人と魔物
「カナっち、ミカミカ! 先に行く!」
「りょ! 無理しないで!」
美佳里を連れて進んでいたため、速度をだいぶ抑えて奥へと向かっていた一行。
しかし聞こえてきた悲鳴を聞いて、もはや一刻の猶予もないと肌で感じ取った流霞は、奏星と美佳里を置いて先行することに決めた。
途中ですれ違う探索者たちは、みな逃げることに必死といった様子だ。
向かい側からやってくる形となる流霞とぶつかりそうになる者も多く、流霞は仕方なく壁を蹴って飛び越えたりと、レベル2の身体能力を活かしてそれらを避けながら、探索者たちを追う魔物を行き掛けの駄賃よろしく屠って進む。
――上層の魔物、レッドハウンドが多い。中層から順に追われるように押し出されてきていることを考えると、この辺りが第一波、かな。
素早い魔物であるレッドハウンドだけが突出してきているようだが、いくらレベル1であってもレッドハウンドぐらいなら倒せるだろう。
それでも逃げることを優先しているのは、ダンジョンの奥からせり上がるようにして迫ってくる魔物の気配に、恐怖してしまっているせいだろう。
そんなことを考えながら、最上層のボス部屋近くの広いスペースへと出たところで、ちょうど向かい側にある通路から探索者たちが魔物に追われて走ってきたのが見えた。
「――うああぁぁぁぁッ!?」
「早くいけよ!」
「きゃっ!? ――がっ!?」
「チッ、邪魔だぁ!」
流霞の目に映ったのは、人の波だった。
魔物に追われて逃げてくる人々の姿は、他者への配慮も一切なく、押され、倒れ、足蹴にされる人さえもいる。
あのままでは魔物に襲われる前に人によって踏み潰されて死んでしまう。
即座に流霞はロッドに魔力を流し込み、その人々、そしてそのすぐ背後に迫っていた魔物たちの足元を基点に魔法を発動させた。
巨大な魔法陣が描かれ、直後に魔法陣の上にいる者たちの重力を上に向けて浮かび上がらせた。
「っ、え!?」
「な、なんだよ、これぇ!?」
「す、進めない!? 誰か! 誰かぁッ!」
混乱して叫ぶ人々。
浮かび上がり、じたばたと空中で暴れ回るそれらを無視して、流霞はすぐに視線を走らせる。
――いた。
後ろの方、ぐったりとしたまま浮かんでいる一人の女性。
人に踏まれて傷つき、頭を打ったのか血を流している姿を確認するなり、急ぎそちらへと駆け出しつつ、魔物を確認する。
空中に浮かぶ魔物たちは、そんな事態になっても殺意を滾らせているようであった。少しでも近づこうと必死にばたばたと空中をかいて進もうとしている。
そんな中、奥の方にいた武装ゴブリンの弓持ちが、不安定な体勢で空中に浮かびながらも弓を構えている姿が流霞の目に映った。
狙いは、空中に浮かび、狙いやすい位置にいる探索者だ。
すぐにそれに気が付いた流霞がロッドを通して魔力を注ぎ込み、弓持ちのいる空間だけ今度は重力を数倍に引き上げ、地面に叩きつけて倒していく。
そうして一通り魔物たちを確認した後、ゆっくりと気を失っている女性の重力を調整して下ろした。
そうこうしている内に、流霞がやってきた方向から足音が聞こえて流霞が顔を向ければ、奏星と美佳里の二人が走ってきていた。
「ミカミカ、魔法回復薬でこの人をお願い! あと魔力用ちょうだい!」
「っ、分かった!」
「奏星! ミカミカとこの人を後ろに! 魔力が保たない! 下ろすよ!」
「りょ!」
言葉を取り繕う暇なんてないまま、流霞が声をあげる。
美佳里と奏星は即座に流霞へと接近し、その間にも空中に浮かび上がっていた探索者たち、それに魔物たちが下りてくる。
そこでようやく、突然浮かび上がり、騒ぐだけ騒いでいた探索者たちが状況を把握できたようであった。
