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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第2章 魔力は世界を変える

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決着




 金属同士がぶつかり合う音が、ただただひたすらにその場に響いていた。

 重い一撃が奏でるものもあれば、連続した音、余韻が消える間もなくぶつかり合うような音が続いて、火花が一瞬だけ周囲を明るく照らす。


 ドローンが映し出している世界は薄暗い。

 その中を凄まじい速度で動き合う影がぶつかり、強烈な火花が、時折流霞の身体を守る魔法障壁の輝きが、周囲を一瞬浮かび上がらせ、べちゃり、と水音が響く。


 ――厄介な相手。

 流霞は肩で息をしながら、研ぎ澄まされた神経を集中させて、その中でも頭の中では冷静に異形の怪物をそう評した。


 弱点となっているのはおそらく頭部、それは間違いない。

 この異形の怪物は狼のような獅子のような見た目をしているその一方で、戦ってみればみるほどに動きが奇怪になる。

 つい先程、破れかぶれに振るってきた前足をロッドで殴りつけてみたが、返ってきた感触には肉はおろか、骨も筋肉も感じられない、ただ水の塊を殴りつけたような、そんな感触があっただけだ。


 ――おそらく、核以外の構成が全部あの黒水。本来なら自由に姿を変えられるだろうし、そうであってもおかしくはないけれど、何故か今の姿に固定されている……?


 迫る黒水槍を上体を仰け反ってリーチの限界地点へ下がり、回避する。

 流霞の顔の目の前で止まった黒水槍は力なく崩れ落ち、もう一本のそれをロッドで打ち払い、開いた口にロッドの先端を突き込んだ。


 刹那、異形の化物は一瞬ぶるりと身体を震わせたかのように膨張して、そのまま後方に逃げていった。

 核に近い位置にロッドが突き刺されたのが、どうやら異形の化物にとっては酷く不快なことであったらしい。


 ――つまり、面で殴りつける攻撃、衝撃には強いけれど、刺突攻撃で貫くのは防げないということ。でも、私のロッドにそういう攻撃はない。


 たとえばここでロッドが輝いて槍にでもなれば、あるいは貫くこともできたかもしれないが、ロッドが意思に応じて形を変えてくれるというような、そんな都合の良い変化をしてくれる訳でもない。


 苛立ったように異形の怪物が突っ込んでくるが、それらを避けながら流霞は思考を巡らせる。

 伸びた黒水槍を殴りつけて逸らし、顎先をかちあげるように殴りつける。

 水面が放射状に波打つように、この魔物もまた流霞の攻撃を見事に無効化する術を学び始めている。


 ――段々、頭を守ることすら後回しにしている……? 核が移動した、なんてことがあるとは思えない。もしかして、私の攻撃を脅威じゃないと、防ぎきれると勘付いて、学んだ……?


