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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第3章 Blood Moon

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燻っていたもの




 東京を出て3時間半程、ようやく目的地が近づいてきた。

 車の窓から時折見える海に「おぉーっ」とみんなで声をあげては、それがおかしくて笑い合ってしまうぐらいには平和で穏やかな時間を共有する。


 そうして旅行気分のまま、一行は予約していた旅館に到着した。


 自然溢れる山道を通り、予約していた旅館――『鶴寿』という旅館は、『明鏡止水』から派遣されたパーティが贔屓にしている旅館だ。

 神奈川崩壊事件後にできた旅館であるため、比較的新しい旅館ではあるものの純和風の旅館らしい造りになっている。


 早速とばかりに〝がちけん〟の代表者として先陣を切って中に入っていき、フロントで予約していることなどを伝える。

 いちいち仲居さんがお出迎えするとか、なんだかそういう対応が来るかと身構えていた流霞は肩透かしを喰らった気分であった。あ、普通じゃん、と。



「おけー、部屋情報もらったから移動しよー」


「あれ、仲居さんとかに案内してもらわないん?」


「え、そういうの期待してた? 普通にこのARレンズに情報もらったから付き添いとかいないけど」


「あ、そういう」


「ドラマとかだとまだ仲居さんいるよね」


「ああいうのはなぁ」



 雪乃の質問に雅が答え、雪乃と奏星が笑いながら続く。

 そもそもここは観光で栄えている訳でもないのだから、人件費をかけるよりもサービス向上のためのオートメーション化を進めた方が効率的ではあるのだろう。


 一応、仲居さんならぬ〝仲居ロボット〟ならあるにはあるのだが、そちらを使うよりもARレンズなどを当たり前に使う今のご時世、ナビゲーションしてもらった方が手っ取り早いし楽だったりもするのである。


 部屋は今回、3部屋を予約している。

 というのも、1室あたり最大4名までの部屋を使う形になるためだ。

 そのため、〝魔女の饗宴〟は4人で1部屋を利用し、その残りの2部屋を〝がちけん〟、〝金銀花(カプリフォリオ)〟組が使う形だ。


 肝心の部屋割りはと言うと。



「――おー、いい部屋じゃん。和室! あ、写真撮っとこ。るかちーも撮る?」


「へぁっ!? お、お構いなく……!」


「何それうける。てかさー、なんか二人きりって久しぶりじゃね? ミカミカが探索来るようになってから、あんま二人だけで行動しなくなったくない? ――あっ、窓の外、海見えるじゃん、海!」



 ――どっ、どどどど、どど、どうして、二人部屋……!?


 テンションが上がってはしゃいでいる奏星を見ながら、流霞はただ一人頭の中でテンパりモードに入っていた。


 そもそも流霞は、今回はきっと〝がちけん〟メンバーと〝金銀花(カプリフォリオ)〟で分かれる形――つまり、自分は奏星と美佳里と一緒に部屋になるだろうと、そう思い込んでいたのだ。


 だが、蓋を開けてみればそうではなかった。

 美佳里は雅と雪乃と同じ部屋で寝ることになっており、こちらの部屋が流霞と奏星の二人きりの部屋となってしまったのである。


 ――さ、3人でいれば私が黙ってても会話が進むのに……二人じゃそうはいかない……!


 このコミュ障オタク少女、魔物に囲まれている時よりもテンパりながら、それでもどうにか平静を保って荷物を部屋の隅へと置いていた。



「あっ、スマホの充電コードとか備え付けられてんだ。へー、めっちゃ助かるじゃん。地味にこういうの忘れがちだし。モバイルバッテリー持ってんのに充電コード忘れたー、みたいな」


「え、でも充電って一週間に一回ぐらい、だよね?」


「へ? さすがに2日も保たんくない?」


「あっ、ッスゥーー……なんでもないです……!」



 スマホを使って色々な人とやり取りする奏星とは対照的に、流霞のスマホは一日にそう何度も鳴動しない。

 バッテリーの消耗が色々な意味で遅い陰キャ女子と陽キャ女子の明確な差が浮き彫りになってしまった瞬間であった。


 そもそも流霞の場合、たまに電話がかかってきても、大抵よく分からない営業電話ぐらいなものだ。

 このテスト期間中も、奏星とスマホでチャットをしている最中に電話に出てしまい、奏星たちともあまりに喋らなすぎた結果、営業電話に無駄に半笑いしながら引き攣ったような声で出た結果、何故か「ひっ」と小さな悲鳴が聞こえて電話を切られた。


