閑話 瑤子の考え
魔法防具お披露目前、矢ノ沢邸。
「――魔法防具こと『魔導防具』の技術を公開する……?」
「そう。現実的なとこ、『魔導防具』技術はこのまま独占したり、『明鏡止水』で抱え込むのは難しいと判断したの。そうでしょ?」
「……それは……えぇ、否定できないわ」
研究所で寝泊まりすることも多いため、着替えを交換しに戻ってきた瑤子と冴香の二人は、ついでとばかりに少しだけ相談の時間を持ちかけられてリビングに集まっていた。
そうして直後に目の前にいる末娘の雅から淡々と事実を並べて告げられて、母親である瑤子は眉間を揉み解しながら渋々といった様子で答えた。
現状、『明鏡止水』の名声はかなり高まっていて、ここにきて『魔導防具』のノウハウ、事実までもを抱え込むとなれば、さすがにこれまでは暗黙の了解で黙っていてくれた国なども黙ってはいないだろう。
そもそも『魔導防具』は、魔物に対して人類が負けた要因とも言える、魔力によって作られた障壁を再現させたようなものだ。
この技術を使えば銃火器などが全く通用しない軍を、警察を運用できるようにもなるだろう。
ひと足早く手に入れたいと考えるのはこの国だけではなく、諸外国としても是非とも入手したい技術であることは間違いない、それだけ革新的な技術であり、近隣諸国とのパワーバランスを崩しかねない一手と成り得る。
最初のアーティファクトである『魔力水の水差し』を手に入れて以来、雅は専用のAIを利用してリスクの洗い出しなどを徹底している。
そうして雅自身もまた、雪乃の【魔導裁縫】による『魔導防具』の技術の危険性――つまりは軍事利用価値などに気が付いたのだ。
たとえその技術を独占すれば巨万の富を手に入れられるかもしれないと言われても、独占する代わりに命を狙われたり、誘拐されたりするぐらいならば、公開してしまった方が余程安全であり、火種を生まずに済むというもの。
そう考えて今日、雅は魔力、そして因子研究をしている母と姉の知見を頼りに話を切り出していた。
「ねえ、お母さん。〝不明因子〟持ちの【魔力操作】取得による因子活性化テストは、順調でしょう? そろそろ実証できたと言ってもいいはずだよね?」
「……冴香、〝不明因子〟研究の方の進捗はどう?」
雅と瑤子の話から突然水を向けられた矢ノ沢家の三女、冴香。
彼女はどこか寝ぼけているような表情をしたまま虚空をじーっと見つめたまま、僅かに口だけを動かした。
「魔力水による〝不明因子〟持ちの【魔力感知】スキルの取得、及び第1スキルの活性化実験は、テスター300名中283名が成功。残りの17名は因子の特性上、特殊な環境が必要と判断されているため実証は未達。しかしながらこれは失敗ではなく、環境を整え次第活性すると考えられるため、現在は条件の洗い出しを進行中。〝不明因子〟はどれも魔力由来の特性が備わっていると考えられるため、【魔力操作】は前提であったことは間違いないと思われる。一方、いわゆる『第3世代』までは発生しなかったことを考えると、おそらくはダンジョン側の意図、当初の推測ではここで躓くことは想定されていな――」
「――冴香」
「……です」
相変わらずだな、と雅は三女の冴香を見て苦笑する。
若き天才と言われ、その類稀な集中力を活かした数々の実験を成功させてきた三女の冴香は、こと魔力に対しては並々ならぬ熱意を持って研究に取り組んできた。
しかし、鳴り物入りで所属が決定した探索者協会後任研究施設であったが、結果はなかなか出てくれず、とっかかりを見つけてはそれがハズレであったと嘆いて、そんな日々を続けていた。
そんな中、雅が〝不明因子〟を持ち、当然ながらに姉として力になりたいと考えると同時に、天才と呼ばれても結果が出せず、妹の悩みに答えを与えてやることもできないのかと無力感に苛まれ、スランプに陥っていた。
だが、そんな雅が突然新規の探索者クランを起ち上げ、さらに『魔力水の水差し』や【魔力感知】などを見つけてくれた。
そのおかげで、ようやく道が拓け、スランプなんて構ってる場合じゃねぇ、と言わんばかりに研究に没頭する日々を送っているのだ。
その代わりに全リソースを研究に注ぎ込んでいるせいで、家にいる時はこうして半分スリープ状態で結果を諳んじるという、なんだか奇妙なAIのような生活を送っているのである。
振り切った天才らしいと言えばらしいのだが、最近まともな状態の姉を見ていないというのもそれはそれでどうなのだろうか、と雅は思わずそんなことを思う。振り切ったというよりは、いっそぶっ飛んでいるのでは、と。
ともあれ、冴香に何を言っても無駄だと理解している雅は、気にしないことにして話題を戻そうとして、先んじて瑤子が口を開いた。
