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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第3章 Blood Moon

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出発!




 かつて神奈川と呼ばれたその一帯は、湘南地域で起こった神奈川崩壊事件以降、連鎖的に『魔物氾濫(スタンピード)』地域が拡大するような形で、魔物の領域に呑み込まれていった。


 東京側の侵食防衛ラインとして定められたのは、東京と神奈川の間を流れて海へと続く多摩川だ。

 そのため、川を挟んで南側は魔物が、北側は人間が支配するという形になり、橋が封鎖され、北側の川沿いの道は巨大で分厚い隔離壁が設置されていった。


 そんなわけで、東京から神奈川の南西部、真鶴へと向かうには、一旦都内から神奈川の北東部、山梨方面寄りの旧相模原方面を迂回するような道を通る必要があるため、陸路ではかなり時間がかかる。

 今回、〝がちけん〟の雅、雪乃、美佳里と〝金銀花(カプリフォリオ)〟の流霞、奏星は、〝魔女の饗宴〟の瑛里華が運転する車で移動することとなった。


 都内を走ること数十分、ようやく首都高から高速道路上で使えるAI制御を利用する自動走行レーンへと入り、運転を手動からオートへと切り替える。

 そうしてようやく運転の重責から逃れた瑛里華が、後部座席で寛いでいる面々へと振り返るように座席を回転させた。



「いやー、慣れてへん他人の車ぁ運転すんの疲れるわ……。いっつもウチが乗っとる普通車の3倍ぐらいあるんちゃう、これ。ちょい旧式やけどかなりええもん載せとるみたいやし、緊張したわ。てかウチ中型免許持っとるけど、まともに運転したの初めてなんやけど」


「いやー、瑛里華が中型免許持っててくれて良かったよー」


「しばらくは出番ないと思ってたんだけど、お父さんからいざという時のために持っておけって流されたんよねー。ぶつけても車は無事だと思うけどねー、魔物領域遠征用の特製車輌だし」


「いや、こっちの車はええかもしれへんけどぶつかられた方はシャレにならんて」


「それな」



 疲れた様子の瑛里華を労う莉緒菜と一緒に声をかけたのは雅だ。


 そう、雅の言う通り、実はこのマイクロバスは〝がちけん〟の所有車輌ということになっている。

 元々は『明鏡止水』で使っていた車輌なのだが、最近はここまで大型のものに大量に乗るよりも、8人乗りのバンタイプを数台で出向くようなケースの方が多く、使わなくなったために車庫で眠っていた車輌であった。


 それでも、内部はしっかりと改装され、アンテナやバッテリー以外にも電源も設置されている。

 この中からでも配信のフォローができる設備が乗っており、さらには10人程が乗っていても寛げるだけの広さもあることから手放すのも勿体なく、どうしたものかと悩んでいたところ、〝がちけん〟が急成長し、そのまま譲ったという経緯があった。


 瑛里華は18歳だが、実は車の免許の取得はかつてに比べて簡単になっている。

 というのも、技量が求められるような運転については基本的にAIがサポートしてくれるため、運転手の技量はほぼほぼ必要ないためだ。

 道路標識などについてもいちいち覚えずとも車内モニターに表示されているため、最低限のもの以外は覚える必要もなくなった。


 そのため、万が一の事故の際に救命処置であったり、AIの動作確認などが免許取得の知識に盛り込まれたり、ここ数年で中型や大型の区分、取得制限も大きく変わったりもしているのだが、流霞や奏星らには馴染みのない知識である。



「予定到着時間は3時間50分後やって。遠回りやなぁ……。真っ直ぐ神奈川突っ切って行けたら2時間かからんぐらいで着きそうなもんやのに」


「ま、しゃーなしじゃんね。とりま今回のスケジュールについて共有しまー」



 雅が手元のタブレット端末を操作して、車内に取り付けられたモニターに工程表を表示する。



「今回はキリ良く10泊予定。今日はこのまま向こうの予約済み旅館に泊まって、明日は海!」


「ええやん、先に遊んでリフレッシュやな!」


「そそ。んで、明後日の午後からあーしとゆっきー、レベル1チームの戦闘研修で、こっちの引率予定がせーなんとなおなおんね。〝金銀花(カプリフォリオ)〟とりおなん、えりっぺは『指定ダンジョン』の下見。で、その次の日から本格対応開始」


