大人の事情
「――〝優良探索者〟になる、か。なるほど、なかなかいい手を思いついたね」
「〝魔女の饗宴〟のメンバーが、だけどねー……」
矢ノ沢家のリビングルーム。
夕飯を済ませたゆったりとした時間を過ごす中、ソファーに寝そべってうつ伏せになったまま足をゆっくりと曲げては伸ばしてと繰り返す娘の雅に、傑は苦笑した。
一見すればリラックスしている姿とも言えなくはないのだが、そういう動きをするのがどういう気分の時のものであるのか、傑には即座に見当がついたのだ。
「我が家のお姫様は自分で考えつかなかったのが悔しい、といったところかな?」
「……うん」
「それはしょうがないんじゃないかい? こう言ってはなんだけど、〝魔女の饗宴〟のメンバーはおそらく、色々な意味で経験を積んでいる子たちだからね」
「分かってるよー……。てかお父さん、〝魔女の饗宴〟のこと知ってたの?」
「あはは、こう見えて『明鏡止水』のリーダーだからね、僕は。有望な探索者の情報は常にチェックしているよ。もっとも、そういう部署から上がってくる報告を通して、ではあるのだけれども」
大手のクランならばどこのクランであったとしても、新戦力となりそうな人材を探し、交渉し、スカウトするような部署というものを設けている。
そちらから目ぼしい探索者の情報は当然上がってくることもあり、特に〝魔女の饗宴〟は傑の娘たち同様、女性だけで探索者パーティとして成功していることもあり、強く記憶している。
若手女性パーティ、〝魔女の饗宴〟。
莉緒菜らの実力、それに成長力は若い世代の探索者たちの中でも群を抜いているのだ。
当然、『明鏡止水』でも彼女たちは注目している相手ではあったし、可能であれば引き入れたいとも傑は考えていた。
しかし、それは上手くいかなかった。
というのも、当時のスカウト担当者が『明鏡止水』というものを神聖視しているとでも言うべきか、〝魔女の饗宴〟の演技めいた物言いややり取りが似合わないと判断したのか、上から目線で「そういう演技をやめるなら所属させてやってもいい」というような物言いをしたようであった。
もっとも、そのスカウトは他の探索者にも似たような交渉をしていたことが発覚し、クビになったが。
仕事柄、背負っている看板が大きければ大きいほど、自分が偉くなったと勘違いしたような振る舞いをする者はどこにでも現れる。
特に『明鏡止水』というクランの大きさと実績、実力、規模というものは、この日本国内でも有数の最大手と言うに相応しいものだ。
その看板を背負う以上、自覚やプライドを持って仕事をしてほしいとは思うが、増長して勘違いしたような対応を許せるはずもない。
「――あーね、それりおなんから聞いたー」
「僕らの総意ではない、と伝えておいてくれるかい?」
「ん、おけー。でも、そっかー、組織が大きくなると、そういうのもあるんだー……」
「おや、雅ちゃんは組織を大きくする必要が出てきたと感じてきた、というところかな?」
「ちゃん付けやめろし。んー……、ちょっとさぁ、あーし〝金銀花〟への悪評、あんまちゃんと対応できてないなって……」
雅が言わんとしていることを察して、傑は素直に感心すると同時に、大人になっていってるなぁ、と一抹の寂しさのようなものを感じながら曖昧に微笑んだ。
「お父さん」
「うん、なんだい?」
「ウチの〝がちけん〟で人を雇いたいと思う。主にウチらじゃ目の届かないような、なんつーか社会的対応だったりとか、そういうのができる人」
「ほう」
「経費的に考えても人を雇っても余裕はあると思う。実際、『魔力水の水差し』とかも『魔導防具』とかの関係とかでもお金入ってくるし。けど、あーしには具体的にどんな人材を入れればいいのかわかんない。だから、教えてほしい」
「うん、そうして質問できるのはいいことだよ」
良くも悪くも、〝がちけん〟は『才能の塊』だと傑は思う。
誰もがいい意味で突出していて、それらが全く別々の方向に伸びているからこそ、互いの不足を補え合えている、というのが傑の〝がちけん〟メンバーに対する素直な評価でもあった。
だからこそ、ある意味で危ういとは思っていたのだ。
ダンジョンでアーティファクトを手に入れ、前人未到の偉業を成し遂げる。
一見すれば〝がちけん〟の成り上がりぶりは実にサクセスストーリーとしては素晴らしいものだとは思う。
しかし、そうして得られる利益をしっかりと活かせる下地や繋がりというものが欠けている。
「確かに、〝がちけん〟は新分野の開拓という、いわば〝攻め〟には突出している一方で、社会的な手続き、ノウハウ、世渡りや事務、法務といった〝守り〟にはとことん弱いよね。雅ちゃんはその危険性に気が付き、そちらをどうにかしたいと考えている」
