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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第2章 魔力は世界を変える

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最上層防衛線 Ⅱ



 オークと呼ばれる魔物の厄介なところは、膂力、腕力の強さだけではない。

 二足歩行の彼らは独自の意思疎通方法があるようで、チームワークを駆使しようとしたり、囲い込もうとするような動きを見せることもある。


 オークのそういった特徴を表す有名な話がある。

 探索者同士が仲間割れしたところでオークの集団とぶつかり、そのまま負けてしまった一件だ。


 個の実力は探索者側が勝っていたというのに、マッピングに失敗し、喧嘩中であったせいか連携がお互いに当てつけになるようなものばかりであった。

 その探索者たちはオーク側にそこを突かれ、オーク側のチームワークに敗北するような形で全滅してしまったのだ。


 探索では気が立つことも珍しくはない。

 出口が見えず、いつ襲いかかってくるかも分からない魔物たちが闊歩している。

 そういう環境で、平時のように通常通りに探索できていればともかく、帰る余力もなく道も分からなくなれば、精神はあっという間に疲弊するのだ。


 マッピングの失敗による、最悪の予感。

 言い知れぬ不安からの互いの罵倒。

 そういった不和をオークたちは突いたように動いたのだ。

 それぐらい、オークは頭が回る。


 そんなオークたちなのだが、流霞と奏星の二人、それに後方に下がっている美佳里を目にしても、持ち前のチームワークを発揮することができずにいた。

 それは何も流霞と奏星があまりにも強いだとか、そういった理由によるものではないだろう。


 ――焦っている……ううん、というよりも、冷静さを欠いている……?


 オークに対してヒットアンドアウェイで戦線を維持しつつ、流霞は頭の隅では冷静にオークを観察していた。


 流霞が接近すれば群がり、遠くに姿を現せば一斉に、我先にと言わんばかりに突っ込んでくる。その姿はお世辞にも頭がいいとは言えず、むしろそうした知性を捨て去った姿であると言われた方が納得できる。