「せーなん、なおなおんよろー」


「ふふ、えぇ、よろ~」


「よろろ」



 気安い様子で声をかける雪乃に、〝魔女の饗宴〟の聖奈と菜桜もまた慣れた様子で返している。

 その姿に若干一名、コミュ障オタク少女が「い、いつの間に愛称で呼び合う関係に……!?」と戦慄した。


 距離の詰め方が分からない系少女が雪乃の如く会話を楽しめる日は、遠い。

 もっとも、すでに当のコミュ障オタク少女は「るかち、るかちー」と呼ばれている上に、相手も愛称で呼ばれても構わないし気にしないというスタンスではあるのだが、距離を詰めた瞬間に「え?」みたいな顔をされるのが怖いのが流霞であった。


 周りの気分は離れたところから様子を窺っている猫を呼んでみたり、呼んでもなかなか来ないので、興味ないフリをして待ってみたりと繰り返しているようなものかもしれない。



「『指定ダンジョン』についてだけど、上層は〝金銀花(カプリフォリオ)〟主力で進めるところまで進む予定。〝魔女の饗宴〟は中層に入るかどうかというところから主力を交代させて、全員で進みつつ〝金銀花(カプリフォリオ)〟の〝優良探索者〟登録到達ポイントまで狩りを継続していく予定。ポイント500は上層からの換算だから、まあこれは無理をしなくても届くでしょう」


「りおなんの言う通りなんだけど、あーしとゆっきーのレベルアップもそろそろ目指したいから、できれば弱いところはウチらにもやらせてほしいって感じかなー」


「その辺りは二つのチームに分けて移動するから大丈夫よ~。ほら、これが真鶴ダンジョンのマップ情報~」



 ほんわかとした喋り方で聖奈が告げて、自分のスマホを操作してマップを表示させた。


 ダンジョンはどこも同じような構造をしているが、内部に広がる道はそれぞれ異なっている。そもそも道幅や道の繋がりが違う場所もあれば、通路は全く同じだというのに左右で正しい道が異なっているなどもあるのだ。



「え、マップ公開してんの?」


「『指定ダンジョン』は場合によっては最短で奥まで進む必要があるんだよね。だから、こういう風にマップ情報が集められて公開されてるんだよ」


「へー、便利じゃん。東京も全部公開すりゃいいのに」


「普通に探索者が入るようなトコは公開せん方がええねん。だいたいそういうトコやと、実力も足りひんくせに奥に進もうとするアホが湧いてきよるんよ」


「あー……」



 美佳里には莉緒菜が、続いた雪乃には瑛里華が答え、雅が苦笑を浮かべた。


 最近、〝金銀花(カプリフォリオ)〟への誹謗中傷の件もあり、探索者事情については雅もかなり色々と調べている。

 そんな中で見かけた記事によれば、運良くと言うべきか、あるいは運悪く、進んだ先に上位の探索者がいたために、適性階層よりも先の階層に進んでしまい、唐突に強い魔物のグループにぶつかり命を落とすというような事故はかなり多い、というものがあった。


 ダンジョンは階層を進むにつれて出てくる魔物も変わるが、その変化も唐突にという訳ではない。まるで段階を踏ませるかのように魔物が変化していくものだ。

 だから、普通に攻略していく分にはそこまで苦労せずに慣れていき、対応力も上がっていくことになる。


 しかしそうした経験を積まずに唐突に相手が強くなってしまえば、当然危険は跳ね上がることになるだろう。


 その他にも、いわゆるパワーレベリングなどを行おうと実力以上の階層で戦わせようとして、即死してしまったというような事件もあったが、そのような例にも言えることだが、何しろ実力に見合わないことをすればリスクばかりが跳ね上がる。


 それを避けるためにマップの公開を禁じているというのなら、なるほど、それは道理というものだろう。



「ねえ、りおなん。〝金銀花(カプリフォリオ)〟が中層に行くっていうのは結構危ないんじゃないの?」


「正直、〝独自魔法〟がなかった頃ならレベル2で中層に入るのは禁止していたんだけどね……。ただ……」


「《《新しいアレ》》がある二人なら、余裕やろ……」



 困ったような笑みを浮かべる莉緒菜と、ドン引きでもしているかのような瑛里華の言葉。

 そんな二人とは対照的に、どこか自信に溢れているような奏星と、相変わらず大人数に囲まれると口数が皆無になりつつも、しかしどこか余裕を感じさせる流霞の表情が、雅にとっては印象的であった。


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