 ともすれば、それは流霞にとっては不利な話になりかねない。

 何せ流霞の攻撃はダンジョンレイスに通じなかったように物理一辺倒でしかない。

 打撃の衝撃が脅威じゃないような相手であるのなら、奏星の方がよほど相性の良い相手だったのかもしれない。


 それを理解してなお、流霞は折れずに笑った。



「きひっ、なら、耐えてみなよぉッ!」



 ロッドをくるくると回転させて、遠心力を乗せたフルスイングの一撃。

 それが弾かれてなお、流霞は止まらずに何度も、何度も何度もロッドを振るう。


 異形の化物はまだ警戒心を捨てきれてはいない。

 流霞の一撃は常人のそれに比べてもあまりに重い。

 そのまま受けきっても無事であるという確証がないからこそ、防ぎ、弾き、避けているのだ。


 けれど、そんなことは知ったこっちゃないと言わんばかりに流霞は殴り続けた。

 弾かれればもう一度、避けられればその先へ詰め、防がれれば強引に押し潰すような勢いで。


 しかし、それで運良く突破口が開く――なんてことは、あり得なかった。

 それどころか、上手く一撃が入ったことで、状況はさらに悪い方向へと傾いた。

 異形の化物は避けきれずに受けた攻撃を相殺しきれたことで、流霞の攻撃を受けることに躊躇がなくなったようであった。


 容赦なく流霞に攻撃を仕掛け、流霞の打撃を無視するように攻め立ててきた。



『相性が悪すぎる……』

『きひ子ちゃんがきひってるのに……』

『こいつ防御捨てて舐めプかよ!』

『でもきひ子ちゃん、上手くガードしながら殴ってる』

『でも、やっぱダメージ通っているとは思えないんだよなぁ……』

『救援が到着すればワンチャン……でも、全然……』



 ドローン越しにその映像を観ている者たちは、すでに流霞と異形の化物との相性に気が付いていた。


 このままでは流霞の体力が尽きて、雪乃の作った防具の魔法防御を抜けて一撃を喰らうのではないか。

 そんなことを思いながら、それでも固唾を呑み、見守っていた。


 そういった視聴者たちの気持ちや焦燥感など知らないまま、流霞はそれでも殴り続けていた。


 どれだけいい一撃を入れてもダメージは与えられないらしい。

 それぐらいはこの数十秒の間に何度も試して、そうして理解してきたことだ。


 けれど――否、だからこそ(・・・・・)、流霞はその攻撃の手を緩めなかった。


 攻撃を相殺し、避けて、そうして殴り続ける。

 そんな中、ついに異形の化物が大きな隙を見せて、頭をがら空きにした。



「――今度こそ潰れろおおぉぉッ!」



 大きく振りかぶり、ロッドを回転させて、深く踏み込んで。

 そうして打ち出された一撃は流霞の最大威力に匹敵するほどの一撃だった。

 その一撃は寸分違わずに異形の怪物の頭を捕らえ、そして凄まじい力でその頭を大地に打ち付け、衝撃を周囲に走らせた。


 しかし、異形の化物はその一撃を耐えてみせた。

 まるで流霞の努力を嘲笑うかのように、期待を踏み躙るかのように、虚仮にするかのようにニィィ、と口元をつり上げて笑った。


 その表情の変化に、流霞にしては珍しく苛立った様子で舌打ちをして、それでもロッドを何度も振るって頭を殴りつける。



『ダメだ』

『効いてないな、あれ……』

『コイツ、攻撃すらサボりやがった』

『きひ子ちゃんの攻撃が脅威じゃないと判断したんだ』

『嘘だろ』

『もう勝てないだろ、これ』



 コメントにある通りだった。

 異形の化物は、ついに流霞に攻撃をするのではなく、ただただ立ち止まって流霞の攻撃を無防備に受け始めたのだ。


 流霞もそれに気が付いていた。


 馬鹿にされている。

 この異形の化物に感情が、思考能力があるのかは分からないが、少なくとも流霞が脅威ではないということだけは確実に学んだのだろう。


 そして今では、されるがままに殴られながらも笑っているかのように、口元をつり上げているように思えた。


 その姿は、どうにか突破口を開こうとしている流霞を。

 命を懸けて3分間を稼いだ奏星を、嘲笑っているようにすら見えて、腹立たしい。



「――あああぁぁぁぁッ!」



 怒りを吐き出すように叫びながら、魔力を放出して流霞の身体が淡く光る。

 その状態で流霞が思いきり異形の化物を殴りつけて、けれど、それらは全て異形の化物には通じていない。


 そうして段々と流霞の動きが緩慢なものになっていって、静かに息切れする流霞の息遣いだけがその場に響いた。


 完全に流霞の手が止まったのは、それから間もなくのことだった。


 俯いたまま、流霞が一歩、一歩とゆっくりと後ずさる。



『ダメか……』

『あぁ……』

『そんな……』

『諦めんなよ!』



 コメントは流霞には届かない。

 まるで逃げるように、ゆっくりと下がっていく流霞の姿に、視聴者たちの間にも諦観が漂い始めた。

 そうして、流霞が数歩下がったところで尻もちをついたところで、異形の化物は見せつけるようにゆっくりと流霞に歩み寄っていった。


 俯いたまま、異形の化物を見ようともしない流霞。

 魔法を発動している僅かな反応で淡く輝く流霞をじっと見つめて、異形の化物がぱかりと大きく口を開く。


 ゆっくりと、見せつけるように口を近づけ――そして、そこでようやく、流霞が顔をあげた。




「――――今だよ、ミカミカ(・・・・)