 勝手にかけてきておいてそんな真似をされたので、さすがにちょっと腑に落ちない気分で迷惑電話番号に登録してやった。ふんす、と鼻を鳴らして精一杯の反撃である。



「それにしてもさー。るかちーって、あんま悪評っつか、SNSとかで色々言われてること、気にしてないん?」


「え、っと……、その、SNS、見ないから……」


「マ? あーし〝金銀花(カプリフォリオ)〟が色々有名になってきてて、そういう評判とか嬉しくてチェックしちゃう派なんだけど」


「奏星は……うん、それでいいと、思う」


「えー、なんそれー?」



 ――私みたいなクソ雑魚ナメクジゴミムシ陰キャはSNSで叩かれてたりするかもしれないけれど、奏星はやっぱこう、一軍女子感が滲み出てるし多分人気。人気じゃなかったら見る目ないと思う。


 と、脳内で凄まじい早口で自虐する、自己肯定感が宇宙の彼方に消え去っている流霞が、SNSなんてものを見れるはずもない。

 いや、チヤホヤされていると分かっていれば見ることもできる、できるはず、できなくもない、できるかもしれないが、心無い一言を向けられただけでメンタルが粉砕しそうな気しかしないのが流霞である。


 故に、流霞はSNSというものを見ないのだ。

 元々SNSに興味がないというのもあるのだが、有名になってしまってからはより一層見なくなったというのが正しい。



「……あーしはさー、やっぱむかつくよね」


「SNS、やっぱり莉緒菜さんとかが言うみたいに荒れてるの?」


「まー、荒れてるっつーか、言いたい放題言ってるヤツがいて、反論してる人いても話通じてなくて、っていうかさー。なーんか、ウチらがいないとこでウチらのことで言い合ってる感じっつーか。勝手なこと言ってんなー、ってモヤる感じ。……いちいち色々言われんの、腹立つじゃん」


「わぁ……」



 鞄をどさりと置いて、それを枕にするように寝転がってみせた奏星の横で、流霞が座椅子に腰掛ける。


 奏星が口を軽く尖らせたままちらりと流霞の表情を窺うが、しかし流霞は表情を特に変えている訳でもなく、なんだか自分とは関係のない話を聞いているようで、なんとなく面白くない。

 てっきり、流霞ならば怒りを共有できるかと、そんな風に思っていたからだ。


 けれど、奏星がそうして臍を曲げる前に、流霞が先んじた。



「――じゃあ、『指定ダンジョン』頑張らなくちゃね」


「え……?」


「え? 黙らせるなら、私たちが『指定ダンジョン』でちゃんと成果を出して、〝優良探索者〟になればいいんでしょ?」


「あー……、いや、まあ、それも、かな?」


「私は詳しいことは分からないけど、でも、雅とか奏星とか、莉緒菜さんとか瑛里華さんとか。みんなが色々考えてくれて、それをやればいいって教えてくれるから。だから、ちゃんとやればいいかなって」


「……るかち……」


「それに、私はあの時の奏星の判断は間違ってないと思うから」


「……っ」


「SNSがどうとか、そういうのは私には分からない。世間がどうとか、そういうの陰キャコミュ障な私には分からないけど、それでも、私は奏星の判断を認めない相手を、認めない。それを覆すためなら、迷わない」



 虚空を見つめたまま、けれど力強く言い放つ流霞の顔を、奏星は唖然としたまま見つめながら動きを止めた。


 ――……あぁ、そっか。


 流霞の言葉が沁み入るように広がってきて、奏星は今になって、言語化できない自分の怒りを理解した。


 ――あーし、自分のせいで〝金銀花(カプリフォリオ)〟が、みんなが責められるのもムカついて、でもそれと同時に、不安だったのかも。


 自分が下した、助けたいという決断。

 結果として自分たちも無事で、助かった命もあったのに、世間はそれを叩いた。


 自分では間違っていない判断だと思っていたのに、もしかしたら、自分は本当は間違っていたんじゃないか。自分がそんなことを言い出さなければ。自分だけならばともかく、流霞と美佳里までもがこんな風に責められることもなかったのに。


 自分が下した判断は、間違っていたんじゃないか。

 そんな気持ちの不安が、胸の内でずっと燻っていたのだ。


 ――でも……るかちーは、あーしが正しいって、判断は間違ってないって言い切ってくれた。


 流霞がはっきりと、力強く、自分の判断は間違っていなかったと言い切ってくれて、それがすんなり自分の中に沁み込んだ。



「……っ」


「奏星?」



 なんだか嬉しくて、それと同時に恥ずかしいような、居た堪れないような気分だ。

 それが何故か無償に気恥ずかしく感じて、奏星は顔を赤くしながら流霞に背を向けるように寝返りを打った。



「……ありがと、るかちー」


「へぁ?」


「んふっ、何そのリアクション」



 背中を向けたまま笑われて、流霞は何がなんだか分からずに一人あわあわしていた。


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