「お、お前らの仕業か、これ!? 何しやがる! こんなことしている間に魔物が――!」
「――黙って」
息巻いて流霞たちに文句を言い出した男。
そんな男に追従しようとした他の者たちよりも先に、流霞が〝独自魔法〟を操作し、淡い光を纏ってゆらりと髪を揺らしながら、険しい目つきで睨みつけるように男を真っ直ぐ見つめて言い切った。
怒気を込め、けれど爆発せず。
静かに、冷徹な声色で告げられた言葉は、興奮冷めやらぬ探索者たちの気持ちすらも一瞬で落ち着かせるように、奇妙にその場に響いた。
そんな流霞の人外めいた冷たさを感じ取り、声をあげた探索者が言葉に詰まる中、流霞はその男を見つめて続けた。
「あなたがこの女性を押して転ばせたことも、それにそっちのあなたが倒れたこの人を、逃げる邪魔になったからって蹴るところも、私は見た。だから、黙って。それ以上くだらない言葉を囀られると、私にはあなたたちすら叩き潰すべき魔物に見えてくる」
「……っ」
「今、下ろすから。下りたらさっさと走って消えて」
奇妙な沈黙が下りる中、流霞の静かな声だけが響き渡る。
後ろでは美佳里がすでに気を失っている女性を受け取って魔法回復薬を飲ませていて、ようやく探索者たちが、そして魔物たちが地面に足をつけたところで、美佳里が振り返った流霞に魔力回復用の魔法回復薬を手渡した。
流霞の冷たい言葉が、その物言いが、直接向けられただけではなくパニックに陥っていた探索者たちに冷静さを取り戻させたようだ。
地面に足をつくなり、探索者たちは何も言わず、けれど急いで出口に向かって駆けていった。
一方で、流霞が魔法回復薬の瓶の先端、グルーを固めて嵌め込んだような蓋部分を引き抜いて一口に飲み干すと、ロッドをくるくると回しながらとんとんと地面を蹴って跳ねる。
「いってくる」
短く告げて、流霞が放たれた矢のように上体を倒して突っ込んでいった。
その様子を見ながら、奏星が気を失った女性を抱き上げて美佳里と一緒に後方へと下がっていこうとしたところで、二人へと駆け寄ってくる二人の女性探索者の姿が見えた。
「――あの! その子、玲香を、私たちの仲間を助けてくれてありがとうございます……! お金はあとで必ず払いますから!」
「玲香は私たちが連れて戻るので、お二人は……!」
「おけおけ。一応魔法回復薬は飲ませたけど、あとで病院連れてってあげて」
「はい……!」
「ありがとうございます……!」
御礼を言って気絶した女性を担ぎ、再び走っていく二人を見送ってから、奏星と美佳里は流霞の戦いへと視線を戻した。
第一陣はレッドハウンドと武装ゴブリン、中層の浅い魔物たちのようではあるが、数は多い。
しかし流霞はその集団の中を引っ掻き回すように次々と殴り飛ばしながら、時に同士討ちさせるように身体を捻って攻撃を避けたりと、余裕を見せて涼しい顔で対応している。
配信では見たことのある光景。
しかしこうして殺意を持って攻撃してくる魔物が、実際に目の前で流霞に襲いかかっているにもかかわらず、それらを涼しい顔をして避けるというその異常さを、美佳里は初めて目の当たりにして身震いした。
「……すげぇ、るかち……」
『ホントそれ』
『あんな集団に囲まれて戦えるって普通じゃないんよ』
『それよりさっきの全員を浮かばせたアレについて誰か教えて』
『なんも、わからん!』
『重力操作してるんじゃねーか説は濃厚』
美佳里の声を拾ったようにコメントが流れていく。
奏星もまた魔装の細剣を手にすると、歩いていきがてら美佳里に並び、その華奢な肩に手を置いた。