 その声を合図にした訳ではないだろうが、しかしちょうどそのタイミングで、ズドン、とくぐもった音が聞こえて、直後に一直線に光が走る。


 その光は尻もちをついた(・・・・・・・)流霞の真上(・・・・・)を通過して、大口を見せつけるように開いていた異形の化物の口腔内を一瞬で駆け抜け、そして、異形の化物の頭へ、真っ直ぐ突き進んで――貫いた。


 それがやってきたのは、流霞の真っ直ぐ後方(・・・・・・)

 流霞の身体によって目隠しされていたその場所は、崩れた瓦礫(・・・・・)

 そしてその一部に生まれた、円形の穴(・・・・)の先から襲いかかった、異形の化物も予想していなかった一撃。


 異形の化物は、その穴を見て、そして今なおニヤリとした笑みを向けてきている流霞を見て、その僅かな思考能力を使って理解した。


 先程まで、諦めずに攻撃を続けていたのは、自分に慢心を抱かせるためだったのかと。

 そしてゆっくりと、まるで迫る恐怖から逃げるように数歩ずつ後退りしたのは、この場所へ誘導していたのだということを。


 果たしてそれは、正しい理解だった。


 流霞は美佳里がまだそこにいるのだと知っていた。


 戦い始める時に僅かに聞こえた、何かが動く音。

 おそらくはどうにかこちらに戻ろうとしていたのだろう。

 そんな美佳里であるのなら、魔装の眼鏡を使い、この瓦礫に阻まれていようともきっとこちらの様子を探ろうとするだろう。


 美佳里の眼鏡は様々なものを映し出す。

 運が良ければ、眼鏡で何かを見れるようになったかもしれないし、それができなかったとしてもきっと諦めないはずだ。


 よしんばそれらが難しかったとしても、ドローンが映像を映し出しているのだから、雅から美佳里に連絡が届く可能性もあった。

 魔物が一体しかいないこと。

 そしてその魔物に攻撃が通じていないことも、きっと伝えてくれたに違いない。


 美佳里には、魔法銃という遠距離攻撃に向いている武器がある。


 ただ、魔力の消耗が激しい以上、何発も撃てるとは思えなかった。

 それに加えて、一発で仕留められなければ警戒されるかもしれない、とも。


 だから、流霞は自らとの戦いで弱点を守る必要がないのだと錯覚させた(・・・・・)


 途中で流霞の攻撃をわざと受け止めて、見せつけるようにしてきた時点で、流霞は確信していたのだ。

 この異形の化物は、思考する。

 思考し、相手を理解しようとするからこそ――油断するだろう、と。


 攻撃は喰らわないのだと、脅威に成り得ないのだと刷り込んだ。

 絶望に苛まれ、ただの意地で殴りつけるように見せかけて、魔法を使って〝穴〟を掘ったのだ。

 そこから狙ってと言わんばかりに掘った穴を、なけなしの魔力で維持しながら、ゆっくりと後退ってみせた。


 案の定、ついてきた。

 美佳里がたった一発に全神経を集中させ、待ち構えている射線。

 その上へと流霞が移動し、流霞自身の身体でその道を隠していることすら気付かずに。


 そして尻もちをつけば、射線は通る。


 奏星の3分間で動きを限定し、情報を流霞に与え。

 流霞の戦いで弱点を発見し、さらに慢心させながら〝道〟を作って誘導する。

 そして、美佳里が撃った一撃が、勝敗の天秤を大きく傾かせた。



「――きひっ。私たちの、勝ち」



 理解が及んだ異形の化物が動くよりも早く、流霞が足を踏み出し、尻もちを突いた体制から起き上がりがてらにロッドを異形の化物の口の中、今しがた美佳里が瓦礫の向こう側から放った一撃によって空いた穴に、ロッドを差し込んだ。



「――重力を放射状に向けたら、どうなるかな?」



 異形の化物にその言葉の意味は分からない。

 けれど、理解したことはある。



 ――自分は、敗れたのか。



 異形の化物がそれを自覚すると同時に、異形の化物の頭が内側から爆発するように弾け飛んだ。




本日はここまでとなります。

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