういうのモデレーターだっけ? そういう人がいちいち確認して通報とかしてたんっしょ?」
「だねー。多少の表示遅延があってもこうしてAIで判別できたりするから楽だけどさー。それに、そういう頃って開示請求とかも大変だったらしーし」
「あー、見た見た。数年前まではコメントから一直線、みたいのできなかったんだっけ」
「そそ。ま、今回は〝金銀花〟メンバーはコメント確認用のデバイスもつけてないから、表示されたって見えないけど。一応、ウチらからチャットが届くように奏星だけはARレンズつけてっけど、コメント欄の同期は外してあっから」
思ったよりも誹謗中傷類は流れてこない。
警告が飛んで慌ててオフラインになっているアカウントもすでに魚拓は残っているが、その後も続いて連投したりというような、自分で自分の首を締めるような真似はしていないようであった。
そんな中、配信は進み、〝金銀花〟メンバーである流霞と美佳里が挨拶を済ませ――そして、莉緒菜が映し出された。
《――御機嫌よう、〝金銀花〟の視聴者たち。私たちはレベル4パーティ、〝魔女の饗宴〟よ》
『え?』
『は?』
『コラボ!?』
『告知もなかったやん!?』
『莉緒菜さま!?!?!?』
『出た!w』
『うおおおお! 全員おるやんけ!』
『いや待って、みんな服変わってない!?』
映像に出てくるなり、堂々と挨拶してみせた莉緒菜。
それと同時に雅がドローンを操作してカメラの向きを変えれば、映し出された〝魔女の饗宴〟メンバーへのコメントが一斉に流れた。
同時に、〝魔女の饗宴〟のチャンネルも配信をスタート。
突然始まった配信に視聴者が続々と増えてきて、コメントが濁流のように流れ始めた。
コメントの多くは、何故〝魔女の饗宴〟と〝金銀花〟が一緒に配信をしているのか、というものから、〝魔女の饗宴〟メンバーの装備が『魔導防具』になっているであろうことに気が付いた視聴者たちの驚愕や困惑のコメントばかりだ。
もっとも、菜桜が「にんにん」してる姿に悶絶しているらしいコメントや、聖奈の見た目に「でっっっっっっ!」とか「えっっっっっ!」とか、そんな隠すつもりのなさそうな反応も目立っている。
「〝魔女の饗宴〟のコメントやべー。つか、えりりんってもしかして女性人気高めっぽい?」
「ん? なんで?」
「なんかファッションが似合ってることとか褒めるコメント多いんよね。着こなし方がいいとか脚が長いから合うとか、そういう系。あとデザイン。へへっ、あーしのデザイン大絶賛されてんじゃん」
「ゆっきーはガチでセンスいいよ。ただ、統一感は……あぁ、やっぱツッコミ入ってんね」
「あーね。あーしもそれ今回思った。次は統一感意識するし」
個々の装備のオシャレさに対する称賛のコメントは多いが、やはり引きの映像になると統一感がなさ過ぎてコスプレ会場のようになってしまっている。それに対して飛ぶツッコミがなかなかに多かった。
雪乃はコメントの『統一感ww』だとか『もうちょっと揃えてもろてww』の草を見て、ぐぬりながら心に誓った。
やっぱもうちょっと統一感とか意識しよう、と。
《さて、何故今回、私たちが一緒にいるのかと言うと、私たち〝魔女の饗宴〟は、〝金銀花〟と同じクランに所属することになったのよ》
《それそれ。一応、クラン在席歴だけならウチら先輩!》
《ふふ、そうね》
『え』
『〝魔女の饗宴〟ってクラン入るの!?』
『なんかどこも断ってなかった?』
『てかこのタッグ、地味にすげーなw』
『新人探索者のトップと、今色んな意味で注目集めてる新人パーティのタッグかw』
『こんなニュースならちゃんとコラボ告知してもろてw』
さすがに同じクランに所属するという話は驚きだったようだが、しかし本題はここからである。
《で、私たちは同じクランとして、先日の一件で可愛い先輩たちが批判されているのが面白くないの。ハッキリ言って見当違いもいいところだわ》
《りおなん、落ち着いて? ちょい黒いモヤモヤ漏れてっから》
《ふふ、これでも落ち着いているのよ? けれど、溢れてしまうのはしょうがないでしょう?》
『ホントに黒い靄出てるやんけ』
『なにあれ』
『なんかの演出とか加工?』
『生放送で加工は草』
《とは言え、彼女たちが独断で、他人を助けるためとは言え避難もしなかったのは事実。だからこそ、必要よね。――そう、《《禊》》が》
『おっとぉ?』
『流れ変わったぞ?』
『悪いことしたとは思わんけど』
『実際助かった人もいるからな』
『実際あの時助けてもらいました!』
『おるやんけ』
コメントは盛り上がっているが、そういったものが見えていない奏星と、見えていても無視している莉緒菜。
そんな二人の台本通りのやり取りが、ついに始まる。
《今日は――いいえ、今日から、場合によっては泊まり込みで、禊配信を行ってもらうことにしたわ。題して、『〝優良探索者〟になるまで『指定ダンジョン』から帰れません』よ》
『は?』
『あぁ、だから同行してんのか!』
『え、ってことは魔物最低でも500匹以上狩るん??』
『割とガチで禊じゃんw』
『ぶっちゃけ本気でキツいw』
『盛り上がってきたwwww』
その裏にあるものを見通せない者たちから見れば、なるほど、それは確かに禊とも言えるだろう。
避難をせずに迷惑をかけたから、人助けになる『指定ダンジョン』の魔物討伐、それも一回の探索で〝優良探索者〟になるまで狩れというのは、なかなかに酷なのだから。
だが、この真意を――目的を即座に見破った大人たち、そして探索者らは、配信を見てニヤリと笑ってみせた。
――やるじゃないか、〝魔女〟共が、と。
もしも〝金銀花〟が本当に〝優良探索者〟になれるまで戦い抜けば、それだけで探索者協会は追い詰められることになるのだから。
こうして、〝金銀花〟に責任を被せ、世論を動かしていた者たちへの宣戦布告とも言えるような配信の始まりを告げる宣言は、インターネットを通して世界へと発信された。




