第3章 プロローグ
人為的『魔物氾濫』事件。
そう名付けられた先日の一件によって世間は慌ただしく動く中、世間を賑わせる情報が『明鏡止水』から世間に向かって発表された。
一つは、〝独自魔法〟ならぬ〝基礎スキル〟――【魔力操作】の発表。
レベル毎に覚えるスキルとはまた別に〝独自魔法〟なるものが世間に浸透したのは記憶に新しいが、続いてそんな〝独自魔法〟に近い扱いとなるスキルが見つかったことを正式に発表。
さらにこれに伴い、【魔力操作】を取得することによって、これまで〝不明因子〟と呼ばれていた『第3世代』探索者のダンジョン因子が活性化し、第1スキルの取得に成功するようになったという再現性の実証付きデータを沿えた発表である。
さらにそうした資料の中には、『魔力水の水差し』によって【魔力操作】スキルの発見に至ったこと――つまりは、アーティファクトの働きによって魔力を強引に利用するという性質によって誘発されたものであることも記されていた。
こうした事例を踏まえ、『明鏡止水』ではアーティファクトがなくとも【魔力操作】を獲得できるのではないかと考え、クラン内の〝状態異常系スキル〟や〝支援系統スキル〟持ち、及び〝不明因子〟持ちの実習生に実験の協力を要請。
そもそも〝状態異常系スキル〟も〝支援系統スキル〟も、いわゆる〝魔力に対する外部からの干渉〟によって引き起こされるものである、というのが通説だ。
であるのなら、スキルを幾度も受けることによって魔力を知覚し、理解、把握を促すことにより、アーティファクトを利用せずとも同じ条件を再現できるのではと考えた。
そしてその読みは、見事に当たっていた。
アーティファクトを利用するほどに明確な差は感じ取れずとも、時間をかけたことによって【魔力操作】のスキルを獲得した者が現れたのだ。
そんな貴重なデータまでもが付け加えられていたのである。
そんな世間を騒がせる情報の中には、さらに『魔導防具』の制作成功と技術公開まで含まれていたのだから、もはや騒ぎは留まることを知らなかった。
――――そんな中、コミュ障オタク少女こと八咫島 流霞ら一行がどのように日常を過ごしていたのかと言えば。
「――終わったあああぁぁぁ………」
「それどっちの意味よ?」
「ふへへ、残念でしたぁー。あーし成績悪くねーし」
「お、んじゃ普通にテスト期間が終わったって喜んでるだけ?」
「そそ。つか美佳里も悪くないっしょ」
「まーね」
教室の隅から聞こえてくる、聞き慣れた声。
金色の長い髪、先端は淡いピンク。
インナーカラーは因子の【太陽】の影響で、オレンジがかった明るい金色になっていたりで、ずいぶんとカラフルな色合いになりつつある。
いっそのこと全部インナーカラーの色になってくれれば毛先だけ染めて遊ぶのに、と豪語している、〝金銀花〟の片割れこと姫屋 奏星。
そんな彼女と話しているのは、ワンサイドアップにミルクティーベージュカラーの髪をまとめた川邊 美佳里だ。
レベル2になり、【魔弾の射手】としての魔装の眼鏡を誤魔化すために、普段から伊達メガネをかけることが多くなり、それがまたオシャレで羨ましい流霞である。
流霞は伊達メガネはかけない。
なんか無理なのだ。鼻のあたりがむずむずする子である。
「あーし今回勉強サボり過ぎたかもー……」
「まあゆっきーはしゃーなしじゃん? 色々忙しかったしさ」
がっくりと肩を落として呟くのは、波打つ長いハイトーンのアッシュベージュカラーの髪を揺らした少女、東 雪乃。
彼女こそが『魔導防具』の生みの親である【魔導裁縫】持ちであり、その技術公開に向けた手元の動画撮影や何やらに追われて忙しい日々を送っていた。
特別装備制作紹介枠という枠を作って先着20名分の装備制作を引き受けたりもしていたが、その枠は『明鏡止水』からの紹介枠のみ。
探索者協会からも枠が欲しいという意見や、その後も色々と便宜を図ってもらえないかという交渉なども来ていたが、人為的『魔物氾濫』事件の怒りが消えていないため、ここぞとばかりに全無視である。
JKとは感情で生きる生き物だ。
損得勘定だとか、そんなもので割り切れるはずがない。
ともあれ、そんな雪乃を宥めているのが、『ガチ攻略女子のダンジョン研究室』こと〝がちけん〟という探索者クランを作り上げ、日本有数の大手クラン『明鏡止水』の創始者の一族の血を引く、矢ノ沢 雅だ。
オレンジ寄りの茶色いミディアムショートヘアで、前髪をヘアピンで留めている、見た目だけなら体育会系にも見えるが、その実頭脳派少女である。