 攻撃も単調そのものだ。

 フェイントも工夫もなく、ただただ叩き潰そうとする拳と、掴もうと無遠慮に伸ばしてくる腕。

 流霞が少しでも重心をずらしただけで――予想通り、あっさりと空振ってくれる。

 虚空を掻き抱くように振るわれた太い腕を、頭を下げて避けながら反撃で殴りつけ、体勢を崩したところへトドメの一撃をお見舞いする。


 そうして後方に下がった流霞は何度か呼吸をして息を整えると、隣にやってきた奏星に声をかけた。



「カナっち、魔物の様子がおかしい。やけに動きが単調になってる」


「それな。あーしも見てて思った」


『え?』

『どゆこと?』

『そんなもん?』

『いや、実際ちょっと単調ではある』


「ん、コメントも似たような感想っぽい」


「やっぱり」


「ま、その辺りは戻ったら雅とかに確認しよ。ウチらはそんなの気にしてもわかんないし」


「倒しやすくなってくれてるなら、それでいっか」


「そーゆーこと」


『かるw』

『まあそれはそうw』

『それこそそういうのはさっきの雅姐さんあたりかな?』

『スタンピード止めてるだけで充分過ぎるほど偉い!』



 難しい話はともかく、今の時点でやるべきことは、まずは『魔物氾濫(スタンピード)』を引き起こさせないことだ。

 救援が来るまで、あるいは外の防衛ラインが構築できるなりして、この場から逃げていいという情報が来てさえくれればそれで終わる。


 そんな会話をしていた二人が、再び一斉に動く。

 今回は奏星も前線に出て魔装を振るって攻撃するという近接戦闘を行うつもりだ。

 それを察した流霞が、敢えて手前側のオークを無視するように飛び越えて、手前のオークの視線を自分に向けつつ素通りした。


 そこへ、奏星が魔装に炎を纏わせて斬撃を放ち、オークの身体を斬り捨て、焼いた。

 また他のオークが近くにいる奏星へと腕を振るうが、しかし。



「あーしだって、るかちーと模擬戦で接近戦の練習は欠かしてねーし!」



 それは流霞に比べればあまりにも遅く、直線的で読みやすい動きだ。

 奏星はその腕を掻い潜るようにして一歩オークへと近づき、くるりと横に回転しながら魔装を振るって脇腹を斬り裂いた。


 前後から挟まれる形となったオークたちを、奏星が前から、流霞が後ろから攻撃していく。

 どちらに行けばいいのかと困惑するでもなく、ただただ近い方から攻撃するように突っ込んでくるオークだが、前門の虎、後門の狼に狩り尽くされていた。


 そうして最後の一匹を倒したところで、流霞が突然はっと何かに気が付いたように振り返ってロッドを顔の前に立てる形で構えれば、直後に耳障りな金属音が鳴り響いた。

 流霞の顔のすぐ横でギリギリと音を立てて止まったのは、刃の欠けた長剣のような代物。


 それを持つのは、かつての悪夢。



「っ、グレーホブゴブリン……ッ!」



 オーク程の身体の大きさはないが、その代わりに速度が高く、残虐な魔物。

 かつてイレギュラー個体として奏星の前に現れたあの時の魔物、それと同じ魔物が今、流霞に奇襲めいた一撃を仕掛け、それを正面から受け止められて動きを止めている。


 嗜虐的な笑みを浮かべるのは相変わらずといったところ。

 しかし、負けじと流霞が喉を鳴らす。



「――きひっ!」



 流霞が身体の力を抜きながらグレーホブゴブリンの長剣を上に滑らせ、同時に強く弾く。

 そうして腕が上がり、隙だらけになった身体を、先程の流霞の動きに合わせて間合いを詰めていた奏星が、袈裟斬りに斬り裂いた。



「――リベンジ、させてもらったわ」


『おおぉぉぉ!』

『古参勢わい、推しの成長に涙!』

『古参はないだろw』

『いや、待った!』

『マジかよ』

『大量にいやがる……』



 喜びも束の間に、通路の奥から出てくるグレーホブゴブリンの集団。

 たった一体でもレベル1の探索者では命を落とし、レベル2の探索者パーティでも複数人での攻略を推奨される魔物が一斉に出てきたことで、コメントの勢いが鈍化した。


 ――しかし、〝金銀花(カプリフォリオ)〟はそんな程度では止まる気などない。



「――きひっ」



 グレーホブゴブリンの数匹が動き出したのと、流霞が動き出したのはほぼ同時のタイミングだ。

 大規模な〝独自魔法〟を行うほどの余裕はなく、近接戦闘を選んだ流霞の判断の早さが。

 そして、そんな流霞とは対照的にその場で魔力を練り上げ、身体から炎を噴き出させた奏星の準備の早さが、グレーホブゴブリンへの素早い対処を可能にした。


 飛び出した流霞を迎撃するように襲いかかる二匹のグレーホブゴブリン。

 その手に持った剣が、突っ込んできた流霞に当たるタイミングに合わせて振り下ろされ――しかし、その寸前で流霞が高く飛び上がり、頭を下にする形でグレーホブゴブリンを真上から見下ろしながら、ロッドを横薙ぎに振るって一匹の頭を砕きながら、もう一匹のグレーホブゴブリンに向かって殴り飛ばし、ぶつける。


 そうして着地した流霞が頭を下げると、ちょうどその流霞の頭上を、炎が横薙ぎに焼き払った。

 奏星の一撃が流霞の動きに合わせて放たれたのだ。


 ――いける。

 かつて苦戦した魔物、その集団を相手にしてもなお余裕を持って戦えると実感して、身体を起こそうとしたその瞬間。


 ダンジョンの奥から突然風の塊が流霞に向かって一直線に飛んでいき、流霞の背中部分に着弾。

 魔法防具によって障壁に防がれたものの、衝撃までは殺しきれずに流霞の身体が吹き飛んだ。



「――るかち!?」



 奏星が咄嗟に声をあげるも、再び魔力の反応。

 咄嗟に奏星が流霞の前に飛び出し、炎を放って対向しようとするが、しかし奏星の炎をあっさりと貫いて、風の弾丸とも言える何かが奏星にぶつかり、奏星までもが吹き飛ばされた。



「カナっち、るかち!? い、一体何、が……――っ!?」



 美佳里が顔をあげた先、そこに佇んでいたのは、黒い襤褸を纏った骸骨の姿だった。

 眼孔にはゆらりと揺れる青い炎を宿したその存在は、骨で作ったような禍々しい杖を構えていた。


 その存在を、美佳里は知っていた。


 〝金銀花(カプリフォリオ)〟がダンジョンに入るようになり、それなりに探索者の配信を観るようになった美佳里が、とある探索者パーティが壊滅した動画に行き当たったことがある。


