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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第2章 魔力は世界を変える

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決断の時



「……塞がって……な、んで……」


「……は、はは……。嘘じゃん、これ……」


『は』

『なんだよそれ!?』

『ダンジョンが崩落したってこと?』

『ダンジョンの壁とか天井は壊せないから、多分ギミックだけど……』

『なんでだよ、百歩譲ってダンジョンがやったんだとしてもカナっちたちがスタンピード起こしたんじゃないだろ!?』

『なんでこんな……』



 瓦礫に埋もれた通路は、上も下も瓦礫で埋もれていて動きそうにない。

 今から左右に迂回するルートに向かおうにも、すでにこの場所の近くに迂回路はなく、中層の魔物たちが向かってきている以上、その群れを突っ切らなくてはならないのは確かだ。


 ここまで頑張ってきたのに、という想いと、どうして自分たちが、という哀しみに満ちた怒りのせいで、心が揺らぐ。

 少しでも言葉にしてしまえば、その瞬間にぽきりと音を立てて折れてしまいそうな、そんな気がして、奏星と美佳里は言葉を失った。


 特に奏星の頭の中は後悔で満たされていた。

 自分があんなことを言わなければ、と。

 他人を助けたいなんて言ってしまったがために、こうなってしまった。


 ――このままじゃ……。

 間近に迫ってきている危険を思えば、言い出した自分に責任があると考えるのは無理もないだろう。


 一方で美佳里もまた、今この場で初めてダンジョンの危険性を肌で実感していた。

 逃げられない、助からないかもしれない、それはつまり、と。


 精神的に疲労が蓄積し、魔法回復薬も底をつきかけている。

 そんな状況で、唯一の活路、消えないと思っていたものがなくなったというのは、精神面での支柱を容易く揺るがせた。




 ――――ただ一人、流霞を除いて。




 流霞だけが、まだ心が揺らいでいなかった。

 それは何も流霞が特別だった訳じゃない。

 ただただ流霞には〝心が折れるほどのことではなかった〟というだけに過ぎない。


 ――まだ、道はある。方法はある。

 そう信じた流霞の動きは早かった。


 二人の間を早足で歩いて瓦礫の下につき、ロッドをくるりと回して魔力を込めて地面を打てば、瓦礫の山の下に魔法陣が浮かび上がり、瓦礫が僅かに動いた。


 淡く光る瓦礫たち。

 明滅しながらも魔法の影響化に置かれたそれらを見つめて、流霞が集中しながらただただ命じる。



「――動け、動け動け動け動け……ッ!」



 一度でダメならば何度でも、魔法という力に命じる。


 それでも、あの瓦礫を持ち上げて移動させるのは無理だ。

 それは流霞自身、魔法を展開させた時点で理解できたことだった。


 だから、流霞は瓦礫を外側に引っ張るように重力の向きを変えた。

 岩を、瓦礫を取り除くのではなく、その隙間を、その合間を埋めるように、放射状に押し出し、〝道〟を作ることにしたのだ。



「――もう少し、まだ、もうちょっと……!」



 力を込めて流霞が命じる。

 その度に、そんな流霞に応えるように瓦礫が僅かに動いていくことで、僅かな隙間が埋められていく。


 そして、それは生み出された。

 瓦礫を少し上った箇所、どうにか人一人が通れるような狭い穴ではあったが、それでも充分過ぎるものだった。


 幸い、瓦礫は数メートルにも渡って広がっている訳ではないらしく、せいぜいが2メートル半というところか。

 開いた穴からは穴の向こう側が確かに視認できた。



『すげえええ!』

『きひ子ちゃんナイス!』

『急げ急げ!』

『なんか魔物の足音消えた?』

『いや、ちょいちょい何か音は拾ってるぞ』



 興奮冷めやらぬ様子で流れるコメントに反応する余裕もなく、奏星はただただ唖然と、その穴を見つめていた。

 そんな奏星に、流霞が魔法を維持するためか力んだ様子で告げる。



「……カナっち、ミカミカを連れて、早くあそこから出て……!」



 魔法を維持してどうにか瓦礫を押し退けているが、だからと言ってそのまま穴を硬化させた訳ではないのだ。

 必死に穴を維持している流霞を見てようやくそんな事実を理解して、奏星ははっと我に返った。



「わ、分かった! けど、るかちーは!?」


「……私は、無理。動けないから」


「――ぇ」


「動いたら魔法が解けるし、そしたらあの穴は多分埋まっちゃう……! 魔力保たなくなるから、早く……!」


『え』

『きひ子ちゃんだけ残るってこと!?』

『いやいやいや、それは……』

『でも、このままじゃ全員ヤバいし……』

『そんなの……』



 流霞が伝えた言葉の真意を、奏星も、美佳里も、そして視聴者たちも理解した。


 もう迷っている時間すらない。

 魔法が発動している内に行かなければ、道は閉じられるのだと。

 だからこそ、自分はここに残るから、二人でその道を通って逃げて欲しいのだと告げているということを。



「でも、るかち、は……」