そんな二人が美佳里と奏星のすぐ近くに近づいて、一緒になって喋り始めた。
そんな彼女たちこそが、この東京第三区画探索高校――通称、〝サンコー〟の1年生にしてすでにスクールカーストトップに躍り出たギャル集団であった。
――へぁー……、やっぱこうして見ると空気が違う……眩しい……。
ぼんやりとそんなことを考えながら4人を見つめ、壁になった気分で傍観者を気取っていた流霞であったが、ふと奏星と目が合い、手招きされた。
「何してんの、るかちー。お昼どっかで食べよって話じゃん」
「え、あ、うん」
ここ最近、テスト勉強やらそれぞれ忙しいやらで、久方ぶりにソロライフを楽しんでいたコミュ障オタク少女である。
ちょっと前まではなかなか自然体で喋ることもできていたくせに、数日そういう場所から離れていただけで眩しさにやられているなんて露知らず、奏星が堂々と声をかけるものだから、教室の注目が流霞にまで集まった。
セミロングの黒髪は因子【月】の影響を受け、インナーカラーは白銀色になってしまった。
最近は瞳の色も灰色がかってきていて、隠すためにカラーコンタクトレンズを入れるべく、毎朝30分は格闘している。失敗続きで目が痛くなったり、鼻水まで出るレベルでの熱戦である。
黙っていれば人形のようと言われる容姿を一切活かせず、髪はぼさぼさ、猫背、どんよりとした空気を纏っていた入学当初に比べて、高校デビューもかくやという勢いで見た目が整えられるようになったため、密かに男子から何かと話しかけられる機会が増え――ることはない。
何せ流霞こそ、インターネット界隈の玩具と化しつつある〝きひ子ちゃん〟だ。
魔物をぶん殴り、頭を爆散させながら「きひっ」と笑って次の獲物に向かって走っていくという、もはや強者というよりも《《恐者》》とでも言うような空気を放ち、因子は実は【月】ではなくて【《《憑き》》】だとか、本当は【都市伝説】とかなのではと騒がれている少女である。
そんな彼女の――〝金銀花〟の活躍はサンコー内でも知れ渡っている。
良くも悪くも人為的『魔物氾濫』事件は耳目を集め、学校内でも誰もが知っている騒動となったのだ。
今でも相変わらず探索者協会アゲニュースが流れたりもしているためか、世間一般のお茶の間には「痛い行動を面白いと思ってやらかした勘違いキッズ」のような存在として知れ渡ってしまっている始末だ。
もしも両親がいたらきっと怒られていたに違いない。孤児だが。怒られるようなことはしていないが、なんとなくそんな気がする流霞である。
ともあれ、そんな流霞が合流したことで、早速とばかりに5人は教室を後にした。
「そろそろ〝金銀花〟の配信も再開しよっかー」
「それなー。あの騒動で変なの湧いてたし、テスト期間だしで配信してなかったし、そろそろ復帰してもいいかも」
「アーカイブのコメントで魔法装備……じゃなかった、『魔導防具』の情報をくれとか言ってる人とかも、ようやく消えるだろうしねー」
「あとは魔法回復薬のことぐらい?」
「あーね」
奏星から始まり、美佳里と雅が続き、雪乃が続けて再び奏星が返事をする。
基本、3人以上でいる場合は喋らずに気配を消すという自前のパッシブスキル的なサムシングを有している流霞は、聞き役に徹していた。話が振られたら話すが、自分からは作り出せないのだ。
そんな流霞が一人集団から距離を取るように歩く速度を緩めてスマホをチェックすると、一件のチャットが入っていることに気が付いた。
送り主は、〝金銀花〟と同じく〝がちけん〟の所属となった冒険者パーティ、〝魔女の饗宴〟のリーダー、鷺宮 莉緒菜からのものであった。
彼女からのチャットは〝がちけん〟メンバー全員が入っているチャットルームであるが、どうやら一番最初に気が付いたのが流霞だったようで、今になってようやく既読が1とついていた。
「――あれ、るかちー? どしたん?」
「え、あ、りおなんからグループにメッセージ入ってて」
「グループ?」
「マ? あ、ホントだ」
「んー? なになにー?」
「ちょっ、ゆっきー。自分のスマホでチェックすりゃいいじゃん」
「だってー、鞄の中に入れちゃったんだもんー。で、なんて?」
美佳里のスマホを覗き込む雪乃に美佳里がツッコミを入れつつも、その内容を口にした。
「――夏休み、『指定ダンジョン』に行かないか、だってさ」
――――もうすぐ夏休みが、始まる。