「んじゃ、ミカミカ。フォローよろー。ちょい下がりめでね。じゃないと、ウチらの攻撃に巻き込んじゃうかもだし」
「あ、うん」
奏星の言葉の意味はいまいち分からなかったが、ともかく美佳里は後方、広間の後ろの方へとゆっくりと後退りながら下がっていく。
そうして、気付いた。
「……あれ? 今、カナっちの周りが歪んだ……?」
『歪む?』
『裏方姐さん、是非カナっちをアップで!』
『おぉw』
『ホントに歪んでるように見える』
『画質処理問題?』
「るかちー、一旦焼き払う。人はいなさげ?」
「ん、大丈夫。ここなら平気」
奏星の声を聞いた流霞が短く答えつつ、魔物の攻撃をひらりと避けて地面を蹴り、重力を感じさせない速度でふわりと浮かびあがる。
魔物たちを挑発して、引き付けていたおかげもあってか、そんな流霞を追いかけて攻撃しようと魔物たちが次々飛びかかろうとして、流霞が立っていたその場所に折り重なっていった。
その光景を見つめる奏星の身体から、炎が噴き上がった。
太陽の表面から炎が渦巻きながら飛び出た紅炎のように、奏星の身体から溢れた炎は導かれるように奏星の魔装へと巻き付くように纏わりつく。
「――【灼火斬】」
奏星が大きく横薙ぎに斬り払うように魔装を振るう。
その軌道から逆巻くように燃え上がる炎が広がって、流霞を追いかけていた魔物たちが呑み込まれ、一瞬にして塵と化して燃え上がった。
『灼火斬相変わらずえぐぅw』
『知ってるか? これがレベル2なんだぜ?』
『うそやん』
『きひ子ちゃんがまだきひっていない以上、こんなものは前哨戦に過ぎんのだよ』
『きひっていないは説得力ありすぎで草』
『そうじゃんw きひってないってことは余裕ありまくりってこと? マ?』
『これ逃げてきた人巻き込む可能性あるんじゃね?』
『大丈夫でしょ。きひ子ちゃんがうまく誘導してたし』
燃え上がる炎に呑まれて消えた魔物たちを見つめる奏星が、そんなコメントの数々を見て口角をあげつつ、間に合ったと肩の荷を下ろした気分で深く息を吐いた。
配信の空気も、雅のおかげで落ち着いた。
雅も今はこのダンジョンにいるであろう探索者たちの配信を確認しつつ、魔物の状況を確認しに戻りつつ、救援部隊と連絡を取っている頃だろう。
――大丈夫、うまくいってる。
自分に言い聞かせるように奏星が胸の内で呟いた。
そこへ流霞が歩いてこちらに戻ってくる姿が見えて、そっと片手をあげてみせて「いえーい」と奏星が小さく言えば、流霞も何をするのか理解したようで、少々挙動不審になりながらハイタッチに応じた。
「まずは、第一波だね」
「うん。さすがカナっち」
「いやいや、るかちーの方がヤベーから」
「そう、かな? じゃあお互い様?」
「んふっ、それでいっか」
未だに燃え上がる炎を背に笑い合う二人。
当たり前のように魔物の群れを倒してみせた、そんな友達の姿に美佳里は先程から感動したかのように身を震わせていた。
「……ウチらの仲間、カッコ良すぎじゃね……?」
『それなww』
『正直この二人はヤベーw』
『強いのにそれを鼻にかけないし、見ていて楽しいんよねw』
『ヘイ、ミカミカ。キミもあの二人と肩を並べなきゃなんだぜ?』
『ハードルたけぇw』
ぽつりと美佳里がそんな言葉を呟けば、ドローンが見事にその声を拾っていたせいで、コメントが同調で埋め尽くされていたが、コメントを見れるのは奏星だけであり、奏星もそのコメントには気が付いていなかった。
まずは間に合った。
しかし、まだ第一波に過ぎない。
本当の戦いが始まったのは、それからすぐ後のことであった。
本日はここまでとなります。