「それを気にするということは、『魔導防具』の技術公開と一緒に、【魔力操作】獲得の内容、それによる〝不明因子〟活性化についても公表したい、ということね?」
「さすがお母さん。実際、ゆっきーの【魔導裁縫】のおかげで生まれた技術でもあるからね。リスクを減らすためにも【魔力操作】と、いわゆるクラフト能力が組み合わさった場合の再現性試験とかも進めたかったけれど、それは技術公開をしてからそれぞれに自分たちでやってもらえばいいから、仮説だけ立てておく、っていう感じを考えているんだけど、どうかな?」
「再現性の仮説、ね。……えぇ、悪くないわ。どこのクランも〝不明因子〟のクラフト系については、かつての【鍛冶】のように因子所有者を抱えて色々な実験を繰り返しているもの。あとは『魔力水の水差し』のように、魔力を動かすアーティファクトを利用することで【魔力操作】を覚えさせる流れを作ればいい。これも仮説に入れて、『魔力水の水差し』以外にも魔力に係るアーティファクトを挙げていけば……――えぇ、リスクの分散、それに再現性の実証を推奨するという意味でもいいと思うわ」
「ありがと。ただ、〝不明因子〟に関する研究と実証はお母さんたちに任せた分野だったから、いつなら足並みを揃えられるかなって思って」
「……なるほどね。まあ、私としてはもう発表してもいい頃合いだとは考えているわ。というか、さっさと発表してしまって、『魔力水の水差し』だけに依存しない方法でそちらの分野が成長してほしい、というのが正しいわね」
「あ、そうなんだ。てっきりもうちょっと待てって言われるかなって思ってたんだけど」
あっさりと同意を得られたことに素直に驚いている雅に対し、瑤子は小さく溜息を吐いた。
「公開したい理由は幾つかあるのだけれど、まず大きいのが『明鏡止水』とこの国が、あまりにも目を集め過ぎてしまっている状態だからよ。今は傑さんの牽制で動かずにいてくれているけれど、痺れを切らす連中は必ず出てくるわ。そうなる前にこちらで隠しておく情報は減らしておきたいのよ」
「あぁ、それもそっか……」
「で、さらにもう一つ、〝正しい競争と多種多様な進化〟を促すため、かしらね」
聞いたこともない言葉に理解が及ばず、雅は僅かに首を傾げた。
「どゆこと?」
「一つの物であっても、色々な視点から、色々な分野に発展させていくことで、多種多様なものが生まれていくわ。そうして生まれたもの同士が結びついて、それぞれの文化がさらに飛躍する、なんてことは往々にして有り得る話よ。それは「便利だから」とか、「こういうことに使えるんじゃないか」とか、そういうちょっとした発想から生まれるものもあれば、「あそこに負けたくない」とか、「ライバルに差をつけたい」とか、そういう気持ちから必死になって辿り着くものだってあるでしょう?」
「あ、そっか。だから公表してあちこちから研究が始まれば、それが〝正しい競争と多種多様な進化〟を促すことに繋がるんだね」
「そういうこと」
それはまだ15歳の雅には見えない視点、学生では考えられない視座での話だったが、しかし理解できないものではなかった。
納得すると同時に、自分の母親でありながらもそこまでのことを考えている相手に、素直に尊敬の念が込み上がってくる。
しかし、そんな雅の内心を表すようにキラキラとした目を受けて、瑤子は苦笑した。
「――というのは、まあイチ研究者として未来を考えての発言ね。私の、お母さんの本音を言えばちょっと違うわ」
「へ?」
「なんだかんだ言っても、私たち家族が情報を持っていると考える者は多いわ。実際、ちょっと嫌な視線を感じることもあるもの。家族の安全を考えれば、早く手放したいっていうのは本当よ。それに……色々と厄介な問題を抱えて、お父さんが草臥れているでしょう? 手放した方がいい問題は手放してあげた方が、あの人も安心できるもの」
少しばかり恥ずかしそうに、けれどなんでもないことを口にしたかのように、僅かに明後日の方向に視線を向けて付け足した母親に、雅がニマニマとした笑みを浮かべた。
「……ホントお母さんって可愛いよね」
「な……っ、馬鹿なことを言うんじゃありません」
「そういうとこやぞ」
「くふっ」
「冴香!? 雅も笑わないの!」
なんだかんだで瑤子は傑を愛しているのだ。
そういう姿をちょくちょく見ている雅や冴香などの娘たちにとってみれば、お父さんは幸せ者だなぁ、などという感想を抱くことになる。
とは言え、本人に対する態度は――と考えたところで、まさにその張本人がこのリビングへと入ってきた。
「うん? なんだか盛り上がってるね。どうしたんだい?」
「あなたには関係のない話です」
「……あ、はい……」
耳まで赤くした瑤子がぴしゃりと言い放つものだから、傑がすごすごと引き下がっていく。
そんな父親を見て不憫だと苦笑する雅であった。
本日はここまでとなります。