「ちゃん付けやめろし」
「しかし、だ。そうした〝守り〟の知識を持つ人材はなかなか得難いのもまた事実でね。普通に会社員をして、決められた業務をしているだけで得られるような知識や経験でも到底足りないからね」
「いや、だからちゃん付け――」
「ただ、僕にはそれを補える伝手がある、と言ったら、どうだい?」
「ちゃん付けやめろし」
…………。
「そこはほら、譲る気ないんだなって諦めるところじゃないかな? 僕の今の言葉を聞いたら普通、そっちに喰い付いたりすると思わない?」
「あーしは一つずつしっかり解決していきたい」
「わお、ギャルとは思えないぐらい堅実。……分かったよ。でも、ダメだよ。未成年で、しかも僕らの庇護下にある間はね」
「……チッ」
「ねえ舌打ちやめて? パパ泣いちゃうよ? みっともなく泣いて縋るよ? いちいちめそめそしながら話しかけたりするよ?」
「あーもうっ、わかったって! で、その伝手ってなに?」
我を通すためにはプライドなど捨ててしまえと言わんばかりの堂々とした脅迫。
これが4人娘を持つ父親の在り方である。
とまあ、そんな冗談は――これ以上続けると雅がキレそうなので――さて置き、傑は一つ、纏った空気を切り替えてみせた。
「今回のキミたちの件で、探索者協会はキミたちが思っている以上にゴタついているんだ。というよりも、正確に言えば現場と上層部だけならまだしも、それに上層部と繋がりのある者たちのせいで問題が複雑化しているというのが正しいだろう」
「え?」
「僕らの方からも探索者協会の対応に遺憾砲を発射した訳だけれども、こうなってくると、探索者協会としては〝金銀花〟の決断によって『魔物氾濫』が防がれ、人命が助かった以上、自分たちの非を認めてしまいたいと考える者の方が多いのさ。その方が探索者協会の傷は浅くて済むからね」
「っ、だったら――」
「でも、それを快く思っていない連中が邪魔している、というのが正しい状況なんだ。正確には、探索者協会に深いメスが入ることで自分たちに累が及ぶ者たちが足掻いている状態だね。そういう連中の干渉を跳ね除けたいところではあるけれど、それをするにはあまりにリスクがある、というのが正直なところなのさ。実際、探索者協会自身はメディアで発信していないだろう? 〝金銀花〟を貶めているのはメディアとコメンテーターだ」
「……待って。それじゃあ、〝優良探索者〟になっても意味はないってことじゃん!?」
「いいや、違うよ。最初に僕が称賛したように、〝金銀花〟が〝優良探索者〟になるのは良い手だよ。だって、それをすれば探索者協会は〝金銀花〟を大手を振って庇えるようになるのだからね。そうなってくれれば、外から騒いでいる連中や、それを理由に圧力をかけている上層部の一部の者たちを切り捨てる材料にもなるだろう?」
唖然とする雅を見つめて淡々と告げながらも、傑は苦いものを呑み込んだような気分を味わっていた。
探索者協会、その裏で繋がっている者たち。
そうした者たちの息がかかっている探索者協会の上層部の者たちが居座り続け、物事の決定権を握ってしまっているせいで、探索者協会は対応の非を認めず、正しい選択をした〝金銀花〟を叩くことで正当化する流れを作ろうと抗い続けている。
当時の動画は公開されたまま。
動画を観れば真相は誰だって分かる。
功名心から、ただの承認欲求から無茶をしようとしたのではないということも、誰だって確認しようと思えばできる。
だというのに、テレビが言っていることこそが正しいのだと考える者は一定数存在しているのだ。
そういう者たちにさえ信じてもらえていれば、真相なんて握り潰せると本気で考えているような者たちこそが、今回の騒動の元凶であると傑は考えている。
「探索者協会で働いていた遣り手のまだ若い女性がいてね。その人はそれなりの部署にいたのだけれど、ちょうど春先で組織に嫌気が差したみたいで、仕事を辞めたんだ。もっとも、円満退職だったみたいだけどね」
「春先?」
「うん、ゆっくり過ごしてリフレッシュしていたんだよ。で、そろそろ新しい仕事を探しているらしいんだ。ウチで拾いたいのだけれど、ウチも大手だから難色を示してね。そこで、だ。法務や事務、マネジメント、社会経験、マスコミ対応経験。それに、探索者協会との騒動後の関係修復も考えると、雅ちゃんのところで雇うには最適だと思うんだけど、どうだい?」
「給料は2倍払うって伝えて」
「ウチの娘が豪快過ぎる。……いや、確かに〝がちけん〟の今の収支を考えれば痛くも痒くもないだろうけれど……」
「うん、そりゃあね。またアーティファクト拾ったし」
………………。
「……え゛……っ?」