「ミカミカ、ごめん」


「え――っ、ちょ、なんで、奏星!? ちょっと!?」


「もう時間がないから。だから、るかちーが道を作っている内に」


「なんでだよ!? 奏星、るかちー見捨てんのかよ!? だったら戦おうよ! あーしだって一緒に……――ッ!」



 動こうとしない美佳里を半ば強引にずるずると引っ張って、流霞が作った人が通れるギリギリのサイズの穴の近くまで奏星が連れていく。

 ギリッと強く歯を食い縛って、それでも美佳里を連れて真っ直ぐ前だけを見る奏星を見て、美佳里の言葉が止まった。


 そうして穴の前までやってきて、奏星がようやく手を放した。



「ミカミカ、先行って。後ろから押すから」


「……奏星……」


「早く!」


「……っ」



 この場所に残って戦うのは、現実的に厳しい。

 残ったところで魔法回復薬もない自分では、撃てて一発が限度。それだけしか残っていないのだということは、美佳里も理解していた。


 だけど、それとこれとは別だろう、とも思う。

 こんなところで流霞を犠牲にして生き残るのは違うだろう、と。

 そうは思うのに、それで今駄々をこねれば、流霞と奏星の決意を無駄にすることになることもまた、美佳里には理解できていた。


 だから、美佳里は強引に涙を拭って、流霞を見やる。

 魔法を維持してどうにか耐えている流霞は、美佳里と目が合うなり、無理やりにへらと笑った。

 そんな姿に涙が込み上がってきて、何も言えずに穴の中に身を投じた。


 そこからは早かった。

 奏星が後ろから足を持ち上げて穴と水平になるように美佳里の体勢を整えて、美佳里が穴の中を足を押されて出ていく。

 瓦礫を掴み、前へ前へと進む。そうして肩口が出たところで自力で腕を引っ掛けて上半身を引っ張り出すと、そのまま腕の力で身体を滑らせて、美佳里が瓦礫の向こう側へと抜けきった。


 そうして、慌てて穴の中に顔を向ける。

 ついてきているであろう奏星を引っ張り出そうとして――そうして、穴の向こうで苦笑する奏星と目が合った。



「ぇ……、は、やく……! 早く、奏星も――!」


「――ごめん、ミカミカ。あーし、るかちーと最後まで戦うわ」


「な、んだよ……、それ……」


「ウチらはレベル2で、ミカミカはレベル1。魔力も切れかけてキツいじゃん? だからさ、そっちで待っててよ。ウチら、ぜってー無事に帰っから」


「……ふざけんなって……! だったらあーしもそっちで……!」



 美佳里が叫んだ、その瞬間に。

 瓦礫がぐらぐらと揺れ始めて、魔法が途切れかけていることを示した。



「ミカミカ、大丈夫。だから、帰ったらまた冒険しよ」



 最後にそんな言葉を残して、がらがらと音を立てて瓦礫が再びその穴を閉じていく。

 巻き込まれないように思わず後ろに下がり、尻もちをついた美佳里が、震えた手を伸ばしながら瓦礫を見つめていた。




「――ごめん、るかちー。あーし、るかちーだけ残して行くってのは無理だわ」


「はぁ、はぁ……っ」



 魔力が枯渇する寸前まで耐えていた流霞が膝をついて呼吸を整える。

 そんな流霞に近づいていった奏星は、流霞の横を通り過ぎると、ダンジョンの奥、すでにこの広間の入口に辿り着こうとしていた魔物たちの足音が迫ってきた――かと思えば、聞こえてきた魔物の断末魔の叫び声や唸り声。


 そうしてしばしの沈黙が流れたかと思えば、ソレ(・・)は薄暗い路地の先からのっそりと姿を現した。



「――なんだよ、あれ……」



 そこにいたのは魔物の大群ではなかった。

 たった一匹、けれどあまりにも不気味な存在だけが佇んでいた。


 巨大な獅子、あるいは狼のような姿をしていたのだろう。

 しかし今は身体のあちこちがぼこぼこと膨らんでいたり、棘のように伸びたかと思えば自重に耐えきれなくなって腐り落ちたかのようにどろりと落ちて、またそれらが足に引っ付いては融合していく。

 目の部分には真っ赤な丸いライトが埋め込まれているような、真っ黒な異形の四足歩行の何かが、そこにはいた。



『ひぇ』

『何あれ見たことない』

『ねえ、もしかしてさっきの魔物の断末魔ってコイツに喰われたとか……』

『マジかよ……』

『きっつ。何あれ、身体も溶けてない?』

『見るからにヤバそうで草も枯れる』



 コメント欄の反応は驚愕に包まれていた。

 同様に奏星もまた、明らかに尋常ではない異形の化け物を前に身体を震えさせ、しかし己を奮い立たせるべく、息を吸い込んだ。


 そして、そんな奏星の横に、未だ息は整っていないものの身体を起こした流霞が並ぶ。



「奏星、なんで残ったの?」


「生きて帰るために」



 もしもこれが自分を見捨てられなくて、とかだったとしたら、怒っていたかもしれないな、と流霞はぼんやりと思う。

 でも、生きて帰るために、そのために残ったのだと言われたのなら。

 なら、勝たなくちゃいけないな、と流霞は思う。



「……そっか。じゃあ、生きて帰ろう」


「もち」



 絶対に生き残ってやるのだと自分に言い聞かせるようにして、奏星は自らの身体から炎を噴き出させ、一方で流霞は死力を絞る。


 命を懸けた戦いが始まる。


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