〝不法探索者〟
「――最上層じゃ何も得られるものはないわ。さっさと上層まで進みましょう」
不敵な笑みを浮かべつつも、凛とした空気を纏わせる莉緒菜が堂々と言う。
今日は配信こそしていないが、それでも演技は開始されているようだ。
そんな彼女の身を包むのは、黒を基調にしてフリルをふんだんに使ったゴスロリドレスであり、当然これも『魔導防具』である。
新しいドレスは防御のための防刃シャツなどを着込む必要がないものの、元々あまり肌の露出が多くない莉緒菜の場合は、ただ単純にドレスがちょっと変わった、というような印象に落ち着くかも知れない。
だが、本人にとってはもはや革命が起こったと言ってもいいだろう。
何せ、暑くない。
肌に密着する防刃シャツがないだけで、快適性という意味では雲泥の差であり、比べ物にならない。
さらにスカートの動きを出すと共に、蒸れないようセットアップ用のプラスチックタイプのテープを入れたスカートはひらりと舞い、重厚感のあるゴスロリに似つかわしくなく通気性も確保できていて涼しい。
雪乃がコスプレイベントでのコスプレイヤー女性たちの悲喜こもごもをSNSで拾い上げ、通気性を確保した『魔導防具』だ。
この『魔導防具』が完成し、試着した時、莉緒菜は雪乃にほぼ全ての持ち金を投げ渡そうとしていた程である。
いくらダンジョン内は適温で、少し肌寒いぐらいの温度が保たれているとはいえ、ゴスロリ装備は暑いのだ。動いたりするだけで汗が滲み出そうになる。
汗だくになりながら不敵な笑みを浮かべるクールキャラなんて、演技に情熱を傾けている莉緒菜が許せるはずがないのである。
それがかなり楽になった。
アンダーウェアに冷感系のシャツを着ているだけで、その上からドレスを纏っているだけで、快適度は段違いだ。
さらにそこに雪乃が先程話していた、温度調整機能がついてくれる可能性も出た。
もはやウッキウキである。
「ちょいちょいまてまて。気持ちは分かるけど、飛ばし過ぎやって」
そんな莉緒菜に声をかけたのは瑛里華だ。
瑛里華の『魔導防具』コンセプトは、〝ストリートガール〟。
だぼっとした白いカーゴパンツに、ランニングシューズ。上着はへそ出しタイプの丈の短いシャツで、肩出しタイプの黒いシャツ。薄手の黒いアームガードをつけている。
このアームガードがあるおかげで、腕もしっかりと魔法障壁を発動させられるため、素肌が出ていて防御力もしっかり確保できる。
「せやけど、莉緒菜の気持ちもほんまに分かんねん。マジで最高やな、この『魔導防具』。動きやすいし、めっちゃええわ」
「えりりんも地味にテンションあがってね?」
「ウチ、普段の服もこういう系が好きやねん。せやからこないな服で動けるってめっちゃアガるわ」
そうだろうな、と流霞も思う。
何せ〝魔女の饗宴〟組は、ようやく完成した自分たちの『魔導防具』を訓練がてらに魔法障壁の感覚を確認したぐらいで、本格的にダンジョン探索で使用するのは今回が初めてだ。
配信は明日からとは言え、テンションが上がるのは仕方ない。それぐらい雪乃の作る『魔導防具』はオシャレ装備なのだ。
もっとも、〝ゴスロリ〟、〝ストリート系〟、〝修道女〟、〝忍者〟という統一感の無さは流霞としても思うところがない訳でもない。
流霞と奏星、美佳里も地味に統一感はないため、あまり気にするものでもないのかもしれないが。
ともあれ、実際に最上層の魔物をいちいち相手にしていても意味はないのは確かなので、上層までは基本的には魔物を無視するような形で、一行は奥へと進んでいた。
そうして上層へと辿り着くと、美佳里が雅とやり取りをし始めた。
「――雅たち、予定変更だってー。なんか上層に来るっぽい」
「マ? 大丈夫なん?」