 その時に映っていた魔物が、今まさに美佳里の視界の先にいる一体の魔物。


 黒い襤褸を身に纏った人骨。

 その手には骨を集めて作ったような奇妙な杖を構えていて、魔法攻撃を放ってくるという厄介な存在。


 生息階層は、上層14階層。

 上層突破のためには避けて通れない魔物だが、隠れてやり過ごす者の方が多い、特殊な魔物だ。

 何故ならあの魔物には、物理攻撃が一切効かないのだから。



「……〝ダンジョンレイス〟……」



 ダンジョンの魔霊と名付けられたその存在が、カタリと音を鳴らして杖を取り出す。

 その杖の先端は立ち上がろうとしている流霞と奏星に向けられていて、しかし二人が動くよりも先にダンジョンレイスの魔法が放たれた。


 地面を削りながら迫る、不可視の弾丸。

 流霞が咄嗟に前に出てロッドを構え、受け止めるように耐えようとするが、しかしそれでは足りずに吹き飛ばされた。



「ぐ……ぅぅっ!?」


「るかち!?」



 幸いにも魔法防具のおかげでダメージはかなり軽減できているようだが、もしもそれが無かったら全身がバラバラになっていただろう。


 このままでは二人が危ない。

 そう考えて美佳里は動こうとして、しかしダンジョンレイスに一瞥されて身体を震わせた。


 レベル2でも死ぬかもしれない相手。

 その相手の直接の殺気を向けられて、身体が、心が竦み上がっていた。


 魔法回復薬は渡してある。

 二人が起き上がり、飲んで回復するだけの時間があればいい。

 けれど、自分の魔法銃ではダンジョンレイスの魔法を前にはあまりにも弱すぎると感じていた。


 それでも美佳里は諦めない。


 ――何か、あーしにできること……何か、何か……ッ! もっと威力のある一撃を放ったり、大して動くこともできないあーしに向いた、何かがあれば……!


 先程までは、ただただ漠然としていた願い。

 しかし今、それは明確な祈りとなった。

 美佳里が先程からずっと握り締めていた『創造の石板』の正しい使い方を、無意識に拾い上げる奇跡を引き起こす、そんな祈りに。


 強く祈るように握り締めていたアーティファクトが、突然、呼応するかのように輝いて起動した。


 ドローンには映らないその場所で、美佳里の目の前に浮かんだホログラム。

 それはフリントロックピストルを彷彿とさせるそれとは異なり、ボルトアクションライフルを彷彿とさせるような銃身の長いものであった。


 実体化し始めた魔法銃は、相変わらずよく分からない機構が内部で動いているようだった。

 フリントロックピストル型と同じように内部が一部空洞になっており、動いている歯車のようなものや、必要なのか装飾なのかも判然としない、筒のようなものがあちこちについている代物だ。


 迷う暇などなかった。

 美佳里は実体化したボルトアクションライフル型の魔法銃を手に持ち、頭の中に浮かぶ第1スキルを発動させる。



「――【連携機能有効化(アクティベート)】」



 誰かに訊ねずとも理解できる、スキルという謎の力。

 その意味を、美佳里は今、この時に初めて身を以て実感した。


 美佳里の魔装、眼鏡の内側に映し出されたのは、〝ダンジョンレイス〟の攻撃魔法とその情報。解析された情報から逆算して、何が必要かを表示した美佳里の魔装に従い、美佳里が『創造の石板』に再び魔力を流し込む。


 美佳里の魔装は、要するに『魔力解析装置』なのだ。

 ズーム機能も赤外線も暗視機能も、それらはただのおまけに過ぎなかったのだ。


 本来の使い方は――解析、そして構築の要素を明らかにすることだった。


 美佳里の魔装である眼鏡から、美佳里の魔力というラインを通じて明確な指示が『創造の石板』に伝わっていく。

 それらの情報に従い、『創造の石板』が一発の淡く青緑色に輝くライフル弾を生み出した。


 美佳里は魔力回復用の魔法回復薬を流し込むと、慣れた手つきで魔法銃にその弾丸をセットし、走り出した。


 すでにダンジョンレイスはすでに魔法を発動しようとしている。

 その魔法の射線上、流霞と奏星の前に飛び出した美佳里が、腰を落とし、膝打ちの体勢で構える。



「――【破魔の弾丸】、いけええぇぇぇッ!」



 引き金を弾く。

 魔法銃の目の前に魔法陣が浮かび上がり、そして一筋の青緑色をした光の弾丸が、ダンジョンレイスの魔法とぶつかり、一瞬の拮抗の後に貫き、ダンジョンレイスのその額を真っ直ぐ貫いた。


 ダンジョンレイスの身体が、さらさらと崩れていく。



『おぉぉぉ!?』

『すっげええええ!』

『新しい魔法銃!?』

『え、ダンジョンレイス倒した!?』

『ミカミカやべええええ!』



 配信のコメントが興奮冷めやらぬ様子で盛り上がっているが、しかし美佳里にはその文字は読めず、魔力を使い切って意識が朦朧とする中で必死に魔法回復薬を取り出し、勢いよく呷る。


 そうして一息ついたところで、美佳里が頑張るその横で、同じく魔法回復薬を飲んで回復したらしい奏星と流霞が美佳里の元へと歩み寄っていた。



「……少しは、役に立った、かな?」


「めっちゃすげーって、ミカミカ!」


「ホント! しかもそれ、カッコイイ!」


「……へ、へへ。そっか、あーし、役に立ったんだな……」



 パシン、とそれぞれにハイタッチをして。

 美佳里はこの時初めて、自分も〝金銀花(カプリフォリオ)〟の一員に、〝がちけん〟の仲間として誇れる気持ちになれたような、そんな気がした。

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