「だいじょぶじゃね? 『魔導防具』もあるし」
「あー……、まあそれもそっか。せーなんとなおなおんもいるし、今のとこ、魔物が大量に発生してるとかもなさそうだしね」
「そうね、心配はいらないわ。聖奈も菜桜も、実力は一流よ」
美佳里と奏星のやり取りに、莉緒菜がふっと余裕のある笑みを浮かべて演技モード全開で告げる。
様になっているのでツッコミを入れたり揶揄するような真似をするつもりはないが、なんだかアニメを見ている気分になってワクワクする流霞である。ダンジョンだというのに緊張感というものが足りていなかった。
とは言え、『指定ダンジョン』の間引き依頼というのは危険度も高い。
魔物が際限なく増えてきてしまう以上、放置期間が長くなればなるほど魔物は増加する一方で、ダンジョンによっては階層を抜けるイレギュラーが大量発生する。
それでも放置していれば、『魔物氾濫』になるという。
もちろん、数日程度ではそうはならないが、それでも『指定ダンジョン』になるとそれなりにそういったリスクは高くなるものだ。
真鶴ダンジョンに最後に探索者が入ったとされる記録は、一週間ほど前だ。
イレギュラー発生ほどまでは膨れ上がっていなくとも、魔物の数が増加しているであろうというのが〝魔女の饗宴〟メンバーの見解であった。
「……にしてもさ、魔物少なくね?」
「うん。今のところ、普通のダンジョンとあまり変わらない気がする」
奏星のぽつりとした呟きに、流霞も同意を示す。
確かに魔物はいるが、それだけだ。大して増えている印象もないどころか、いっそ少ないとすら思うような数しかいない。
「……んー、なんでや。直近で入ったデータ照会してみても、誰もおらへん」
「となると……、考えるのは〝不法探索者〟共が入ったのかしらね」
「あびゅーざー?」
「あれ、ニオイの?」
「そらディフューザーや」
「ふぐっ!?」
「んふっ、ミカミカぁ!」
「うわ、ごめんて。今の素だったわ」
「余計あかんやろ」
瑛里華と莉緒菜から聞こえた〝不法探索者〟という単語に、聞き慣れていない流霞が首を傾げていると、美佳里が適当なことを言って瑛里華の華麗なツッコミが入り流霞が噴いた。奏星も美佳里を呼んでお腹を抱えている。
ちらりと見れば莉緒菜もぷるぷるしながら横を向いているのが見えた。
あの演技を行っている間は笑ってはいけないようだ。
「〝不法探索者〟。探索者協会に所属せずにダンジョン探索で採集、魔石を集めている者たちね」
「……それって何かマズいん?」
「一応、探索者は録画か配信義務があるでしょう? でも、〝不法探索者〟はそもそもダンジョンに入ったという情報すら残していないの。そういう連中から企業や個人が買い取った素材は、表の帳簿に載らずに処理されることが多いわ。要するに、ダンジョン素材を使って表に出せない研究をしてたり、隠した利益を貪る連中たちを相手にしているし、〝不法探索者〟もまた売上をあげるに至った履歴が見えなくなる、という訳ね」
「要するに、裏で金稼ぎしとるグレーな連中っちゅー訳やな。しかも、そういう連中は平気で違法な真似をしてきよるケースもあんねん」
「そんなんいるんだ」
「世の中、決まりがあれば裏を掻こうとする連中は現れる者よ。ま、碌でもない連中ではあるわね。もっとも、他にも可能性はあるのだけれど……瑛里華」
「了解や」
名を呼ばれ、すぐに瑛里華が駆け出した。
その光景に何が起こっているのか理解できていない流霞と奏星、そして美佳里に、莉緒菜は小さく微笑んだ。
「瑛里華が横道の様子を調べに行ったわ。ミカミカ、あなたは雅ちゃんたちに連絡を入れて〝不法探索者〟がいる可能性があること。現在調査中であること。それと、菜桜をこちらに合流させるように伝えてちょうだい」
「おけー」




